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2、インディアンポーカー

 席替えをした。

 そうしたら、私の前に壁が立ち塞がった。


「影山君。これはこの前に続き、私に対するあてつけですか?」


 授業の終わり、そして、昼休みの始まりを告げるチャイムと同時に、思わずそんな八つ当たりをしてしまうくらいあんまりな午前だった。

 右に、左に、体を動かさなきゃ黒板も見えない。

 授業中、私はずっとメトロノームのように揺れ続けていた。最後は隣りの伊原さんが気を遣ってくれてノートを見せてくれる有様だ。


「待ってくれ、小日向。これは厳正なるくじのもとに行われた結果だ。俺の意思は介在していない」


 振り向いた影山君の表情はわかりづらいけど、声の調子で焦っていることは伝わってくる。

 べつに彼が悪いのではないなんてわかっている。むしろ、悪いのは私だ。

 席替えをしたときに前の席にしてもらうなり、誰かと替わってもらえばよかったのだ。

 でも、視力はいいし、小さいから替わってください、と言うのは何だか言い辛かった。それに、ここまで黒板が見えないなんて思いもしなかった。


「冗談です」


 その言葉に影山君はほっと息をつく。

 いい人だと思う。きっと、彼に席を替わってください、と言えば……


(でも、今さら言うのも……)


 どうしましょうか。そう思っていたとき、ある二人が視界に入った。

 自分の席でお弁当を食べている阿黒君と赤桐さん。トランプブームの火付け役の二人だ。

 なんの運命か、あの二人は今回の席替えで隣同士になった。

 今は話していないけど、この後またトランプで遊ぶのだろう。赤桐さんの机にはすでにトランプが置かれていた。


「……なるほど」


 そう、トランプだ。

 お願いするのが気まずいのならば――勝ち取ればいいのである。


「影山君、時間はありますか?」


「ん? ああ、最近友人が冷たくてな」


「……ご愁傷さまです」


 その友人とはおそらく、教室の隅で晴野さんと話している雨夜君のことだろう……なんだか、影山君が可哀想に思えてきた。


「こほんっ。えーと、トランプで勝負しませんか?」


「それはいいが――」


「ええ、ええ。ただトランプで勝負するだけでは味気ないでしょう。では、勝った人が負けた人にお願いできるというのはどうでしょう? 例えば、席を替わってください、とか」


「……べつに、勝負なんかしなくても席は替わるぞ」


「…………今のは例えです。それに、勝ち取ることが大事なんです」


「そ、そうか。それで、何をやるんだ?」


「そうですね……」


 お弁当の時間もあるから、あんまり影山君をこちらの都合に合わせるのも悪い。手早く勝負できるゲーム……


「インディアンポーカーはご存知ですか?」


 カードを一枚おでこに当て、その数の大小を競うゲーム。

 このゲームのいいところは手軽なのと、心理戦があることだ。

 おでこに当てたカードは当然ながら自分には見えない。でも、相手には見える。

 その状態で「ふっ、君のカードは実に弱いね」とか「うわあ、○○君のカード強すぎ……」など心理戦フェイズを挟んだ後、同時にカードを場に出し勝負するのだ。


「ああ、知っている。だが、二人だと少々運要素が強くないか?」


 このゲームは二人でもできるけど、人数が多い方が出る情報も多くなって駆け引きの要素が強くなる。「○○くんよりも□□さんのカードの方が強いね」とか「あー、周りと比べると△△のカードくそざこだわ~」といったように。


「なら、このようなルールはどうでしょう?」


 使うのは一種類のスート。

 勝てば相手のカードと自分のカードで二点。

 相手が勝負を降り、自分だけが場にカードを出した場合は一点。

 先に五点取った方が勝ち。

 出たカードは山札には戻さない。


 これなら、多少は駆け引きの要素を増やせるだろう。

 私のこの提案に影山君も面白そうだ、と頷いてくれた。


「なるほど。勝負をするたびにカードは少なくなっていく。1から13まで何の数が出たかを覚えておくのも重要ということか。ジョーカーはどうする?」


「なしにしましょう。十四枚だと最後の勝負でどちらが勝つかわかってしまいますから」


 まあ、最短で三回で勝負がつくし、そこまで勝負が長続きするかも、私が出た数を覚えていられるかも微妙なところではあるけど。


「それでは、配りますね」


 とりあえず、最初に目に入ったハートのカードを抜き出し、シャッフルする。

 流石に赤桐さんのようにはいかないけど、そう念入りに混ぜる必要もない。

 そうして、適当に混ぜて配ったカードをおでこに……


「影山君。なぜ、おでこではなく、胸にカードを当てているんですか?」


「いや、その方が見えやすいと思ってな」


「馬鹿にしてますっ!?」


 何たる暴言。

 それは、彼と私の身長差はひどいものだ。

 立った彼と話していると、見上げた首が痛くなるくらい残酷な隔たりがある。

 でも、今は座っているのだ。ちょっと見上げるくらいで、おでこのカードを見ることは私にだってできる。


「そういうわけではないのだが……ふむ、小さいな」


「やっぱり、馬鹿にしてますっ!!」


「違う! トランプの数を見て言ったんだ!」


 言い訳無用である。

 影山大助君。あなたは私、小日向春の敵と認定いたしました。

 とりあえず、この勝負に勝って床に這いつくばらす。

 そう意気込んだ第一戦。私は見事に敗北した。


「むう……」


 私のカードは1。見事に最小の数だった。

 影山君のカードは5だったから勝てると思ったのだけど、まさか最小を最初に引くとは。


「……二戦目です」


「あ、ああ」


 1と5が抜けた残りのカードを配って、おでこの前に当てる。

 さて、次の影山君のカードは……


「そうですね……影山君のカードは中々、お強いですね」


 大嘘である。影山君のカードは4。さっきよりも弱い。

 でも、こう言って自分のカードが強いと錯覚すれば勝負に出るはず。何だか、男の人をたぶらかす悪い女の人の気分がわかった気がした。


「小日向のは小さ……少な……ミニ……その、控えめな数だな」


「影山君。今のは宣戦布告ということでよろしいですか? よろしいですね」


「俺はなんて言えばいいんだ……」


 睨めつけていると、彼は顔を背ける。

 そんなに申し訳なさそうにしても、もう遅い。勝ったらどうしてくれようか。

 そう考えながら挑んだ第二戦。私はまたも見事に敗北した。


「1の次に2って……」


「……すまん」


 これで影山君は四点となった。

 もう、私だけが勝負を降りても負けとなってしまう。

 万が一、この流れで三が来たらゲームオーバー。

 最短の三回で勝負がついてしまう。


「まだです……まだゲームは終わっていません……!」


 諦めたら試合終了なのだ。

 強いカードこい、と祈りながらカードをおでこに当て、影山君の方を見る。


「あー、その数なら俺は勝負に出るぞ」


 影山君は申し訳な声で、そう言う。

 また私のカードは弱いのか。でも、影山君のカードだって8だ。

 十分に勝ち目はある。

 というか、もう私に勝負を降りる選択肢はほぼないのだから、挑むしかない。


「じゃあ、勝負だな。一、二の、三!」


「お願い、おっきい数!」


 同時に、カードが机の上に出される。

 影山君のカードは8。そして、私のカードは、9。


「やった!」


 ようやく、私は一勝をもぎ取った。

 どんなもんだと胸を張っていると、何とも言えない表情を影山君は浮かべていた。きっと、悔しいのだろう。

 そして、この勝負で流れも良くなったのか、次の第四戦も私は一点を獲得した。


「流石に13とは勝負しないな」


「ふふん。流れは私に来てますね」


 これで、影山君が四点。私が三点。

 どちらも勝負を降りなければ次の第五戦で勝負がつく。

 さあ、強いの、強いのこい。12、12、12。そう念じながらカードをシャッフルしていると、いつも無表情な影山君が薄っすらと笑みを浮かべた。


「どうかしましたか?」


「いや、表情がコロコロ変わると思ってな」


「なっ」


 頬が熱をもっていくのを感じる。

 人の視線なんてそんなに気にしたことはない。でも、影山君が今も私の顔をまじまじと見ていると思うと……なんだか、無性に気恥ずかしかった。


「まるで、小動物……あ」


「影山君」


 熱は一瞬で冷めた。

 なるほど、今のは心理戦か。頭を抱えているのも、そうなのだろう。

 まったく油断も隙も無い人だった。


「では、最後の勝負です」 


 影山君がおでこに当てたカードは7。

 1、2、4、5のカードがない今、それより小さい数は3と6しか残っていない。これは勝てる。


「どうやら私の勝ちですね。降りてもいいですよ。まだ、影山君は逃げてもチャンスがありますから」


「いや、このチャンスは逃せないな。これで最後にしよう」


 強気な言葉。もしかして、私のカード、また最小の3だったりするのだろうか。

 でも、私はもう逃げることができない。心理戦でどうこうできるような局面でもない。ただ、自分の運を信じるしかない。


 私は影山君と目を合わせ、同時にカードを場に出した。


「「一、二の、三!」」


 影山君のカードは7。そして、私のカードは……6。

 私の負けだった。


「さて……勝った方が負けた方にお願いできるんだな」


 意気消沈している私に、無情にも影山君はそう言う。

 さて、何を言われるのか。身構える私に影山君は……


「じゃあ、席を替わってくれないか」


 そう笑ってお願いをした。


「え、でも」


「一番、後ろの方が落ち着くんだ。駄目か」


「い、いえ……ありがとうございます」


 影山君はすぐに机を持ち上げて、私と席を替わってくれた。

 あっという間に私の前にいた壁はいなくなった。でも……


(なんか、落ち着かない……)


 そんなことはないってわかっている。

 これが自意識過剰な妄想だって理解している。

 だけど、後ろにいる彼の視線が私に向いているのかと思うと、何故だかさっきの熱がぶり返してきてしまう。

 やっぱり、意地なんて張らなければよかった。

 試合にも勝負にも負けた気分の私はこっそりため息をついた。











 一方、その隣。


「いいなあ……私も」


「伊原さんどうしたの?」


「ううん、何でもないの」


 何だか青春っぽいやりとりを大変羨ましそうに少女は見ていた。

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