プロローグ、シャッフル
気になる女の子がいる。
中学のときは正直苦手に思っていたのに、高校に入学してたまたま同じクラスになってからは、ふとした瞬間に目で追ってしまう。
話したことは二回か、三回か。
そんな回数なのにこうも気になるなんて。人生不思議なものである。
いつもみんなの中心にいるグループの一人で、大げさに言うなら群がる同級生をかき分けなければ話すことすらできなくて。
そんな人気者だった彼女は今、一人で弁当をつついている。
驚きのビフォアアフター。
今日はまだ入学してから二週間目。卒業から一ヶ月程度しか経っていないのに、あの人気者に何があったというのか。
それともこれが彼女なりの高校デビューというやつなんだろうか。いや、流石にそんな後ろ向きなデビューはない……はずだ。
彼女――赤桐未久は机をくっつけて仲良く新しい友人たちと語り合うクラスメイトの中、黙々と弁当を食べている。
まだ席替えはしておらず、あいうえお順の席であるため、阿黒東弥の僕の前には彼女の長い黒髪に覆われた背中が広がっていた。
その背中から漂う圧倒的な孤高具合はもはや、熟練のソロプレイヤーだ。
社交的とは決して言えない僕の性格では、話しかける言葉すら見つからない――はずだった。
早々に食事を終え、弁当を仕舞おうと赤桐さんがカバンを開いたとき、たまたまそれが目に入った。
トランプ。
それが何のために入っているかを聞くのは野暮というものだろう。
赤桐さんの手がそのケースに触れ、だけど、そっと鞄の奥にトランプを押し込むのを見て、僕は覚悟を決めた。
「赤桐さん、あのさ――」
その問いかけに彼女が振り向く。
プリントを渡すときくらいしか見たことがない顔が僕へと向き、多分初めてその赤に近いブラウンの瞳に阿黒東弥を映した。
これは、気になる女の子と友好的な関係を結ぶため。
そして何より、教室の隅っこで彼女に寂しくソリティアをさせぬために。
僕は勇気を振り絞り、ある提案した。
「トランプしよう?」
「いいよ」
まさかの即答であった。
鞄の奥に押し込んでいたトランプを取り出し、赤桐さんは慣れた手つきでシャッフルを始める。
しゃっしゃっとリズミカルに、小気味よく混ぜられていくトランプの音は淀みなく、僕だけでなくクラスメイトの視線までも集めていく。
一般的なヒンズー・シャッフルから、二つの山に分けてリフル・シャッフルに。そこまではいい。だが……
「ん?」
右手から左手にトランプは飛び交い始め、くるくると無駄にスタイリッシュな、ただの遊びには無駄でしかない動きでトランプは回っていく。
たしか、トランプジャグリングとかフラリッシュとかいう技術だ。
その手品師さながらのシャッフルにクラスは湧き、僕は慄く。
そして、トランプを十分すぎるほどに混ぜた彼女はにこりと大変満足そうな笑みを浮かべた。
「じゃあ、何のゲームで遊ぶ?」
とりあえず、僕は今までまったく知らなかった彼女を一つ理解した。
――赤桐さんはトランプガチ勢である。
大変な時期だと思いますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
十話ちょっとで完結予定。できれば一日一回更新したいと思っています。