ボート部のビーチフラッグ水着回
猛暑と大雨が続くのが今や日本の風物詩ともなりそうな夏の秋田県 由利本荘市。今日は猛暑の予報が出ている。
舞たちボート部の部員は合宿の名目で集まった。合宿とはいえ、学校からは遠く離れていない。昼も夜も共に行動してチームの親睦を図り、団結力を高めるという目的だ。
そうなると、案の定ビーチにきて遊びが優先してしまうものである。
「先輩! わたしたち、先に行きますねー」
すでに三人ほど水着を予め着て来た部員が小屋を出ていく。
舞は先日買った新しい水着をバッグから取り出した。
「高二にもなったんだからビキニ着なきゃダメだろー」
謎理論でリン子に押し切られた水着。
「舞はセクシー系だからビキニは似合うって」
「そうかな……私、セクシー系ではないと思うけど」
「だーいじょうぶ大丈夫! 魅力的に見えっから」
「ほんと?! リン子にもそう見える?」
「あー、ウチは女だから分かんないけど」
「んもぅ、分かってないんじゃない!」
リン子の腕をバシバシと叩く。「あはは、わりぃわりぃ」と全く悪びれない調子でリン子が言った。二人ともこういうじゃれ合いは嫌いじゃない。
「んじゃ、ホレ。両手を膝に当ててみ。それで、次はこの手の中を覗き込むように見る……」
よく分からないので舞は言われたとおりにリン子が顔の前で両手の親指と人差し指で作った輪っかを覗き込む。ニシシと緩んだリン子の口元が見えた。
「はい、だっチューの!」
「……ナニソレ?! そんなの何処で覚えてくんのよ!」
「ん? じいから平成のセクシーギャグだって教えてもらった」
「あの、おじいちゃんめ――」
思い出して、つい拳がフルフルと震えてしまった。このやり取りの後、それでもリン子に推された水着は最終候補として残り、今日持ってきたのだ。
……当のリン子は今日は部活らしい。今朝、メッセージアプリであいさつした時に「舞は遊びなのにウチは部活だー」などと言われた。もちろん「合宿だから!」とヤマドリのゆるキャラが怒っているようなスタンプ付きでツッコミ返した。
今、リン子は海に出てヨットの実技練習をしているのかな、と想いを馳せる。ひょっとしたらバッタリ出会って「あ、その水着!」なんて気づいてくれたり……いや、あの子なら気づくことはないな、思い直してロッカーの鍵を締めた。
*
「花火持ってきちゃった」
「じゃーん! わたしのはロケット花火ー!」
着替え終えた部員がバッグから秘密兵器と言わんばかりに取り出した数本のロケット花火。舞にもちらつかせているのをスッと取り上げて、「ロケット花火は夜やったらうるさくて迷惑でしょ。没収です」と言い放つ。
「えー、でも海でやるんでしょー? 舞、お願いだよぉ」
ロケット花火にどんな願いを込めて打ち込みたいのか不明だが、懇願する部員が少し可愛そうにも思い直して舞がポンと手をうって笑顔を向ける。
「……あ、いい事思いついた。コレを良い形で活用しましょう」
太陽が夏の白い砂浜をチリチリと焼いていく中、数人が着替えを終えて小屋から出てくる。
「どうせやるならビーチフラッグをしましょ!」
手にしたロケット花火を小さく振りながら舞が提案したところで、他の部員が乗っていく。
「ビリはトップの人に海の家で一品おごりってことで!」
「わたし焼きそばがいい!」
「あたしはかき氷、ブルーハワイで!」
「えー、べろ青くなるよー?」
「妖怪の誕生か!?」
「妖怪じゃねーし!」
この調子でワイワイと有志が六人集まった。
「わたし、ちょっと本格的に泳いでくるよ」と言ったのは『アヤチー』というあだ名の部員。水泳が得意で水着もシンプルなワンピース。水中メガネだけを持って海へと入っていった。
一方、ビーチフラッグのメンバーは二人ずつのサシで争うことになった。一回戦で負けた三人のうち一人が敗者復活で二回戦。そして最終戦でビリと一位が決まる。
舞はクジで一番を引いた。
砂浜は足の裏が焼けるほどに熱いので最終組になった二人がスタート地点を海水で濡らして固めた。その濡れた砂の地面の感触を足の裏で確認して、うつ伏せになる。
隣には同じ部のライバルであるミカサ。一回戦の初戦から好取り組みとなった。
舞のボート部は二艇が競うようにチーム分けされている。ミカサは別チームで一目置かれる存在感をしめす相手だ。
あごを濡れた砂地に軽くつける。両手は背中でクロス。
二人の真ん中にスターターの部員が立った。舞は頭を上げて確認すると再びあごが触れるくらいまで下ろして集中する。
スターターが右手を振り上げて「よーい」の声。
「……ドン!」
舞は、ドの発音を聞いて両手で地面を叩きつけて上体を起こす。振り向いて全力ダッシュ――を仕掛けるところで、スターターが「……って言ったらスタートだからね」と笑顔で言い放った。
他の部員から「なんだよー」とか「お約束かよっ!」などと突っ込まれている中、舞の反応の速さにざわつく部員もいた。
一番気にしたのはやはりミカサだ。いまの自分のスタートでは出遅れると悟った。
舞も「両手だけで上体を起こすのは効率が悪いかも……足も使ったほうが良さそうね」などと今のスタートを振り返りながら呟いた。
再びスタート地点から「よーい」と腕を振り上げる。二秒間溜めを作ってから勢いよく腕を振り下ろして「……ドン!」と声をあげた。
舞は両手で地面を突きながら片膝を胸まで上げる。
足の裏が地面についてから反転して踏み出す。
ミカサも先程より早い反応で上体を起こして水で固められたスタート地点の砂を親指でぐっと捉えて踏み出した。
カラカラの砂浜を全力でダッシュする。
先行は好スタートの舞。しかし、二十メートルの半分を過ぎたあたりからミカサが並び、地面に刺さっているフラッグならぬロケット花火に向かって二人が手を伸ばす。
ズザザッー!
「あっつ! 熱い」
砂に突っ込んだ二人はそれぞれが砂の熱にやられて、熱い熱いと繰り返す。
その中でフラッグを手にしたのは舞だった。
「あークソっ! 惜しかったー。てか、あっっつい!!」
「ミカサ~、こっちこっち」
舞が海の中に胸まで浸かってミカサを手招きして呼んだ。
二人並んで海に浸かり、体を冷ます。
「舞の反射神経はホントすごいな!」
「ミカサだって、短距離は得意なくせに」
「砂浜ダッシュは久しぶりすぎて、思った以上に足を取られた」
「それにしても……」
お互いが顔を見合わせて「あつかったー」とハモって笑い合った。
*
沖の方へ視線を移した舞がアヤチーを見つけた。
指さしてミカサに示す。
「あっ、アヤチーがいた」
「……ん? あー、ホントだ。随分真剣に泳いでいるな」
真正面にきれいなクロールをみせている。さながら競泳の五十メートルのプールを折り返して残りあと少しを全力で泳ぐような見ているこちらも力の入る泳ぎだった。
「なんか、アヤチーのやつ、離れていってないか?」
近くにブイが配置されているのでその相対距離でアヤチーの位置は確認できる。舞にもブイとアヤチーの距離は離れていくようにみえた。
「え? まさかアレ、離岸流!?」
離岸流は水面下の形状などにより沖に強く流れる潮のこと。沖に流されているのに気づいて必死に浜へ戻ろうとしても追いつかず、体力が尽きて死亡するケースも発生している。
水泳が得意なアヤチーでも沖に流されてしまっていた。
ミカサが助けにいこうとするところを舞が止める。
「二次被害になるからダメっ!」
「でもこのままじゃ……」
確かにこのまま放っておく訳にはいかない。
アヤチーの近くにヨットが通り掛かる。アレに気づいてもらえれば!