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めくれるフカシの隣人  作者: 栗戸グラ
9/11

田中はかく語りき

◆これまでのあらすじ◆

見えざる者が見えてしまう鬼丸透は、その力によって近隣の火災を予言する。妹の結衣は二人の母の祥子に相談し、その邸宅を定点カメラで監視することに。◆早朝、鬼丸家を訪れた客は近所にある蔦屋敷に引っ越してくる孫の家庭教師を探していた。カメラを設置してきた田中の話によると、すでに引っ越しが始まっているらしい。透は見回りついでに家庭教師を断ってくると家を出た。◆一方田中は怪しいご婦人が持ってきた和菓子を食べながら奇妙なことを言い出した。「センセ、孫が引っ越してくるとか何とか言われたんとちゃいます〜?」その言葉で固まる結衣と祥子だったが…?



 しん、と声の途絶えた室内にはカッチコッチと時計の秒針が響いている。


『ワッポウ!ワッポウ!ワッポウ!ワッポウ!ワッポウ…』と廊下の鳩時計が時を知らせる役目を忠実に果たそうと、けたたましく鳴り始めた。


 時刻は正午だ。


 急変した室内の空気に気付いているのかいないのか、黙々と和菓子を食べ続ける田中。

 まあ、美味しいといえば美味しいかなぁ?とボヤきながら最後の一口を緑茶で流し込む。

 そこに味わう、といった様子は一切見られない。


「あれ?二人ともどうされました?」

 ゴクン、と喉を鳴らしてからようやく田中が口を開いた。

 祥子が口元に当てていた右手を外し、確かめるように田中に質問をはじめる。


「田中」

「はい?」

「貴様の家にも来たのか?」

「何がです?」

「…引っ越しの挨拶だ」


 結衣はそれを聞いてハッと気を取り戻した。


 確かにタナパイの家のが『蔦屋敷』に近いじゃん!


 今時あまり聞かないが、『引っ越しの挨拶』ならそちらに来ていてもおかしくはない。

 菓子とか写真とか色々あったから、ついうちにだけ特別だと思い込んでいたわ。

 結衣は成る程、それでと思いながら田中の返事を待った。


 その田中は、下がった黒縁メガネをくい、と上げながらあっさりと答える。


「いいえ?」


 田中は何のことか全く分からないといった様子で祥子と結衣を交互に見てから続けて言った。


「ってゆうかそれ何ですか?んん?さっきまでの話と繋がってますか?」


 祥子はコタツの上にずずい、と身を乗り出して、ひた、と田中を見据えた。田中は、え、え?と口をもごもごとしながら若干顎を引いて後ずさる。


「さっきお前は、『孫が引っ越してくるからなんて言われたんとちゃいます?』と言ったな?」


 田中は片眉を上げて首を横に振りながら不思議そうに言った。


「いいえ。僕は『孫が引っ越してくるから〜とか何とか言われたんとちゃいます?』って言いましたけど」


 ダンッと祥子は田中の目の前でコタツに拳を打ち付けると、ビクッと田中の身体が震えた。


「手ん前ェェェ、おちょくってんのかクォラァ!意味は一緒だろうが‼︎あぁ?」

「ひっ!はい‼︎すみません言いました!僕『孫が引っ越してくるからなんて言われたんとちゃいます?』って言いました!間違いありません!」


 眼鏡越しに田中の目からビョ、と涙が飛び出たのを結衣は確かに見た。幼少期の思い出(トラウマ)は大の大人を涙させるのか。


「なんでそう思った?勘か?」

「なんでって……えーと、あれれ?……まさか、ホンマに?ホンマにそのご婦人言ったんです?孫が引っ越してくるて!」


 憮然とした祥子。

 コクコクと縦に頷く結衣。

 今頃になって、ようやく田中も驚きの表情を浮かべる。


「うっそーーー!これは開けてビックリ玉手箱ですやん!まさかこんな身近におったとは!」


 イラついた祥子の手がゆっくりと口元に伸ばされるのを見て、田中は慌てて、今、今説明しますから!と叫んだ。


「ごほん!えっとぉさっき僕これ設置する時に職質されたって言ったの覚えてますか?」


 田中は、半分存在を忘れ去られていたモニターを指差しながら確認する。


「んー、たしかにそんなような事言ってたような?」


 結衣が首を傾げながら答える。

 正直言ってあんま覚えてないけど。


「たしかカメラを設置中に警察官に職務質問されたから蔦屋敷の防犯カメラの調整に来たと嘘をついた、と言っていたな?」


「んー、微妙に違うん……いえ!そうです!その通り!その警官たまたま高校ん時の同級やったってさっきも言うたでしょ?『あれ?お前田中じゃんか、久しぶりー懐かしいなぁ』なんて話しよるうちに、ってゆうか今何してたん?ふんふん、であんさんは何してはったんや?ふんふん、てな感じで世間話がはじまりましてん。僕の方は防犯カメラの調整に来たんや〜て、それ以上余計なこと言わんとこ思いまして、ま、それはええとして」


 ずず、とお茶を一口すすってから田中は続けた。


「そいつの名前、亀頭って言うんですけどね、その亀頭に『僕もそやけど、亀頭も土日関係なくて大変やな。こんな気持ちいい天気の土曜日にパトロールはある意味辛いやろ』って言ったんです。そしたら亀頭が『俺もこの春からこっちに異動になったんだけどさぁ、この辺りは空き家が増えて住民が減ってきたって聞いたてたから楽でいんじゃね?って思ってたらさー、先輩から豪邸の空き家は金持ってる犯罪者の隠れ家には持ってこいだからどんな住人が住んでいるかきちんと把握しとけって言われちゃって大変だよー。大麻の栽培とかさー、高級マンションのワンフロア借りて育てたりしてんだって!ウケるよー!でも今時都民も警察官だってだけで信頼なんかしてくんないじゃん?こっちだってしたくて自宅巡回してねーっつの!しかも敷居が高い家ばっかだし、話聞こうにも居留守使われてんのか本当に居ねえのかもわかんねえし!役所と情報共有すりゃ簡単なのかねぇ?でも住民票は別んとこで住んでるとこはこっちってやつも結構いんじゃん?大体さー引っ越す度に住民票移すのって本当面倒いよね…』……………ヘン…ヘンヘ(センセ)いはいへふ(痛いです)


 般若の形相がそこにあった。

 田中の両頬は祥子の右手で挟むように掴まれギリギリ、ギリギリと締め上げられている。トレードマークの黒縁眼鏡はずり上り、先程涙腺が緩んだ目頭から新たな涙が盛り上がっている。


「……おい、クソ眼鏡。こっちはいい加減イライラしてんだ。要点だけ教えろや。クソ警官の言葉を一字一句再現する必要性ねーだろ?あ゛?理解したか?理解したな?」


 キレると一気に口が悪くなる祥子に高速で頷く田中。今時の小学生並みにキレると何をするか分からないところが心底恐ろしい。

 顔面を解放されて小刻みに震える様は狼を前にしたウサギのようだった。


 まあ、正直なところ。

 今のは私もイラっとしたので、全然全くこれっぽっちも可哀想とか思わないけど。


「きき聞いた話を要約させて頂きます。…国際的密輸組織がペーパーカンパニー作って民家を借り上げて拠点にするのはまあ、今時珍しい話でもないですよね?捕まんのは受け子とかペーペーの末端構成員やから言うたらイタチごっこですわ。取り締まる方もわかっちゃいるけど現行の法律じゃ他に方法があらしまへん。捕まえたところで大したことは知らん、知らんでも事情聴取せないかん。ってなわけで事情聴取していたらおかしな事を言い出したらしいですわ。なんでも、

『ババアが余計な事をしたせいで捕まった』

 ってね」


 祥子と結衣は一度顔を見合わせてから視線で次の言葉を促す。

 田中も話しているうちに段々といつもの調子を取り戻しつつ、更に言葉を続けた。


「摘発された犯人は国際的密輸組織の末端構成員で、ベトナム系の兄弟。やっこさん日本ではヤクザとか暴力団と繋がって商売してるらしんです。その『ババア』はどうも日本側の人間らしいですわ。らしい、ってのは『ババア』が捕まってないのと、摘発されたベトナム系はベトナム語と片言の英語しかあかんくて何言ってはるのかよう分からんかったそうで。んで、片言の英語で聞いたところ、どうもその『ババア』は隣近所に『引っ越しの挨拶』をするように言ってきたそうです。」


 田中は意味深な目配せをする。

 話に引き込まれている二人の反応に満足げにニヤリと口角を上げた。


「半信半疑で周囲に聞き込みすると、オモロイことに本当に引っ越しの挨拶来てた事がわかってんて!近隣住民が言うには、品のいい婆さんが来て、『孫が外国から引っ越してくるのでご迷惑おかけします。つまらないものですけどこちらどうぞ』なんて言うて高級和菓子を差し出してきたからよう覚えてたとか。ほら、さっき結衣ちゃんが言うてた、えーと『いつやん』?せやから、センセが知らん御婦人が菓子持ってきたー言うてるのを聞いて、冗談のつもりで言うたんですよ!『孫が引っ越してくるからなんて言われたんとちゃいます?』って……」


 田中が口を閉じると、再び室内はしんと静まり返った。

 ってゆうか、日本警察の情報統制ってどうなってんの?ガバガバじゃん。久しぶりに会った高校の同級生に根掘り葉掘り聞かせる話じゃないっしょ。あと『いつやん』ってなんやねん!


 結衣が混乱した頭でなんとか情報を整理しようとし、あえなく失敗している横で、祥子が口を開いた。


「2点確認したい。簡潔に答えろ」

 もちろん、田中に向けた言葉である。

 当の田中は沢山喋って喉が渇いたのかお茶をお代わりしていた。


「国際的密輸組織、と言ったが密輸していたのはヤクか?」

「亀頭も何でか明言せんかったんですが、まあ、八割方そうやと思います」

「ふむ。マトリのおとり捜査だったんじゃあないのか?」

「その『ババア』がですか?でも、それにしちゃえらいおかしなことしますよね?だって引っ越しの挨拶てw」

「ちょちょっと!待ってよマトリって何?」

 二人にしか分からない単語でぽんぽんと進む会話に追いつけない。結衣は慌てて疑問を挟んだ。


「ああ、マトリってゆうのはね、麻薬取締官のこと。麻薬Gメンってゆえば分かる?」

 田中が丁寧に説明してくる。

「ってことはヤクってゆうのは麻薬ってこと?」

「おい、お子様は大人しく終いまで聞いてろ。話が進まんだろ!」


 祥子の一喝に結衣の頰がぷーと膨れる。

 お子様なんだから()()しくなんてできないもーん!

 その横でく、か、かわええ…と呟く田中。

 結衣に構わず祥子は疑問を続けた。


「あとな、そのベトナム系は日本語からっきしで英語も片言だろ?なんでそんなのが『受け子』なんだ?」

「ああ、実はですね、その兄弟によると『ババア』と組めば大丈夫ってんで本国からの指示で入国したそうです。なんせその『ババア』は日本語は勿論英語もベトナム語も完璧やったそうで」

「おいおい、英語はまだしもベトナム語ができるお年寄りは中々いないぞ!」

 祥子の興奮が声に現れる。田中の一言で、一気に老婦人に対して興味が湧いてきたようだ。

 そうか、彼女がその『ババア』と同一人物である可能性は高いな、と嬉しそうに呟く。

 あっ!そういえば…。


「ってゆうか、透って…今その人と会ってるんじゃない…?」


 自分の一言で頭がようやく回り始めた結衣が、はっとして祥子に顔を向けた。


 ニィタァァァァ。


 口裂け女もかくや、と口角を目一杯引き上げた祥子。

 次の瞬間、すっくと立ち上がり田中を見下ろした。


「田中!緊急会議だ!書斎に移動するぞ!」

「え?カップラーメンも食べたいんですけど…」

「んなもん後だ後!面白くなってきやがった!結衣!モニターチェックは任せた!」

「え!うそ!」

 言うが早いか、祥子はもうドタドタと奥の書斎へと駆け出している。


 田中も嫌々ながらコタツを這いだし、

「センセ〜、そんな急がんでもええでしょ〜」

 と言いながら後に続いた。


 ポツン、と一人残された結衣。


 開け放たれた襖からヒューと風が吹き込んでくる、ような気がした。










つづく。

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