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めくれるフカシの隣人  作者: 栗戸グラ
8/11

その和菓子、心して食せPART2

◆これまでのあらすじ◆

見えざる者が見えてしまう鬼丸透は、その力によって近隣の火災を予言する。妹の結衣は二人の母の祥子に相談し、その邸宅を定点カメラで監視することに。◆早朝、鬼丸家を訪れた客は近所にある蔦屋敷に引っ越してくる孫の家庭教師を探していた。カメラを設置してきた田中の話によると、すでに引っ越しが始まっているらしい。透は見回りついでに家庭教師を断ってくると家を出たがその蔦屋敷に入っていくトラックを見かけて…?



「ところでセンセ、そろそろ今回の趣旨を教えてもらえませんか?」


 コタツに入りながら田中が口を開いた。

 現在、結衣はお茶を入れ直す為席を立っているので、六畳の和室には祥子と田中の二人がいるのみだ。


 コタツの上のモニターを時折確認しつつ、祥子は先程からミカンをひたすら揉んでいる。ミカンは揉めば揉む程甘くなる伝説を本物にする、と小規模な逸話を作るのに必死だ。テレビは既に消えていて、黙っていれば、カッチコッチと時計の秒針の音だけが響いていた。


「カメラの件ならすまん、完全に個人的なやつだ。ま、もしかしたらいつかまとめて書けるかもしれんがな」

「なんやそしたら僕朝から普通にパシられただけですか?」


 普段から執筆の為に必要な取材(リサーチ)という名目で無茶ぶりされ慣れている田中は、今回も大方祥子の思いつきによる取材の一環だと盲信していた。


「いや、貴様もこの街の住人として自治体の平和と安全を守る責任があるだろ?」

 ようやく納得したのか、祥子はミカンを揉むのをやめてミカンを一房食みつつ言った。一口目で顔をしかめた所をみれば、大して甘くはならなかったようだ。


「……はあ?」

 平和と安全…?と混乱した顔で呟く。

 ここまで何一つ説明らしい説明を受けていない田中にしてみれば何のこっちゃである。


「簡単に説明するとだな、今朝、川口邸の屋根上に超自然的な存在が確認されたらしい。結衣と透によると、近日中に小火(ぼや)を出す可能性が非常に高まった、そうだ」


 何事においても自身による確認や検証が行われていない事象については疑いの目を持つのが祥子の信条なので、断定的な言い回しはしない。ただし、透に関しては普通なら一笑に付すべき内容であっても八割方信用している。身内贔屓なのではなく、単純に今までの実績があるからだ。透と結衣の相談は常に『未来に予測される事象を未然に防ぐ』のではなく『既に確定された未来の事象に対抗する手段』についてであった。それを何度も目の当たりにしてきたのだ。


 そうして、超自然的、と聞いて途端に嫌そうな顔をする田中。


「なんや、そっち系ですか。そんならなるべく僕のこと巻き込まんでクダサイネー」


 半眼で喋り口調もややキャラ変しつつ田中は言い放つ。

 祥子はもぐもぐとミカンを咀嚼しながら目を丸くした。


「なんだ、相変わらずか。得手不得手の極端なやつめ。ヤクザの事務所にも平気な顔して突っ込んで行く奴が魑魅魍魎如き怖がるのか?」

「いやいやセンセ、言うときますけど全然平気じゃないんですからね!センセーに脅されて仕方なくいつもしているだけってところ、わかっとって下さいね!」


 身振り手振りで熱弁する田中。それでも側からみれば、十分平気な顔で突っ込んでいるように見えることには気がついていない。


「まあ、でもそうですね。ヤクザもマフィアもテロリストも所詮は同じ人間ですやん?やったらより恐ろしい方に服従するのが賢い生き方やってこと、小学生時分に悟りました」


 田中の恐怖ランキングではヤクザ<(だいなり)祥子であるらしい。


「私はいつの時代も人間が一番恐ろしいと思うがね」

「はいはい、センセの仰る通りです」




「ちょっと何それ物騒な話?」

 ちょうどその時、お盆を片手に結衣が襖を開けて話に入ってきた。

 襖を開けた手には電気ケトルが握られている。どうやら長丁場に備えて準備万端整えてきたようだった。


 途端に田中の顔からパァーッっとお花が飛びだす。


「結衣ちゃーん、マイオアシス〜。お願いやから結衣ちゃんはそのまんま育ってちょーだいネ」

「え、何それ。私の成長はタナパイに何の関係もなくない?」

「また、そんなつれへんことを言って〜。ツンデレはもう時代遅れやって」

 相変わらず話が通じない。


 結衣は黙殺しながら部屋の隅にあるコンセント付近に荷物を置き、ケトルをセッティングする。祥子と田中が見れば、お茶の一式だけでなく、カップラーメンまで用意されているではないか。相当モニターが気になるらしい。



「心配せずとも変化があればすぐに呼ぶぞ?まあ、大して映ってる訳ではないが」

 祥子の言葉に心無し小さくなる田中。


「んー、それもあるけど冷蔵庫の中あんま入ってなくて。本当は今日ランチも兼ねて透と買い物に行こうとしてたんだよね」


 結衣がケトルの電源を入れると、シーとお湯を沸かす音が始まった。その間に急須の茶葉を入れ替える。


「ということはつまり…」


 祥子は執筆中は食に関心が殆ど働かないが、通常時であればそれなりにうるさいほうだ。出来合いでもいいがせっかくなら家庭料理が食べたい気分だったのにこのままでは夕食もそこにあるカップラーメンになるのでは、と危惧していた。

 祥子の視線を受けて言わんとすることを察した結衣は冷蔵庫や戸棚の中身に思いを馳せる。


「…夜はパスタでもいいかな?」

 パスタならギリギリ出来ないこともない。


「僕は結衣ちゃんの手料理なら何でもええよ〜」

 タナパイがなんか言ってる。てゆうかタナパイの分は考えてなかった。


「でもあかん、やっぱ緑茶にはカップ麺よりお菓子がええかな〜」

 カップ麺は手料理に入るのか?


 あからさまに無視されているのにチラチラと結衣に視線を送りながら気を引こうと大きな独り言を呟く田中。うざい。


「そこにミカンあんじゃん」


 結衣は卓上に置かれたミカンを指して素っ気なく言った。タナパイはしつこいので適当に返事をしないとどんどんうざくなるので注意だ。


「僕ミカン苦手〜。緑茶とミカンて相性悪ない?渋みと酸っぱ味って共存できんくない?」

「?そうか?某漫画家が度々蜜柑と静岡茶をすする一家団欒シーンを登場させていたように思うが」

 言わずと知れた国民的漫画だ。


「センセは黙ってて下さい!せっかく結衣ちゃんが僕だけの為に美味しい美味しいお茶を淹れてくれたんやからっ!」


 悲しいことに家族の誰も飲みたがらない結衣の茶をここまで熱望するのは田中だけである。

 もう放っておこうかと一瞬迷ったが、手には冷蔵庫からわざわざ出してきた件のお菓子があった。


 カメラの設置位置は微妙だったけど、(田中由夫を辞書で引くと『①一見普通の小市民に見えるが言動が残念な人②過剰な期待をすると馬鹿を見ること③ポンコツ』と書いてあるはずなので仕方ない)朝から自分たちの為に休日返上で動いてくれた事には違いない。いつも祥子の鞭ばかりでは田中(サンドバッグ)がヘタれてしまう。たまには飴も必要なのだ。そうなのだ。うん。


 結衣が無言のまま、お茶と共に例の抹茶の和菓子を卓上に置くと田中の目が丸々と開かれた。


「うそん」

 田中がポツリと呟くのを聞いて、結衣は意外に思う。

 え?タナパイこんなレアなお菓子知ってんの?


「この抹茶スライムみたいなの…ももももしかして結衣ちゃんの手作りちゃう?」

 思わずガクっとなった。

 やはり田中由夫。ある意味期待を裏切らない男。


「もう、抹茶スライムじゃないよ!めっっっちゃ美味しいんだから!『いつ弥』の練り抹茶(多分)は作ってる数がすっごい少なくて予約しないと買えないんだから!」

 今となってはやや出所の怪しい和菓子となっているが、結衣は自分の舌を信じている。これは絶対本物のハズ!


「貴様の買ってくる手土産との違いをその舌で確かめるがいい」

 祥子も不審な製造年月日より自分の舌を信じる事にしたらしい。


「ふーーーーん。なんや大層な菓子ですねぇ。たかが菓子でふーーん。ん?『いつ弥』?あれ?なんか最近どっかで聞いたような、聞かなかったような」


 結衣の手作り菓子かと一瞬期待しただけに違うと分かってあからさまにテンションダウンする田中。フォークでちょいちょいとつつきながらアラを探すようにじろじろと眺め回している。


 くっそ、やっぱ仏心など出さず後でこっそり自分で食べれば良かった。何あの目、腹立つわー。


 まるであなた老眼ですか?という感じで仰け反って練り菓子を眺めてから、田中はパクッと一口入れる。


 次の瞬間には、田中が『おおおお美味しー!!!』と絶叫する様を予想して、ニヤニヤしていると、田中は無言のままゴクンと飲み込んで一言。


「うん、もうちょい甘い方がええかな」

 と言った。



 ブッッチーーーーーン!

 結衣の血管が耐え切れず切れた。

 こ、こ、こ、この馬鹿舌があっ!!!!

 もう、絶対、二度と、何があっても、たとえ地球が逆さにひっくり返ったとしてもこの(ばか)にだけは美味しいもの分けてあげない!絶対絶対絶対あげないんだからっ!


 ギリギリと小刻みにに震える、卓上の結衣の拳を見て、田中は己の失態を悟った。

 あ、なんかヤバイ。

 慌てて取り繕った言葉を並べるはじめるが、時既に遅し。


「あ、あー、なんか飲み込んでから抹茶の爽やか〜な風味が感じられてきました。ハイ。それにしても素晴らしい食感ですねぇ。いずれ何処ぞの名品かと。えーと、あ!センセどうしたんですかこんないいお菓子。買ってきはったんです?」


 言えば言うほど胡散臭いのが、流石に田中にも感じられたのか、早々に話題をすり替える。


 付き合いの長い祥子は呆れた様子で田中を残念そうに見た。


「その繊細な甘味が感じられないとは情けないではないか。はあ。締切明けでそんなもん買いに行く時間なんぞない。貴様と違って世間様は時に気の利いた手土産を持ってくるのだよ」


「要するに貰いもんでっしゃろ?へえー。こんなんが喜ばれるんですねぇ。ははぁ。なるほど」

 今度から抹茶っぽいプリンを買ってこよう、と田中は思った。


「ま、そうは言いつつも、実のところよく知らん御婦人が持ってきた若干の怪しさを孕んだ菓子なのだがな」

 祥子がニヤリとしながら肩を竦める。

 その言葉に田中は、ピンと何かを閃いた様子でおどけて言った。


「ああ、もしかして『孫が引っ越してくるから〜』とか何とか言われたんちゃいます?」


 祥子と結衣の目が丸々と開れる。


 今、何て言った?








つづく。

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