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めくれるフカシの隣人  作者: 栗戸グラ
4/11

ミッションインポッシブル



 結果報告。

 噂に違わぬ絶品だった。

 何なんだろう。こう口の中でトロトロトロ…ふわわわわぁぁってなった。上品な甘さと抹茶の香りと苦味が相まって…ああ、語彙力の無さよ。もう借りてきたやつでいいや。


 抹茶の宝石箱や〜。


 結衣の脳内ではキラキラした笑顔と拝借した文句で食レポが行われていた。突如、その隣に現れる同じくネタをパクってモノマネしている◯ス麿呂。本家と勘違いし焦る結衣麿呂。ここは土下座一択か。


『それって宝石緑一色ですやん…!宝石箱の意味ないやん!!』


 ……!!!

 結衣は脳内で衝撃を受ける。


 食レポとは、味覚という目に見えない感覚を言葉と表情、仕草だけで伝えるという高等テクニック。しかし、テクニックだけで果たして感動を伝えきることが出来るだろうか?

 いや!違う!

 違うと私はここで宣言する!

 断じてテクニックだけではない。例え拙くとも、ありのままの反応、率直な思いこそ、人々の感動を呼び起こすのだ!

ありの〜ままの〜姿みせ〜るの〜よ〜!

そう、借り物の表現に逃げた時点で、結衣の食レポはこの感動を100パー伝える道を見失っていたのだ。


 悔しいけど完敗です。結衣麿呂の名前は今日限り返上させてください。

『このネタ、パクっていいのは俺だけや〜』

 え、ソックリさん?



 というわけで。

 庭で素振りしていた透を無理矢理連れてきてお茶を淹れてもらった。

 透は頭の上に?マークを????って付けてたけど快くお茶を淹れてくれて、3人で小さめの掘り炬燵に足を突っ込んでほわっとしているところである。


「これは口コミで広がるわけだな。食べた事のない食感だ」

 激しく同意。

 祥子と結衣はうっとりと目をつぶって余韻に浸っていた。

「そんなに有名なお菓子なんですね」

 素振りで汗をかいたので、三度着替えてきた透。黒の薄いセーターの上からこちらも黒のドテラをオンしている。祖母から送られたドテラは何だかんだ我が家では愛用されているのです。


「店自体が小さいから単純に生産数が少ないってゆうのもあるけど、店頭だと滅多に買えない幻の一品なんだよ!」

 テレビの受け売りを拳を握って偉そうに演説する結衣。もうこれは、絶対また食べよう。


「でも、そんな入手困難なお菓子どうしたんですか?あ、そうか田中先輩?」

「ぶぁっか!田中ごときがこんな気の利いた手土産持ってくるかよ」

 祥子がいつになく熱くなっている。

 結衣も同調し、激しく首を縦に振る。その通り。タナパイがこんな気の利いた手土産持ってくるわけがないでしょうが。そこんところ、透はまだ分かってないんだよなぁ。


 田中由夫(よしお)、通称タナパイ。四文字という字数制限の中にあって田んぼが名前に二度登場する男。東京生まれ東京育ち。

 そして、彼は手土産に予約でいっぱいの話題の和菓子なんてまず選ばない。

 その辺で買ってきた手土産を一言でも褒めれば、延々と同じ物を買ってくるような奴だ。


 田中由夫を辞書で引くと

『①一見普通の小市民に見えるが言動が残念な人②過剰な期待をすると馬鹿を見ること③ポンコツ』

 って書いてあるに違いない。


 田中は透の五つ年上で、高齢化が若干進んできたご近所における数少ない若者だ。

 本人の希望ガン無視で祥子さんのコネで出版社に就職させられ、勝手に担当に指名され、いつの間にか公私共にこき使われている危篤な人だが、何故だか全然可哀想とは思えない。何でだろう。


 ノンフィクションに異常な拘りを持つ祥子は、時にネタの為なら平気で鬼畜になる。

 曰く『事実は小説より奇なり』である。

 そして、若い頃は今より更に無茶ぶりしていたらしい。


 私が知ってるだけでも、タナパイ絡みでやばめのやつが何個もある。

 その一つ、今も伝説に語られる祥子の代表作『田中由夫の初めてのお使い〜たこ焼き王にボキュはなります〜』では、小学一年生のタナパイを捕まえて、たこ焼きを一つ買えるだけのお金を持たせ「大阪でたこ焼きを買ってこい」と言ったとか。タナパイは運がいいのか悪いのか、たまたま長距離トラックの人の良いおじさんをヒッチハイクし、口車に乗せて本当に大阪まで行ってしまった。誘拐と勘違いしたタナパイのお母さんが警察に通報。悪ノリした祥子が身代金の要求を仄めかしたせいで、警察に確保されるトラック運転主はとんだとばっちりである。全国ニュースになる一歩手前で再び別のトラック運転手に乗せられて帰宅してきたタナパイ。大騒ぎにキョトンとする彼の手には冷めきったたこ焼きが一つあったそうな……。


 多分私が知らないだけで他にも色々あったと思うんだよ。…よく考えたら、人んちの子供捕まえてとんでもない事してるな、祥子さん。

 でも、出版社に就職決まって親御さん泣いて喜んでたし、いいのか?事実上の奴隷宣言なのにいいのか?


 結衣が何となく田中の残念エピソードを反芻していると、祥子は前触れもなく膝を打った。


「よし、透。しっかり食べたな」


 あ、やっぱりなんか言い出した。

 ああ、透も予想済みな反応。ちょっとだけ腰が浮いてる気がする。面倒だったらすぐ逃げ出せる体勢だな、あれは。


「えーと、今度は何でしょう」

「まあまあ、まずは話を聞けい」


 おもむろに、懐に手を忍ばせる祥子。その指には白の洋封筒が挟まれている!え、何だろう、ちょっとドキドキしてきたぞ。


「実はな、今しがた食べた気の利いた手土産は、昨日我が家に挨拶に来たとある老婦人からの頂き物である」


 祥子の言葉に思わず、結衣と透は顔を見合わせた。


「昨日?」

「そんな人来てた?」

 というか、昨日はまるまる寝てたでしょ、あなた。


「あれ?昨日?今朝だったか?締め切り前後は時間の感覚が無くなるからよくわからん」


 しまった。ネームバリューの凄さに圧倒されて賞味期限とか確認するの忘れてたわ。

 結衣は、恐る恐る和菓子の箱にラベリングされている製造年月日を確認する。こういった繊細な生菓子は基本その日に食べるように作られている筈。どうか、三日前とかじゃありませんように…。


「へ?」


 結衣はラベルを確認して思わず声をあげてしまった。


「おい、娘。親しき仲にも礼儀ありという言葉があってな…」

「え?…は?!いや『屁』じゃねーよ!」

「!! なんだ、そのナチュラルなツッコミは。さては夜な夜な練習してやがったか」

「もう、だから違くて!ここ、これ見て!」

 結衣はラベルを二人に見せながら叫んだ。

「製造年月日、今日の日付!」


 二人はラベルをまじまじと見つめたあと、顔を見合わせた。

 本日、結衣と透は早朝の5時頃からランニングに出ていた。その時だろうか?昨今の和菓子屋は早朝の5時前に開店しているものなのか?答えは否である。


「祥子さん、そのご婦人が来られた正確な時間、覚えておられないんですか?」

「全く記憶にない。ただ、真っ暗だったから夜か、くらいにしか覚えてない」

「ちょっとちょっと、うちらすごーく怪しいお菓子食べちゃったんじゃないの?」


 しかし、今も反芻できるあの繊細な甘さ、抹茶の香り、舌触り。どこを取っても一級品だった。あれは本物の味だよ、うんうん。加えて菓子折の中には、店名や菓子への拘りなどが写真と共に掲載されたリーフレットまで入っている。



「祥子さん、先程の話の続きを聞かせて下さい」

 透はいつの間にか腰を落として座り直している。


「ふむ、そうだな。まずはこれを見てくれ」


 先程懐から出した(何度も言うが、祥子さんは灰色ヨレヨレスウェットを着用している)白い洋封筒が渡される。特に封もされていなかったのでそのまま中身を確認する。

 中には二枚の写真が入っていた。


「?誰これ」


 写真の一枚目には見知らぬ少女が写っている。写っている少女はこれが、本物のビスクドールか!と叫びたくなるレースたっぷりの凝った衣装にくるくるの金髪、青い目。ぶっちゃけ超美少女。何処かの洋館で映されたのか、背景もすごい。


 こういう写真て何となく今の時代の写真か古い写真かわかるものだ。服装、髪型、街並み、経年変化した印画紙なんかで。それは少なくとも10年以上昔の写真に見えた。

 透の手にある二枚目の写真を見ると、思わずあっと声があがる。


「これ、透じゃん」

 そう、二枚目の写真には先程の美少女とツーショットでまだ幼い透が写っていた。年齢は7、8歳くらいだろうか。少女に合わせて透もきちんと正装しているようだ。白い半袖のシャツに蝶ネクタイ、紺の半ズボン。背景に立派な洋館。これだけ見たら外国の結婚式みたい。


 透は写真を手にしたまま、口をポカンと開け、右の人差し指を頭に当てて虚空を見つめている。

 はい、その顔。全く記憶にないパターンね。


「後ろに写っている洋館をよく見てみろ」

 祥子に言われて改めてまじまじと洋館を見直すと、既視感を覚えた。

 んんん?なんだろう。


「ああ、これは田中さんの家の斜向かいにある蔦屋敷ですね」


 あ、ホントだ。

 透の言葉でポンと手を打つ。

 確かに屋根の形とか、それっぽい。うちもそうだけど、蔦屋敷はうちより更に何区画も大人買いして広大な敷地に建てられているので、塀から屋敷まで距離がある。屋敷は辛うじて屋根の一部が樹木の隙間から覗いているだけなので、言われなければ分からなかったかも。

 よく分かったな、透。


「あの家は色々興味深いからね」

 ナチュラルに心の声に返答しないで欲しい。


「ずっと空き家だったが、どうも元々は今朝方挨拶にきた刀自(とじ)の持ち家だったらしい。人手に渡っていたのを買い戻したそうだ。アメリカに移住していた孫が日本の大学に通う為に戻ってくるから、少しでも馴染みのある家で過ごせるようにとか何とか」


 へえーー金持ちってそんな感じでぽんぽん家買うのか。だってあそこ多分メチャメチャ高いよね。この辺ただでさえ地価が高いのにさらにあの広い敷地に豪邸では。


「それではこの写真の女の子がお孫さん?」

「そうそう、今年18歳っつって、名前はえーと、リーン?だったか。孫が帰国するってんで懐かしくなって昔の写真を見返してたら、お前の写真が出てきたからわざわざ挨拶がてら持ってきたそうだ」


 早朝から結構立て込んだ話してるな。まあ、お年寄りは朝早いって言うし。

 透を見ると今度は額に指を当てたまま俯いている。思い出せないらしい。


「だめだ、さっぱり思い出せない」

 透は一度大きく息を吸って吐いた。

「…ただ、懐かしいからって写真持って挨拶には来ないでしょう?別のお話があったんじゃないんですか?」

「流石に察しがいいな」

「前置きは分かりました」

「結構!」


 祥子は立ち上がり、腰に手を当てて反対の手でびしと透を指差した。その表情は天井のライトが逆光になっててよく見えないが、唇が口裂け女の如く釣り上がっているのが辛うじて見えた。


「透、蔦屋敷の刀自、末期の頼みだ!彼女の孫の家庭教師をやれ」


 ババーーーーーン!


 という効果音が祥子の背景あたりから聞こえるのは私だけなのだろうか。

 誰の喉か、ゴクリと唾を飲む音が響く。結衣と透は文字通り固唾を呑んで続きの言葉を待った。

 祥子は決めのポーズのまま微動だにしない。

 狭い和室にテレビのレポーターのはしゃいだ声だけが流れる。

 その時、『ワッポウ』と廊下の鳩時計が一声鳴いた。



「………え?」

「………はい?」


 結衣と透は動かぬ祥子を見上げながら同時に声をあげた。


「「それだけ?」」


 ムッとした表情になって、祥子は口を尖らせる。


「『それだけ』とは何だ」

「え、だっていつももっと、なんじゃそりゃ、え?死ねって言ってるの?みたいな無理難題言ってくるじゃん。シルクロードをラクダで移動とか野生のライオンの群れに加われとか歌舞伎町で2ヶ月でナンバーワンになれとか」

  あたふたとなりながら結衣が説明する。え、おかしくない?なんか祥子さんが無茶ぶりしてこない。


「後出しされると面倒です。今のうちに吐いてください」

 あ、目が据わってる。

 普段温厚な美形の無表情って、それだけで迫力あるよね。


「失敬な。私だっていつもいつもそうネタのことばかり考えてるわけじゃないぞ」

 プン、と腕を組んで顔を背ける祥子。

 はい、ピピーーーーー!お巡りさーん、ここにホラ吹きがいますー。


「まあ、いいか。どっち道私は家庭教師なんて出来ませんよ」

「はん?なぜだ!」

 透は肩を竦ませて悪びれず言った。


「だって私英語も勉強もさっぱりですから」











つづく

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