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めくれるフカシの隣人  作者: 栗戸グラ
3/11

その和菓子、心して食せ

 


 結局、全て話し終えるのに一時間近くかかった。

 勿論、すぐに話を脱線させる誰かさんのせいだ。なんで朝からあんなに元気なの?こっちはいつもより早起きしたせいで眠くなってきたっつーの。


「ふむ、大体話はわかった。ただまあ、家宅の主に忠告するのは愚策だな。人間誰しも不吉な予言をされて不愉快にならない者はいない。更にそれが的中でもすれば、通報→煩わしい取り調べのための任意同行→隣人に目撃され逮捕と誤解→近所中に噂が蔓延→SNSで拡散、個人情報の流出→怪しい新興宗教からの勧誘etc…ま、良いことは一つもないな。中世の魔女狩りが現代に蘇る様には少し興味が湧くけどね」


 かれこれ、五年以上前から着ているヨレヨレのスウェット(灰色)姿の祥子がコーヒー(って飲むんかい!)を口にしながら指摘する。

 大体、予想通りの反応だ。


「まあ、私もそう思ったよ」


「娘よ」


 テーブル越しにぽんと肩に手を置かれる。


「身内にまで見栄をはるなよ?恥じゅかしいぞぉ」


 ほ・ん・と・に〜〜このおばはんは!ちまちまと重箱の隅を突くようにからかいのネタを探してくるな!


「後から『あたしもーそれ思ったぁ!てか今言おうと思ってたとこぉ。あ、もしかしてあたしの頭の中見たでしょキモい〜』とか言ってくる奴いるよな。ああいうのを見ると、背後から膝カックン、からの踵落としを決めたくてウズウズしてしまうぞ」

 そんなのと同レベルに思われたかと思うと、うん。軽く殺意を覚えた。これが殺意か。


「では、祥子さんの意見もそれとなく注視して、火災が起きてから通報するって事でいいですか?」

 透が冷静に軌道修正する。文脈からさりげなく結衣もそう言ってましたよ的なニュアンスを感じる。透ぅぅ、好き。


「まあ、保身が大前提だからな。他にどうしようもあるまい。田舎なら自治会長なんかをタラし込んで合同火災予防訓練させる、とか何とか。昨今の都会人は忙しなくていけないねぇ」

 なぜ、透には真面目に返答するのだろう。今度時間がある時真剣に対策を考えよう。


「初期に通報してやれば人死に騒ぎにはならんだろ。この辺の家なら火災保険くらいは入っているだろうしな。念のため定点カメラでも設置しておこう」

「ありがとうございます」

「それよりも私はその屋根の上の妖怪に興味があるな」

「はは、妖怪ですか」

「ん?違うのか?江戸時代の文献に火事をおこす妖怪が載っていたと思うが、……たしか天火(てんか)だったか」

「いえ、あれは火事をおこすというか…」


 透が困ったように横目で結衣を見た。結衣は一つため息を吐いてから、透の言葉を続ける。透の言いたい事は何となくわかっている。多分。


「別に屋根の上の旗振ってる子が悪さをするわけじゃないみたいだよ」


 祥子がふむ、と言って顎に手を当て考え込む。テーブルの上の朝食はとうに片付けられていて、透がもう一度落としてくれたコーヒーとお煎餅が菓子皿に入れられて置かれている。所々に黒豆が入った塩煎餅ってお腹いっぱいでもついつい食べちゃうよね。と、心の中で言い訳しつつ結衣はお煎餅を一口かじった。


「因みにだな、透は実際には何と言ったんだ?」


 珍しく祥子は真面目に結衣に問いかける。


「ええーと」

 透は屋根の上を見てなんて言ってたっけ?


「『人間の霊じゃない』とあと『この家か土地のナニか』だったかな…?」


 当の透はニコニコしながら成り行きを見守っている。


「では、透に見えているソレはソレ自体が火災を誘引するわけでは無くて、火災を予見して忠告している、と言ったところか」


 結衣はそこまで言われて、あっと思った。()()()透はわざわざ結衣達に相談したのだ。

 透を見れば、嬉しそうにニッコリ笑って頷いてくれた。美形の会心の笑顔の威力、パネぇ。朝から良いもの見たな〜ご馳走様です。もう、お腹いっぱいだけど。


「透はあの子が家を守ってくれる人を探しているって知ってたんだね」

「まあ……でもやっぱり現実的には難しいね。アレの心が家主さんに通じればいいんだけど」


 いつものことだけど、透は結衣が気づく以上のことはほとんど教えてくれない。それでも、他の人よりは結衣に向けた方が話しやすいようで、まず相談を受けるのは結衣だった。

 これも透七不思議の一つである。


「しかし、この案件は首を突っ込むととんでもない火傷を負いそうだ。火事だけにな」

「はい、祥子さんと結衣がそうおっしゃるのならこれ以上何かお願いするつもりはありません」

「もう一つの可能性としては…」


 祥子がバリン、と小気味良い音を立てて煎餅を頬張った。


「む…透が丸ごと垂らし込む。お、意外と……ん、一番いけそうな気がしてきたぞ」

 煎餅食べながら喋るなよ。

 しかし、私も実はそれ一番いけそうな気がする。またからかわれるから絶対言わないけど。


「ははは」

「いや、冗談とかじゃ無くて」


 結衣は何度目かのため息を吐く。


「祥子さん、透はそのへん無自覚なんだから食い下がっても無駄だよ」

 老若男女、全方位からモテモテの透にとっては『みんな良い人』なのだ。側から見ればその受けの良さの異常性がわかるのだが、当事者にはよく分からないらしい。


「ふう、まああまり欲張ってもいかんな」


 あれ?今日は意外とあっさり引き下がるな。いつもなら透の意志を無視して色々計画しだすところなのに。

 …ん?欲張る?


「透には別のミッションがある」


 ………はい?







 その後、祥子は説明もそこそこに「ちょっと、新しい構想を思いついた」と言って書斎に篭ってしまった。透はシャワーを浴びに行き、結衣はと言えば、早起きの影響で襲ってくる眠気に完全降伏し、場所をテレビのあるこじんまりとした和室に変えて、土曜の朝の白いクマが世界を旅する番組を夢現に聴きながら、コタツでぬくぬく、うとうと、ぬくぬくを繰り返していた。中学生の頃から愛用しているドテラに包まれて、これがまた眠気を誘う。何これ、至上の幸福がここにある。


 どれくらいの時間そうしていただろうか。スッと襖が開けられる気配で覚醒する。どうやら、いつのまにか寝入っていたようだ。


「おや、結衣だけか。なんだ寝ていたのか」

 祥子の声だ。相変わらず灰色ヨレヨレスウェットがぼんやり眼に映る。今日は一日家でゴロゴロする気なんだろう。化粧し外向きの格好をすればそれなりの超絶美魔女に変身するのだが。祥子はオンとオフの差が極端だった。


「お子様は暇そうで何よりだな。透はどこに行ったんだ?」

「ふああぁ、えー知らない」

「なんだなんだ、せっかく思わせぶりな台詞でフェードアウトしたのに」


 ちっと舌打ちする祥子。

 結衣は目をこすりながら、再びの欠伸を咬み殺す。


「だって…」

 正直あんなのいつも通り過ぎて、もう全然響かないよ?


「ふん、我が家の子供たちは世間に揉まれてスレてきてるな。もっと違うアプローチ方法を考えるか」


 げげ、面倒くさい。今度から適度に驚くか、ソワソワしておこう。あと、世間に揉まれたんじゃない。祥子さんに揉まれてこんなんになっちゃったんです。世間は祥子さんに比べたら大分優しいです。


「まあ、いい。結衣、とりあえず透を呼んできて茶を淹れさせろ」


 いそいそとコタツに入ってくる祥子の手には見慣れぬ白い箱。形状からしてあれは洋菓子、いや和菓子か?

 てゆうか、朝から食べてばっかじゃねぇ?


「祥子さん、それって…」

「流石に食い意地が張ってるお子様は目敏いな。いつもならこっそり夜食に一人で食うところだが、喜べ。特別に貴様らにも分けてやろう」


 たかが茶菓子、しかも恐らく貰い物で何でこんなに偉そうに出来るんだろう。なんか、もう瞼の裏に彼岸の花畑が見えてくるんですけど。

 結衣は魂を飛ばしかけつつ、哀しき性で箱の上半分を覆う店名が書かれた紙をチェックしてしまう。












 え。



 嘘でしょ。



 果たしてそこには予約でしか買えず、その予約も滅多に取れない幻の和菓子の名店のロゴがあった。


「しょ、しょしょしょしょこしょこ…」


 やば、寝起きで呂律が回らない。


「やめろ!某宗教団体かお前は。つうか何でそんなもん知ってるんだ!さては年齢詐称しているな?」


 産んだあんたが何を世迷言を言ってるんだ。


「それ、それもしかして、京橋の『いつ弥』…」


「ほう!知っていたか」

 ニヤリとドヤ顔を一緒にしてくる祥子。結衣は右手で箱を指差しながら、それ以上言葉にならず口をパクパクさせていた。鯉のジェスチャーか!だってあれテレビで見てからずっと食べたかったやつなんですけど。食べたかったやつなんですけど!


「ならば話は早い。とっとと透を呼んでこい」


 結衣は条件反射のごとく直立し、しゅたっと敬礼する。先程までの寝ボケた様子は一切ない。


「はっ!隊長。一番いい玉露を入れて参ります」


 結衣は浮かれている。


「玉露?待て待て。この菓子の肝は八女抹茶だ。雁が音の良いのがあったろ。あれにしよう」


 成る程。お菓子を引き立たせる為にあえてお茶はランクを下げるという高等テクニック、悔しいが流石だ。これが人生経験(けいけんち)の差か。

「あと、茶は透に淹れさせろよ。味が全然変わってくるんだからな」


 くっ、それに関しても何も言えねえ。あれ?私って役立たず?あれれ?……地味に凹む。精神ダメージをこんな所で食らうとは。


「貴様には足があるだろ。スキル不足は足で稼げ」


 おっしゃる通りでございます。









つづく。

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