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第86.5話 ようこそ、イデアの部屋へ

 カーテンの隙間から差し込む日差しが眩しくて普段より早く目を覚ました。

 ベッドから起き上がりフラフラと窓まで歩いてカーテンを開け放つ。

 東の空には燦々と輝く太陽と山のような大きさの月が昇っている。

 数日前から膨らむように大きくなった月を私は驚嘆と感激の混じった目で観察していた。

 自分が生きている間にこのような貴重な光景を目に入れられた幸運に感謝して、朝支度を始めた。


 私の通うオーベルマイン学院はサンタモニア随一の名門校である。

 学生数はおよそ100名。

 その全てが親元を離れこのローズマリー学生寮で寝泊まりをしている。

 朝食は決められた時間に食堂に集まって一緒に摂ることになっている。

 私が食堂に着くと長いテーブルの上に朝食は既に配膳されており、空いている席に座る。


「アスラン、おはよう」

「おはよう。ジョルジュ」


 月のように丸顔でいつも柔和な笑みを浮かべているジョルジュと挨拶をかわす。


「月がまた大きくなっているね。

 今夜はひと晩中出ているかもしれない」

「そうだね。

 月夜の遊船に興じられる方々を羨ましく思うよ」


 満月の夜の海は美しい。

 私の実家があるベイリアは港町で我が家は代々貿易商として繁栄してきた。

 実家に住んでいた頃は父の持つ遊覧船の上で月光に染まる海上の美しさを堪能したりしたものだ。


「でも月が大きいと夜でも明るくて便利だね。

 バルコニーで夜遅くまで書物を読みふけっていたよ。

 ずっと続いてくれてもいいのになあ」


 呑気に笑うジョルジュに私は愛想笑いを浮かべる。


「だったら月を空に固定する魔術を研究すればいい。

 そうすれば君はひと晩中好きな書物を読みふけっていられる」

「それはいい考えだね!

 早速、先輩に指導してもらうよ」


 冗談を真に受けてニコニコと笑うジョルジュ。

 彼はたしかノウン教の司教の息子だったか。

 父は宗教家を裏で何を考えているのか分からない連中と評していたが、純粋無垢な彼を見れば両親が敬虔な人々であることは明らかだ。


 他愛ない僕たちの会話を遮るように寮監殿が手を叩いて注目を集める。


「静粛に!

 今日は朝の祈りの前に学院長直々にご挨拶がございます」


 銀縁眼鏡をクイッと持ち上げて僕たちをにらみつけ、寮監殿は食堂の扉からロンメル学院長を招き入れる。


 ロンメル学院長は5年ほど前からオーベルマイン学院の学院長を務めている。

 元々、彼は王国の文官としてかなりの地位まで上り詰め、50を過ぎて後進に道を譲り、現在の職に就いたという。


 生徒たちは一斉に立ち上がり、視線を学院長に集中させる。

 彼は軽く咳払いしながら、我々に呼びかける。


「えーっ、諸君。

 空も晴れ渡り、心地よい風が流れるなかなか清々しい朝だね。

 元気にお勉強……してますかー?」


 私達は声を揃えてハイと答える。

 学院長の喋り口がおかしいことに皆気づいていたが、誰も態度には表さない。

 普段は動かぬ石像のように厳格で無表情な学院長が目尻を下げながらフフン、なんて鼻を鳴らして僕たちを値踏みするように見渡している。


「教育と躾の行き届いた子供は機巧の部品のように洗練されていて美しいね。

 だけど……アタシが愛でるにはちょっと物足りないなあ」


 学院長は口を裂けるほどに引きつらせたかと思うと、突如竜巻のような魔力に包まれる。

 我々生徒はもちろん、寮監や先生方も突然の事態に慌てふためく。

 数瞬の後に魔力は霧散した。

 そして、魔力の晴れた後に立っていたのは恰幅のいい学院長とは似ても似つかない、華奢で愛らしい姿をした少女が立っていた。

 ただ、その少女の側頭部には山羊のような角が、背中には鋼のようにもガラスのようにも見える無機質で鋭角的な翼、そして大蛇のような尾が生えている。

 世間知らずの良家の子女であろうと、ソレが何かは知っている。

 ソレは子供の頃に読んだおとぎ話にも出てくる。

 悪さをしたらソレに食べられると親から教えられる。

 そして、ソレは人類の敵であると誰もが認識している……


「あ、悪魔だ!!」


 誰かが叫んだと同時に食堂中がパニックになる。

 食事が置かれた長机を飛び越えて食器を蹴り飛ばしながら逃げようとする生徒たち。

 先生方も腰を抜かしながら這いずるように逃げ惑う。

 一部の生徒が窓から逃げ出そうと身を乗り出すが、


「ギャア!!」


 バチバチッ! と薪が弾けるような音とともに体も弾かれて床に倒れ込む。

 結界が窓という窓を覆っている?

 逃げ場のない我々は悪魔の立っている場所の反対側の壁に張り付くように退避した。


「無様だねー。

 たかが一体の可愛い悪魔娘が現れただけで大パニックだなんて。

 それでも将来国を背負って立つオーベルマイン学院の生徒ですかっ!

 情けないっ!」


 笑いながら私達を叱責する悪魔。

 その言葉にプライドを傷つけられた生徒たちは震える唇で呪文を唱える。

 オーベルマイン学院の生徒の多くは魔術の使い手としての鍛錬を積んでいる。

 中には王国の宮廷魔術師にも届かんばかりの力を有しているものもいる。


「ナメるな! 悪魔め!」


 火炎球、雷矢、氷槍、閃光……

 各々の得意魔術を全力で悪魔に向けて斉射する。

 悪魔は避けることもせず、甘んじてその全てを受け止める。

 波長の違う魔力が一転に集中したことで魔力の反発、融合現象がまき起こり、悪魔の立っている場所で大きな爆発が起きた。


「くらえっ!」


 最上級生で学院内でも一二を争う魔術の使い手であるゼルフィスが両手に魔力を集中させる。


「【太陽の爆発、今此処に在りて――エクスプロージョン!】」


 極大の光条が爆炎の真ん中に突き刺さり、食堂の高い天井までも届く凄まじい火柱を巻き起こした。


「やった!!」

「流石! 魔術専攻主席!!」


 ゼルフィスを称える歓声が起こる。

 だが、凄まじい魔力の行使を見ても安心できない生徒が私を含めて相当数居た。

 そして、私達の予想は的中する。


「アハハハハハ! そうそう!

 敵が現れたなら抗わないと!

 でなければキミたちは死体となんら変わりないよ!」


 ケラケラと笑い声が火柱の中から聞こえたと思った瞬間、火柱は切り裂くように散り散りにされる。

 悪魔は禍々しい短剣を弄びながら笑顔で立っていた。


「みんな筋は悪くないよ。

 あと500年位修行すればアタシにイタイ思いさせられるくらいにはなるかもねー。

 いや、1000年かな?」


 学院生による一斉の魔術攻撃もまるで虫に刺された程度に受け流す悪魔。

 ありえない。

 いくら悪魔と言えどもこんな無茶苦茶な強さなはずがない。

 こんな連中がウジャウジャいたら我が国の誇る魔術師やホムンクルスといえども戦いになるはずがないではないか。


「キミたちが置かれている状況を理解するためにも、アタシも自己紹介しておこうか」


 そういって悪魔は両手を掲げて吠える。


「我が名を讃えよ!

 我は魔王エステリア!

 魔族を統べる至高の存在であるぞ!!」


 この世の音がヤツの声を残して消え失せてしまったかのように思えた。

 あどけなさの残る少女の声で紡がれた脳に突き刺さるような「魔王」という言葉……

 人類を脅かす魔王軍の統領!?


 砂地に水滴を落とすかのように、魔王が今ここにいることの意味を我々は理解し始める。

 そして、誰かが上げた悲鳴がまたたく間に伝播し、食堂内が埋め尽くされた。


「せーしゅくに。

 10秒数える間に黙らないと殺すよ。マジで」


 魔王が笑いながらそう言うと、5秒とかからず場は沈静化した。

 通常パニック状態がこんな簡単に収まるわけがない。

 それを可能としたのは魔王という存在の圧倒的恐怖だ。

 世界の災厄の元凶とも言える存在であり、この世界における最強の者。

 生理的な恐怖をも上回る絶対的な脅威に僕たちのような学生は為す術もない。


「ウフフ。優秀じゃん。

 さっすが国の未来を担うエリート学生たちだねー。

 さて、静かになったことだし、次は整列だ!」


 魔王はなにもない宙に影のように黒い穴を作り出し、そこから扇のようなものを取り出した。

 そして、扇で一仰ぎすると竜巻のような風が巻き起こり、巨大なテーブルが次々と吹き飛んでいった。

 結果、食堂の中央に拓けた空間が生まれ、魔王はその前に積み重なったテーブルの上に立ち、僕たちを見下ろす。


「ハイ、1分以内に10列に並んでー。

 前や横の人とは1メートル位距離をとってねー」


 パンパン、と手のひらを叩いて僕たちを急かす魔王。

 腰が抜けているものも恐怖で失禁しているものも誰かの手を借りながら整列を行う。

 綺麗に並んだ私達の様子を見て魔王はご満悦、といった様子だった。

 彼女の隣にはローブ姿の人間が並び立っている。

 フードを深くかぶっているので男か女かはわからない。

 魔王の側近ならば魔族なのかもしれない。

 置物のように微動だにせず、ぼんやりと整列した私達を眺めているように見える。


「じゃあ、お話をはじめようか。

 まず、アタシがここに来た理由だけど知っている人いるかな?」


 魔王は元気よく手を上げて私達をジロジロと眺める。

 だが、誰も手を挙げず目線を下げて魔王と目が合わないようにしているのが伺える。


「ふーん。

 じゃあ、次のしつもんっ!

 魔王軍に占領されていたアイゼンブルグがついこないだ陥落したというコト知っている人は!?」


 僕は驚きのあまり声を上げそうになって慌てて口を押さえる。

 まさかあのアイゼンブルグが奪還されただと!?

 何千という魔物の群れが占拠していて国軍も攻め込むことを躊躇していたあの地が……

 いったい誰がそんなことを……


「ホント信じられないよねえ。

 このアタシが直々に守っていたのにとんだ赤っ恥だよ。

 でもダイジョーブ!

 撤退したと見せかけて、援軍と合流してすぐに取り返す予定だから!

 みんなの暮らしは何も変わらない!

 良かった良かった!」


 何が良いことなものか!

 アイゼンブルグが陥落し、イフェスティオとの行き来ができなくなったせいでどれだけ物資の流通が滞っていることか!

 アイゼンブルグ近辺の街や村の民は魔王軍から逃げるために家や土地を捨て、別の地に移り住んだが厳しい暮らしを強いられている。

 奴隷同然で働かされる者や身売りをさせられた娘だって……

 私は裕福な家に生まれ育ち、学院で充実した教育を受けさせてもらっている身だが虐げられている人々が見えないほど盲目ではない。


 怒りに頭が熱くなるが、そのことで魔王の不興を買ってはたまらない。

 大きく呼吸をして怒りを散らす。

 ふと横を見るとジョルジュがいる。

 さすがの彼も恐怖や怒りに顔が歪んでいるかと思ったが――笑っていた。

 かすかにだが、口角が上がり目を細めている。

 どことなく余裕を感じるというか、この状況に恐怖や絶望を一切感じていないように見えた。


「と、いうわけでアタシはしばらくここに滞在することに決めた!

 キミたちは大切な労働力だ!

 アタシが退屈や不愉快な想いを一切しないように丁重にもてなしてね!

 粗相しでかしたり、気に食わないやつは食材にしちゃうからね。

 うーん、若くて元気で食べごたえありそうだなあ」


 魔王はそう言って机の上に腰掛け細い足を組み無邪気な笑みを浮かべた。

 見た目や振る舞いは天真爛漫な少女のようだが、それだけに言動の物騒さや圧倒的な力に禍々しさを感じずにはいられない。


 頼む! 誰かこの窮地から私達を救ってくれ!


 私だけではない。

 きっとこの場にいる誰もがそう願ったことだろう。

 そして、その願いは神に届いたのだ。



 ドゴオオオン!!



 私達の背面の壁が突如爆発音とともに破られた。


「逃さんぞ……

 エステリアアアアアアア!!」


 大気を震わす龍の咆哮もかくやという怒号を放ったのは壁を破って現れた男。

 筋骨隆々の体躯は縦横に大きく、背丈は2メートルはあるだろう。

 金属製の鎧を全身にまとっているが布の服を着ているかのように重さを感じさせない軽やかでしっかりとした歩み。

 巌のような顔は歴戦の勇者たるに相応しい威厳があふれており、私も肌でこの男が強者であることを感じ取った。


 そして魔王も。

 驚いたような憎々しいようななんともぎこちない表情で男を見つめ、叫ぶ。


「お、お……追ってきたか!

 イフェスティオ帝国の常勝将軍イスカリオスよ!?」

「ああ……

 帝国の誇りをかけて、貴様はここで叩き切る」


 常勝将軍イスカリオス!?

 その名はサンタモニア国民である私だって知っている。

 人間の身でありながら何十もの会戦で魔王軍を撃退している人類最強の大英雄だ!


 イスカリオスは巨大な得物を両腕で突き出すように構えた。

 私が得物と表現したのはそれが剣であるという確証が持てなかったからだ。

 刃渡りは3メートル、刃幅は私の肩幅ほどもあるそんな巨大な剣など聞いたこともない。


「ヌンっ!!」

「ハハァッ!!」


 それぞれ掛け声を上げて突撃する。

 海が割れるように整列していた生徒たちが二人の進路を空けた。

 エステリアの両手には蛇が踊っているような禍々しい形の剣が握られており、それでイスカリオスの得物を受け止める。

 強者二人の衝突は爆発のような轟音と突風を巻き起こし、生徒たちはなぎ倒された。

 一部の者はすぐに身を起こしイスカリオスが開けた大穴から脱出し始めた。

 だが、ほとんどの者は床に体をつけながら二人の剣戟を黙って見つめていた。

 学院の生徒は成人前の少年たちだ。

 戦いに巻き込まれるという危険を考えるよりも、この世界で最も強いとされる人間と魔王との戦いを見たいという好奇心が勝っているのだろう。

 逃げようとする生徒たちも皆、二人の戦いの様子が気になるようでチラチラと後ろを振り向きながら走っている。


 が、一人だけその闘争をまるで興味が無いように背を向けてこの場を去ろうとしている者がいた。

 ジョルジュだ。

 私はそんな彼の様子が気になって震える体を起こして彼を追った。



「やっぱり君は見どころがあるね。

 あの状況下で僕のことを見逃さなかったなんて」


 食堂の外に出たジョルジュはニコニコと場違いな笑顔で僕に呼びかけた。


「ジョルジュ。君は何者だ?

 あまりにも落ち着きすぎてやしないか?

 さっき魔王を目の前にしても笑っていたし」

「フフッ。そりゃあね。

 人々が慌てふためくさまを高みから見物するのは楽しいものだよ。

 そして優越感に浸れる。

 人間は神にはなれないが神の気分になることは聖人でなくともできるものなんだよ」


 宗教家の息子とは思えない不遜な発言をするジョルジュ。

 その笑顔はどこか歪んでおり僕の見知った彼のものとは異なっていた。


「どうするんだ?

 学院のどこかに隠れるのか?

 それとも近くの街まで逃げるのか?」

「そのどちらでもないよ。

 学院の中から遥か遠くにまで逃げるのさ。

 アスラン、キミもおいで。

 僕が先輩たちにキミを紹介するよ」


 そう言って背を向けて歩き出すジョルジュの後を追った。



 ジョルジュが向かったのは現在の学生寮が建てられる前に使われていたという旧学生寮だ。

 既に使われておらず、朽ち果てみすぼらしい廃墟となっている。

 その学生寮の中庭にはこれもまたボロボロで打ち捨てられた枯れた井戸がある。

 ジョルジュに続き、井戸の底に降りると横穴があり地下道に繋がっていた。

 地下道の壁や天井はコンクリートで塗り固められて整備されている。

 しばらく進むと正面に鋼で作られた横引きの巨大な扉が現れた。


「ここから先は人類にとって、いや魔族だって及びもつかない魔術の真髄の世界だ。

 アスラン。キミはその深淵を覗き込む覚悟はあるか?」


 覚悟……と言われても成り行きまかせについてきた私にそんな暇はなかったのだが。

 しかし、ここに来て引き返すという選択肢はない。

 イスカリオスが勝てればいいが、もし魔王が勝ったのならば腹いせに私達を虐殺して回ってもおかしくない。

 私は自分の身を守るために首を縦に振った。


 ジョルジュが手をかざすと扉はひとりでに開き、僕らはその先に入る。


 そこは広大な魔術工房だった。

 見たことがあるものからそうでないものまで、様々な魔術の実験装置が学院の講堂くらいの大きさの空間に所狭しと並んでおり、魔術師と思われる人々が何らかの作業を行っている。

 魔術師の年代は様々で若い者は私達と変わらない年代の者もいるが、自立歩行すらできぬほど年老いた老人もいる。


「ここは――」


 ジョルジュに投げかけようとした質問は、現れた男によって遮られる。


「ようこそ、イデアの部屋へ」


 肩にかかるほど伸ばした亜麻色の髪を揺らしてその男は現れた。

 オーベルマイン学院の制服を着たこの男を何度か学院で見かけたことがある。


「カレルレン・スチュワート。

 ジョルジュには先輩と呼ばれているが、君もそう呼びたければ呼べばいい」


 カレルレンと名乗った男は優雅な仕草で私に語りかける。

 ガラスの楽器を思わせる澄み切った声色は同性だと言うのにクラクラするほど色気があり、思わず鼓動が早くなる。


「か、カレルレン先輩……

 あの、ここは一体何なのです?

 一度魔術大学の研究施設を見学させていただいたことはありますが、ここはそれよりも凄いような」

「ほう。なるほど、ジョルジュ君が気にいるわけだ。

 直感的に物事の優劣を見極めることができる良い目を持っている。

 魔術の研究において直感というのは重要だ。

 常識を超えた先にある奇跡こそが魔術の真髄なのだから。

 君はいい使徒になるだろう」


 褒めてくれているだろうカレルレン先輩の言葉に私の胸は高鳴った。

 これがカリスマというものだろうか。

 彼の持つ人を測る物差しがこの世で最も正しい物差しであると思わせるほどに、私は彼に気に入られたいと思っている。


「1年生のアスラン・パラス君だったね。

 君には私の知る限りのことを教えて差し上げたい。

 だが……後ろの連中とはあまり関わり合いたくないね」


 と、カレルレン先輩はため息をつく。

 私とジョルジュは慌てて後ろを振り向くがそこには誰もいない。


「まさか、ここを嗅ぎつけられるとはね。

 まあ、学院長がすり替わっていた時点で嫌な予感はしていたが」


 カレルレン先輩は懐から短いロッドを取り出す。


「【世の理に反してなおすがりつく魔の残滓よ。

 我が光に抱かれて消えよ――解呪ディスペル】」


 何もなかった空間に火花が散り、幕が切って落とされるように不可視の結界が破られた。


「うわっ!」


 私は驚きのあまり尻餅をつく。

 なぜならばそこに突如として現れたのは魔王エステリアだったからだ。

 だが、冷静に見ると魔王の隣にイスカリオス将軍も並び立っている。

 さらには赤毛のソーエン人に緑色の髪をした魔族の少女。

 そして、夜空を思わせる黒い髪と紫の瞳を持つ隻腕の中性的な少年。


 まったく共通項が見いだせない謎の一団だ……


「君たちには驚かされる。

 まさか本当にここまでたどり着けるとは。

 賞賛の意味を込めて再びお迎えしよう」


 カレルレン先輩は両手を広げて、


「ようこそ! イデアの部屋へ!」


 先程よりも力を込めて言葉を投げかけ、両手を広げるカレルレン先輩はまるで宗教画に描かれる天使像のようにも見えた。

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