第86話 僕たちは人類の命運をかけた戦いに向かう
「それはまた……ヌシには驚かされるのう」
フローシアは腕を組んでベッドの上で弾みながら思案している。
「復元の理と因子の結合か……
古代竜の神秘ともなればありえぬ話ではないか」
「あくまで推論だが……
だとすればメリアも僕と同じように短命になってしまって……」
フローシアは首を大きく横にふる。
「おそらくは大丈夫じゃ。
魔術回路が入れ替わったと言うより追加されたということだろう。
でなければヌシの使えぬ【浮遊】の魔術は使えんだろうし。
人間の魔術回路はヌシの魔術回路と違って代謝がある。
強すぎる魔力出力に振り回されることはあるだろうが、直接命を奪うようなことはない」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆転生しても名無し】
『よっしゃあ! とりあえずメリアちゃんの安全は確保!』
【◆転生しても名無し】
『良かったねえ、ホムホム』
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ああ。本当に良かった。
「ヌシの体の方じゃが……とりあえず、服を脱いで見せてみ。
よけいなことはせんから」
フローシアに言われるがまま、僕は身につけているものを全て脱ぎ捨てて、ベッドに横たわる。
「はぁ〜〜。ほんに美しいのお。
こりゃあ男も女もほうっておかんわけじゃ。
忌々しい錬金術師どもも美的センスだけは褒めてやるかの」
彼女は恍惚とした表情を浮かべ指をわさわさと動かしながら僕の全身をくまなく触診する。
あらかた触り終わったところで僕の胸に両手を置いてため息をつく。
「相当無茶しおったな。
魔術回路の減耗が進んでおる。
しかも左腕を持っていかれているのが痛い。
それを補うために魔術回路の稼働率はそれまでの3割は増しているだろう。
このままの調子で戦い続ければ半年持たんかもしれんな」
フローシアによる余命宣告は僕の想定よりも遥かに短い期間であった。
「それでは困る。
もう少しなんとかならないか」
「できることならそうしてやりたいがの。
そもそもヌシの魔術回路はアーサーに施したものを模倣の術式で量産した劣化版じゃ。
イデアの部屋の連中は自ら魔術回路を組み上げるまでには至っておらんのだろう。
間抜けな連中じゃ。
ホムンクルスの短命は全てそこに起因しているというのに」
「どういうことだ」
「簡単なことじゃよ。
模倣の術式によって作り出せるものは存在が固定されたものでなくてはならない。
例えば鉄の塊は模倣できるが揺らめく火を模倣によって増やすことはできない。
だからアーサーの魔術回路の代謝を一時的に止めた状態のまま模倣しているヌシたちの魔術回路には代謝がなく、減耗した末に魔力の回復供給ができなくなり、魔力頼りの活動維持の器官が停止する。
そしてこの現象は止められん。
魔力消費を抑えて魔力回路の損耗を抑えても、治癒術式などで治療を施してもだ。
他のホムンクルスや別の生命体の魔術回路を継ぎ接ぎしても機能はせん」
「打つ手なしか……」
もしかしたら、いや、僕はフローシアにかなり期待していた。
ホムンクルスの生みの親である彼女ならなんとかできるかもしれないと……
「じゃが、打つ手がまったくないといえば嘘になる」
僕がガバっと上半身を起こすとフローシアはいたずらっぽく笑った。
「ヌシの魔術回路の損耗を回復させることはできん。
他の魔術回路を付け加えることも無意味。
ならば、今のヌシの魔術回路を延長させるしかないわな」
フローシアの指が僕の左手に取り付けたガルムの槍をなぞる。
「ちょうど左腕が無いんじゃ。
新しい左腕を再建すると同時に魔術回路も延長してやろう。
もちろん、新造した魔術回路もいずれは損耗による寿命が来るが、これを繰り返していけば理屈上はヌシは魔術回路の損耗による活動停止から逃れることができる」
「やってくれるのか」
「ああ。ヌシはわらわを楽しませてくれるからな。
それに人間側にも強力な駒の一つでもなければ釣り合いが取れんじゃろ」
フローシアは立ち上がる。
「とりあえずヌシの体を解析することから始めねばな。
なあに、ひと月もあれば出来上がろうぞ」
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【◆野豚】
『やったあああああああ!!
ホムホムがもっと生きられる!!』
【◆まっつん】
『フローシアさん最高っ!!』
【◆江口男爵】
『ほら、ホムホム。
お礼をしなきゃ。
フローシアさんが一番悦ぶことをしてあげなきゃ。
わかるね?』
【◆与作】
『ホント……良かったよ』
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妖精たちが嬉しそうにざわめく。
文字だけでしか現れない彼らの顔が見えるようでふいに笑みがこみ上げる。
「なんじゃ、ひとりでに笑い出しおって。
つくづくヌシがホムンクルスとは信じがたいわ」
「僕はホムンクルスだ。
あなたが作ったアーサーの末裔だ」
フローシアはフン、と鼻を鳴らす。
興味なさそうに振る舞うが彼女の口端にも笑みがこぼれている。
メリアの無事が確認できたこと、延命の可能性が出てきたことによる安堵に僕は浸っていたが、その安寧を打ち破るように廊下をバタバタと走る音が響き、蹴破るように扉が開かれた。
「クルス! やべえ状態に――
うおおおおおおおっっと!?」
ブレイドがのけぞって驚きの声を上げた。
全裸の僕とフローシアがベッドの上に二人でいるのを見て……
「誤解だ。そういうことじゃない」
「わ、分かってんよ!!
バカなこと言ってる暇はねえ!!
さっさと服着ろ!!」
ブレイドはつかつかと部屋に入ってきて僕の衣服を拾って投げつけてきた。
「いったい何があった」
フローシアに手伝ってもらいながら服を着る。
モタモタとしている僕にブレイドは舌打ちをして窓の外を見やる。
僕も同じように窓の外を見ると、地平線の向こうから月が昇って来ている。
月は世界の彼方よりも遠い場所にあり、人の住む場所からは指先ほどの大きさにしか見えない。
だが、僕が今見ている月は普段の何倍も大きく昼間だと言うのにハッキリと視認できるほど光を受けている。
「死なず月……じゃと?」
フローシアは狼狽えるように声を上げる。
その単語を聞いて以前、船旅中にバルザックとメリアが話していたことを思い出す。
昼に昇った月が夜の間ずっと空に残るという天体現象。
その月の大きさは空を覆い隠さんばかりだという。
バルザックは海原が銀色に染まる神秘的な美しい夜といい、メリアは人の罪を見たがる悪魔が月に乗ってやってくるという恐怖話を語った。
イスカリオスは拘束されたエステリアを担いで入室してくる。
エステリアはニヤニヤしながらフローシアに話しかける。
「あ、めずらしくお婆ちゃん取り乱しているね。
なになに?
死なず月ってなあに?」
フローシアはキッとエステリアを睨みつける。
「貴様! このことを知っておったのか!?」
「ウフフ。さあねー。
魔界の空にはあんなもの浮かんでないし、興味もなかったからねえ」
からかうような態度のエステリアにフローシアは歯噛みする。
「なんだかわからねえけど嫌な予感しかしねえ……
鳥肌がおさまらねえよ」
ブレイドは自身の二の腕をさすって月をじっと見ている。
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【◆転生しても名無し】
『こっちの世界は天体ショーも派手だねえ。
皆既日食とか客入れの前説程度にしか見えねえわ』
【◆転生しても名無し】
『いや、怖すぎでしょ……
どんだけ月が接近してるの?
地上にぶち当たったりはしないよね』
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「フローシア。あなたは死なず月を見たことがあるのか?」
「ああ……900年ほど前に、こことは違う大陸でな。
今浮かんでいるものよりも遥かに大きな月が空を埋め尽くしていた。
確かにこの世の終わりのようであったが何事もなくやがて月の大きさは元に戻った。
魔獣の動きが活発になるようなことはあったが別に大した被害はなかったのじゃが……」
フローシアは一人呟くように言う。
一方、イスカリオスは、900年前……帝国歴100年前後……天災……
と口の中で言葉を反芻して、
「大災厄……」
と言葉を漏らす。
「なんだよ、その大災厄ってのは」
ブレイドがイスカリオスに問う。
イスカリオスは頭をかきながら答える。
「帝国歴103年に起こったと言われる天災だ。
イフェスティオの山で火が吹き、大地が割れ、ありとあらゆる建物が崩壊した。
山から流れる火の水はイフェスティオの大地を焼き、緑あふれる大地が赤茶げた荒野に変わったという」
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【◆転生しても名無し】
『火山の噴火と地震ってことか』
【◆転生しても名無し】
『まあ、こんだけ月がでかいと終末的な妄想が捗るけど因果関係はないでしょ。
良いお月見ができそうじゃん』
【◆バース】
『ちょい待て!
こっちの世界にはワイらの常識を当てはまらんことが多いけど――
常識的に考えてこんなんヤバすぎやろ!!』
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バースがえらく取り乱している。
いったい何が起こると思うんだ。
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【◆バース】
『この世界には潮の満ち引きもあるし、月は周期的に形を変えながら空に昇っとる。
だからその月がワイらの知っている月と同じようなものだと仮定すると、イスカリオスのいう大災厄が今まさに起ころうとしているのかもしれへん!
月には引力があって、その引力がちきう――ちゃうか。
ホムホムのいる世界にさまざまな影響を与えとる。
さっき言った潮の満ち引きとか動植物の産卵とか。
満月の日にはお産が多いってのは産婦人科医の常識や。
詳しい仕組みはワイにも分からんけど、それらは確実な因果関係がある。
さらに、月の引力は地下プレートを引っ掻き回して火山帯付近の地域で大地震と火山の噴火を引き起こすと言われとる。
あんな月が急激に近づいてきたら間違いなく影響が出るで!』
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火山の噴火……
イスカリオスが言っているようなものか。
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【◆転生しても名無し】
『そういや、地震の前の日は変な雲が出たり月が赤くなったりするって聞いたことある』
【◆転生しても名無し】
『引力って近けりゃ近いほど強くなるわけだから……
今も物凄い影響受けてるんじゃないか?』
【◆助兵衛】
『たしかに……ならばイフェスティオ育ちのメリアと海賊のバルザックで死なず月に対する印象や寓話が食い違っていたのも合点がいく。
巨大な月の引力によって魚の産卵が活発になれば海の恵みを受ける民にとっては死なず月は吉兆にも受け取れる。
だが、火山帯の直上に住み、背後に火山を臨むイフェスティオの民にとっては天災の前触れ以外の何物でもない。
きっとその大災厄の前兆である死なず月に不吉な因果を感じた誰かがメリアの聞いたおとぎ話を書いたんだ。
人の罪を見たがる悪魔か……
そりゃあ災害で逃げ惑ったり、他人を押しのける光景は罪過で溢れているだろうよ』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
嘲るような助兵衛の言葉に僕は火に焼かれた帝都を想像した。
全てが燃える。
建物も人も跡形もなく燃えこの世界から消える。
その中にはメリアも――
「イスカリオス。
大災厄の被害はどれくらいだとされている」
「言い伝えでは溶岩が旧帝都を飲み込み西に向かって50キロが灰燼に帰したというが……
貴様は死なず月が大災厄の前触れであると考えておるのか」
凄絶な被害に僕は息を呑みながら頷く。
「ここから全力で帝都まで走ったとしても1週間はかかる……」
「あの調子ならば一週間以内に死なず月は大地に最接近するじゃろう。
貴様の想像通りならばもう既に帝都では影響が出ているかもしれんが」
「大災厄と死なず月を結びつけて考えている者も帝都にはいるだろう。
迷信好きの皇后なら……」
イスカリオスは首を横に振る。
「陛下とて憶測で民を扇動するなどできはせぬ。
ただでさえ先の魔王軍の侵入による事態の鎮静や遷都を控えており民の心を惑わせぬように苦心されているところだ。
まず動きはしないだろう」
妖精の予測がハズれればいい。
だが、そうでなければ……
「やい! この死なず月とかいうのもお前らの仕業か!?」
ブレイドはエステリアの胸ぐらを掴み上げる。
「ふふん。そんなわけないでしょーが。
空にある月を思いのままに動かせるなら苦労しないっつーの。
ああ、でも見ものだろうなぁ!
強者も弱者も建物に潰され、地割れに呑まれ、炎の水に流されていく光景は!」
「テメェ!!」
激高し、エステリアの顔に拳を叩き込もうとするブレイド。
が、その拳はイスカリオスによって受け止められる。
「憂さ晴らしに捕虜を痛めつけようとするな」
「うるせえよ! テメエんとこの民が死にゆくざまを想像してほくそ笑んでんだぞ!
コイツは!!」
「儂らのやるべきことは民を救うことだ。
抵抗できぬ女を嬲ることではない」
ギリッ、と奥歯を食いしばってブレイドは腕を下ろす。
沈黙が場を支配する。
天災の襲来という想像もしなかった事態に誰もが思考をかき回されてしまった。
その沈黙を破ったのはエステリアだった。
「月を動かすことなんてできない……
だけど、これが定められたことであるのなら……
あるいはこのことを予め知っていたヤツはいる……かもしれない」
ピクリとイスカリオスが耳を立てて、
「心当たりはあるのか?」
「うん。大昔、魔術研究のひとつの分野に未来予測があったんだ。
未来に起こる出来事を魔術によって予測する魔術の研究。
でも、膨大な年月と人材を注ぎ込んでも明日の天候の予測すら猟師のカンに負ける程度のものしかできなかったから魔族の間ではとうの昔に廃れてしまった研究だけど、イデアの部屋の連中ならあるいは……」
イデアの部屋が死なず月による天災を予想していたとすれば、魔王軍にアイゼンブルグを献上したことの戦略的意味はまた変わってくる。
帝都が崩壊すればイフェスティオ帝国はその国力の大半と中央の政治機構を失い、事実上崩壊する。
仮にアイゼンブルグがサンタモニアの領土のままであれば、焼け出された民は帝国西部からサンタモニアに流入することも考えられる。
魔術研究のためではなく帝国の難民の流入を防ぐためにアイゼンブルグを封鎖した?
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【◆助兵衛】
『いい読みだ。だが、わざわざ難民の流入を防ぐ必要があるのか?
アセンション計画を進めるために実験体になる人間は多ければ多いほど良いんだぞ。
難民なんて格好の標的じゃないか』
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……いや、帝都の災害の規模にもよるが超越者や王族は生き残る可能性が高い。
彼らが国内に入ってしまえばイデアの部屋に対する反対勢力と手を組んで国ごと乗っ取られかねない。
だから帝国西部に流れてきた民をアイゼンブルグの魔王軍で受けきって……
『神の通り道』を使って帝都崩壊の混乱に乗じて帝国東部の民を拉致する。
魔王軍とサンタモニアの盟約を信じるのであれば、魔王軍はサンタモニアを攻めない。
魔王軍が帝国殲滅戦を行っている間に自身の研究の完成を目指す……
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【◆助兵衛】
『パーフェクト……完璧。
これで全部つながったな。
イデアの部屋にとってアセンション計画はただの研究の追求じゃない。
帝国崩壊という人類の危機を乗り越え、魔王軍を打倒する乾坤一擲の反撃作戦だ。
イフェスティオ帝国を生贄にした、な』
【◆転生しても名無し】
『てか、ホムホム凄くない!?
助兵衛に頼らず自分で導き出しちゃった!』
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こんな予測……なんの意味もない。
僕たちに必要なのはこの最悪の未来を回避することだ。
幸い、アイゼンブルグは奪還できた。
焼け出された民を受け入れる場所は用意できている。
次に打つべき手はできる限り、多くの民を避難させることだ。
僕はこの場にいる全員に自分の予測を聞かせる。
ブレイドは怒りをあらわに髪をかきむしった。
イスカリオスは眉間にシワを寄せて唸る。
フローシアはブツブツと考え事をし、エステリアは忌々しそうに舌打ちをした。
「イスカリオス。
どうすれば皇帝は帝都の民を避難させてくれる」
「推論に対する根拠が必要だ。
エステリアの言うとおりであれば、この計画を立てた人間がイデアの部屋にいる。
そいつの口から未来予知の魔術が存在し、大災厄が起こることを聞き出せば儂自ら陛下に上申しよう」
イスカリオスがそう言うとブレイドは剣の鞘を床に打ち当てる。
「決まったな。
オーベルマイン学院にいるイデアの部屋の連中を一人残らずとっ捕まえる。
しかもイフェスティオに続く『神の通り道』があるんだろ。
それを使えばあの気味悪い月が近づききる前に帝都にたどり着ける。
一石二鳥、それ以外に事態を収拾する方法はねえ」
僕とイスカリオスは頷く。
「手は多いほうが良かろう。
わらわもついていくぞ」
とフローシアが言うがブレイドは、
「ババアが付いてきたらこのヘボ魔王のお守りはどうするんだ。
殺して良いのか?
だったら今すぐ切り捨てるが」
と言って鯉口を切る。
エステリアはただでさえ青白い顔をさらに青ざめさせる。
「言う事聞いたら見逃してくれるって言ったじゃん!!」
「んなもん状況次第に決まってんだろ。
このクソ最悪な状況をさらにテメエに引っ掻き回されるなんてゴメンだ。
知ってるか?
ソーエン人に喧嘩ふっかけるってことは殺されても文句言えねえってことなんだよ」
ブレイドは本気だ。
先程までのゲンコツや罵倒とは違う。
冷徹に邪魔者を排除しようとする戦士の顔をしている。
それを察してイヤイヤと首を振るエステリア。
だが、
「ここは暫定的にだがイフェスティオ帝国領だ。
ブレイド、貴様の剣を私刑に使うようであれば我が国の法によって裁く」
イスカリオスがエステリアを庇うように腕でブレイドを遮った。
「コイツは魔王だ!!
女だったら見境なく助けるのがテメエらの騎士道か!?」
「たしかにこやつは魔王だが……」
イスカリオスは怯えるエステリアに振り向く。
「魔王エステリアよ。
貴様は本当に天災によって帝国の民が死に絶えるのが望みか?」
エステリアはイスカリオスを睨み返して、
「……そんなわけないじゃん!
強い戦士も幸せそうな民もアタシの手で殺すから意味があるんだよ!
勝手に死なれちゃイヤだ!
そもそもイデアの部屋の連中はアタシも大キライだったんだよ!!
悪趣味な研究を重ね、他者に対する敬意を持たない陰湿で腐った連中……
あんな連中の手のひらの上で踊らされたなんて屈辱の極みさっ!!」
涙目で怒鳴り散らすエステリアを見てイスカリオスは、
「奇遇だな。儂も奴らの思惑どおり進むのが我慢ならん。
いや、生ける人類全てが奴らのやり方を許すわけない。
儂は人類を守る剣として奴らと戦う」
そう言ってエステリアの右手の拘束を引きちぎる。
ブレイドは目を丸くするが、
「貴様が信念を通すのであれば敵は一緒だ。
協力しろ、魔王エステリア」
イスカリオスの言葉にブレイドもフローシアも大声を上げて驚く。
「おま……オッサン!
アタマイカれてんのか!?」
「其奴は人類の敵にしかならん!!
生かしておけばイデアの部屋以上の脅威になりかねんぞ!」
イスカリオスは二人に背中を向けたまま言葉を返す。
「正気なんぞ、この場でなんの役に立つ。
先の脅威なんぞより今迫っている危機だ。
この状況を解決できなければ人類は滅ぶ」
エステリアの拘束が全て引き剥がされた。
ぺたん、と太ももまで床につけるように座り込むエステリア。
「戦力的にも地理的にも、この状況に立ち向かえるのは儂らだけだ。
儂ら以外に人類を救えるものはいないのだ。
魔王エステリア。
貴様が選ぶのだ。
人類を救うか、滅ぼすか、どちらを選ぶ」
イスカリオスの声に迷いはない。
本気で魔王エステリアに助力を求めている。
たしかに、左腕のない僕と愛剣を失ったイスカリオス。
フローシアは白兵戦は不向き。
ブレイドも魔術のエキスパートと思われるイデアの部屋の魔術師にどこまで対応できるか……
敵の本拠地を攻めるには戦力が不足していることは否めない。
だが、それでもエステリアに人類の命運を委ねるなどとんでもない賭けだ。
ここでヤツが僕たちの邪魔をすれば全て終わりだ。
「人類は……滅ぼす」
エステリアが立ち上がりながら呟く。
ブレイドは抜刀し、フローシアも魔術繊維を展開する。
「だけど……それはアタシたち魔族の手によるものじゃなきゃイヤだ。
イデアの部屋の連中にお膳立てされた勝利なんてあってはならない……」
フローシアはイスカリオスの手を掴んで、
「アタシは人類を滅ぼすために……人類を救う!
偉大なる父の御名に誓って、帝国が復興するまでアタシはイデアの部屋以外の人間は殺さない!」
と宣言した。
イスカリオスは僕たちを見回して、
「異存はないな」
と言った。
口を開けたまま言葉を失っているブレイド。
フローシアはため息を吐いて、
「父親の名に誓う……か。
その言葉の重みは知っておろうな」
エステリアは頷くと、フローシアはお手上げといったふうに手を上げる。
「クルス。貴様はどう思う」
イスカリオスの問いに僕は少し考え、
「ビクトールを……傀儡として使い潰し、殺したのはそいつだ」
僕は疑問だった。
イスカリオスは何故、エステリアを生かしておけるのだろうか。
兄であるビクトールとイスカリオスの間にたしかに絆はあったはずなのに。
「ビクトール……
いや、兄上は儂が英雄となることを望んでいた。
人類最大の危機を目の前に復讐心に囚われては兄の望みを裏切ることになる」
イスカリオスは血が出るほど拳を強く握りしめた。
彼は既に覚悟を決めている人間だ。
たとえ心を引き裂かれようとも人類の剣として生きる。
その覚悟は揺らぐことはない。
「あなたのいうとおり……
この人類の危機を救えるのは僕たちだけだ。
そして僕は人類を守るために作られたホムンクルスだ。
目的のために最良の選択をする」
僕は魔王エステリアの協力を受け入れると決めた。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆体育教授】
『決戦のメンバーを発表する!
イフェスティオ帝国の将軍。
ソーエン国のヤクザ。
謎の多い森の魔女。
人類を滅ぼしたがっている魔王。
そして、頭の中に妖精が湧いているホムンクルス!』
【◆オジギソウ】
『凸凹パーティすぎてワロタwwww
でもエステリアちゃん加入は予想外過ぎwww』
【◆マリオ】
『いいんじゃない?
魔王が味方になるゲームは名作と相場が決まっているし』
【◆与作】
『ホムホム! 生きて帰ったらメリアちゃんを嫁にしてもいいぞ!』
【◆野豚】
『まさかキミが本当に人類の命運をかけて戦うことになるとは最初は思わなかったよ』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
そもそもこの状況がまさかの状況だ。
人類の命運がたった一回の作戦にかかっている。
失敗は許されない。
僕は持てる力をすべて使う。
だから、お前らも容赦なく協力してほしい。
どうか……僕に力を貸してくれ。
僕は頭の中の妖精に願う。
旅の始まりからここまで連れ添ってくれた仲間に。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆ミッチー】
『何気に俺たちを仲間認定してくれたの初めてじゃない?』
【◆バース】
『状態異常扱いされたりしたことはあったがなw』
【◆江口男爵】
『俺……悪魔だけど良いかな?』
【◆アニー】
『魔王もいるから良いんじゃない?』
【◆助兵衛】
『容赦なく……って言ったな。
承知したぞ』
【◆まっつん】
『頑張れ頑張れ!
ホムホムがんばえー!!』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
「たった5人での突撃作戦か。
うまく現地の潜入班と合流できればいいんだが」
ブレイドのボヤキに「いや、違う」心の中で首を横に振る。
5人と幾百幾千もの妖精たちがこちらの戦力だ。