第85話 僕は同胞たちの亡骸を集める
アイゼンブルグが陥落し、エステリアが撤退命令を出したことで街を占拠していた魔王軍はいなくなった。
作戦に参加していたブレイド以外のソーエン人は生存者の治療のためアマルチアまで退却し、イフェスティオの兵もイスカリオスを残して帝国へと帰還した。
侵略の爪痕が残るアイゼンブルグを僕は一人、辺りを見回しながら歩く。
人間の死骸が街中に転がり、壊れた家屋は野ざらしのまま朽ち果てつつある。
帝都がここに遷都されるのであれば、大規模な掃除と改修が必要だろう。
「あった」
路地の端に打ち捨てられた目的のものを見つけ、駆け寄り掴み上げる。
それは僕と同型のエルガイアモデルのホムンクルスだ。
僕を含めて50体、彼らはこの街に潜入し魔王軍に破壊された。
掴み上げた同胞を空き地まで連れていき、回収済みの同胞たちを積み重ねた人山の上に放り投げる。
これで27体。
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【転生しても名無し】
『ホムホムと同じ顔の死体を見るとちょっと複雑な気分になるわ』
【転生しても名無し】
『そうだな。一歩間違えればホムホムもこんなふうになっていたんだな』
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僕が助かったのは運が良かっただけだ。
あの頃、僕たちにスペック的な差はなかった。
たまたま位置取りが良かったから砦からから抜け出せて、市街地で頭部に受けた攻撃も当たりが浅かったから即死が避けられて……お前らがいきなり頭の中に現れて、脱出の算段をつけてくれたおかげで僕は今生きている。
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【◆ダイソン】
『まー、俺らもまさかホムホムと直接やり取りできるようになるとは思わなかったぜ』
【◆野豚】
『運命とか奇跡とかそういうのを感じるよ』
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「おーい、クルス。
こっちも大漁だぜ」
ブレイドが3体の同胞を連れてきて、彼らを人山の麓に寝かせた。
彼らは体の至る箇所を食いちぎられていた。
魔物たちの食糧となっていたようだ。
「顔の判別ができない死体も多いからな。
どこまでかき集められるもんだか」
「僕と同じ顔をしているとわからないならかまわない」
そう言って僕は人山に揮発油を撒き、火を放つ。
ブワッと燃え上がった炎は同胞たちの衣服や肉を焼いて勢いを増し、火柱を上げる。
煙が天に昇っていく。
辺りに肉が焦げる香ばしい匂いが広がっていく。
「焼ける匂いまで人間と同じなんだな」
ボソリと呟いて、ブレイドは地面に座り込んで燃え上がる炎のゆらぎを眺めていた。
「結果的にトカゲ女を見逃してやったのは正解だったかもな。
この後、殲滅戦なんてやったらゆっくり回収もできなかったろうし、犠牲者も増やさずに済んだ。
まあ、そのうちぶっ殺すけど」
自分と同じ顔をした死体が何十体も見つかってしまえば、僕がホムンクルスであることが公になってしまう。
未だ僕の正体を知っているものはイフェスティオにもソーエンにもほとんどいない。
そして、あまり知られるべきでないことだ。
皇后陛下の護衛騎士として名を馳せていた僕がサンタモニアの生体兵器であることが知られれば、帝国内に動揺が生まれる。
僕のことを知っている者などは特に――
「特に嬢ちゃんにはバレたくないもんな」
「……そうだな」
僕の考えを見透かしたかのようにブレイドはほくそ笑み、干し肉を火で炙ってむしるようにして食べる。
「世間体を気にするだなんて、まるで貴族様みたいじゃねえか」
「間違っていないだろう。
この戦いで勲功を積めば爵位にも手が届く。
そうすれば、帝国貴族だ」
「帝国の住心地は気に入ったかい」
帝都で過ごした穏やかな日々は自分がこの地で死ぬために作られたホムンクルスであることを忘れさせてくれるような時間だった。
メリアとの関係も深まり、友と呼べる人間や守るべき人間も増えた。
「僕には幸せすぎた。
平和な暮らしも、仲の良い人との交流も。
生きていること自体が嬉しいことだった。
いつまでも……あの日々が続けばよかったのにと、思う」
戦場の空気に酔ってしまっているのか、友が話を聞いていくれているからか、僕は感傷的過ぎる言葉を漏らしてしまう。
そんな僕をブレイドはニヤケ顔で見つめる。
「続ければいいじゃねえか。
イデアの部屋を叩き潰して、凱旋すればお前は救国の英雄だ。
貴族の娘を嫁にもらうことくらいなんてことねえ。
でかい花束でも持って嬢ちゃんのもとに帰ってやれ」
ブレイドは僕に残された時間が少ないことを知らない。
だけど、その事を知らせる必要はない。
一秒先の未来さえ分からないということが生き物である証なのだから。
バフンっ! と空気が破裂する音を立てて炎の中で崩れていくホムンクルス。
その中の一体と僕の目が合った。
あくまで印象だが、生き残っている僕を羨んでいるようにも見えた。
エステリアが住んでいた屋敷をアイゼンブルグでの活動拠点とした。
フローシアが屋敷を囲むように結界を張っているので敵の侵入は困難だ。
屋敷内の一室にイスカリオスとフローシア、そしてフローシアの拘束の魔術で魔力も動きも封じられたエステリアが円卓を囲んでいる。
「どこをほっつき歩いていたの?
せっかくアタシが洗いざらい話す気になってるのにさ―」
「頭を冷やしてたんだよ。
テメエの顔見てると八つ裂きにしてやりたくて仕方がねえ」
悪態をつくブレイドとそれを受け流すエステリア。
フローシアがブレイドの尻を叩き椅子に腰掛けるよう促すと、ドカリと大きな音を立ててブレイドは座り込んだ。
「さて、じゃあイデアの部屋とアタシ達が手を組んだあたりから話そうか。
魔王ペーシスって知ってる?」
その名を聞いてイスカリオスが眉間にシワを寄せる。
「黒死のペーシス……!」
「流石に最前線で戦って生き残っているだけのことはあるねー。
そそ。そいつだよ。
魔王の中でも上位の実力を持ったペーシス。
性格は残忍で陰湿でクソ意地が悪い。
真正面からでも人間を皆殺しにするような力を持っているのに、疫病を蔓延させたり田畑を焼いたり、人間がジワジワと死んでいくのを見るのが趣味っていうイカレ野郎だよ。
ま、キミたち人類にとっては幸いだったかもね。
アイツが本気で潰しにかかってきたならこの大陸の人類はとっくに絶滅していただろうし。
ま、そんな恐ろしい魔王のもとに謁見したいと言ってきた人間がいた。
見た目は子供、15歳前後のかわいらしい顔をした男の子だった。
もちろん人間の頼みなんかペーシスが聞くわけないんだけど、その子は「ささやかな手土産です」って言って人間の女の子を100人ばかり献上したのさ。
しかも、その子達はみんな体の一部が魔物にされていた。
下半身が蛇だったり、顔の半分が妖怪鳥だったり、首から下がトロルだったり、まあ悪趣味なクリーチャーだったね。
そのくせ意識は人間のままだから、みんな恐怖と絶望に顔が染まっていて酷いもんだったよ。
アタシはドン引き。
でもペーシスは喜んだみたいで彼の謁見を快く受け入れちゃった」
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【転生しても名無し】
『どこまでゲスなんだよ!
イデアの部屋の連中は!!』
【◆江口男爵】
『さすがの俺もドン引きだわ……』
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「その男の子の名はカレルレン。
イデアの部屋の一員で、サンタモニアが自分たちによって牛耳られていることをペーシスに教えたの。
そして、早々にカードを切ってきた。
『アイゼンブルグを献上するので10年間はサンタモニアへの侵攻を行わないでほしい。
イフェスティオはどうしても構わない。
帝都に繋ぐ転移魔法陣も使わせてやる』
ってね。
さすがのペーシスも意表を突かれたみたいで、その大盤振る舞いの理由を聞いたの。
そしたら、
『快適な研究環境が欲しい』
だって。完全アタマおかしいよね。
そりゃあペーシスが喜ぶわけだっつーの」
助兵衛の予想は見事に的中した。
イデアの部屋は自分たちの研究のためにアイゼンブルグとイフェスティオ帝国を魔王軍に売り渡したのだ。
「カレルレンという名前は聞いたことがある……
だが、30年以上前の時点でヤツは既に成人していたようじゃったが」
「若返りの魔術でも使ったんじゃない?
そうでもなけりゃ定命の人間が魔術の探求なんて途方もなく地道で時間を使う虚しいことやってられないっしょ」
フローシアはふむ、と唸りながら顎に手をやる。
「それでペーシスの使いパシリのベルグリンダが意気揚々と招かれるままアイゼンブルグを陥落させて、帝国への攻撃作戦に取り掛かって、なりたての魔王であるアタシがここのお留守番を任されたってわけ」
「なりたて? テメエはこないだまで魔王じゃなかったのか?」
「うん。アタシは元々研究畑の悪魔だもん。
魔道具を研究したり作ったりしていたんだけど、出来上がったモノをアタシ以外に使えるヤツがいなくてねー。
成り行きで魔王になっちゃった系。
才能あるのってつらいわー」
鼻高々に嘲笑するエステリアのアタマをブレイドがゲンコツでポカリと殴る。
「いったああああああ!!
何すんの!?」
「ムカついたから殴ったんだ!
文句あっか!!」
「アリアリにきまってるでしょー!!」
ギャアギャアとエステリアとブレイドが怒鳴り合いをはじめる。
「はあ……ほんにかしましいのう。
で、これからどうする」
騒ぐ二人を横目にフローシアが僕とイスカリオスに問いかける。
「当然、イデアの部屋を早急に叩く。
魔王軍が大陸から撤退したとて、すぐに攻め込んでくるやもしれん。
いいや、ペーシスならば必ず攻めてくる。
油断や慢心を突いてくるのは奴の常套手段だ」
「そうそう。失態を演じているアタシなんかも絶体絶命だよー。
絶好の粛清の機会だもん。間違いなく殺されちゃう」
話にエステリアが首を突っ込む。
「魔王軍はそんなに罰則が厳しいのか」
僕の問にエステリアは首を振り、
「人間の軍みたいに一枚岩ってわけじゃないだけだよー。
嫌な命令なんて聞きたくないし、自分が認めないやつには仕えられない。
気に食わないやつは機を見て殺してやりたいって思ってるね。
それでもそれなりに人類の脅威であり続けられたのは人間を蹂躙したいって欲望は共通してるから」
「ベルグリンダは人間を害虫のように喩えた。
お前もそうなのか」
「あんな選民思想の塊みたいな高慢ちきと一緒にしないでほしいなー。
アタシは人類のみんな大好きだよ。
私達魔族と同等以上の精神性を持った素晴らしい生き物だからね。
強い戦士や有能な施政者には尊敬もするし、幸せに暮らす民たちを愛おしくも思ってるし。
ただ……そういう感情もひっくるめて殺し尽くしたいんだなあ。
大好きなものを壊す時、悲しい気持ちになるけど心の中に居座っていたものがいなくなってスッキリとする。
それがたまらなくカイカン」
うっとりした目で宙を仰ぐエステリア。
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【◆ミッチー】
『ダメだ。殺そう。
もしかすると味方になってくれるかもと思っていたけどコイツを生かしておいていいことなんかない』
【転生しても名無し】
『だよねー。エステリアちゃん可愛いけど中身が人類の敵過ぎて草』
【転生しても名無し】
『ぶっちゃけ軍を引いてイデアの部屋の情報を手に入れたんだから用済みでしょう』
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僕だってそう思っている。
だけど、
「てかぁ、アタシ的にはおばあちゃんが人間の味方してるのがビックリだよ。
おばあちゃんもてっきり人間嫌いだと思っていたし」
エステリアの好奇の目から逃れるようにフローシアはそっぽを向く。
「別に人間の側についたつもりはない。
単純に敵が一致したから協力するだけじゃ。
イデアの部屋の連中を倒した後はまた隠遁生活を送らせてもらうよ。
エステリアお前も連れてな」
「ええーーっ!!
そんなのやだよ!!」
「やかましいわ!!
調子に乗って魔王なんかになりおって!
徹底的に結界を張り巡らせて死ぬまで外出禁止にしてやる!
帝国の将軍よ、それがわらわの務めということで良いな。
危害を加えられん限りはこちらも人間に害を与えん」
イヤイヤと首を振ってわめくエステリアを無視してイスカリオスがゆっくりと頷く。
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【転生しても名無し】
『ホムホム、フローシアさんとエステリアってどういう関係なのか聞いてみて』
【転生しても名無し】
『おばあちゃんって言ってたし血縁者?』
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僕が尋ねるとフローシアは口をとがらせて、
「百年ほど前にだらしのない親の代わりに面倒見てやっただけの間柄じゃ。
せっかく教えてやった魔術や魔道具作成のスキルをくだらんことに使いおって……」
フローシアはそう言うと、自嘲気味に笑い、
「いや、くだらんことに使ったのはわらわもじゃったな」
その後、エステリアへの尋問をイスカリオスとブレイドに任せ、僕は別室でフローシアと二人きりになる。
「まさか、本当に再会できるとは夢にも思わなんだぞ」
「また会いに来ると約束していただろう。
あなたのおかげでメリアを守って帝都にもたどり着けた。
剣を貸してくれたことも含めてあなたは僕の恩人だ」
と、言うとフローシアは僕の背中を叩いた。
「立派になったな。
恩知らずの魔王や礼儀知らずのバラガキとは大違いじゃ」
「あなたを楽しませる旅の話もたくさんあると思う。
だけど、それよりも……
あなたにお願いしたいことがある」
フローシアはニヤリと笑って「分かっておる」と言って部屋のベッドに横たわり、両手を広げる。
「違う。そうじゃない」
「ほほう。わらわが何を求めていたか察せたか」
「ああ。悪いがメリア以外とそういうことをするつもりはない」
キッパリとそう言うと、フローシアはベッドの上ゴロゴロと悶えながらゲラゲラと笑った。
「なんと! まさかソッチのほうまで経験済みか!
しかもあの小娘と!」
呼吸が苦しくなるまでひとしきり笑った後、フローシアは身を起こす。
「しかし、お前の体と機能では人間のように快楽を得ることはできなかったろう。
ホムンクルスに生殖機能はない。
いくら人間や獣を真似て交わってみても、ただ体を擦り合わしているだけじゃったはず。
何故、それでもお前は体を重ねた」
フローシアにとって純粋な疑問だろう。
試すというよりも教えを請うような目で僕を見ている。
「僕にとってメリアは大切だから……
手放したくないし、彼女が離れていくことも嫌だった。
だから繋ぎ止めたくて、彼女を愛していると伝えたくて、愛されていると感じたくて……体を重ねた」
雪のように白い肌に挿す紅色の血色も、弓のようにしならせて僕に絡みつく肢体も、苦痛をこらえるように歪めたり、快楽に蕩けるメリアの表情も全てが美しく愛おしかった。
それだけで僕は満たされていたけど人間だったら生理的な快楽や欲求を満たすことができたのだろうか。
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【◆江口男爵】
『ちょっとまてええええええ!?
え!? ホムホム気持ちよかったわけじゃなかったの!』
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いや、心地よい時間だったが。
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【◆オジギソウ】
『ああ……うん。
まあ、そりゃあそうだろうけど……』
【転生しても名無し】
『ホムホムが不憫に思えてきた……
あと、メリアちゃんも』
【◆与作】
『バカ言え。
好きな者同士が結ばれていたんだ。
これ以上に幸せなことがあるか』
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「お前が人間並みの感情を持つ可能性はわらわも考えていた。
それはあくまで人間の思考をトレースした副産物程度のものであるはずだった。
でもお前は自ら育んだ感情であの娘を愛し、快楽なき交わりから至上の幸せを得た。
もはやお前は人間の模造品ではない。
れっきとした一つの生命体じゃよ」
満足そうに微笑むフローシア。
ホムンクルスの祖であるアーサーの産みの親である彼女にとって、僕の成長は子供の成長を見るようなものなのだろうか。
「褒めてもらっているとは思うが、喜ぶことはできない。
おそらく……その僕の行為がメリアを危機に追いやってしまっている」
僕は懺悔のようにフローシアに今のメリアの状態を話す。
僕の寿命があまり残されていないことも。
そして、それらの打開策を授けてほしいと頼んだ。