第84話 僕は戦いの終結を知る
ブレイドとエステリアの対決は初手から全力だった。
ブレイドは剣での斬撃を放ち、エステリアはそれを絶対防御の剣で受け止める。
しかし、ブレイドの剣を受けるためにガラ空きになってしまった急所にブレイドが拳や蹴りを叩き込む。
エステリアは負けじと尻尾でブレイドを攻撃する。
一度、手痛い目にあっているその攻撃を慎重に距離をとって回避する。
僕は戦闘不能状態になっているイスカリオスの元に駆け寄った。
「大丈夫か」
「ああ、休めばすぐに戻る。
だが、強者と戦えるレベルまで回復するには暫くかかる」
エステリアの身体能力はベルグリンダよりも遥かに高い。
剣術については素人同然だが、あの尻尾による攻撃は厄介に過ぎる。
変則的かつ超高速の攻撃をブレイドは野生の勘のようなもので凌いでいるが僕には手が負えないだろう。
ブレイドの上段蹴りがエステリアの顎に炸裂する。
のけぞりながらもエステリアは尻尾を槍のように放ち、ブレイドの太ももの肉が抉られる。
「前より……強い!?」
「ったりめえだ!
こちとら人類最強の戦闘民族ソーエン人だぜ!
戦えば戦うほど強くなる。
俺たちをナメるなあああああ!!」
ブレイドは剣の柄でエステリアの剣を殴りつける。
すると、エステリアの手から剣が離れる。
その一瞬を見逃すブレイドではない。
直ぐ様、斬撃でエステリアの右腕を斬り飛ばす。
「ギャアアアアアッ!!」
悲鳴を上げてエステリアは姿を消し、部屋の隅へと逃げる。
「イヤアアアアア……
アタ、アタシの……うでが……」
エステリアの右腕は生気無く床に転がった。
ブレイドはエステリアに向かって歩みを進める。
「お前がザコと呼んだ4人はソーエン最強の戦闘集団金龍隊の隊員だ。
たしかに隊内序列で言えば最下層の連中だったが、死に物狂いの修行の果てに達人と称されるようになった強者達だ。
何の手傷も負わせずくたばるわけねえだろ」
ソーエン兵の攻撃は確実にエステリアの身体にダメージを与えていた。
その差が拮抗した実力者同士の戦いの勝敗を分けたのだ。
「以前にお前の暗殺に向かった二人のソーエン人のおかげで、貴様に対して魔術師を当てる方針が決まった。
イフェスティオから来た魔術師のおかげで俺は消耗せずにここまでたどり着けた。
それだけじゃない。
今、この街の内外で戦っている兵たちがお前らの兵を引きつけてくれているから、俺達はお前一人と戦うことができている」
ブレイドはエステリアに語りかける。
おとなしく聞いていたエステリアが顔を歪めると、僕の魔力感知が働いた。
切り離されたはずの腕が宙に浮き、ブレイドに向かって剣を突き立てようと飛びかかる――
が、その直前に僕はその腕を剣で切り裂いた。
絶対防御を誇るエステリアの剣も何故か僕の剣には反応しない。
返す刀でその剣に斬りつけると、陶器のようにバラバラに砕け散った。
「不意打ちに対する横槍くらいは見逃してくれ」
と、ブレイドに言うと、「仕方ねえな」と呟き、エステリアに向かって再び語りかける。
「分かるか。ヘボ魔王。
テメエを殺すために俺たちはこれだけの犠牲を払ったんだ。
そして、テメエはその犠牲の上に殺される。
アイツラをザコ呼ばわりするのは許さねえ……」
ブレイドの背中には怒りが炎となって燃えているようで、その言葉はエステリアに届いていた。
「ああ……悪かったよ。
前言撤回、キミたちは強かった。
現にアタシはほとんど死に体だし」
エステリアは不満……というより憂鬱な表情で、
「そんな言葉聞かされた後だと、この後の私のやり口に引け目感じちゃうよ」
エステリアの背後に魔力のゆらぎを探知した。
「ブレイド! 今すぐエステリアを殺せ!!」
僕は叫んだ。
なんだか嫌な予感がしたからだ。
ブレイドは僕が言葉を発しきる前に飛んでエステリアに切りつけた。
だが、その刃は届かなかった。
エステリアの背後の空間から突如紫色の鎧姿の騎士が出現した。
フルプレートメイルで顔まで覆われていて顔は見えない。
だが、ブレイドの渾身の一撃を片手持ちの剣で受け止めたのだ。
さらに同じ鎧を着た騎士が2体出現する。
その身体から発する禍々しい魔力は僕に危機感を抱かせる。
同じようにブレイドも感じたらしく、エステリアからその騎士に標的を切り替え、剣で切りつける。
が、ブレイドの剣はたやすく弾かれ、逆に胸元を浅く切りつけられた。
「チッ!」
胸に切り傷を作ったブレイドは大きく退き、僕の近くまで後退する。
「ブレイド! この鎧は――」
「ああヤバイ! てか、どういうことだ……」
戸惑うブレイドにエステリアはバツが悪そうに答える。
「これはイデアの部屋の連中と共同開発した人体兵器『屍令装』。
死にかけの人間の魂を入れ替え傀儡とする悪趣味な兵器だよ。
中身は……キミなら分かるよね」
「……金龍隊序列4位シエル・シュリンガー。
ならば、その後ろの鎧は序列6位ベルジュ・ディヴァンということかっ……!」
ブレイドは歯ぎしりをする。
「アタリだよ。
本当に気は進まないんだ。
見下すべき存在の人間を操るようなことも、死の運命を捻じ曲げるようなことも。
魔族の矜持ってやつかな。
でもね、アタシだって魔王としての責務があるし、潔く死んでもいいなんて思えるほどキミたちに情があるわけでもない。
生き残らせてもらうね」
ふてくされたようにそっぽを向くエステリア。
同時に2体の鎧が僕とブレイドに向かって襲いかかってきた。
鎧の振るう剣は凄まじく速く、威力もブレイド……いやイスカリオス以上だ。
剣と槍をあわせて剣戟を防ごうとするが、圧力で吹き飛ばされてしまう。
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【転生しても名無し】
『やべえ! この鎧メチャクチャ強くね!?』
【◆助兵衛】
『接近戦は無理だ!
魔術で応戦しろ!!』
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「【ライトニング・ブレイズ】!」
左手の槍から紫紺の稲妻を鎧に向けて放つ。
だが、軽やかな身のこなしで鎧は影響範囲外に避難する。
僕の魔力残量も少ない。
何度も打てるわけではないのに!
「ぐああああああ!!」
ブレイドの叫び声を聞いて振り向くと、ブレイドの体が火に包まれている。
一番後方にいた鎧が炎系の魔術を使ったようだ。
ベイルバインと比べても劣るレベルの魔術だが、直撃を受けたブレイドはかなりのダメージを負っている。
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【転生しても名無し】
『あああああ!! ブレイドニキー!!』
【◆オジギソウ】
『ホムホム! 消火! 消火!』
【◆マリオ】
『ダメだ!! スキを見せたら目の前の鎧に瞬殺されるぞ!!』
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妖精たちも混乱気味だ。
それくらいに今の状況はマズイ。
あんな姿になったソーエンの達人が本来の力を持っているのか分からないが、少なくとも手負いのブレイドや僕よりも遥かに強い。
勝つことはおろか、退却すらできそうにない。
燃え上がる体でゴロゴロと転がるブレイド。
そこにイスカリオスが駆けつけて、自身のマントで叩くようにして消火をする。
間一髪ブレイドは救い出されたが全身に火傷を負って重症だ。
しかも追い打ちをかけるように後方の鎧が再度魔術を発動させようとする。
「させんっ!!」
イスカリオスは床に散らばった瓦礫のかけらを鎧に向かって投げつけると、凄まじい勢いで兜にぶち当たり、兜を真っ二つに叩き割った。
割れた兜の中から出てきた顔は――
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【転生しても名無し】
『うそ……でしょ……』
【◆アニー】
『ひどすぎる……』
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その顔は皮が剥がれて鼻の骨も削られていた。
でも、誰かはすぐ分かった。
僕も知っている、人間だったから。
「兄上……」
イスカリオスが力なく呟く。
ブレイドを焼いた鎧姿の騎士はビクトールだった。
アイゼンブルグに潜入すると言い残して僕の元を去った彼がエステリアによって傀儡に変えられてしまった。
ビクトールは焦点の定まらぬ目でイスカリオスに向かって炎系魔術を放つ。
イスカリオスの体には魔力が纏われており、威力の低い魔術は通さない。
だが、棒立ちのまま動こうとしなかった。
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【◆マリオ】
『打つ手がない……』
【◆助兵衛】
『エステリアを道連れにするか?
今のアイツなら【ライト・ブリンガー】で仕留められるかもしれん。
だが、間違いなくそのスキを突かれてホムホムは死ぬ』
【◆オジギソウ】
『そんなやけっぱちの作戦立てないでよ!!』
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……それしか手がないなら、少しでも戦果が大きい方を選ぶ。
戦場にいるのなら、人間だってホムンクルスだって同じだろう。
僕は魔力を槍に集中させる。
目の前の鎧を狙うように見せかけて警戒させ、発射直前にエステリアに標的を切り替える。
上手くいってくれ。
願うような気持ちで構えていた僕の耳に、カツンカツンと床を叩く足音が、この広間の外から聞こえた。
「ん?」
エステリアが広間の入り口を見る。
「クックックックッ!
なかなか派手にやらかしたじゃないか!」
部屋の入口に立っていたのは、大柄な体で髭をはやした中年男。
フロスと呼ばれていたソーエン兵だ。
「き……きやがったのか……」
息も絶え絶えにブレイドが言う。
「別に倒してしまっても構わんだろう、って言ったではないか。
ハンマの奴はちとダメージが重かったので地下に隠してきたがのう」
カラカラと笑うフロス。
この状況では喉から手が出るほど欲しかった援軍だが、彼一人ではどうにもならない。
ブレイドの切り捨て順から考えれば、彼の力は死んだソーエン兵とそう違うものではない。
この状況を変えるだけの力はない。
「ザコだなんて言わないよ。
ブレイドくんに怒られちゃうからね。
だけど、わざわざ死にに来たキミはバカだ」
エステリアは吐き捨てるようにフロスに言うが、彼はニンマリ笑って、
「魔王を名乗るまでになったのに中身はちーとも変わらんのう。
怒られて拗ねて駄々こねてた子供の頃のまんまじゃ」
と、言う。
エステリアは怪訝そうな目でフロスをにらみつける。
「まあ、強そうなお人形を並べて物騒なことじゃな。
普通ならこんな鉄火場からは早々に立ち去りたいんじゃが……」
フロスはそう言いながら広間の中に入ってきて、
「ここまでわらわにおあつらえ向きのシチュエーションを提供されて逃げ帰るには惜しいというものじゃ」
……わらわ?
フロスとかいう男の喋り口調はどこかで聞いたことがある。
そう……これは――
僕が記憶の検索を始めると同時に、エステリアの張った結界が突如作動し光を放ち始めた。
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【転生しても名無し】
『ここに来てまたあの剣山攻撃!?
エステリア様容赦なくね!?』
【◆ミッチー】
『いや……なんでこのタイミングで?
さっきブレイドと戦っている時や追いつめられた時の悪あがきにはなんで使わなかったの!?』
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ミッチーの疑問はもっともだ。
僕はあの結界は使えないものだと思っていたが……
「アタシの結界を……乗っ取っているの!?」
エステリアが驚愕の声を上げる。
フロスはカラカラと笑いながら、
「起点を失った結界なんぞ、わらわにとっては乗り手のいない馬のようなもんじゃ。
ほほう、なかなか面白い趣向じゃな」
フロスに向かって3体の鎧が一斉に襲いかかる。
だが、結界から出てきた鋼の刃によって彼らの攻撃は阻まれる。
「死霊魔術と蘇生魔術の応用か。
つくづく碌な物を生まんな、あやつらは」
吐き捨てるようにいったフロスは目を閉じて集中力を高める。
莫大な魔力が彼の体から放出される。
と、同時に彼の体がバチバチと音を立ててかき消えていく。
その速度は急速に早まり、彼の体がかき消えたかと思うとそこには背の低い少女……
って、アレは!?
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【転生しても名無し】
『誰ええええ!?』
【転生しても名無し】
『フローシアさんだよ! 新参は黙ってろ!』
【転生しても名無し】
『変身してたの!?
魔法少女っぽいじゃん!!』
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長く尖った耳をし、緑色の髪をした少女……のように見える魔女。
森の魔女フローシアの姿がそこにあった。
「【哀れな死人や、奪われた死を取り戻し、悠久の眠りにつくことを我が名において赦そう。
解呪】」
結界が緑かかった白い光を放ち広間を照らしつける。
目を焼かんばかりにまばゆい光に包まれて、やがて光は去った。
鎧たちは中身を失ったかのように崩れ落ちて動かなくなった。
「ざっとこんなもんじゃ。
さて、エステリア。
どうする?」
胸を張って誇らしげに笑うフローシア。
エステリアはフッと笑って、
「アタシの負けだね……
てか、おばあちゃんまで引っ張り出してくるなんてズルい!!
ブレイドくんさ!
どういう人脈持ってるの!?
もうやってらんないよ!!」
エステリアは大の字になって横たわった。
「わらわとて人間に請われたくらいで魔王に牙を向けはせんさ。
じゃが、利害が一致したから手を貸したまでよ」
そう言って、フローシアはブレイドに魔術繊維の糸を巻きつける。
痛みが和らいだのかブレイドはゆっくりと起き上がる。
「俺たちの勝利だ、ヘボ魔王。
その首もらうぜ」
ブレイドは剣を握り締め、エステリアに近づく。
エステリアは体を起こして、
「ねえ、殺すのだけは勘弁してくれないかなあ。
もう魔王やめるし、人間も殺さないから」
と命乞いをしてきた。
「寝ぼけてんのか、テメエ?」
ブレイドが凄みを利かせるとエステリアは、
「おねがいします。絶対に約束破らないから」
「そう言って命乞いをしてきた人間をいったい何人殺してきやがった!!
テメエは絶対に許さねえ!!」
ブレイドは聞く耳を持たない。
僕もエステリアを殺すことになんの迷いもない。
彼女は嘘をつける。
これだけの力を持った魔王を生かしておくことは危険過ぎる。
だが、
「待て」
と、ブレイドを止める声があった。
その声の主は以外にもイスカリオスであった。
「魔王よ。貴様はイデアの部屋のことを知っておるのか」
イスカリオスの問にエステリアは頷いて答える。
「とーぜん。ここはアイツラにとっても重要な場所だからね。
幹部の顔も、潜伏先も全部知ってるよ」
「その潜伏先とは?」
「オーベルマイン学院。
アイツラはそこの学生。
ついでに言うとイフェスティオの山に転移する魔法陣もあの学院の地下にある」
エステリアの白状した言葉を咀嚼し、イスカリオスは頷く。
「よかろう。
条件付きで貴様の助命を約束しよう」
イスカリオスの言葉にブレイドが噛み付く。
「なんでだよ!! コイツは魔王だぞ!!
どれだけの人間がコイツに殺されたのか分からねえとは言わせねえ!?
お前だって目の前で部下が殺されただろうが!!」
「兄も……だ」
イスカリオスは倒れたビクトールを見る。
ビクトールのまぶたは閉じられ穏やかな顔で眠るように息を引き取っている。
「だが、まだこの街に生き残っている部下がいるかもしれん。
そやつらを死なせたくはない。
それにイデアの部屋を駆逐することが今回の作戦目的だ。
全軍への停戦命令。
アイゼンブルグ及び大陸からの撤退。
今後の魔王軍への一切の接触禁止。
イデアの部屋についての情報提供。
人間への害意の禁止及び監視下に置くことを以て条件とする。
飲めなければ仕方ないが」
「わかったっ!
それでいいです!」
エステリアは頭を地面にこすりつけるように下げて、条件を飲んだ。
ブレイドは奥歯が割れそうなほど歯を食いしばって、
「やっぱテメエは大嫌いだ!!」
とイスカリオスに吐き捨てて、剣を下ろした。
本日の投稿終了です。
昨日浮気して別の作品書いていたので、こちらも頑張って区切りの良いところまで投稿しきりました。
ちなみに下記の作品です。
こちらとは全く毛色の違う現代青春ラブコメです。
『10代の男はみんな年上が好き(異論は認めぬ)』
https://ncode.syosetu.com/n3246fb/
あまり話を膨らませすぎないようにサクッと書ききりたいです。