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第82話 あなたに会いたくて走り出しそうになる

 帝都を出立するイスカリオスと合流した僕は自分も連れて行くよう要求した。

 反発されることを予想していたが、彼は不快そうに鼻を鳴らすだけで僕がついていくのを阻みはしなかった。


 僕とイスカリオスを含めて12人の兵が帝都を出て西へ進む。

 その中には超越者である魔術師ハインラインとジギルも含まれている。

 彼らは長年最前線で魔王軍と戦い続けてきた実力者だ。


 極秘の任務ということもあって街道は使わず、野宿し、一週間が経った頃に港町ベルンデルタにたどり着く。

 先の討伐でミドレニア諸島の魔王軍を撃退していたため、魔王軍の勢力が弱まっている海上を船で渡り、サンタモニア王国の港町アマルチアにたどり着いた。

 僕とメリアがこの街に滞在していたのは約半年前だが街の様子は変わらない。

 平和な営みを続ける人々を撫でるように潮風が吹いていた。


 ブレイドの手引きにより、予め用意されていたサザンファミリーの息がかかった宿に僕たちは入る。

 他の者達が長旅の疲れを柔らかいベッドで癒やしている間に僕は夜の路上でブレイドと合流した。

 作戦を前に張り詰めた気持ちでブレイドは息を潜めて待機しているものかと思いきや、なんてことない。

 演劇の真似事をして堂々と遊んでいた。

 その事を知ったイスカリオスは顔を歪めていたが、その演劇がイデアの部屋を誘き出すためのものだとわかると矛を収めた。


「ただ待ってるだけじゃもったいねえし、ダメ元でやってみたらうまい具合に引っかかってくれちゃって。

 イデアの部屋とやらも案外大したことねえな」


 と、ブレイドは捕縛した3人の少女を眺めながら笑っていた。

 公演後、襲撃してきた彼女たちを戦闘不能にした僕とブレイドは港の倉庫に監禁した。

 その知らせを聞いたイスカリオスはすぐこちらにかけつけて、彼女たちの姿を見ると落胆した表情を浮かべた。


「たしかに尻尾をつかむことすらできなかった敵の手先を捕まえたのは殊勲ものだが、大した意味はなさそうだな」


 イスカリオスの感想に僕も同意だ。

 捕まえた3人はホムンクルスだった。

 その証拠に3人とも全く同じ顔をしている。

 薄桃色の髪に切れ長の大きな瞳。

 豊かな胸にスラリと伸びた弓のような下半身は色香を漂わす女性のそれであり、ドレスでも着て街中を歩いていれば衆目の視線を一心に集めるだろう。

 だが、彼女たちは拷問にかけても何も喋らず、見た目で女性型であると言うことしか情報を得ることができなかった。


「まーな。つくづく敵に回すと厄介だな、ホムンクルスって奴は。

 これじゃあ壊れない性欲処理の人形くらいにしか使い道がねえ」

「ブレイド……」

「冗談だよ。

 たかが性欲ごときで品性を捨てる気にはなんねえな。

 手下の連中にもそこんとこは徹底させるさ」



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『さすがブレイドニキ。

 ちゃんと気持ち汲んでくれる!』


【◆江口男爵】

『ホムンクルスで風俗やったら儲かりそうだなあ。

 絶世の美女でも作り放題、無茶なプレイもやりたい放題。

 マグロなのがタマに傷だが』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 去れ。悪魔よ。


「ところでオデット達はどうするんだ。

 彼女達もイデアの部屋に狙われる立場になったんだぞ」

「抜かりねえよ。

 今頃バルザックの船でソーエンに向かってる。

 ほとぼり冷めたら戻ってくるなり、別の国に行くなり好きにさせてやるさ」


 僕はひとまず胸を撫で下ろした。


「お前は……本当にホムンクルスなのか?」


 今まで一言も発さなかったホムンクルスの一人がいきなり質問して来たことに僕たちは驚き、彼女を注視する。


「信じられないならライト・スティンガーを打ち込んでやろうか?

 それとも腹に穴を開けて自己再生する様子を見せてやろうか?」


 僕が嘯くと彼女は首を振った。


「第9世代エルガイアモデル……

 ありえない……

 どうして私達と同世代のあなたがそんな……

 人間のように振る舞えるのか」

「お前も今戸惑っているだろう。

 感情はある。

 そのことに気づけていなかっただけだ」


 僕がそう言うと、彼女は俯いた。


「私にも感情がある……」

「そうだ。もっともイデアの部屋の連中に飼われているうちはそれが目覚める事はないだろう。

 僕も人間達と一緒に生きて、成長して行く中で自然とこうなった。

 9.5世代のアスラーダでさえ感情は未発達だった。

 イデアの部屋の連中も複雑な感情を生み出すことはできていないらしい」


 僕の言葉を咀嚼するように逡巡した彼女は、ポツリと呟く。


「私達、第9世代スカディアモデルは123体作られた。

 そして互いに戦った。

 残ったのが私達3体だ」


 彼女が話し出したことに残り2体が口を開く。


「ツヴァイ。

 あなたは命令違反を犯している。

 即刻発言を停止せよ」

「ツヴァイ。

 あなたは情報漏洩を犯した。

 致命的なエラーであーー」

「うるせえ、ポンコツ」


 ブレイドが残り2体を蹴倒した。


「足を引っ張るんじゃねえよ。

 お前らの姉妹が腹決めて喋ろうとしてんだ。

 黙って聞いとけ」


 残り2体は沈黙した。

 ツヴァイと呼ばれた個体は言葉を続ける。


「私たちは人間を攻撃できるように基本ポリシーを変更されている。

 今夜のようにイデアの部屋にとって不利益を働く人間を抹殺するためだ。

 エルガイアモデル……」

「クルスだ。クルス・ツー・シルヴィウス」

「……クルスよ。お前は人を殺せるのか?」


 僕は思い出す。

 ちょうどこのアマルチアだった。

 僕とメリアに襲いかかって来たバルザックの手下を殺してしまったのは。


「殺せる。大切な人を守るためなら」


 僕の言葉にツヴァイは強く反応する。


「人間を守る。それがホムンクルスの存在意義。

 だけど私たちは人間を殺す。

 矛盾している。

 私たちはあなたのように人間のような感情もなければ意志もない。

 旧型のホムンクルスのように人間を守ることもできない。

 私は一体なんなのだ?」


 ツヴァイの問いに僕は答えに窮するが、ブレイドが代わりに答える。


「お前はホムンクルスだよ。

 それ以上でも以下でもねえ。

 だが、人間のように振る舞うことも人間を守ることだってやろうと思えばできる。

 今までそれをしていなかっただけだ。

 自分のやりたいことをやるから自分になれるんだ。

 それは人間だって変わらねえよ。

 なあ、オッサン」


 ブレイドはイスカリオスに顔を向ける。

 イスカリオスは苦虫を噛み潰したような表情で、


「そこの赤毛猿が言った通りだ。

 貴様が自分の信念に基づいてイデアの部屋の道具になろうとしているのならばそれはそれで貴様なのだろう。

 だが、何も考えずに造物主に従っている間は貴様は何者でもない」


 と言った。

 ツヴァイは思考回路を回転させているのだろうか。

 しばらく沈黙した後、僕たちを見渡し。


「インプットした。

 選別個体である私は成長し、ホムンクルスとして新たな段階に進むことが目的。

 ならばイデアの部屋の命令に従うことは私にとって不利益。

 あなたたちに情報提供する。

 これを以って私はやりたいようにする」


 ツヴァイの言葉を聞いて、ブレイドは柏手を打った。

 だが彼女は反応すること無く淡々と言葉を続ける。


「私たちの任務はイデアの部屋に近づこうとする者を抹殺すること。

 それだけのために作られ、育てられた。

 だから余計なことは教え込まれていない。

 イデアの部屋が組織であることはわかるけど、それ以外は教えられていない。

 私に命令しているマスターも本名は分からない」

「なんだよ。

 じゃあ、いったい何なら教えてもらえるんだ?」

「黙って聞け」


 苛立つブレイドをイスカリオスがたしなめる。

 ツヴァイは僕たちを一瞥し、再び話し出す。


「私が貴方達に教えられることはひとつだけ。

 私たちのマスターはオーベルマイン学院にいる。

 彼は表向きには平凡な学生だが、イデアの部屋の中でもかなり重要な位置にいると思われる。

 マスターの他にも関係者が学院に複数在籍している」

「オーベルマイン学院だとぉ!?」

「知っているのか?」

「ああ……一応、ここ数ヶ月サンタモニアのことは調べ尽くしたからな。

 魔法王国サンタモニアは知ってのとおり魔術研究が盛んで、国民の魔術教育にも熱心だ。

 オーベルマイン学院は将来の国のエリートを輩出する名門中の名門の教育機関だ」


 ブレイドは戸惑いながらも淀みなく説明する。


「エリート養成機関か。

 ならば、すでに調査対象として調べ上げているのではないのか」

「オーベルマインは中等教育機関なんだよ。

 あくまで基礎学力と適性を養成する機関だ。

 研究機関じゃない。

 最高学府である魔術大学校については徹底的に草を放っていたんだ。

 だが、ガキの教育をしているようなところまで念入りに調べちゃいねえよ。

 クソ……完全にいっぱい食わされちまった!」


 ドンッ! とブレイドは壁を叩く。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『中等教育ってことはこっちで言うところの高校みたいなもんか』


【転生しても名無し】

『そりゃあブレイドの目を持ってしても読めんわ。

 言って見りゃあ高校で核兵器の開発を行っているようなもんだからな』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 イスカリオスは腕組みをして壁に寄りかかる。


「なるほど、たしかに裏をかかれたな。

 儂も奴らが市井に潜伏しているのだとすれば、国立の研究所や大学、もしくは大商会の商館あたりだと踏んでいた」

「考えようによっちゃ潜伏以外にも色々と便利な場所だ。

 イデアの部屋の連中の思想は革新的すぎる。

 分別のある大人なら触ろうともしないだろうが、自分をエリートだと思い込んでいる危なっかしいガキなら別だ。

 大人になりきるまでに洗脳されて、そのまま大学や国の中枢に流れ込んで行けば上流階級に根を張るのも不可能じゃねえ」


 ギリギリと歯ぎしりをするブレイド。

 だが、イスカリオスは冷静に、


「だが、コイツの言うことを真に受けていいのか?

 我々を陥れるためにデマを流しているのかもしれんぞ」


 と、ツヴァイを顎で指す。


「私の発言に虚偽はない」

「嘘つきは自分を嘘つきだとは言わん」

「ならば、発言を撤回する。

 私は嘘つきだ」


 ツヴァイの淡々とした喋り口にイスカリオスはうんざりしたような顔をしてため息をつく。

 僕は割って入るようにしてツヴァイの擁護をする。


「彼女は嘘を言っていないと思う。

 ベルグリンダは僕が嘘をついたことに驚いていた。

 ホムンクルスは嘘をつかない。

 これがサンタモニアのホムンクルスにおける常識らしい」

「フン。お前が非常識なのは重々承知しておるわ。

 だが、こやつに嘘をつく意思がなくとも間違った情報を仕込むことも可能だろう。

 おいそれと信じてやるわけにはいかん」


 僕の言葉をイスカリオスはにべもなくはね除ける。

 ブレイドは頭を掻いて、


「ま、事の真偽なんざここでお喋りしても出て来やしねえさ。

 どのみち次の指し手を決めあぐねていたんだ。

 鬼が出るか蛇が出るか、手を突っ込んでもらおうじゃねえか」


 と言って、部屋の扉を開ける。


「とりあえず、クルスとオッさんは休める時に休んでおきな。

 飯食って風呂入って英気を養っておくんだな」

「ブレイドは?」

「俺は各所に指示を出さなきゃ行けないから、今夜は机仕事だ。

 なんだ? 一緒に風呂入って欲しいのか?」


 ニヤニヤしているブレイドを鼻で笑って、僕は部屋から出た。


 宿に向かう道をイスカリオスと二人で歩く。

 ここまでの道中も一緒に派兵された帝国の兵たちがいたため、二人きりになることはなかった。


「貴様はどう思う。

 あのツヴァイとかいうホムンクルス。

 奴は本当に主人を裏切ったのか?」

「その可能性は高いと思う。

 彼女は自分のあり方に疑問を持っていたのだろう。

 そこに、僕のように理を外れた個体に出会ったことで、自らの可能性を追求し、イデアの部屋への従属意識が揺らいだのだと思う」


 僕だって明確にサンタモニアを敵だと思ったわけではない。

 それでも、「生きる」という妖精たちに上書きされた命令を優先してここまで来た。

 イデアの部屋が僕たちに課した鎖は案外脆いものなのかもしれない。


「ヤツらのマスターとやらはこの可能性を考えていないだろうか」

「どうだろうな。

 少なくとも奴らにとってツヴァイは大切な存在じゃないのはたしかだ。

 使い捨ての兵器の中で優秀だった個体程度の認識。

 今やあの程度の戦闘力のホムンクルスなどを戦力として考えてはないだろう」


 アスラーダに比べればツヴァイ達ははるかに弱かった。

 せいぜいバルザックと互角に戦えるかどうかだ。

 マスターが愛着を持っているとは思い難い。


「きっと彼女の代わりは既にいる。

 アスラーダの完成度から見ても、既に10世代目のホムンクルスが完成している可能性が高い」

「ぞっとしない話だ。

 アルメリアが情報を持って来ていなければどうなっていたか」


 その言葉を聞いて僕は反射的にイスカリオスを睨む。


「……失言だったな。撤回する」


 悪気はないのは分かっている。

 実際にメリアが持ち帰った情報がなければ帝国はことに気づかぬまま窮地に追いやられていただろうし、イスカリオスは自分の手柄だと誇って良いことだ。

 それを許せないのは僕の感傷というものだ。


「いや、実際にメリアの働きがここになって効いている。

 ソーエンと帝国が手を組んでアイゼンブルグの奪還とイデアの部屋の殲滅を目指しているこの状況はメリアの旅が作り出したものだ。

 あなたのやらかしたことは結果的にいい方向に転がっている」


 そもそもイスカリオスがメリアを送り込んでくれなければ、僕とメリアが出会うことすらなかったのだ。

 彼にとっては手痛い失態だったろうが。

 僕がほくそ笑んでいると、イスカリオスがため息をついて立ち止まる。


「どうして貴様はこの戦いに志願した」


 イスカリオスがそう問うので僕は、


「帝国を滅ぼされてはメリアは生きられない。

 メリアを守るためには帝国を危機から救う必要がある」


 僕の答えに彼は不満そうに鼻を鳴らす。


「志願理由を聞きたいんじゃない。

 何故、アルメリアの気持ちを裏切ったと聞いている。

 アルメリアはお前を戦場に行かせたくなかったのだぞ」

「知っている。僕は彼女の願いを踏みにじってここに来た。

 それでもメリアを守るために必要な選択だからだ。

 生きてさえいれば心の傷を癒す機会は必ず来る」


 僕がそういうとイスカリオスはしばらく黙ってからポツリと呟く。


「生きてさえいれば……か。

 その言葉には貴様の命も含まれているのだろうな」


 イスカリオスの言葉を聞かなかったふりをして僕は歩みを早めた。



 宿に戻ると、僕は風呂付の客室に通された。

 壁や床をタイルで覆われた部屋の真ん中に楕円形の浴槽が置かれている。

 浴槽は白い陶器製で部屋の明かりを反射して艶やかに輝いている。


「久しぶりの入浴だ……」


 昨日も芝居の稽古やブレイドの話に付き合わされて濡れタオルで体を清めるだけに済ましてしまったから、今夜は帝都を発って2週間ぶりの入浴になる。

 帝都で暮らしていた頃は家に帰れば必ずと言っていいほど風呂に浸かっていた分待ち遠しい。


 僕は服を脱ぎ、裸になって風呂に入ろうとするが、髪をリボンで巻いたままだと思い出す。

 帝都にいた時はベッドで眠っていたから毎日解いていたけれど、帝都を出てから今まで眠っていなかった。

 舞台にしてもファルカス一座のものとは比べ物にならないほど手間のかけ方が雑で髪型をセットすることすらなかった。


 もはや身体の一部のようだったな、と思いながら右手の指をかけて解いたリボンを化粧台に置こうとしたその時に――気づいた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『え? これどういうこと?』


【転生しても名無し】

『ああ……あの時か』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 僕の手に握られているリボンの色は青緑色だった。

 これは僕がメリアに買ってあげて、メリアがずっとつけていたリボンだ。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆オジギソウ】

『うわああああああ……

 もうダメだ! 泣く! こんなん泣く!』


【◆与作】

『メリアちゃん……ホムホムの髪の毛を結う時にすり替えたのか』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 行かないで……なんて泣いたくせに。

 メリアは覚悟を決めていたのだ。

 僕を送り出し、自分の一部とも言えるこのリボンを僕に身につけさせた。

 彼女は僕とお揃いの魔力を嬉しがっていた。

 そのことの意趣返しだろうか。

 僕が遠く離れていてもメリアのことを片時も忘れられないようにしたかったのだろうか。

 この行為の意味を知る術は今の僕にはない。

 だけど、僕の髪を結び止めるこの布にメリアの気持ちが込められているのがわかる。


 リボンをギュッと握って額に当てる。

 何もかも投げ出してメリアの元に走り出したい衝動に駆られるが、これはあくまで衝動だ。

 本当に自分が望むことじゃないと言い聞かせ、抑え込んだ。




 それから3日後、僕たちはアイゼンブルグ攻略のためにアマルチアを出発した。

 ブレイドが連れてきたソーエンの精兵を加えた総勢は100人近くになっている。

 なお、オーベルマイン学院の捜査はソーエンの別働隊を使って行っている。


 進軍のルートは僕とメリアが進んだものと同じで森林地帯を踏破し、アイゼンブルグが見える場所までたどり着いた。

 僕は斥候とともに森の外に出て、街の防衛網を視認する。

 高い城塞に囲まれているので中の様子は分からないが、街の周りにはトロルやオーガが闊歩しており、領空では鳥型や蝙蝠型の魔物が旋回している。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆助兵衛】

『大した警戒ぶりだな。

 人間の力を超えたバケモノに穴熊決め込まれちゃ迂闊に手は出せん。

 守りを固められた城攻めにおいて必要な兵数は守勢の3倍だって言われてるけど、真正面からじゃ10倍の兵力を以ても返り討ちだろうな』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 魔物は人間と違って食事の必要性が少ない。

 仮に包囲して孤立させたとしても兵糧攻めの効果は人間ほどは見込めない。


 僕はブレイドとイスカリオスの元に戻り状況を報告する。

 他の兵たちは離れたところで待機している。

 味方であろうとも情報を漏らさないためにだ。


「フフン。警戒レベルは最高というところか。

 計画通りだ」


 ブレイドは口端に笑みを浮かべる。


「僕が潜入した時よりも警備のレベルが上がっている。

 特に上空の蝙蝠型のモンスターが厄介だ。

 鳥型のモンスターは夜目が利かないが、蝙蝠はそもそも目という感覚器が無く、自身から発する超音波の反射を知覚することで敵を察知する。

 夜の闇に紛れるような戦術は意味をなさないどころか、逆にこちらの不利になりかねない」


 僕がアイゼンブルグを脱出できたのは鳥型のモンスターが目を光らせ始める夜明けより前に地下に潜り込めたことが大きい。

 もしあの時に蝙蝠型の魔物がいたなら僕はたやすく発見され、破壊されていただろう。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆ダイソン】

『もはや懐かしいな。

 排水路を匍匐前進して逃げ回ったのも』


【◆野豚】

『何の因果か戻ってくる羽目になっちゃったねえ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 同感だ。

 あの街を脱出した時、もうサンタモニアに戻るという選択肢は失われていた。

 自分が使い捨ての兵器だということは理解していたし、その状態が僕にもメリットがないと分かっていたからだ。

 なのに、僕はまたあの街に向かおうとしている。

 イフェスティオの兵として、自分のために。

 全くもって因果なものだ。


「しかし、いくらなんでも数が多すぎはしないか?

 アレでは通常の国境警備が疎かになるのでは。

 まるで臨戦態勢にあるような」


 イスカリオスの疑問にブレイドは答える。


「そりゃそうさ。なんたってここしばらく毎日のように俺たちに威力偵察をかまされていたんだからな」

「はあ!? どういうことだ!?

 ワザワザ敵の警戒心を強めるなど!」


 イスカリオスは掴みかからんばかりにブレイドに詰め寄るが、ブレイドは鼻で笑う。


「奴らが警戒しているのは外からの攻勢だ。

 だからこれ見よがしに防衛網を見せびらかしていやがる。

 あのデカイ街を囲むように兵力を分散展開して、内側にどれだけ残存兵力を置けるのやら」


 そう言ってブレイドはイスカリオスの肩を叩く。


「それに警戒っていうのは思いの外精神をすり潰す。

 獣だろうが魔族だろうがその点は人間と変わらねえ。

 ホムンクルスは知らねえがな」


 ブレイドは僕を顎で指す。


「たしかにホムンクルスならば警戒レベルを維持し続けることは可能だ」

「配備されていねえことを願うぜ。

 お前に同族殺しなんかさせたくねえからな」


 と言って頭をかく。

 僕の成長した感情を推し量ってくれているのだろう。


「気にするな。もう既に一体殺しているし、躊躇いはない。

 イデアの部屋と戦うことになった以上、ホムンクルスの殲滅は避けられない」


 僕の言葉にブレイドは安堵したように肩の力を抜いた。


「話が逸れちまったが……

 要するに作戦の下準備は整ったってことだ。

 これから俺たちを含む20の精兵で地下からアイゼンブルグに侵入し、エステリアの首を取って即脱出。

 残りの兵は陽動としてアイゼンブルグに地上から攻撃をかける。

 電撃戦だ。

 長々やっていたらこっちの目論見がバレて数で押しつぶされる。

 異論はねえな」


 僕とイスカリオスは即座に頷いた。

明日も投稿します。

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