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第81話 僕は旅立つ

来週末は投稿が難しいので、区切りが良いところまでということで今日2話目投稿します。

 僕たちはリムルを起こさないように炊事場に移動してお湯を沸かしている。


「メリア、君の体について話しておかなくてはならないことがある」


 僕がそう言うとメリアは背筋を伸ばしてこっちを向いた。


「君の体に僕の……魔力を形成する能力が備わってしまった。

 原因はギャオスと一緒に入浴したことと……その、僕とこの間したことが原因と思われる」


 僕が恐る恐るメリアの表情を伺うと、彼女は穏やかに笑っていた。


「そうじゃないかなあ……って思っていたんですよ。

 あの魔族に私が放った魔術、ライト・スティンガー、でしたっけ。

 クルスさんの見様見真似で打てる気がして打てちゃいましいたし、こんなに傷が早く治るのもどう考えてもおかしいですから」


 腕を突き出して笑うメリアに僕は深々と頭を下げる。


「すまない。僕のせいだ。

 メリアの体が変わってしまったのは……

 もしかすると副作用があるかもしれない。

 たとえば寿命を縮めてしまうような……

 ぼ……僕はメリアの命を、奪ってしまう原因になって……」


 震えながら僕が言葉を発すると、メリアは僕の右手を掴んできた。


「何を言っているんですか。

 この力がなければ私は死んでいましたよ。

 それに、あの魔族に一矢報いられて本当に爽快でした。

 クルスさんの体のすべてが私を守ろうとしてくれるんですね」


 そう言ってメリアははにかんで、沸いたお湯で茶を入れ始めた。

 呑気すぎるその態度に僕は思わず声を大きくしてしまう。


「怖くないのか?

 今までの自分と違うモノになってしまったんだぞ。

 しかも、命を削って……」


 戦うことに向いていないメリアにこんな力を与えてしまい、その生命を脅かしている。

 僕は守ろうとしていた人を危険な運命に誘ってしまった。

 メリアは軽く天井を見上げて考え、そして答える。


「怖くは……ないです。

 偶然なのか奇跡なのか分からないですけど、この力はクルスさんが私にくれたものでしょう。

 好きな人とお揃いの物を身につけるのって嬉しいものですよ。

 あの色違いのリボンみたいに」


 メリアはかしこまった場に着飾って出席する時であっても、あのリボンを必ず身につけている。

 僕もそうだ。

 度重なる戦いの中で僕のリボンはかなり傷んでいたが、ほつれた部分を直したりしながら使い続けている。


「僕の物騒な力もメリアにとってはリボンみたいなものか」

「ええ。私を守ってくれるクルスさんの一部です」


 メリアは微笑んでお茶の入ったカップを僕に手渡し、自分ももう一つのカップを手に取り口をつけた。


「それに……今までの自分じゃないものになるなんて、今に始まったことじゃないですよ。

 クルスさんはずっと前から私を変え続けてきたじゃないですか」


 そう言って、メリアは自分の胸を指差す。


「以前の私がどんな人間だったか、もう忘れてしまいそうなくらい今の私はクルスさんに変えられてしまった……ううん、作られてしまったと言った方が正しいですね。

 だって、私はクルスさんのものなんですから」


 言いながら照れるメリア。

 僕もなんだか気恥ずかしくてカップに口をつける。


「人間はいつか死にます。

 不幸な死というものがこの世界には溢れています。

 だけど、そうじゃないものもあると思うんです。

 生きて生きて、大切なものを手に入れて、『もうやるべきことはやった! 手に入れたいものはすべて手に入れた』って最期の瞬間を迎える、そんな幸せな結末としての死もあると思うんです。

 そして、私にとってクルスさんがいるだけで十分なんですよ。

 私を守って愛してくれて、私が愛するひと……」


 話しながらメリアの瞳に涙が浮かんでいた。

 僕はその涙を見てホッとした。

 メリアはまだ涙を流せる。

 彼女が人間のままである証拠だ。


「クルスさん……

 ガルムさんの槍をどうするんですか?

 どなたかにお譲りするのですか?」


 メリアは真っ直ぐに僕の目を見つめて尋ねる。

 嘘やごまかしはできないし、してはいけないと思った。


「僕が使う。

 加工して左腕に取り付けようと思っている。

 そして、僕は……」


 僕はカップを置いて、ガルムの墓の前で決めたことを口にする。


「僕は戦場に向かう。

 もう奪われるのはたくさんだ。

 僕の力を使って帝国に迫っている危機を打ち払う」


 メリアはハッ、と息をして鼻をすすった。

 こぼれ落ちる涙の量が増えている。


「なんとなく……分かってましたよ。

 ああ、男の人ってみんなそうなっちゃうのですか?

 命をかけてまで英雄になりたいとか、そんな夢を持ってしまうんですか?」


 メリアの責めるような言葉に僕は首を横に振る。


「英雄なんかになりたいわけじゃない。

 僕が守りたいものの一番はメリアだ。

 メリアを守るためならそれ以外のものはどうでもいい。

 だけど、帝国を滅ぼされるわけにはいかない」


 僕はメリアの目元の涙を指で拭う。

 とめどなく溢れてくる涙を何度も、何度も。


「この命をメリアのために使わせてほしい。

 僕にとってメリアは僕自身よりずっと大切なんだ」

「私だってそうです!

 それなのにクルスさんのためにしてあげられることが無さすぎて……

 どれくらい私が苦しいか知らないでしょう!」


 メリアは涙を拭う僕の指を掴んで、口元に引き寄せて吸った。

 頭の裏の方がチリチリと焦げる熱のようなものを感じる。

 きっと、こんな特殊な反応を僕にくれるのはメリアだけだ。


「僕が生きている。

 それはメリアがしてくれたことの結果だ。

 僕のことを大切に思ってくれるのなら、その大切なものを作ったのは他でもない、メリアだ」


 僕はメリアの手を引いて抱き寄せる。


「大丈夫。僕は死なない。

 必ず生きて帰ってくる。

 だから、心配しなくていい」


 この言葉は自分に対しても言い聞かせている。

 絶対に死んではいけない。

 僕が生きることがメリアを守ることなのだから。

 あの戦いの中でメリアを死なせてしまうと思った僕が陥った底のない絶望を、僕の胸の中で泣きじゃくる彼女に抱かせるわけにはいかないんだ。




 翌朝、僕がファルカスと会うためにミルスタイン家の屋敷に赴くと、広間でファルカスがエルと芝居の稽古をしていた。

 エルは僕を見つけると、


「クルスく〜〜〜〜ん!!」


 と叫びながら飛びついてきたが、さっと避ける。

 にもかかわらずエルはしつこく僕に抱きつこうとするので僕は手首を掴んで動きを止める。


「どうしてさ!?

 再会を祝うハグをしようよ!」

「メリア以外の女性に気安く体を触らせたくはない」


 僕がそういうとエルは力を緩めて、フッと笑った。


「ホント、クルスくんってステキ。

 ウチの座長に爪の垢煎じて飲ましてやりたい」

「ハハハ、それはできないな。

 私は芸の道を追求するためにひとりの女性に縛られるわけにはいかないんだ」

「レクシー嬢にそのセリフ言ってみた?」


 エルの言葉にファルカスはうつむき、


「言ったさ……刺される覚悟で……

 そうしたら、

『構いません。

 貴方様が誰と指を絡めようが最後に私の胸の中に帰ってきて下されば』

 なんて、格好いい啖呵切られてさ……

 いや、信じられないでしょう。

 名門貴族のご令嬢がそんなこと言うんですよ」

「それで燃えちゃって、またまたまた熱い夜をお過ごしになられたと。

 もう諦めて結婚しちゃえば。

 私、レクシー嬢いいと思うよ。

 座長のすべてに惚れているから、一座も続けさせてくれるんじゃない?」

「お前はそれでいいのか!?」


 ファルカスはエルに訴えるように叫ぶ。


「うん。一座が奪われないなら問題ないもん」


 エルのつれない言葉にファルカスは床に手をついて項垂れる。


「それよりもクルスくん!

 この間描いた絵が完成したんだよ!

 見に来る?」

「あの市井で売り買いされているヤツか」

「フフン、アレはお小遣い稼ぎのために量産した手抜き品。

 ちゃんとキャンバスに描いたやつがあるから、ライツァルベッセのお屋敷に」

「そうか。なら、ぜひ今度の機会に。

 今日は別の用事があって来たんだ」


 そう言うとファルカスは立ち上がり、背筋を伸ばした。

 僕は懐から4つの便箋を取り出す。


「もし、僕に何かがあったらこの便箋を開けて中を読んでほしい。

 残り3つの便箋の扱いについても、ここにすべて書いている」


 ファルカスは目を細めて、


「遺言状……ということですか?」


 と尋ねてきた。

 僕は表情を柔らかくして、


「念のためだ。

 必要ないことを願っている。

 正直に言うと、国家機密に関わることが書いてあるから取り扱いは厳重に頼む」


 そう言うと、ファルカスは目を丸くした。


「あなたはいつもいつも……厄介ごとを持ち込んでくれますね。

 気楽な貴族の次男坊に対して」

「突飛な経験は芸の肥やしになるだろう。

 ……それに、帝国内で一番僕の味方になってくれるのはあなただと見込んでいる。

 メリアを除けば、だが」


 ファルカスは宙を仰いで目を閉じた。


「そう言われると僕が断れないと知っているんだからタチが悪い。

 いいですよ、引き受けますよ。

 ただ、流石に貸しが溜まりすぎていると思うところでね」


 ゴツッとファルカスは僕の胸に拳を当てた。


「そろそろ借りを返してもらわないと。

 また客演していただきましょうか。

 今度はヒロイン役で」


 そう言ってファルカスはニヤッと笑った。


「見てのとおり片腕がないんだが」

「片腕のないヒロイン……斬新だと思いません?

『この腕では愛する人を抱きしめることさえできないけれど、こぼれ落ちる涙を拭うことくらいはできる』なんてね」


 見てきたような構想を述べるファルカス。

 たしかに、僕もその物語が見てみたい。


「それは楽しみだ。

 一世一代の名演をお見せする」


 僕は以前上がった舞台の高揚感を思い出しながらそう伝えた。




 王宮の中庭でダリル王子は師範やお付の人々に囲まれながら剣の鍛錬に打ち込んでいた。

 自分の体ほどもある模擬剣を振り回す姿はなかなかに筋がいい。

 超越者……は分からないが、彼もやがては一廉の剣士になれるだろうと思う。

 ダリル王子は僕を見かけると、稽古の手を止めて駆け寄って来た。


「クルスよ。よくぞ参ってくれた。

 父上からも一言あったと思うが、先日の一件については心より感謝している。

 そなたは余の命の恩人だ」


 相変わらず年齢に見合わない言葉遣いだ。

 この小さな体で自らに課された使命を受け入れる覚悟がすでにできていることを思わせる。


「勿体無きお言葉でございます」


 僕の言葉にダリル王子はうなづき、


「わざわざ参られたということは用向きがあるのだろう。

 余にできることならば何でもしよう。申せ」


 僕は跪いて言葉を発する。


「リムルより、殿下が私に褒美を渡したがっているとお伺いしています。

 その褒美についてなのですが……私にではなく、全てリムルに授けてもらえませんでしょうか?」


 僕の言葉にダリルは首をかしげる。


「言っている意味が分からないが。

 リムルはお前にとって奴隷であろう。

 何故、彼女に」

「リムルは私の家族にございます。

 褒美を家に頂くことは珍しいことではありません」


 僕の言葉にふむ、とダリル王子は顎に手をやって少し考え、


「よかろう。

 リムルに余が思いつく限りの褒美を与える。

 それで良いか?」

「御心のままに」


 僕は再び頭を深く下げた。

 ダリル王子は再び稽古に戻るため踵を返しつつ、僕に声をかける。


「リムルがそなたの家族であるのならば、いずれは余がそなたに頭を下げに行く。

 その心算でいてくれ」


 そう言うと、ダリル王子は照れ隠しのように大きく声を上げながら、剣を力強く振るい出した。



 僕は帝都にある魔術工房にガルムの槍を持ってやってきていた。

 ここに来た理由は僕の失われた左腕の部分にガルムの槍を接合してもらうためだ。

 切断した左腕の断面を金属で覆い、槍を接合する。

 もちろん、彼の長槍をそのまま使うことできないので、柄を短く切り今までの腕よりも30センチ程長いくらいに抑える。

 施術は滞りなく進み、僕の左腕にはガルムの槍が取り付けられた。

 試しに振ったり突いたりしてみたが思った以上に馴染む。

 施術を行った魔術師が僕に声をかけてくる。


「その槍はミスリル製ですね。

 しかもかなり上質な」

「ミスリル?」

「魔術繊維の金属版とも言うべき、稀少で有用な素材です。

 魔力の伝達性が高いので、今まで左手に魔力を込めていた時と同じようにすれば槍を通じて放つことができます」


 僕は言われたとおり、槍を自身の左手に見立てて魔力を込める。

 すると槍は青白く発光し魔力を蓄積しているのがわかった。


「たしかに。これならば左腕の代用としては十分だ。

 良い仕事をしてくれたこと感謝する」


 僕が礼を申すと、魔術師は首をゆっくりと横に振りながら、


「いいえ、素材が良かっただけにございます。

 その槍の元の持ち主の分もこめて……ご武運を」


 と、手を胸に当てて言った。



 今日、千年祭のフィナーレとして軍事行進が行われる。

 皇帝やエヴァンス皇太子、イスカリオス将軍を始め帝国軍の主だった者が兵を引き連れ帝都中を行進する。

 おそらく今の帝都で行われる最後の大規模な催しとなるだろう。

 次に行われる時は催しではなくアイゼンブルグ占拠に向けた出陣となる。

 この軍事行進の終了と同時に、秘密裏にイスカリオスがアイゼンブルグに向けて出陣するという情報を得ている。

 僕は飛び入りでそこに合流する。

 イスカリオスは反対するかもしれないが、無理矢理にでもついていくつもりだ。


 それまで時間があるので、僕は一旦帰宅し、家で待機することにした。

 家にはメリアとリムルが居て、食事の準備をしていた。

 二人で腕によりをかけて日中には珍しいほどの豪華な料理をテーブルの上に並べた。


 3人でテーブルを囲むとリムルが口を開いた。


「なんだかお久しぶりですね。

 こんな風に3人で食卓を囲むのは」

「そうですね。

 みんなそれぞれお仕事が忙しかったですから」


 フフ、と小さな笑い声を二人が上げている。

 二人には僕が今日から任務のため、家をしばらく空けることを伝えている。

 だから二人とも仕事を調整し、こうやってみんなで食事をすることにした。


 料理に手を付けながら、再びリムルが口を開く。


「私、帝都に来てから凄く幸せな毎日を送らせていただいています。

 安心して眠れるところがあって、清潔な衣服に袖を通して、ご飯も毎日いただける。

 その上、王子様の守り役だなんて大任を仰せつかっているのですから。

 運命って分からないものですね」


 噛みしめるように話すリムル。

 メリアは笑みを浮かべながら頷いて、


「リムルちゃんはどこに行ってもやっていけるくらい優秀ですから。

 王宮の中でも評判がいいらしいじゃないですか。

 そう遠くない内に素敵な男性に見初められて、この家を出てお嫁にいく日が来るかもしれませんね」


 メリアはからかうようにリムルに言葉をかける。

 だが、リムルは喜んだり照れたりはせずに表情を消し、俯いて……


「私……ずっとこのままがいいです」


 ポツリと呟いた。


「もちろんお二人のお邪魔はしません。

 クルス様とアルメリア様がご結婚され、お子を授かられることになればその子供の世話係になりたいです。

 5人でも10人でも、男の子であれば勉学を教え、女の子であれば行儀作法を仕込みます。

 それこそどこに出しても恥じることのない立派な人間に育て上げます。

 もちろん、家事やお二人の身の回りの世話もさせていただきます。

 クルス様やメリア様がご出世されて、家を守る役割が大きくなっても全てこなしてみせます。

 たくさんの使用人を雇うことになられても、その方たちが気持ちよく働けるよう最古参の使用人として務めさせていただきます……

 だから……」


 リムルは顔を真赤にして目を強くつぶって涙をこらえている。


「リムル。君は使用人じゃない。

 ましてや奴隷なんかじゃない。

 こうやって同じ家に住んで、ご飯を一緒に食べている。

 僕たちは家族だ」


 僕はリムルの肩にそっと手をやる。

 すると、涙が堰を切ったように溢れてきた。

 本当に気が回り、聡い子だと思う。

 今度の僕の出立がただならぬものであることを聞かなくても悟ってしまうのだから。


「私は……もう、家族を失いたくありません」

「分かっている。

 君は失うことが多すぎた。

 傷つけられることが多すぎた。

 そんな君にまた同じような想いをさせるわけにはいかない」


 メリア以外にも僕が死ねば苦しむ人がいる。

 僕は人間と関わりすぎたのだ。

 死ぬことが許されないほどに。

 それはきっと幸せなことなのだろう。


「今日、たまたま王宮に行ったらダリル王子に会った」


 僕は話を変えようとする。

 すると、メリアが意を介して相槌を打ってくれた。


「まあ、ダリル王子と!

 いかがお過ごしでした?」

「元気に剣の鍛錬をしていた。

 先日の一件があって、自身も強くなりたいと願われたらしい。

 名だたる剣術家に教えを乞うて、自分の体ほどもある大きな剣を振り回していたが、なかなか筋が良かった」


 僕がそう言うと、リムルは涙を拭って笑みを見せる。


「そうなんです!

 王子は本当になんでもすぐに出来るようになるんですよ!

 もう文字の読み書きもできるようになりましたし、国の歴史や政治のことも砂地に水が染み込むがごとくあっという間に覚えられて……

 あの方のお傍にいられるのは名誉であると同時に、できの良い弟の面倒をみているみたいで凄く楽しいです」


 我が事のように王子を褒め称えるリムル。


「そういえば……王子にリムルは家族だと説明したら、

『リムルがそなたの家族であるのならば、いずれは余がそなたに頭を下げに行く』

 と言っていたのだが、リムル、心当たりはあるか?」


 僕の問いにリムルは首を傾げ、


「さあ……あっ、もしかすると今の通いではなく、王宮内に住み込みで働くように要請されるということかしら」


 なるほど。

 侍女には名門貴族家の子女もいるが、そのような場合ならば確かに家族の許可を取る必要があるだろう。

 もっとも僕は爵位を持たないので礼を尽くして貰う必要もないが。


「働きぶりが認められているということか」

「そうかもしれませんね。

 この間も王子が、

『そなたとずっと一緒にいれれば良いのに』

 と、おっしゃられたりしていましたから」


 僕とリムルが楽しげに言葉をかわしているのを、メリアは顔をひきつらせてなにか言いたげに見守っていた。



 やがて、食事が終わり、リムルが炊事場で食器の後片付けを始める。

 僕は少し早いが家を出ようと思い、立ち上がる。


「クルスさん、リボン緩んでいますよ」


 メリアがそう声をかけてきた。


「ああ。片手ではどうも上手くできないな」

「結び直してあげますから座ってください」


 僕は再び椅子に座り、メリアは僕の後ろに立ってリボンを解く。


「このリボンもだいぶ傷んじゃいましたね」

「そうだな」


 メリアにリボンを結び直してもらいながら僕たちは言葉をかわす。


「今度、またお揃いのリボンを買いましょう。

 良いお店があるんですよ。

 クルスさんに似合いそうなものを見つけて、嬉しくって」

「分かった。買いに行こう。

 僕がリボンを巻いているのをおかしな目で見る人間もいるが」

「いいんですよ。似合うんですから」


 キュッ、と布が擦れる音がしてリボンが髪を縛った。

 そして、メリアは僕の両耳を手で押さえた。


「今から言うこと聞かないでいいですから。

 私の独り言ですから」


 と、前置きをされた。

 耳を押さえた程度では声は聞こえてしまう。

 だけど、僕はメリアがそう望むなら聞かなかったことにしようと思う。


「……行かないで」


 震えた小さな声でメリアは僕の背中に声をかけてくる。


「行かないで……

 ずっと一緒にいて……

 私を……一人にしないで……」


 見なくても分かる。

 メリアは泣いている。

 僕はそのことが辛い。

 どれだけ譲れない理由があっても、どれだけメリアのためだからと言い聞かせても、決意が揺らぎそうになる。

 きっと、僕が逆の立場ならばメリアを一人で行かせはしないだろう。

 この記憶は僕たちに悲しい、辛い感情と共に刻み込まれる。

 だけど、ちゃんと帰ってくれば。

 生きて帰ってくれば、辛く悲しい思い出にはならない。


 メリアは僕の耳から手を離した。

 僕は立ち上がって振り返る。

 服の袖で涙を拭ったメリアは晴れ晴れとした笑顔を作っていた。


「では……行ってくる」


 僕の言葉にメリアは頷き、


「ご武運を」


 と強く言い切って、僕に短いキスをした。

これにて「帝都の騎士」編終了です。

初期プロットではメリアの帝都帰還とともにソーエンに戻るブレイドやククリ一緒にホムホムも帝国を離れ、イデアの部屋との直接対決をする予定でした。


ですが、投稿している内にホムホムの感情が思いの外成長しすぎてしまい、私自身ホムホムとメリアと離別させたくなかったため、帝都で暮らすホムホムの物語を追加しました。

そして、再びホムホムは作者の想像を超えて成長してくれました。


次話からは「サンタモニア決戦」(仮)編となります。

3月から投稿してきたこの物語もいよいよ佳境を迎えます。

絶望的な状況下、メリアと世界を救うためにホムホムは最後?の戦場に向かいます。

どうぞご期待ください。



追伸

感想、レビュー等、非常に励みになっております。

五月雨きょうすけもROMらないを信条にしているので、いただければ幸いです。

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