第80話 僕は振り返る。
翌朝、目覚めたメリアは完全に復調していた。
僕の左腕が失われていることに対して、すごく悲しそうな目をしたが何も言わずに僕を抱きしめてくれた。
自分が想われていることを感じられて嬉しいのだけど、メリアの背中に回す腕が一本足りないことに僕はこの身の不便さを改めて思い知った。
それからメリアが気を失った後の顛末を説明すると重傷を負ったギャオスの心配をし出したので、二人で山の祭場に向かった。
祭場の跡ではギャオスが昨日と全く同じ場所で横たわっており、ニルス村の人々が彼女の治療と食事の世話をしていた。
『クルスっち、メリアっち、ちゃお〜♪』
底抜けに元気な挨拶をするギャオス。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『ちゃお〜』
【転生しても名無し】
『ちゃお〜』
【転生しても名無し】
『ちゃお〜……じゃねえよ。
死にかけのくせに』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
『いやあ、参った参った。
あんなクソ魔人ごときに叩きのめされるとか思ってもみなかったわ。
あーしの鮮烈なる神話デビューが台無しだし……
ちょームカつく』
胸に風穴を開けられているというのにギャオスは元気だった。
「元気そうで良かったです……
私が王子の儀式の時に颯爽と現れて交流すれば、人間とも仲良くなれるって提案したからこんな目に……」
『いやあ、ナイスアイデアだったと思うよ。
実際、今もこんな感じで世話を焼いてもらってるし。
ご近所さんにするなら魔族連中よりも人間のほうがいいわ。
王子ちょ~カワイイし。
あ、水頂戴。
タライにたっぷり汲んで。
ついでに果実も中に入れてくれると嬉しいなあ』
ギャオスの言葉を通訳してメリアに聞かせると、ひと安心した様子で、水をもらいに村人の元に向かった。
『まー、あーしは腐っても古代竜だし、多少の傷では死なないけどさあ……
メリアっちはおかしくね?
あの傷、人間が耐えられるレベルじゃないんだけど』
二人きりになったのを見計らってギャオスはそう言った。
少しためらったが、彼女にメリアの体の異変について話した。
僕がホムンクルスであることを含めて、全てだ。
『なーる。それなら理屈は通るかあ』
「どういう理屈だ?」
『メリアっちにクルスっちの特性が感染った理屈』
ギャオスは目を細めて唸る。
『聞いたこと無い?
竜の血はあらゆる病や傷を癒やす秘薬で浴びれば不死身になれるって伝説』
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【転生しても名無し】
『聞いたことある!
ド○えもんの映画で見た!』
【転生しても名無し】
『ダ○の大冒険で見た!』
【◆ミッチー】
『ニーベルンゲンの歌が出てこんのか、お前ら。
てかこっちにもこの手の話があるのかよ』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
『ま、そんなことあり得ないよね。
だったらその血が流れているあーしはなんで不死身じゃないって話じゃん。
でも、伝説には元ネタがあるワケ。
古代竜が何千年と生きていられるのは細胞に【回帰】の理が働いているからなの。
クルスっちの自動治癒にも似てるけど、もっと壮大な感じ。
傷を治す、じゃなくて傷がなかった瞬間に戻すって感じかな。
今の傷もその理に乗る時期が来たら元に戻るはずなんだわ。
だいたい一ヶ月に一回くらい来るんだけどね。
でもそれって、体は綺麗になるんだけど、古い細胞だったものが全身から漏れちゃって、ちょー気持ち悪いの。
それで月イチくらいでお風呂浸かりに行ってるんだけど……
メリアっちに感染っちゃったのかもしれないね』
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【転生しても名無し】
『お湯に溶け込んだギャオスの不思議物質がメリアちゃんの体に作用した?』
【転生しても名無し】
『傷が治るのは分かるけど、それじゃあライト・スティンガーが使えたのは?』
【転生しても名無し】
『いや、自動治癒魔術が働いているんだろ。
ギャオスの理とか細胞とかは関係なくない?』
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妖精たちは口々にものを言う。
一方、ギャオスは目を細めて、
『多分、メリアっちの体が復元の理に乗るタイミングでクルスっちの因子を持つものが混ざったまま復元されちゃったんじゃないのかな?
それでクルスっちと全く同じ性質の魔術回路が備わっちゃった。
普通はそんなこと起こらないんだよ。
私の外に出た時点で理の力はかなり薄まっているし、温泉のお湯に溶け出した程度の濃度じゃあ、せいぜい肩こりや疲労が蓄積する前の状態に回帰するかなあって程度の現象しか起きないはず。
とはいえ、あの子もたいがい不思議体質だからねー。
気が狂って死んで当然の深さまで背中に魔力刻印刻まれたりしていたし……
魔力を体の奥まで透過できるくらい感応性が異常に高いのか……』
メリアの傷と僕の因子……
彼女の傷口に僕の何かが……
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆江口男爵】
『謎は……全て解けた!
メリアちゃん、朝チュンしてから体の調子がいいみたいなこと言ってたよね。
あの時にすでにメリアちゃんのホムホム化は始まっていたんだ!
つまり、ホムホムとナニしたときに擦れてできた傷がホムホムの――』
【◆与作】
『みなまで言うな!』
【◆オジギソウ】
『わーお。当たらずも遠からずだったわけか。
てか、ホムホム凄いファインプレーだね』
【◆バース】
『因子なあ……
皮膚なのか、唾液なのか、血なのか、それとも……』
【◆アニー@ホムホムはついていない派】
『この速さなら言える!
ホムホムは受け攻めどっちだった!?』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
『ま、難しーことはいいや!
ね、ね、やっぱメリアっちってアッチのほうも感じやすかったの!?』
人ならざる妖精と竜が揃って何に興味を惹かれているんだ……
デタラメな理屈にも程がある。
僕がメリアと体を重ねたことでそんなことに……
「ギャオス様〜。お水もらってきましたよ〜」
水が満杯に入った大きなタライを軽々と持って歩いてくるメリア。
膂力も間違いなく上がっている。
……本人に自覚はないのか。
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【転生しても名無し】
『まー、元気ならいいんじゃない』
【◆バース】
『そりゃあ元気ならええんやけど……』
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バース、どういう意味だ?
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【◆バース】
『そっちの世界の理だかなんだかはよく分からんけど、人間の体の中身ってそう簡単に別の人間のものと入れ替えることはできへんねん。
ざっくりいうと人間の体にある異物を除去しようとする機能が暴走して病気になったり、移植された部分が壊死したり、最悪死に至る。
まして、ホムホムの魔術回路とかいうのは余命宣告済みのもんやんけ。
それが停止してしまったら……』
【◆与作】
『ちょっと待てよ!
じゃあ、メリアちゃんの寿命も残りわずかってことに』
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「そんなわけない!!」
思わず大声を出してしまい、ギャオスやメリアを驚かせてしまう。
最近、僕も変だ。
感情が荒れて止められなくなる。
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【◆バース】
『スマン! あくまで最悪の可能性や!
そもそもその世界の理屈はワイにも理解できんことだらけやし、問題ない可能性のほうが高い!
……とおもう』
【転生しても名無し】
『先生、あんまり不安を煽らないでよ……』
【◆助兵衛】
『いや、体だの感情だのその辺のことは俺は疎いから何も言わねえけど、メリアの状況がシャレにならないくらいヤバイのは分かるぞ』
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僕は口を抑えて、助兵衛の話を聞く。
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【◆助兵衛】
『ホムホムがメリアにやっちまったことは人間のホムンクルス化だ。
イデアの部屋の連中が求めて止まない人類のシフトアップを成し遂げちまったんだよ。
とんでもない偶然の一致だとは思うがな。
ホムホムが成長する人間らしいホムンクルスの成功例ならば、メリアは新人類への進化の成功例だな。
連中にとってはどちらも喉から手が出るほど欲しい研究対象だと思わないか』
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メリアが……人間ではなくなっている?
そしてイデアの部屋に狙われるだと?
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【◆助兵衛】
『人間の定義をどうするかは置いといて、少なくとも今までの彼女とは別物だろう。
現状、この事実を知っているのはお前とギャオスだけだ。
だが、サンタモニアの間者が流れ込んできているのは知っての通りだ。
知られる日が来ないとは限らない。
特にお前はすでに要観測対象にされているんだ。
もしかすると今だって、サンタモニアのホムンクルスがお前の後ろに』
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「クルスさん!」
発された声と同時に僕の肩を掴む手に驚いて払い除けてしまう。
その手がメリアのものだと冷静であれば分かるはずなのに……
「いったぁ〜〜!
な、何するんですか!?」
痛い……で済むのか?
かなり強めに払ってしまったはずなのに……
「す、すまない。
ちょっと考え事をしていて……」
「まあ、そうですよね。
ここはたくさんの兵士が亡くなられた場所でもありますものね」
メリアは僕の思考を明後日の方向に読み違えている。
「ガルムさんも亡くなられて……
助けてもらった方が今、お墓を作っているそうですよ。
行ってみます?」
頭の整理が追いつかない僕は提案に流されるように頷く。
そして、頭が冷えてきてようやく思い出し、気づく。
僕は失いたくなかった人を失ってしまったことに。
ニルス村の入口の近くにガルムの遺体は埋められていた。
無惨にも死体は原型をとどめていなかったが、彼に救われた人々が泣きながらかき集めたのだという。
墓といっても、土に埋めて木の棒を突き刺しただけの簡易的なものだ。
それでも他の住民の埋葬が済んでいない中で、この村に縁もない彼に墓を用意したのは最大限の感謝の表れということらしい。
「ガルム……」
僕は墓の前に立って呼んだ名前の人間を思い出す。
節操がなくて、調子が良くて、金にだらしがない。
だけど、良いやつだった。
会って間もない僕やメリアのことを庇ってくれたり、命がけで逃げ遅れた人々を救おうとする……英雄の志を持った人間だった。
「生きていてほしかった」
僕は届くはずのない言葉を呟く。
行きつけの飯屋に連れて行って欲しい。
ミーシャを紹介させて欲しい。
もう一度会いたいよ、ガルム。
死は残された者の願いを奪っていく。
僕はあなたにそれを教えられてしまった。
「く、クルス様……」
声の方を向くと、村に住む若い娘達がガルムの使っていた槍を3人がかりで持って立っていた。
「この槍はガルム様がお使いになられていたものです。
お墓に立てようかと思って持ってきたのですが……
槍は戦で使われるべきもの。
飾りになってはあの方も浮かばれになりませんでしょう。
クルス様、お使いになってはいただけませんか?」
ガルムは借金のカタに質に入れたこともあるとのことだが、改めて見るとかなりの業物だ。
材質の強固さや刃の鋭さがソーエンで見たものと比べても格段に優れている。
「クルスさん……でも、その腕では」
メリアが僕のなくなった左腕を見て言ったが、
「いや、使い道はある。
ありがたく頂戴する」
僕はガルムの遺した槍を残された右手に握った。
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【◆野豚】
『さて、みんなに集まってもらったのは他でもない。
ホムホムの今後の方針についてだ。
既にホムホムの中では方向性は決まっているみたいだけど、一旦整理しよう。
そして、より詳細な手段をブラッシングしていきたい』
【◆まっつん】
『そうだな。
最近のホムホムは感情的すぎて危なっかしいし』
【◆マリオ】
『先輩に言われたらおしまいっすねw』
【◆助兵衛】
『もはや戦術一つでなんとかなるような状況じゃないよな。
なるべく張り付いとくようにはするけど』
【◆オジギソウ】
『助兵衛リアル大丈夫……?』
【◆与作】
『まずはメリアちゃんの体のことだな。
実際どうなんだ? バース先生』
【◆バース】
『確信を持てないことを言うのは気が進まんけど……
とりあえず後回しにできる段階やと思う。
拒絶反応があるなら、既になんらかの症状出てるやろうし。
対策するにしてもホムンクルスに関する詳しい知識の持ち主がおらな話にならん』
【◆ダイソン】
『イデアの部屋の連中か……
あとはフローシアさんくらいだろうな』
【◆野豚】
『フローシアさんに会うのは俺も賛成。
なんたってホムホムの生みの親みたいなものだし。
ホムホムの寿命や失った腕にもなんらかの対策を講じてくれるかもしれない』
【◆オジギソウ】
『心配なのはリムルちゃんもだよ。
万が一ホムホムやメリアちゃんがいなくなったらあの子一人になっちゃう。
今いる家だってホムホム相手に貸してもらっているものだし、あの子身分は奴隷のままでしょう。
ホムホムって後ろ盾がなくなったら何をされるか……』
【◆ミッチー】
『そうなんだよなあ。
どっか手頃な家に嫁入りさせてしまうとか?
でも、ダリル王子のお気に入りでもあるし……』
【◆アニー】
『いっそ王子、お嫁にもらってくれないかしら』
【◆江口男爵】
『子供絡みでいうとバースのこともだろ。
この状況じゃ隠しておくことが罪だぜ。
英雄の血筋なら世界を救ってもらいたいもんだ』
【◆バース】
『せやな。子供でも覚悟決めて戦っているダリル王子もいる。
メリアちゃんのいうようなヒューマニズムに囚われている場合でもないやろ』
【◆助兵衛】
『才能があっても鍛えなければ意味がないからな。
早い内に保護して、英才教育積ませるのが本人のためでもある。
その力をどうするかは成長してから本人が決めればいい』
【◆マリオ】
『まあ、どこにいるのか分からないってのが問題だよね。
闇雲に探せばいいってものでもないだろうけど、捜索はしたほうがいいだろうな。
でも、ホムホムの時間を使う必要はないと思うよ。
誰かに託すとか』
【◆野豚】
『後は……魔王がたくさんいる件……』
【◆ミッチー】
『それが一番やばいよな。
ベルグリンダみたいなのが何人もいるんだろ?
しかもアレよりヤバイと思われるのが』
【◆アニー】
『魔王がたくさんいるなら大魔王もいそうだよね……
これはホムホムじゃどうしようもなくない?』
【◆マリオ】
『ホムホムを鍛え上げるにしても時間が足りないからね。
単純に魔王を倒すだけならばサンタモニアのホムンクルス軍団を鍛え上げたほうが可能性が高そうだ。
アスラーダもポテンシャルはホムホム以上みたいだったし』
【◆助兵衛】
『極論を言えば、サンタモニアにホムホムとメリアとギャオスを引き渡して、研究を進めてもらうのが一番人類のためになるだろう。
人類のシフトアップへの犠牲が限りなく抑えられるなら、イフェスティオ帝国の民を犠牲にする必要もないし、侵攻する理由もなくなる。
昔のホムホムならそういう手段を取っていただろうな』
【◆オジギソウ】
『当然だけど却下。
私はホムホムが幸せになれない結末なんか絶対嫌』
【◆まっつん】
『イデアの部屋の連中が魔王軍よりもマシとは思えないんだよな。
力を手にしてやることが理知的な世界征服とは限らないぜ』
【◆与作】
『そんな案を良しとするなら、俺たち何のためにホムホムと一緒にいたんだよ』
【◆野豚】
『与作の言うとおりだ。
俺たちはホムホムに生きろと命令して、彼は見事応えてくれた。
状況が変わったから死ねというのならば、それは彼に対する裏切りだ
戦うにしろ、逃げるにしろ……
ホムホムは生きるという信念を持って行動してほしい』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
妖精たちの議論を僕は自宅のベッドの上で聞いていた。
隣にはメリアとリムルが眠っている。
穏やかに眠る二人を見て、僕は今までの自分の生きてきた過程を振り返る。
サンタモニアで作られて、初陣でアイゼンブルグに潜入するも敗走して瀕死のところを妖精たちに救われた。
逃げ延びた地下洞窟でメリアに出会い、その命を助ける。
生きるという意味と手段を知るためには人間を身近に観察することが早道だと思ったからだ。
だが戦闘力のない人間の少女と旅をすることは僕にかかる負担も少なくなかった。
僕たちを捕食しようとする大蛇や陵辱しようとする悪党。
それらとの戦いを余儀なくされた。
だが、その戦いの中で僕はメリアを守ることを自分の当面の目的と定め、サンタモニアによって組み込まれたポリシーから脱却することができた。
また、僕たちを助けてくれる人たちもいた。
森の魔女フローシア、アマルチアの海賊バルザック、そして、ソーエンの裏社会の実力者ブレイド。
フローシアは僕にお風呂や食事の楽しみ方を教えてくれた。
バルザックは景色の美しさを愛で、酒を飲むことを。
ブレイドは……たくさんありすぎて数えきれない。
メリアに次いで僕と関わりが大きく、そして僕のことを想ってくれていた人間だ。
僕もまた会いたいとずっと思っている。
たくさんの人との出会いは僕とメリアを支えてくれた。
そして、様々なことを教えてくれた。
僕たちは強くもなく、世界のことも人間のこともまるで知らなかった。
ククリはブレイドのことを自分のすべてをかけて愛していた。
そして、ブレイドも彼女を愛し、その救いとなった。
愛の意味を知らなかった僕にも彼らの関係性は尊ぶべきものだと思っていた。
逆にレイクフォレストの教会では、僕は愛や憧れといった本来尊ぶべき感情によって人間が歪むことを思い知らされた。
コリンズという男の悪を認められなかった人々の悲劇。
愚かで臆病な人間たちが問題から目を背け、逃げ続けた結果どうしようもないことばかりが起きた。
人間は弱い存在であるということを知っていたはずなのに、やりきれない想いをした。
だけど、新しい生命の誕生を助けられたことは本当に嬉しかった。
敵を殺すことしかインプットされていなかった僕がこんなことをしているなんて僕を作った人間たちは思いもしないだろう。
新しい生命がどのような生を歩んでいくのか、純粋に興味がある。
ファルカス一座との交流は、あの旅の中で最も平和で脳天気な日々だったと思う。
芝居という表現手段を学べたのは僕にとって大きな成果だった。
自分の感情を行動に乗せる、逆に行動によって感情を産む。
これらを訓練することで僕は生まれたての感情を自分のものにできたのだと思う。
そして、帝都にたどり着いて……
メリアの救出やイスカリオスとの戦闘など最初は大変なことばかりだった。
でも、解決して帝都の住民となってからは穏やかな日々を過ごせていたと思う。
教会の子供であるリムルとの再会をきっかけにメリアと一緒に暮らし始めてからは色々と慌ただしくなった。
皇后陛下の護衛をしていたおかげで、王室の闇やコリンズの正体を知る羽目になったり、討伐に出向いたはずのギャオスと妙に仲良くなってしまったり、メリアをかけてイスカリオスと決闘することになったり……
本当に色々あった。
良いことばかりじゃない。
嫌な思いやつらい思いをすることもあった。
だけど、それを含めて僕の生きてきた道のりだ。
人ならば人生と呼ぶべきもの。
人間の感情はどうしてここまで複雑化しているのか、その理由が今わかった。
感情は出来事を無機質な客観的な記録ではなく、記憶として残すためだ。
楽しいことを求めるのはその記憶を愛おしいものにするため。
悲しいことや辛いことに痛みのような感覚を覚えるのはその記憶を忘れてしまわぬように刻み込むため。
本当によくできた仕組みじゃないか。
僕はフッと息を吐き出した。
「眠れないんですか?」
メリアが顔をこちらに向けて尋ねてきた。
「すまない。起こしてしまったか?」
「いえ、私も眠れなくて……
元気なので寝なくても大丈夫だとは思いますけど」
おそらく、睡眠を体が欲していないのだろう。
少し戸惑い気味のメリアを見て僕は罪悪感を覚える。
ところがメリアはニンマリと笑みを浮かべて、
「少し、夜更かしをしましょうか?」
と、僕に提案してきた。