第79話 僕は帝国の最高権力者たちとの会議に参加する。
僕とイスカリオスは王宮に赴き、皇帝、皇后を始めとした国の重鎮たちの集まる議場にて、事の顛末を説明した。
説明を終えると、皇帝が唸りながら口を開いた。
「サンタモニアの裏切り、魔王軍の侵攻。
どちらも想定はしていたが、その二つが繋がりを持つとは……
建国以来、最悪の状況と言って間違いない」
「仰せの通り。
しからば、千年祭を中止して即時討伐軍を編成しましょう。
アイゼンブルグを奪還し、サンタモニアに従属を求めるのです。
かの国内の不穏分子を殲滅し、兵力と魔術研究を丸ごと取り込んで大帝国を作りましょう。
サンタモニアの国民全てが魔王軍と手を組むことを良しとしているわけがございません。
魔王軍を打ち破る帝国の軍勢を目にすれば、大衆は我々に従うでしょう」
皇帝に真っ先に意見したのは皇帝の嫡男であるエヴァンス皇太子だ。
しかし、エヴァンスの意見に皇后は冷ややかに反論する。
「浅はかな……
人類国家が魔王軍に与したことが民に知れたらパニックになるぞ。
サンタモニアに縁者がいる貴族も少なくない。
アイゼンブルグ奪還まではまだしも、国民に刃を向けるとなれば帝国内の反発も凄まじいものになる」
「ならば、皇后陛下はいかにお考えで」
不機嫌そうにエヴァンスが尋ねると、皇后は歯切れ悪く答える。
「……まず、情報収集だ。
先の報告にある魔王軍の兵数は300あまり……
これほどの規模の軍勢が帝国内部に侵攻できた手段を知る必要がある。
無闇に遠征をして守りが薄くなったところを攻め込まれてはひとたまりもないからな」
「悠長な事を仰いますな!
陛下はイスカリオス将軍からサンタモニアの件は聞き及んでいたのにもかかわらず!
無為に時を消費し、奴らに手を組ませる事態を招きこんだ!
皇帝の留守を預かりながら何たる手落ち!
御身の懐に仕舞っておくには荷が勝ちすぎたのではございませぬか!?」
「勝手な事を抜かすな!
そなたらが戦地で戦っている間、妾も戦っておった!
このような時代にもかかわらず民から搾取し贅を尽くす貴族!
法の抜け道を探して私腹を肥やす商人!
貧しさを理由に狼藉を働く悪党!
国を乱すものどもを取締り、駆逐し、国を保ってきたのは妾だ!!」
「重責を理由に失政を犯す権力者こそ国を見出す元凶ではございませぬか?
これだから女を政治に関わらせたくないのです。
夫や家に責任をとってもらえる立場に甘えて、感情的で独りよがりな行動を取りたがる。」
エヴァンス皇太子の言葉に皇后は口をつぐむ。
重鎮たちもかすかに頷いて責める目で皇后を見やる。
「国は王家の持ち物ではないのです。
王家もまた国を動かす一つの装置に過ぎないのです。
その事を理解できぬほど耄碌したのならば……今すぐそのお立場を退かれよ!!」
立ち上がり激高するエヴァンスを重鎮たちはなだめようとしているが、その口元には笑みが浮かんでいる。
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【◆転生しても名無し】
『まー、ざーとらしい。
偉い人なのに芝居がお下手なこと。
ファルカスさんに仕込んでもらえば』
【◆転生しても名無し】
『きっとこの人達、皇后様に冷や飯食らわされてきたんだろうなあ』
【◆助兵衛】
『親子喧嘩は犬も食わないっていうのに、冷や飯食っている連中にはご馳走なのかね。
それはそうと、魔王軍とイデアの部屋が接触したのはもっと早い段階だったんじゃないか。
ことが進むに連れてアイゼンブルグ占拠の戦略的意味が強くなっている。
アセンション計画の進行、新型ホムンクルスの開発、魔王軍との同盟。
これらを帝国にバレずに進められたのはアイゼンブルグが防波堤になっていたからだ。
同盟関係はそれ以前に結ばれていたと考えるのが自然だろう。
それに今回の作戦が王族であるダリル王子を狙ったものであるのは明白だし、帝国内の情報が筒抜けになっている可能性がある。
もし、今回の作戦の最終目的が千年祭に浮かれている帝都への直接攻撃だったとしたら尚の事だ』
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「アイゼンブルグの陥落自体がイデアの部屋と魔王軍の描いたシナリオのうち……」
僕は思わず声を漏らすと、その場にいる全員がぎょっとした顔で僕を見つめた。
数瞬の間をおいて、イスカリオスが口を開く。
「奴らならばやりかねない。
自国の民を別の種族に作り変えようとしている連中だ。
アイゼンブルグの万を超える民の命であっても、大計画の前では些末なことか」
エヴァンスは唇を噛んで、声を荒げる。
「仮にそうあったとしても、状況が悪化するまで皇后が手をこまねいていたのは事実だ!
これ以上の無策は国を滅ぼす!
皇帝陛下! ご判断を!」
皇帝はエヴァンス皇太子を睨みつけ、その視線を皇后に移す。
「皇后よ。そなたの働きは見事である。
そなたがいなければイデアの部屋とやらの存在自体を知ることはなかっただろうし、此度の危機を防ぐことは出来なかった。
イスカリオスを鍛え、貴族の娘たちを登用した内政の強化……
さらには件のホムンクルスを一体、帝国の臣に迎えることができた。
……そなたの功績も誰よりも帝国に尽くしてくれたことも分かっておるから、今は我々にその重荷を預けよ」
皇帝の言葉に皇后は目頭を押さえてうつむく。
そして、皇帝は言葉を続ける。
「エヴァンスの言うとおり、アイゼンブルグ奪還及びサンタモニアへの侵攻を開始する。
但し、帝都の守りを緩めるわけにはいかん。
騎士クルスよ。
お前はベルグリンダはどのようにして帝都近くまで兵を進めたと見る。
帝都近辺にあれだけの軍を移動させれば、こちらの索敵網に引っかからぬわけがあるまい」
……助兵衛、だいたい読めているんだろ?
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【◆助兵衛】
『任せろ。
アイツはホムホムの目の前で姿を消す魔術を使っていたが、アレを使いっぱなしで進軍してきた可能性はまずない。
そんな芸当ができるなら、あんな山じゃなく王宮に直接乗り込めばいい。
皇位継承権の低いダリル王子だけでなく、皇帝や皇后だって皆殺しに出来るんだからな。
それにイスカリオスとの戦いでも使わなかったことを見て、発動条件は極めて厳しい。
尾行されてしまったのはホムホムが油断しすぎだったと見るのが妥当だろうな。
そうすると、考えられるのはあの山にいきなりワープ……瞬間移動みたいなことをしかけて来たんじゃないか?』
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僕は助兵衛の言葉を借りて、見解を述べたふりをする。
すると、皇后はポツリと呟く。
「おとぎ話にある神の通り道というやつだな。
かの救済の女神が世界に散らばる英雄たちを集結させるために世界各地に敷設したという」
「おとぎ話を参考にする評定など聞いたこともありませんな」
エヴァンスは悪態をつくが、一笑に付すことはできないようだ。
皇帝はこの場にいる全ての人間を見渡して、言葉を述べる。
「かの者のように精巧な人間を作り出すまでにサンタモニアの魔術は進化している。
我々の常識で不可能とされる領域に奴らは到達しているのだ。
もはやここに至っては最悪の最悪を考えた上で動くしかあるまい。
その上でアイゼンブルグ奪還……これは至上命題だ。
たとえ、この帝都を焼かれてでも成し遂げねばならん。
しかし、民たちを犠牲にする訳にはいかぬ。
故に我は帝都の遷都を決行する。
新たな都は、魔王軍から切り取るアイゼンブルグだ」
皇帝の言葉に重鎮たちがざわつく。
「建国から1000年守り続けた帝都を明け渡すなど!
おそれながらお気は確かですか!?」
「不可能でございます!
この帝都には10万を超える民と帝国の財産の約3割を抱えているのですよ!
全て持ち出すことなど、何年の月日を要することか!」
「それにサンタモニアとの軍事衝突が起こればアイゼンブルグは最前線となりますぞ!
そんな場所に民や財を移すなど!」
重鎮たちの反論を皇帝は厳しい眼光で制し、言葉を続ける。
「都が陥落すれば全てを失う。
もし、神の通り道なるものが帝都近郊にあるとすればもはやこの地は最前線だ。
同じ前線ならば敵への反撃ができる土地のほうがまだ良い。
取りこぼしがあろうと構わん。
ライツァルベッセやレイクヒル、ベルンデルタなど帝国西部に民と財を分散させよ。
アイゼンブルグに移動させるのはあくまで王室と軍事機能のみだ。
帝国東部はそなたらが良きに計らえ」
皇帝の決断は揺るがない。
サンタモニアをまるごと手に入れることを前提にした遷都計画だ。
「1ヶ月だ。
あと1ヶ月、民にはこの事を伏せる。
その間に手はずを整えよ。
千年祭も引き続き行い、敵に我々の動きを悟られないようにせよ。
怪しい者がいれば問答無用で殺せ。
有能な臣下を10人失うより、敵の間者を1人生き延びさせる方が不利益を招くと思え。
同時に1年以内にサンタモニアを手中に収める。
イスカリオス将軍、人間相手に剣を振るえるか」
皇帝はイスカリオスに尋ねる。
「当然でございます。
虐殺者の誹りを受けようとも、私は帝国を守るため、ひいては人類を守るための剣でございます。
望まれるのであればサンタモニアの人間を一人残らず切り捨てましょう」
ためらいない言葉に、皇帝は満足気に頷いた。
「皇后、エヴァンス、イスカリオス……
そしてクルスを除く者は即座に退出し、遷都計画の立案に取りかかれ。
そなたらの働きに人類の命運が託されていることを忘れるな!」
重鎮たちが退出した部屋に沈黙が流れる。
口を開いたのはエヴァンスだった。
「父上、母上……でよろしいですよね?
この場にいるのがイースとホムンクルスであれば気を使うことはありますまい」
そう言って、彼は椅子にどっかりと腰を下ろした。
「母上、先程はご無礼申し上げました。
お許しください」
「なあに。芝居上手が受け継がれていて嬉しい限りだよ」
「母上には負けますよ。
あの老獪な老人どもを相手にこの国を切り盛りされているのですから。
私が母上に反論した時の彼らの満足そうな頷き……平時であれば大笑いなのですがね」
エヴァンス皇太子はそう言って、カールした金色の前髪をいじった。
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【転生しても名無し】
『え? なに!?
さっきの親子喧嘩、芝居だったの!?』
【◆ミッチー】
『緊急事態における責任を皇后に押し付けて、重鎮どものガス抜きをしつつ、引き締めを図ったわけか。
こえーな……この家族』
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イスカリオスも冷や汗を流している。
「さて、ここからが本題だ。
奴らには民に告げるのはひと月後、と申したがそれまでにやるべきことがある。
アイゼンブルグの奪還だ」
皇帝の言葉に僕は疑問を呈する。
「民に告げなくては軍の招集などできないでしょう。
王室直下の騎士を民に含めないのだとしても、それでは100人余……
アイゼンブルグの奪還など到底できるわけがーー」
「違う。
帝国からアイゼンブルグ奪還に動くのはイスカリオスとそなたの二人だけだ」
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【転生しても名無し】
『は? 何いってんの?
このおじいちゃん!?』
【転生しても名無し】
『よし! 逃げよう!
この世界の片隅でメリアちゃんと慎ましやかに生を謳歌しよう!』
【◆オジギソウ】
『みんな黙って、一旦聞こう』
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「……帝国からと申しましたね」
僕の言葉に皇后が笑い、応える。
「さすがは我が騎士。
話が早くて助かる。
先程、妾が手をこまねいていたというのは、半分アタリで半分ハズレだ。
イデアの部屋の捜索は進んではおらん。
だが、アイゼンブルグの奪還計画は既に最終段階まで進んでおる」
皇后はそう言って、巻物を僕に投げてよこした。
開いてみると、それはソーエン語で記された手紙であった。
『久しぶりだな、クルス。
元気なようで何よりだ。
嬢ちゃんとは仲良くやっているか?
祝言を上げることになったら言ってくれよ。
魔王を叩き切ってでも駆けつけるからな。
……さて、あいさつはそこそこに、こっからは仕事の話だ。
皇后への親書に詳しいことは書かれているが、アイゼンブルグの奪還にソーエンも重い腰を上げることにした。
アイゼンブルグを現在支配しているのはお前も知っているあの魔王エステリアだ。
あのクソ女、マジで厄介でな。
暗殺目的で金龍隊のナンバー4と6が首を取りに行ったんだが帰ってこねえ。
二人とも剣の腕では俺やイスカリオスよりも高みにいる化物だ。
ソイツらがやられちまったってことについて考えられる理由の一つにソーエン人の致命的な欠陥、魔術の使用ができないことがある。
魔族の連中はその名の通り、魔術に長けた者が多い。
オレたちのような魔力を扱えない戦士を封殺した戦闘の記録もごまんとある。
ソーエンが魔王軍との戦争に消極的な理由もこの相性の悪さにある。
それにハマっちまったんだろう。
対応策としてサンタモニアの冒険者の中で手練の魔術師とやらを片っ端から探してみたんだが……こいつら本当に使えねえんだわ。
足を止めてダラダラ詠唱していたり、杖より重いものを持ったことがなかったり。
魔術は得意かもしれんが戦うのが下手過ぎて話にならん。
なまじ優秀な誰かさんと旅してたから余計そう思うんだろうな。
そこで、ソーエンはお前とイスカリオスを呼ぶことにした。
一騎当千のソーエンの精鋭とお前らならば100足らずの兵で奪還は可能と見ている。
逆に大軍は連れてくるな。
アイゼンブルグを奪還する前に刺激されたサンタモニアが帝国と全面衝突することになれば、大陸の軍事バランスが無茶苦茶になる。
エステリアをぶっ殺しさえすれば、残党狩りはこっちでやってやれる。
空き家になったアイゼンブルグを帝国が占拠するのは我が国の上の方も了承済みだ。
ソーエン人は気前がいいんだぜ。
ま、そういうことだからよ。
剣を磨いてこっちに来な。
いろいろ片付いたら、一緒に風呂でも浸かりながら酒を飲もう。
・・・ブレイド・サザン』
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【転生しても名無し】
『ブレイドニキ、キター!!
無事に帰還出来てたんだな!』
【転生しても名無し】
『てか、ソーエンと連絡取れてたんじゃん!
皇后も人が悪い!』
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懐かしい文字に紡がれる懐かしい口調。
友の無事に思わず口元が緩んでしまう。
「あの国の男どもは本当にどうかしておるよ。
女連れのブレイドがアイゼンブルグの包囲網を突破できたと知って、対抗意識を燃やした男たちが次々に伝令役として帝国にやって来おる。
超越者の無駄使いもいいところだ」
皇后は呆れたようにそう言い、皇帝も眉間のシワを緩ませる。
「ソーエンの連中が手を貸してくれるなど100年に一度あるかないかの話だが、乗らざるを得まい。
そなたら二人は帝国にとっても換えがきかん逸材。
博打に賭けるには高すぎるが、そうも言っておられんのでな」
皇帝は僕とイスカリオスを見る。
これは勅令であると悟ったイスカリオスは胸に拳を当て、
「お任せください。
ソーエンの戦士に帝国の力を知らしめてやりましょう。
ですが……」
イスカリオスは僕の肩に手を置く。
「こやつは不要です。
隻腕の兵など役に立ちません」
と言った。
自分の意を反された皇帝はイスカリオスを睨む。
「ブレイドがこやつを買っているのは知っております。
ですが、こやつは白兵戦が出来る魔術師ではなく、魔術が使える剣士です。
エステリアという魔王がどれほどの者か知りませんが、魔術を主体として戦うのであればれっきとした魔術師を派兵すべきでしょう」
戦術的な根拠を加えた言葉に皇帝はふむ、と頷く。
続けてイスカリオスは皇后やエヴァンスも見渡しながら言葉を発する。
「それにこの戦い、人間の手で決着を付けるべきです。
ホムンクルスなどに頼らなくても魔王軍を打倒できる。
そのことをサンタモニアの民に知らしめなければ、イデアの部屋の思想を肯定してしまうことになりかねません。
どうか、お考えください」
イスカリオスは頭を下げた。
エヴァンスもその意見に同意する。
「イースの言うとおりでしょう。
彼を無駄死にさせるのは悪手です。
幸い、頭も回るようですし、帝都に残り、防衛軍の指揮を取ってもらいましょう。
母上はお気に入りの騎士がお傍を離れるのが寂しいかもしれませんが」
「なあに、屯所に酒を持って遊びに行くさ」
皇后はそう言って笑った。
皇帝も僕の代わりに魔術師を派兵することを了承して、この話は終わった。
「さて、と。軍議は明日に回しましょう。
ついに魔王を討伐できた祝いをせねば。
功労者二人を囲んでね」
エヴァンスはそう言って、部屋の棚の中に潜ませていた酒と肴を取り出した。
僕はメリアのことが気にかかるので辞退しようと立ち上がろうとしたが、イスカリオスに無言で押さえつけられてしまう。
その間に皇后手ずから僕の目の前のグラスになみなみと酒が注がれてしまった。
「魔王ベルグリンダを討ち果たした我が国の英雄イスカリオスとクルスにこの先も火の神の加護があることを願って、乾杯」
皇帝の発声とともに僕は酒に口をつける。
エヴァンスは豪快にグラスに入った酒を一気に飲み干し、僕に声をかけてきた。
「クルスよ。そなたには母を護り、息子の窮地を救ってもらった。
本当に感謝している」
「いえ、ホムンクルスである私を誉れある帝国の近衛騎士に取り立てて頂いた恩を返しているところでございます」
僕の返事にエヴァンスは愉快そうに笑う。
「まったく、噂には聞いていたが見事なものだな。
武勇に優れ、忠義に厚く、その上、目がさめるような美貌の持ち主。
イースとはまた別の魅力がある帝国の勇者ぞ」
褒め称えるエヴァンスの言葉に皇帝や皇后は頷いている。
「買いかぶりすぎです。
魔王ベルグリンダを討滅したのはイスカリオス将軍。
私は……自らの弱さを思い知るだけでした」
本音だった。
剣の腕も心の強さも、僕はイスカリオスに遠く及ばない。
「謙遜するな。
ベルグリンダを仕留めきれたのは貴様の助力あってこそだ。
おかげで戦友たちの仇を取ることができた」
イスカリオスはグラスを傾けながらそう言った。
「イスカリオス将軍……
魔王とは一体何なのですか?
私はエステリアという魔族が魔王と名乗っているのを確かに聞きました。
実際に戦ってみて、その強さもベルグリンダに遜色ないものを感じました。
サンタモニアで学習した内容では魔王軍とは魔王という魔族の長が率いる軍隊ということでしたが……」
僕の疑問にイスカリオスはためらった様子を見せつつも、グラスを置いて語りだす。
「お前が見たとおりだ。
我々人類に多くの国があり、王も同じ数だけいるように魔王も複数存在する。
公にはされていないがな。
そもそも魔王が名乗りを上げた戦場で生還できる兵士などほとんどいない。
死人に口なしだ」
イスカリオスは淡々と語り、エヴァンスは肩をすくめて話に加わる。
「災害のような戦力を誇る魔王が複数存在するだなんて民に知られれば士気に関わる……いや、絶望するしかない。
私だって初めてその事を知ったときは恐怖と絶望で気を失いかけた。
魔王を倒すことさえできれば、この戦争は終わるものだと思っていたからな。
険しくとも見えていた目的地が通過点に過ぎなかったんだ」
ベルグリンダやエステリアのような存在が他にも……
「儂が知っているだけで後3体、貴様の言うエステリアを含めれば最低4体の魔王がこの戦争に参戦している。
想像でしかないが、この何百年の内に代替わりや新たな魔王の椅子が増えたりしているのではないかと踏んでいる。
我々が相手にしているものは災厄の類ではなく、強大で底が知れない魔族国家の集合体。
それが魔王軍だ。
そして、その戦力は人類を遥かに上回る」
イスカリオスはそういってグラスを呷った。
「それでも戦うことを諦めてはならん!
戦いに勝つことができなくとも、勢力を押し返すことさえできれば民の暮らしは守られる!
そう信じて我々は命を賭けて戦っているというのに、同じ人類が人類に仇なすなどもっての外だ!
サンタモニアの狂人どもめ!」
イスカリオスは空になったグラスをテーブルに叩きつけた。
案外、酒に飲まれやすいのだろうか。
怒り上戸というやつかもしれない。
そんなイスカリオスの肩を叩きながらエヴァンスはなだめる。
「お前の言うとおりだよ。
我々は勝ち続けなくてはならない。
世界最強の国家イフェスティオ帝国は人類を導かねばならんのだ。
こんなところで終わるわけにはいかない」
場を沈黙が覆った。
その後、皇后が口を開き、皇帝やエヴァンスと短くとりとめのない会話をすることはあったが、僕とイスカリオスは曖昧な相づちを打つ程度で時間は過ぎ、ささやかな酒宴は終わった。
王宮を出た瞬間、これで用事は終わりだ、と僕は思考を切り替え、全力で走り出す。
目指したのはメリアの担ぎ込まれた帝都の外れにある治療院だ。
すでに深夜であるがお構いなしに、扉を叩き、治癒術士を呼び出してメリアの元に案内させる。
メリアは魔法陣の上にガウンを着て横たわっていた。
治癒術士の見解によると、傷口は完全に回復しているらしく、眠っているだけとのこと。
僕は胸をなでおろし、彼女のそばに膝をつく。
そして、メリアの指先を爪で切って傷つけた。
赤い血がぷくりと粒になったが、5秒も立たない内に傷口は塞がった。
……僕らが使っている治癒魔術がメリアの指先から感知された。
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【転生しても名無し】
『ど、ど、どういうこと!?
メリアちゃんもホムンクルスなの!?』
【◆与作】
『そんなわけないだろ!
メリアちゃんがホムンクルスなら出会った時の足の骨折はどうなるんだよ!
大きな怪我はしていなくても擦り傷や打撲はしょっちゅうしていたし、治るまでそれなりに時間がかかっていたぞ』
【転生しても名無し】
『傷の治りまで把握している与作の偏執的な愛に乾杯』
【◆野豚】
『君たちが使っている自動治癒魔術を習得したってことは考えられない?』
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不可能だ。
僕たちの自動治癒は魔術回路に刻まれたもの。
言ってみれば自動治癒魔術の魔法陣が体内にあるから発動するもので、人間には応用できないはず。
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【◆江口男爵】
『ホムホムとヤッて感染ったんじゃない?
試しにその辺の娼婦を殴りながらヤッてみようぜ』
【◆オジギソウ】
『ホムホムはそんなことしない。
でも、理由は同じことしか思いつきません!
頭の中ピンク色でゴメンナサイ!』
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……いや、僕もそのことくらいしか心当たりがない。
だが、そんなことが起こり得るのか。
ホムンクルスには生殖機能など備わっていないはずだ。
僕が、メリアにしたことは……ただ強く繋がっただけだ。
そこに愛や喜びや切なさはあったが、生産的な行為ではなかったはずだ。
僕は悶々とした気持ちで、横たわるメリアを見つめたまま治療院で夜を過ごした。