第9話 解析結果――妖精たちは優しく、メリアは強い。
翌朝、街の治安維持を請け負っている冒険者ギルドの冒険者が宿にやってきた。
身に付けている質の良い武具、鍛え上げられた肉体、そして精悍な面構え。
昨日の男たちとは全く異なる人種だった。
僕らはギルドの事務所で事情聴取を受けることになったが、頭の中の妖精たちが色々入れ知恵をしてくれたおかげで冒険者たちは僕たちを怪しむようなこともなく、取り調べはスムーズに進み、昼前には僕たちは解放され、港に向かって歩いていた。
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【転生しても名無し】
『すまんかったな、ホムホム。
昨日の晩はシリアスすぎて口を挟めんかったわ』
【転生しても名無し】
『ごめんなさい』
【転生しても名無し】
『次から本気出す』
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いや、いい。
むしろ、ギルドの取り調べの時に知恵を貸してくれて感謝している。
僕じゃ上手く自分たちの身元だったりとかは説明できなかっただろう。
メリアはイフェスティオの商会の娘でサンタマリアの商人の家に嫁ぐことになっていた。
だが、情勢の変動から婚約は白紙になり、用心棒代わりの下人である僕を連れて祖国に戻ろうとしていた。
その設定の上で、実際に起こったことを説明した。
メリアは昨日からほとんど何も言葉を発しない。
おかげで、事情聴取をほとんど僕が受けることになったのだ。
二人で歩いていても、僕らの間には距離がある。
今までにはなかった距離だ。
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【転生しても名無し】
『そりゃあ、危うく乱暴されるところだったんだからな。
傷ついていて当然さ』
【転生しても名無し】
『でも、ホント無事でよかったよ。
俺さあ、ホムホムもメリアちゃんも大好きだから。
かわいそうな目にあってほしくないもん』
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無事だったとは、言えないかもしれない。
メリアが泣いているのを見て、僕はおかしくなった。
人間なら狂うという表現が適切だろうが、僕はさしずめ故障したというのが適切だろう。
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【転生しても名無し】
『故障なんてネガティブなワード使うなし』
【転生しても名無し】
『ホムホムのおかげでメリアちゃんは助かったんだから』
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でも人間を殺した。
ホムンクルスにとって最大のタブーである殺人を僕はいともたやすく行ってしまった。
僕は、一体何なんだろうな
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【転生しても名無し】
『昨日お前が殺したのはモンスターだよ』
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……いや、人間だろ?
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【転生しても名無し】
『マジレスすんなよ。
俺もアイツラはモンスターだと思うぜ。
むしろ生きるために人間を狩る連中よりも快楽のために人間を蹂躙できる連中のほうがよぽどえげつないモンスターだよ』
【転生しても名無し】
『俺達はモンスターがいない世界で生きているからさ。
その世界の人間は魔王軍だののせいでモンスターを憎んでいるだろうから、ちょっと受け取り方は違うかもしれんけど、やっぱアイツラはモンスターだったよ。
ホムホムはモンスターを駆除しただけだ』
【転生しても名無し】
『ホムホムはホムホムだよ。
大丈夫。君は大丈夫だ』
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妖精たちの文字から僕を慰めようとしてくれているのが分かる。
そうか、僕は慰められなきゃいけないほど心が傷ついているようにみえるのか。
僕は横を歩くメリアの顔を見る。
うつむき気味で、眉や口角がやや下がっている。
それが何故か居心地が悪かった。
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【◆与作】
『メリアちゃんの手を繋いであげてよ』
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手を?
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【◆与作】
『メリアちゃんの右手の掌をホムホムの左手の掌がくっつくように手をにぎるんだよ。
そうするとメリアちゃんきっと元気になるから』
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それはいいことなのだろうか?
彼女は昨日あの男たちに体を触られて嫌な思いをしたのに。
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【◆与作】
『あの男たちとホムホムは違うだろうが。怒るよ。
誰でも良いわけじゃない。
ホムホムの手だからメリアちゃんは元気になるの』
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分かった、やってみる。
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【転生しても名無し】
『与作……メリアちゃんガチ勢なのに……』
【転生しても名無し】
『与作、今度うちの妹とFAXしていいぞ』
【与作】
『ピーヒョロヒョロ……』
【転生しても名無し】
『草wwww』
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僕はメリアの左手を掴んだ。
メリアは一瞬驚いたような顔をしたが、少し微笑んで、
「心配かけてごめんなさい」
と言ってきた。
僕は曖昧に返事をして、そのまま歩き続けた。
港に着く頃にはメリアの様子もかなり元気になっていた。
ソーエン国に向かう船に乗るため、精力的に聞き込みに走る。
しかし、
「ソーエン国に向かう船ってほとんど無いみたいですね」
波止場で行き交う商船を眺めながらメリアは呟いた。
僕が出店で買ってきた芋のフライを手渡すと勢い良く齧りついた。
「やっぱり、ソーエンって半分鎖国状態ですから、行く理由がないみたいですね。
傭兵稼業でこちらに来る人はみんな国の船で行き来しているから民間の航路は関係ないし」
「フローシアには悪いけどイフェスティオに直接向かうことは出来ないのか?」
「それも聞いてみましたが、今は海路も魔王軍に分断されていてほとんど船が出てないみたいで……
出ているのも護送船団に連れられた軍事物資の供給船とかで一般人が入り込む隙間はありません」
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【転生しても名無し】
『メリアちゃんの実家パワーって使えないの?
国を越えて娘を嫁にやるくらいの家だから近隣諸国にも影響あると思うんだけど』
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僕は妖精の提案をそのまま、メリアに伝える。
メリアはため息をつきながら、
「実のところ、私の輿入れっていうのは体のいい厄介払いなんですよね。
私って家長の側室の連れ子で家の人間とは血はつながっていないんです。
母も幼い頃に亡くなって、放逐こそされませんでしたけど家族扱いはされていないというか。
特に正室の娘である姉妹からは毒を盛られたこともありましたし、私がこんな状況になっているって分かったら、何をされるか分かったもんじゃありません」
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【転生しても名無し】
『メリアちゃんの家庭環境重い……』
【転生しても名無し】
『よしホムホムその家の連中皆殺しにしようぜ』
【転生しても名無し】
『でもさあ、実家がそんななのにどうしてもイフェスティオ帝国に帰りたいの?』
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僕は再びメリアに妖精の疑問を伝える。
「……幼馴染で私に良くしてくれた子がいるんです。
その子もまた、家の中では浮いた存在で、だから仲良くなったわけですけど。
今、その人は持ち前の優秀さでかなり責任ある立場が与えられていますが、周りのやっかみとかがすごくて苦労してるって聞いてて、力になってあげたいって思ってたんです。
もっとも、今回の私の婚姻話を進められてしまって叶わなかったんですけどね」
メリアの瞳は海の向こうを見つめている。
そこに彼女の母国があるのだろう。
「ある意味、家からも解放されたわけですし、その幼馴染のもとに駆けつけようと思うんです。
今度こそ後悔しないために」
メリアは立ち上がり、海を背にして僕に宣言した。
僕は思う。
力を持たず、頼れる人もいないのに自分がやるべきことを見つけて前に進もうとする。
そんなメリアは僕なんかよりずっと強いと。
メリア、へへっと目を細めて笑ったが、次の瞬間――
「ああっ!」
メリアが大きな声を上げて指差す。
20メートルほど離れたところに昨日、僕らの部屋に侵入してきた男の生き残りがいた。
向こうもコッチに気づいたようで走り去ろうとするが、
「させません!」
メリアは地面の小石を投げつける。
小石はかなりの速度で飛んでいき、男の後頭部に直撃した。
なかなかの技量だ。
その後、僕たちは男を路地裏に引きずり込んだ。
騒いだら殺す、と脅しながら。
「す、すまなかった……俺はやる気なかったんだよ。
でも、俺の魔術はああいうことするのに向いてるからって、よく付き合わされていて……」
「でも、今まで一度もおこぼれに与らなかったワケでもないでしょう」
メリアの尋問に男は言いよどむ。
「女性を欲望のはけ口にしようとする輩は私は大嫌いです。
死ねばいいと思うくらい」
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【転生しても名無し】
『メリアちゃん激おこ!』
【転生しても名無し】
『こうやって仕返しできるくらい元気なら一安心だねえ』
【転生しても名無し】
『ワイもメリアたんに詰められたいンゴw
ホムホム視点で一度見てみたいので、メリアちゃん怒らせて』
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拒否する。
しかし、どうしようか。
昨日の晩はメリアに危機が迫っていたおかげで「人を殺してはいけない」というポリシーが外れたんだろうけど、今はセーフティがしっかりかかっている。
殺すことも出来ない。
そんなことを考えていたら、メリアが男にある提案をしていた。
「冒険者ギルドに突き出したいところだけど、ちょっと私達の頼みを聞いてくれたら見逃してあげなくもありません」
「な、何をすればいいんだ?」
「ソーエン国に連れて行ってくれる船を手配してもらえませんか」
メリアのその言葉に怯えていた男の表情が厳しくなる。
「ソーエン……お前ら何者だ?」
「ブレイド・サザンという人に届け物がある。
だからソーエン国に行きたい」
僕がそう言うと、男の顔から見る見る血の色が引いた。
「ぶ、ぶ、ブレイド……わ、分かった。
頭に頼んでみる。
だから、お願いだ! 昨日のことは、どうか……水に流しておくんなさいませ!!」
男は地面に頭を擦り付けて懇願してきた。
予想外の反応に僕とメリアは呆気にとられる。
男の案内で僕たちは港の近くの寂れた酒屋にやってきた。
扉を開けると真正面に酒瓶が乱雑に積まれたバーカウンターがあって、テーブルにはポツリポツリと10人程度の客が酒をあおっている。
どの男も人相が悪く、入ってきた僕達に獣のような眼光を突きつける。
「お、御頭! 客人を連れてまいりやした!!」
するとバーカウンターの中央で酒瓶から直に酒を飲んでいた中年の男が振り返った。
「ダック。珍しいなあ、女連れとは。
しかも……上玉じゃねえか。
どこのお貴族様か、それの妾狙いの娼婦か」
髭を蓄えたその男は周りの男達よりかはいくらか品があった。
だが、その佇まいから僕の警戒レベルは戦闘モードに切り替わりかけている。
僕と同等、いやそれ以上の力の持ち主だ。
「この方々は……昨日、俺達が、そのご迷惑をおかけした方たちでして……」
「ああ、ベルナルドをぶっ殺した奴らか」
御頭と呼ばれているその男の一言で、周りの客達が殺気立つ。
メリアはスッと僕の影に隠れる。
「やめとけ、テメエ等。
お嬢さん方はやる気がないらしい」
一言で波が引くように客達の殺気は収まった。
「すまなかったな。
ベルナルドはあんなのでもウチの副長だったからよ。
まあ、下品で粗暴で欲望に忠実過ぎる人間のクズみたいなやつだったから、オレは死んでくれてせいせいしてる。
本音だぜ。
で、何かい? ウチに賠償金でもふっかけるかい?
悪いが、お嬢さん方に見合う金なんて酒樽ひっくり返しても出てこねえからさ――」
男の手が光ってティンと音がなったとほぼ同時に、バチン! という音が僕の隣で上がった。
僕らを連れてきた男は大の字に倒れる。
額には大きな瘤ができており、床にコインが転がった。
どうやらコインを弾き飛ばして、頭にぶつけたようだ。
「こいつで水に流してくれや」
メリアは何度も頷いている。
さっきまでの強気はどこか遠くへ行ってしまったようだ。
「分かった。水に流そう。
別件で相談したいことがあるんだ」
僕は男の目を見据える。
「ブレイド・サザンに会いたいから、ソーエン国に行く手筈を整えてほしい」
その言葉に客がどよめく。
「騒ぐんじゃねえ」
男の言葉に再び、客たちは静かになるが、今度は顔色が変わっている。
「ブレイド・サザン……その名前をどこで知った」
「世話になった人に頼まれた。
その人はブレイド・サザンの古い知り合いらしく、彼に渡してほしい物があるらしい」
男は酒をカウンターに置き、立ち上がった。
「なるほどな。
いや、見た目があまりにも風変わりだからどう扱っていいのかわからなかったが、ブレイド・サザンに繋がりがあろうとは……
フン、ベルナルドのバカもそれを知っていたら生ゴミにならずに済んだだろうよ」
男は僕の目の前まで歩いてきて、じっと顔を覗き込んでくる。
「お嬢さん、名前は?」
「クルスだ。メリア様の用心棒をしている」
「可愛いお姫様に可愛い姫騎士様か。
おとぎ話であったなあ、そんなの」
男は僕らに背を向けて、大声で呼びかける。
「聞け!! 今よりこの二人はこのバルザック・ブルワーズの客人として扱う!!
万が一、この二人に不快な思いをさせるような奴が出たら、直ぐ様ベルナルドの後を追わせてやる!!
あの世であの汚え豚の尻をなめまわし続けるハメになるぞ!!
分かったな!!」
「「「「「アイアイサー!!」」」」」
酒場にいた全ての人間が立ち上がり、バルザックに敬礼をした。
バルザックは再び僕の方を振り返る。
「ソーエン国にはこのバルザックが無事お送りしよう。
海の大神と酒の女神に誓う。
その代わり、ブレイド・サザンに会うときにはこの俺も同席させてほしい」
どうしたものか……
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【転生しても名無し】
『いいんじゃないの?
その人強いみたいだし仲良くしておいたほうがよさそう』
【転生しても名無し】
『バルザック△』
【転生しても名無し】
『リスクのことを考えれば下手に約束はすべきでないと思うけど……
でも、ホムホムがメリアちゃんを絶対に守るって断言できるなら、受けていいと思う』
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断言する。
「分かった。約束する。
メリア様と妖精たちに誓って」
バルザックはニヤリと笑って手を差し出してきた。
僕はその手を掴んだ。
すると、バルザックは耳元で、
「今まで聞いた中で一番メルヘンチックな誓いだぜ」
と呟いた。