第78話 僕は勝利につながる運命の糸を手繰り寄せる
ゴオオオオオオッ! と唸りを上げて放たれる息吹に触れた魔物たちは声を上げる間もなく一瞬で燃え尽きた。
その光景を目にして、ようやく魔物たちは自分たちが龍の逆鱗に触れてしまったことに気がつき、叫び声を上げて逃げ惑い始める。
逆に人間たちは、神々しいまでの竜の姿とその頭上に君臨するように乗っているダリル王子の姿を見つめ、膝を突く。
「神よ! イフェスティオを守りし神よ!
我らに救いを授けてくれたこと感謝します!
そして……我らの王子をお導きください!」
ダリルの儀式を執り行っていた司教が涙を流しながら地面に頭を擦り付けた。
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【転生しても名無し】
『やっちまええええええ!
ギャオスっ! 焼き尽くせ!!』
【転生しても名無し】
『勝ったな……』
【転生しても名無し】
『ああ……』
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妖精たちもギャオスの猛攻に興奮が止まらないようだ。
下級モンスターは為す術無く、ギャオスの息吹に焼かれ、足に踏み潰され、爪に引き裂かれ、尾に叩き潰されていく。
強力なオーガたちが反撃に出るもギャオスの硬い鱗には攻撃が通らず、頭上のダリル王子を狙おうとしても、ギャオスの圧倒的な攻勢に阻まれて近づけない。
そして、ギャオスは空に浮き上がり、ひときわ高く吠えた。
「『とくと見よ!! 我が全力の咆哮を!!』」
ギャオスは周辺の空気を全て食らうようにして息を吸い込む。
嵐が巻き起こり、大地は揺れる。
僕は意識のないメリアを抱きしめて、地面に踏ん張る。
次の瞬間、ギャオスの口から黄金色の光条が地に向かって放たれる。
大地にたどり着いた光条は、地面を滑るように拡がり、人間の群れを避けて魔物たちを一体残らず焼き尽くす。
頑丈な体を持ったオーガですら瞬く間に燃え尽きていく。
光が止む頃には全ての魔物が跡形もなく消え失せていた。
「や……やった!」
誰かがそう声を上げた瞬間、人々から大歓声が上がった。
「龍神ギャオス様万歳! ダリル王子万歳!」
危機から脱したと安堵した人々は救世主の存在を崇め奉る。
ギャオスは上機嫌で尾を振り、頭上のダリル王子も顔を強張らせながらも人々に手を振って応える。
だが、僕は忘れていなかった。
先程焼き尽くした敵の中に、アイツがいない!
「ギャオス! まだだ――」
と、僕が叫ぶと同時だった。
赤みがかった紫色の閃光がギャオスの胸を貫いたのは。
「グアアアアアアアアア!!」
ギャオスは悲鳴を上げて、横倒しになった。
宙に放り投げられたダリル王子は、走り込んできたリムルに受け止められた。
リムルがクッションになったので大怪我はしていないはずだが……ギャオスは重傷だ。
胸に空いた穴は直系50センチほどで、そこから緑色の血液がドクドクと流れ出していて、体を痙攣させている。
「チョー油断した……」
とギャオスは呟いていた。
「まさか古代竜とは……
ここに来たのがオレでなければ全滅だったろうな」
声の主である赤い魔人は健在だった。
ここに現れた時と同じように魔術で姿を隠していたのか。
「たしかに、魔界の魔術であっても古代竜の鱗を貫くようなものは存在しない。
その鱗はありとあらゆる魔術を無効化する。
それは歪めることの出来ない具現化された概念、世界の理というもの」
そう言いながら魔人は右の手のひらに左手で何かを描くような仕草をする。
「だが、ひとつだけ……その理に囚われない魔術体系が存在する」
魔人の右手に紫色の炎が浮かび上がって揺らめく。
「それが滅龍魔術。
人間どもが生み出した竜に対する特攻魔術だ!
【ドラグ・マキアス】!」
紫色の炎の中から火矢のような魔力が乱れ放たれる。
その火矢はギャオスの全身を貫いていく。
「ゴアアアアアアアっ!!」
断末魔の悲鳴を上げ、ギャオスは動かなくなった。
「ドラゴンスレイヤー……
ククク……悪くない称号だ。
古龍よ、貴様を屠った者の名を教えてやろう」
魔人は両腕を広げ、空を仰ぎ叫ぶ。
「我が名は魔王ベルグリンダ!!
古の三巨神、レウルーラの末裔である!!」
魔王……ベルグリンダだと?
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【転生しても名無し】
『あれ……魔王ってエステリアとかいう可愛い悪魔っ娘じゃなかったっけ?』
【転生しても名無し】
『ああ、俺もその場で聞いていたけど……』
【◆マリオ】
『そんなことはどうでもいい!
ホムホム! 構えろ!
もう、お前しか戦える奴いないんだぞ!!』
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戦える? 冗談だろ。
ギャオスすら倒す魔王に、僕が何を出来るっていうんだ。
それにもう……僕には戦う理由も、生きる目的も無い。
僕は腕の中にいるメリアの顔を見つめる。
まだ、かろうじて生きている。
だけど、この深手だ。
今から治療院に連れて行ったところで手遅れだ。
魔人……魔王ベルグリンダは僕のすぐ真後ろに立った。
「幕切れはあっけないものだな。
だが楽しませてもらったよ」
ベルグリンダは手を頭上に掲げ、巨大な熱球を作り出す。
「お礼に二人まとめて焼き尽くしてやろう。
フフン、熱に溶かされて二人融合してしまうのもなかなかドラマチックではないか。
僕はメリアのほおを撫でる。
まだ息をしている。
いっそ焼き尽くされてしまうのも、彼女を楽にしてあげられる方法なのかもしれない。
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【◆与作】
『ホムホムのバカやろおおおおお!!
メリアちゃんのカタキ取ってくれよ!!
何諦めてるんだよ!』
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不可能だし、ヤツを殺したところでメリアが生き返るわけじゃない。
果たせない願いを胸に抱いて死んでいくなんて、これ以上はゴメンだ。
ベルグリンダの作る熱球が完成したことを魔力感知で察した。
膨大な魔力と熱量だ。
メリアもろとも僕を焼き尽くして命を奪い去るだろう。
……それはさておき、僕は違和感を覚えている。
膨大な魔力の持ち主であるベルグリンダがそばにいるせいか、魔力感知にエラーが出ているのだ。
僕の魔力の反応が僕の体の外で感知されている。
こんなことは初めて、というか自分の魔力を自分で感知していること自体がおかしい。
いわば自分の顔を鏡を使わずに肉眼で見ているような、あり得ない観測。
だが、発生している魔力は間違いなく僕の波長のもの。
発動している魔術式は【自動治癒魔術】。
僕の腹部の傷を治すために発動しているーー
いや、それはもっとおかしい。
僕の腹部の傷はすでにあらかた回復している。
なのに探知できる自動治癒魔術の出力はかなり大きな……欠損した肉体を無理やり再生させるレベルのものだ。
計算が合わない。
この差分の魔力は一体どこに消えているのだ?
「死ねえっ!!」
ベルグリンダが叫び声をあげた瞬間だった。
僕の疑問が氷解したのは。
いや、正確には理屈は不明だ。
何故こんなことが起こったのかわからない。
だけど、今、僕はそれを観測している。
死を待つだけだったはずのメリアの目が開かれ、ベルグリンダを睨み返したのだ。
「なっ!?」
ベルグリンダはメリアの復活に意表を突かれる。
一瞬の隙ができた。
僕は立ち上がり、ベルグリンダの掲げた両腕を掴む。
発射体制に入っていた熱球の魔術だが、両腕を押さえられたことで投げつけられない。
「チィっ! 人形の分際で!」
ベルグリンダの腕力は思ったより弱い。
僕の全力で拮抗できるレベルだ。
やはり魔術に特化した能力の持ち主ということか。
もし、イスカリオスやブレイドがいてくれたらベルグリンダの首は奪えているだろうが、今の僕にともに戦ってくれる仲間はいない。
だけど、メリアが蘇った今、みすみすやられるわけにはいかない!
「残念ながら一手が足りなかったな」
ベルグリンダは僕の思考を見透かしたかのようにそう言って、手の上の熱球を霧散させる。
続けて胸元に魔力を集中させ始めた。
ガルムを殺したあの魔術が来る?
今度は逆に僕が首を両手で掴まれてしまう。
「ガッ……くぅ……」
絞め殺す勢いで首に圧力をかけつつ、胸元の魔力を高める。
僕は脱出を図るため、左手に魔力を集中させるが、
「その手は食わん」
ベルグリンダがそう言うと僕の腕の魔術回路は暴走し、パンッ! と乾いた音を立てて肉が弾け飛んだ。
ベイルバインの時と同様、僕の左手は使い物にならなくなった。
その様子を見てベルグリンダが裂けた口で哄笑する。
お前はもう終わりだと言わんばかりに。
やぶれかぶれで右腕も使ってみるしかない。
どうせ死ぬのなら最後まで――
と、僕が犠牲にしようとした右腕の手のひらに突如感触が与えられる。
この手が掴む感触を僕は知っている。
自分の右手の先を見る。
そこには僕の手を掴んで起き上がったメリアがいた。
顔色は悪いが、目に光が戻っている。
腹部の傷は…………
「あなたは……あなただけは……」
メリアはおぼつかない足取りでベルグリンダに近づく。
信じられない現象に僕もベルグリンダも虚を突かれて反応が鈍った。
突如、風呂の底が抜けたように僕の右腕から魔力が抜け出ていく。
同時にメリアの体の表面を紫電が走る。
「あなたに殺された人々のカタキ……!
くらえっ!」
メリアは拳をベルグリンダの腹部に当てて、放つ……!?
「【ライト・スティんがあああああああ!!】」
メリアの拳から魔力で編んだ光の槍が打ち出された。
サンタモニアのホムンクルスのみが搭載している魔術武装。
【ライト・スティンガー】をメリアが放つことができた!?
僕は動揺するが、それ以上にベルグリンダにとっては天地がひっくり返るような衝撃だったらしい。
腹を貫かれ大量の血を吐き出したベルグリンダは大きく後ろに飛びのいて、自身の傷を見て呆然としている。
「このオレがあんな脆弱な人間に傷つけられるだと……
あり得ん……あり得んぞ!
一体なんなのだ貴様らは!?」
ベルグリンダは叫ぶ。
メリアはライト・スティンガーの発動で魔力を使い切ったのか気絶し、僕の右腕に抱きかかえられている。
あの攻撃はベルグリンダの意表をつくことに成功したが、窮地を脱出するには至っていない。
この場の人間を全員見殺しにしてでもメリアを抱えて逃げ出したいくらいだが、ベルグリンダはそれを許すまい。
距離をとったのも、僕らの予想外の反撃による万が一を避けるためだろう。
魔術師タイプである以上、遠距離こそがヤツの本領だ。
「まあ良い……!
この醜態を見ていた貴様ら皆殺しにしてやる。
魔王がただの小娘に傷つけられるなどあってはならんのだ!」
ベルグリンダは魔力を両手に蓄積し始めた。
僕らはもちろん、後ろにいる避難民やギャオスまでも巻き込んで吹き飛ばすつもりだろう。
だが、ヤツの思惑に乗るつもりはない。
メリアが生きている以上、僕は最後まで悪あがきをしてやる。
僕はメリアをそっと地面に横たわらせ、背後の人間達の群れから離れるよう走り出す。
今この場にいる者でヤツに一矢報いることができるのは僕だけだ。
後ろにいる人間達に目掛けて魔力を打ち放てば、その隙を僕に突かれてしまう。
だからベルグリンダは魔術の照準を僕に向けざるを得ない。
後は、全力で避ける。
どれだけの威力があろうが、当たらなければどうという事はない。
魔力感知の感度を限界まで高め、ヤツの魔術が発動したタイミングで加速して効果範囲から脱出。
即座に接近戦で反撃。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆助兵衛】
『それしかないな。
もはや逃げる手段もない』
【転生しても名無し】
『ホムホム頑張れ!!」
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
ベルグリンダの魔力が膨れ上がる。
魔術の発動状態に入った。
足に力を溜め、体のバネを縮める。
さあ、来いーーと、身構えるが、予想に反してベルグリンダの腕から魔術は発射されず、
「【アダ・ライエル】」
ベルグリンダの詠唱を聞いたその瞬間、僕の足首に魔力で編まれた鎖のようなものが絡みつき、僕は足を取られてしまう。
ベルグリンダは両手の魔力を溜めたまま僕に対して高笑いする。
「フハハハハハハ!!
魔術戦の駆け引きで、オレが負ける訳なかろうが!」
足にダメージはない。
拘束を目的とした【束縛】の術式。
殺傷性が無い分、使用魔力も低いが普段なら僕が気づかないような魔術じゃない。
だが、ベルグリンダが両手に膨大な魔力を蓄積していたため、その足元にまでは気を払えなかった。
致命的なミスだ。
「お前一人にはオーバーキルが過ぎるかもしれんが、あの手この手でオレを傷つけてきた以上、警戒は怠らん!
この魔王ベルグリンダの最大魔術で消し去ってやる!」
お前を楽しませていたつもりはない。
僕よりもメリアの予想外な作戦や攻撃の方がダメージを与えていたと思う。
だが結局、ベルグリンダを討伐するには至らなかった。
僕……僕たちの負けだ。
「消え失せよ!
【エル・ディアブロ・レナスーー】」
詠唱がベルグリンダの口から全て発される、その直前だった。
ズドォン!!
空気を震わせて、轟音が響き渡った。
そして、その残響が消えぬ間に、
「グアアアアアアアアアッ!!」
と、ベルグリンダは断末魔の悲鳴をあげた。
その両腕の魔術は制御を失って霧散し、その腹部には30センチ近い幅がある巨大な剣が背中から突き刺さっていた。
剣の持ち主はベルグリンダの後方20メートル、切り立った崖の端に立ち、剣を投擲したと思われる右腕を突き出していた。
援軍は間に合うはずもなかった。
だが、一騎当千のその英雄は間に合った。
帝国が誇る常勝将軍イスカリオスは単騎にして窮地に駆けつけたのだ。
「全力で飛ばしてきた甲斐があったな。
まさか貴様にこんなところで出くわすとはな。
ベルグリンダ」
イスカリオスはその2メートルを超える巨体を晒してベルグリンダに向かい歩き始める。
ベルグリンダは頭の血管を浮き上がらせて叫ぶ。
「イスカリオス!? やってくれおったな!!」
「やってくれたはこちらのセリフだ。
どのような術を使ったかは知らんが帝都の近くまで攻め込んで来おって。
神聖なる霊山イフェスティオを汚した罪、万死に値する」
イスカリオスは拳を鳴らしながらベルグリンダに迫る。
ベルグリンダの傷は急速に塞がっていくが、精神的な余裕が微塵も感じられない。
慌ててイスカリオスの剣を掴み、高速で呪文を詠唱する。
すると、剣は瞬時に錆びつき腐り落ちた。
その様子を見たイスカリオスは舌打ちをする。
「武器を奪えば勝てると思っているのか」
「いかに貴様と言えど徒手空拳でオレを仕留めるのは不可能だ。
かといって、並の剣では貴様の膂力には耐えきれまい」
ベルグリンダはようやく笑みを浮かべる。
そのやりとりを見て確信した。
イスカリオスはベルグリンダより強い。
そして両者ともそのことを認識している。
ならば僕の取るべき手はーー
「イスカリオス!」
僕は自分の剣をイスカリオスに向かって投げ渡した。
イスカリオスの巨躯からすると僕の剣は短剣のように見えてしまうが、片手に剣を構えるその姿は様になっていた。
「ソイツは並の剣じゃない!
思いっきり振り回しても大丈夫のはずだ!」
僕がそう叫ぶとベルグリンダは怒りと焦りに顔を歪めて僕を睨みつける。
「このクソ人形があああああ」
そう叫ぶが僕に攻撃する様子はない。
対峙するイスカリオスに隙を見せてしまえば瞬殺されるのが目に見えているのだ。
「愛剣お預かりする……
行くぞ! ベルグリンダあああぁぁぁ!!」
イスカリオスは地面を蹴破る勢いでベルグリンダに襲いかかった。
「クソおおおおおお!!」
半ば自棄のように叫んでベルグリンダは魔術を展開する。
両腕から散弾状の魔術をイスカリオスに向かって放つ。
「喝!!」
イスカリオスの纏う魔力の壁はベルグリンダの魔術を容易く弾き飛ばす。
距離を詰めたイスカリオスは剣を振り下ろす。
ベルグリンダは両腕を魔術で硬化、肥大化させてその剣を受け止める。
ガキィン!! と音がしてイスカリオスの攻撃は防がれたかのように見えたが、刃が届いていないベルグリンダの胸に大きな切り傷がついた。
「グハァッ!!」
「これは……なるほど」
イスカリオスは剣戟を乱れ放つ。
ベルグリンダは全身を魔術で強化し、禍々しい鱗や角を生やすが、見えない刃によって刻まれ、切り落とされていく。
イスカリオスの猛攻に、たまらずベルグリンダは自らの腕を爆発させ、それを目くらましにして距離を取る。
禍々しい変化を遂げていたはずの体はボロ切れを纏ったようにみすぼらしい姿に成り下がっていた。
「クソがあああああ!!」
ベルグリンダが叫ぶと脱皮するように損傷した箇所が剥がれ落ち、傷ひとつない赤色の肉体を取り戻した。
だが、イスカリオスはそんなベルグリンダを鼻で笑う。
「どうやら、クルス相手に手酷くやられていたらしいな。
その様子だと次の再生は不可能だ」
イスカリオスは剣を突きつけながら語る。
「貴様に初めて会ったのは5年前だったか。
あの時は良いようにやられたものだ。
儂の目の前で上官たちを葬り去っていく貴様の姿に心底戦慄したものよ」
イスカリオスは剣を高らかに掲げる。
「だがその恐怖を払拭するために儂は強くなった。
覚えておけ。
超越者とは自らの限界を超え、苦難を越えていく者。
非力な人類が貴様らのような強大なる者を打ち砕く願いを託された、人類の剣である!!」
そう発すると、イスカリオスの体に纏われていた魔力が剣に伝わっていく。
ベルグリンダも黙って見ているだけではない。
聞き取れない程の超高速詠唱で腕に強大な魔力を発生させる。
「驕るなよ! イスカリオス!!
まともな魔術を使えぬ貴様のような獣が我々に勝てるワケがない!!
いや、そもそもこのオレに……勝てるモノかああああああ!!」
ベルグリンダの胸部から深紅の魔力の奔流がイスカリオスに向かって発射される。
僕がイスカリオスに対して放っていた魔術とは威力の桁が違う。
いかに鉄壁の防御であろうとあれをまともに食らってはーー
「【我は人類の剣也――セイヴァー・イスカリオス】」
呟くようにイスカリオスは唱え、向かってくる魔術の奔流に剣を突き立てる。
ベルグリンダが放った強大な魔力は八つ裂きにされ、切り落とされた肉片のように力を失っていく。
一方、イスカリオスは魔力を切り裂きながら突撃する。
「これで終わりだ」
「イスカリオオオオオオスッッ!!」
イスカリオスの振るった剣がベルグリンダの首を落とした。
頭部はゴロゴロと地面を転がり、化石のように干からびた体は地面に伏した。
「調子に……乗るなよ……」
首だけになったベルグリンダはイスカリオスを睨んでそう呟いた。
「貴様の力では……他の魔王の……足元にも及ばん……
そんな貴様で人類最強?
ククク……哀れで笑えてくるわ」
力なく笑うベルグリンダの頭にイスカリオスは足をかけて、
「無力だからこそ努力し、哀れだからこそ他人を救おうとする。
勝利に繋がる運命の糸はそういう者によって手繰り寄せられるのだ。
現に貴様もそうやって滅ぼされたろう」
イスカリオスの言葉にベルグリンダは哄笑する。
「クハハ……その糸とやらが繋がっている先に何があるのやら……
もはや我々が……貴様を葬り去ることすら必要ない……
人類は自らの手で滅びの道を歩むのだ……
哀れなり……イスカリオス……
英雄の……末裔どもよ……」
ベルグリンダはそう言い残して事切れた。
同時にイスカリオスはその頭から足を外した。
「……宿敵の首を取ったというのに然程嬉しくもないものだな」
イスカリオスはそう言って、僕に剣を返した。
「思ったより早かったな。
どういう手を使った?」
僕の問いにイスカリオスは首に手をやりながら答える。
「信号を見た瞬間に手頃な剣を引っ掴んで、ここにまっすぐ向かった。
魔力放出で跳躍しながら、文字通りまっすぐにだ」
そう言って、彼は背後を振り向き山の麓にある帝都を見降ろした。
直線距離としてもかなりの距離だ。
魔力を垂れ流すようにあの距離を飛んできたというのであれば、イスカリオスの消耗は軽くないはず。
だが、目の前にそびえ立つ男はその様子を微塵も見せない。
「超越者か。
僕ではまだまだ至れない領域だ」
僕を横切るようにしてイスカリオスはメリアの元に向かう。
彼はメリアの傷と顔を少し見比べて、そっと抱き上げた。
その行動に僕の胸がざわつくが、僕の左腕は再生ができないレベルで壊れている。
これでは抱きかかえることが出来ないから仕方がない、と自分に言い聞かせる。
「貴様には聞きたいことが山ほどある。
治療院に向かえるなどと思うなよ」
僕を見向きもせずにそう言ったイスカリオスに対し、
「分かっている」
と答えた。