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第76話 戦場の無慈悲に僕は追い詰められる。

 情報を引き出すためとは言え、アスラーダを倒すのに時間をかけすぎた。

 腹の傷の治癒を妨げない程度の速度で走っており、なかなかダリル王子たちには追いつかないが、道中の様子から察するに戦闘の形跡はない。

 どうやら、アスラーダ以外のホムンクルスがあの場にいたという可能性は低そうだ。


 僕はダリル王子達がニルス村に到着していると推測して、近道をしようと村の直上にある崖の先に向かった。


 だが、崖にたどり着いて、そこからニルス村を見下ろした僕の目に入ってきた光景は――



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『な、なんじゃこりゃあああああああ!!』


【転生しても名無し】

『嘘だろ……』


【◆助兵衛】

『コイツはアスラーダの言っていたことの裏付けが取れちまったって感じだな』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 僕の今いる場所から100メートル下方にあるニルス村では火の手が上がっていた。

 いたる所に人間の死体が転がり、それらを踏みつけながら歩いているのは魔王軍と思われるオークやゴブリン、スケルトンの群れだ。

 何体かオーガまで混じっている。

 その数は……



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『見えるだけで208体……

 中隊規模以上の軍勢がこんな帝都の近くまで来ていたのか!?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 今まで何の動きもなかったサンタモニアのホムンクルスであるアスラーダの襲撃と魔王軍による帝国内部への攻撃作戦が同時に発生する。

 こんなことを偶然の一致で片付けられるわけがない。


 僕は確信する。

 サンタモニアは魔王軍と手を組んだ。

 そして……イフェスティオ帝国に対する侵攻は既に始まっている!


 僕は崖の斜面を滑るように駆け下りる。


 村の入口付近に生存している民間人が集まっており、その周囲に兵士たちが守るように陣取っている。

 だが、あの数の敵をダリル王子の警護隊とニルス村の警備の兵士だけで迎え撃つのは不可能だ。


 駆け下りる最中、魔術師が上空に【信号】の魔術を放ったのが見えた。

 赤い光の玉は『緊急事態、援軍を求む』の意味を持つ。

 今さら間に合うわけがない。

 帝都からここまでは距離が離れすぎている。

 援軍がたどり着く頃にはここにいる兵士も非戦闘員も一人残らず全滅しているだろう。



 僕は斜面を強く蹴って跳んだ。

 泳ぐように宙を舞って、2体のオークに取り押さえられている女騎士の目の前に着地する。

 そして、即座に剣を横薙ぎに払う。


 オークの首が2つ続いてちぎれ飛び、女騎士は解放される。


「さ、サー・シルヴィウス!?」

「後ろに下がれ!

 あなた一人では分が悪い!

 複数で組んで各個撃破に専念しろ!」


 僕の言葉に女騎士は首を縦に振り、後ろの警備兵達に合流する。

 同様に僕は戦線を駆け巡り、分散した兵士たちを援護し、後方で合流させていく。


 すると、後方に避難している民間人から声が上がった。


「クルス様ああああああ!!

 頑張ってくださあああい!!」


 帝都から来ていると思われる貴族衣装の令嬢から声援を受ける。


「クルス様が来てくれたのなら安心だ!

 俺たち、助かるぞ!!」


 ニルス村の住民であろう男が周りや自分に言い聞かせるようにそう叫ぶ。


「クルスさま! クルスさま!

 どうか……おかあさんのカタキを取って!」


 ……リムルよりも小さい、返り血で汚れた服を着た少女の悲痛な叫びが耳を打つ。

 僕は胸に痛みを感じる。

 あの子供は自分の母親が殺される瞬間を目の当たりにしたのだろうか。

 憎しみに心を染め上げ、僕に助けを乞うているのか。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『うわああああああ……

 ホムホム頑張ってくれええええ!!

 みんなを守ってやってくれよ!!』


【転生しても名無し】

『ホムホムならやれる!

 だって超越者レベルの力を持っているんだろ!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 妖精たちは傷つき、助けを乞う人々に共感して僕の力を求める者()()()



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆まっつん】

『お前ら勝手なこと言うなよ!!

 ホムホムだって死ぬかもしれないんだぞ!!

 力を持ってるからって全ての責任を負わせるんじゃねえよ!

 メリアちゃんが言ってたこと忘れてるのかよ!?』


【◆オジギソウ】

『お母さん殺された子供がカタキをとって、なんて叫んで泣いてるんだよ!

 それを放っておけっていうの!?』


【◆助兵衛】

『俺は撤退を推奨する。

 ホムホムがダリル王子とメリアと……可能ならばリムルを抱えて撤退。

 それならば策を用意できる』


【転生しても名無し】

『俺、ここで偉い人とか自分の仲のいい人だけ助けるためにみんなを見殺しにしたら、ホムホムを見損なうわ』


【転生しても名無し】

『↑お前そういう事言うなよ!!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 お前ら、黙れっ!!

 余計なことを口走るな!!

 戦闘支援に集中してくれ!! 頼むから!!


 僕は今までにないほどに苛立っていた。

 今置かれている絶望的な状況とこれから帝国に押し寄せるだろう未曾有の危機。

 どちらも僕の力では覆せない。


 何が最強のホムンクルスだ、何が英雄だ、何がメリアを守るだ。


 視界の端々に人の死体が転がる。

 真新しい死体に目を向ける。

 もしかしたら僕がアスラーダを手早く片付けていれば、あの死体は生まれなかったのかもしれない。


 僕は間違えたのだろうか。

 僕は今、間違えてはいないだろうか。


 合理的に導き出したはずの行動(答え)に疑念が生まれる。


 一体、僕はどうしてしまったというんだ!?



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆野豚】

『戦闘支援じゃないけど発言するよ。

 ホムホム、君は感情を持ちすぎた。

 ちょっと前の君なら、あの少女の叫びに心を揺さぶられなんてしなかっただろう。

 君はメリアちゃん達、君の周りの人間たちを通して人間という種を愛しすぎたんだ。

 赤の他人の感情に寄り添えてしまうくらいに』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 余計なことを言わないでくれ。

 お前の言う通り、感情が荒れて剣筋が乱れている。

 僕は強くなってなんかいない。

 今の僕はものすごく脆い。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆野豚】

『守るものがあれば人は強くなれる。

 ある意味正しくて、ある意味嘘だ。

 君が守りたいものは君の心の急所でもある。

 君はとても弱くなった』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 眼の前で兵士が殺された。

 間に合わなかった。

 僕は死んだ兵士の槍をむしり取るようにして掴み、彼を殺したゴブリンを刺し殺す。

 見も知らぬ兵士の死にすら、怒りと悲しみが湧いてくる。

 こんな状態で……僕は満足に戦えるのか?


 自問自答が渦巻く、頭の中で、割り込むように野豚が言葉を叩きつけてきた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆野豚】

『でも、その弱さは無駄なものじゃない!

 何故、アスラーダが君の域までたどり着けなかったのか!?

 経験値の大小なんて些末なことだ!

 それは心を持たなかったからだ!

 彼は強くなりたいと思わなかっただろう。

 それは向上心が、意志が、矜持がなかったからだ!

 君は心という弱さを昔から抱えていた!

 メリアちゃんという最愛のものを失うことに対して!

 だから君は強くなれた。

 君がもっと弱くなったのならそれを補えるほど強くなればいい!!

 君の周りにもそんな人がいるだろう!

 イスカリオスなんていい例じゃないか!

 彼は生まれの負い目や部下たちを殺すという負い目を抱えこんでアレだけ強い戦士になった!

 彼にできて君に出来ないわけがないはずだ!

 考えろ! 今君のできることを考えて戦って強くなれ!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ……長々と喋ってくれる。

 こっちは戦闘中だぞ。



 兵士たちの頭上を超えて、怪鳥が民間人の群れに突っ込んでいく。

 間に合わない。

 また、目の前で人が死んでいく……


 僕は巨大な翼を広げて滑空する怪鳥を目で追っていたが、詠唱を紡ぐ聞き慣れた声が僕の耳に届いて、ハッとする。


「【輝かしき覇道、一片の歪みなし。

 栄光の名を我らの手につかむため――舞え(フルール)】」


 人だかりの中から空に打ちあがるような軌道で石が放たれ、怪鳥の腹に直撃し、爆発した。

 力尽きた怪鳥は地面に落ちる。


 閃光石……それにあの声……


「クルスさん!!

 ここにいる人たちは私が守ります!

 だから、心配しないで!」


 人だかりの中でピョンピョン跳ねてこちらに顔を見せながら叫んでいるメリア。

 とても戦うことには向いていない彼女がさらに弱い人々を守るために、戦っている……


 僕は……何を考えていた!?


 握りこぶしを作り、自分の頬を叩く。

 痛みはあるけど、それだけだ。

 僕はホムンクルスだ。

 体の危険を察知するために痛みは存在するが、それに怯んだりはしない。

 だったら心の痛みにだって怯まず立ち向かおう。


 剣を体の正面に掲げて目を閉じる。

 今、この場において僕は剣となる。

 傷にも痛みにも恐怖にも怯まない、折れない剣に。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆助兵衛】

『腹は決まったか?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ああ。

 メリア達を含めて、できる限り多くの人を救う。

 あの夜……妖精にも見られていないあの時、メリアと交わしたあの約束を果たす。

 そのために命を懸ける。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆助兵衛】

『相わかった。

 ならば策を授けてやる。

 頑張れ、ホムホム』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 助兵衛は即座に作戦を僕の頭の中に表示した。

 その速さから僕が腹を決める前から考えてくれていたのだろう。



「メリア!! みんなを祭場の方に避難させろ!

 あの敵は排除した!

 確認した限り脅威になる敵はいない!」


 僕はメリアに指示を出す。


「騎士団長! 民間人を守りながら、分散させずに戦線を後退させろ!

 数の不利は地の利で補う!

 開けたこんなところじゃなくて狭い山道で敵の進軍を阻みながら撃破するんだ!!」


 僕は指揮を取っている騎士団長にも命令する。

 彼は僕よりも身分が上だ。

 素直に聞いてくれればいいが……というのは杞憂に終わる。


「承知した!! 全軍後退!!

 敵に背を向けずに後退せよ!!」


 と、騎士団長は叫び兵士たちはそれに従う。



「やりますねえ! さすがクルス殿!

 いずれは将軍閣下も夢ではないですな!」


 僕は弾かれたように声の方を向く。

 ガルムが槍を血に染めて村の奥の方から悠然と歩いている。

 その背後には逃げ遅れたところを救出されたと思われる人々が、隠れるようにして歩いている。


「ほら、そなたらもあちらの人々と合流しなさい。

 走って!」


 ガルムがそう声を掛けると、背後にいた人たちは山上に向かう民間人の群れを追って走っていく。

 その様子を見送るガルムに5体のゴブリンが一斉に襲いかかる。


「でやあああああああ!!」


 叫び声を上げてガルムが槍を振り回す。

 巨大な槍はゴブリンたちの頭部を木っ端微塵に叩き割った。


「予想以上の手練だな、ガルム殿」


 僕は素直に彼の技量を称賛し、その背中についた。

 背中合わせに立つ僕たちは、片っ端から押し寄せてくる魔物たちを切り捨てていく。


「冒険者連中が最初に思い描く夢が何なのか知っていますか?

 それは英雄となることです」


 ガルムは余裕ぶって僕に喋りかけながら槍を振るう。


「大抵のやつは現実を知って、女や酒に溺れたり、身の丈に合った仕事をしている内に夢を失っていくんですが……私は現実を知れなかったタチでね。

 今でもその夢を追いかけているのです。

 だからこの状況は私が求めていた最高のチャンスです!

 ともに英雄になりましょうぞ!」


 勇ましいガルムの言葉に僕は思わず、


「あなたは女に溺れていないとは言えないだろう」

「……ハハ」


 僕の叩いた軽口にガルムは乾いた笑いで返す。



 しばらくして、僕らが守っていた警護兵や避難民たちは戦場から脱出した。

 これで弱い人間を庇いながら戦う必要もない。

 あとは、この村にいる魔物たちを一掃するだけだ。


 ガルムが無事だったこと、しかも思いの外に腕が立つ。

 これは大きい。

 あとは、


「ベイルバインは?」


 僕はガルムに尋ねると、ガルムは街の方を顎で指して、


「アイツなら――」


 ドゴオオオオオン!!


 ガルムの声を遮るように巨大な爆発音が響き渡る。

 僕たちが昼食を摂った食堂が巨大な火柱に変わっている。

 燃え盛る炎の向こう側には何十体ものモンスターの焼死体が見えた。

 そして、その光景を背に人影が空を舞って僕たちのもとにやってきた。


「フン。ようやくお戻りか。

 別に貴公がいなくとも僕一人で十分なのだがな。

 いるのなら肉壁程度には使ってやろう」

「ベイルバイン殿……

 大口をたたくだけあって大した魔術の使い手だな」


 僕は思わずそう呟く。


 ベイルバインが使ったのはおそらく【爆裂魔術】。

 炎の拡散と物質を引き裂くように破壊する衝撃を同時に行使する攻撃力の高い魔術だ。

 しかも建物を一つまるごと吹き飛ばすレベルとは……


「そうであろう。

 ちと数が多いので魔術の無駄打ちはしたくなくてな。

 一所に集まったところを狙った。

 戦術的観点を併せ持った高位の魔術師は一人で一個大隊に相当する。

 貴公の胸に刻みこんでおけ」


 傲岸不遜な態度は一切崩さない。

 だが、予想以上に彼も凄まじい使い手だ。

 これならば押し切れるかも知れない、と期待をしたがーー


「フハハハハハハハッ!!

 人間の魔術師にしてはやるではないか!!」


 先程の爆発音にも劣らない大きな高笑いが炎上する建物の中から聞こえた。

 僕たちは一斉に建物の方を向く。

 すると炎は煙のように消え失せ、焼け落ちた建物と数十体の魔物の死骸、そして筋骨隆々とした赤い肌の魔人が姿を現した。

 しかも、その魔人は何事もなかったかのように腕組みをして仁王立ちしている。


「なん……だと」


 ベイルバインは目を見開いて驚いている。

 あの魔人は建物の中にいて、ベイルバインの爆裂魔術を食らったはずだ。

 なのに、ダメージは殆ど無いように見える。


「チッ! ならば!

【其れは空より降り注ぎ、地を穿つ――レブ・ミーティア!!】」


 ベイルバインのかざした手から金色の光の球が尾を引くようにして魔人に向かっていく。

 魔術はたしかに魔人の胸に直撃した。

 だが、金色の光はまるで泥団子のように魔人の胸に当たった瞬間崩れ去る。

 当然、魔人は眉一つ動かさない。


「ど、どういうことだ!?

 鉱山の岩盤をも掘り進む僕のミーティアが効かない!?」


 ベイルバインは狼狽え、後退りする。


「クルス殿! どうやら奴は魔術に対する耐性がある模様!

 一旦下がりましょう!」


 ガルムの提案に賛同するが、その前に――


「ベイルバイン殿!

 頼みたいことがある!」


 顔をひきつらせているベイルバインは無言で僕の方を見る。


「あなたの飛行魔術で帝都まで戻ってイスカリオス将軍を連れてきてくれ!

 彼がいれば状況を打破できる!」


 そう。僕がベイルバインを探していた理由はこの事を頼むためだった。

 ここから帝都まで空を飛んで直線的に移動することができれば、さほど時間はかからない。

 敵の強さは未知数だが、イスカリオスならば――


「ふざけるな」

「は?」

「ふざけるなふざけるなふざけるな……

 ふざけるなああああああああああ!!」


 ベイルバインは両腕を前に突き出して魔力を集中させる。


「ベイルバインっ!?」

「イスカリオスに頼れだと!?

 おめおめと力不足を認めて媚を売れと!?

 ふざけるなっ!!

 そんな真似をするくらいならこの場で刺し違えたほうがマシだ!!」


 バチバチとベイルバインの高まる魔力が彼の腕を包む。

 一体何をするつもりだ?


「ほう。その魔力の波長は【広範囲型爆裂魔術】。

 しかも、【対軍規模】か。

 脆弱な人間の身でよくぞそこまで鍛え上げたものだ」


 魔人は一目でベイルバインの練り上げる魔術を看破した。

 ベイルバインは悔しそうに顔を歪める。


「やめろ! ベイルバイン!

 そんな魔術を使えば村が吹っ飛ぶぞ!!

 逃げ遅れたり、家に隠れ潜んでいる民を巻き込むつもりか!」


 ガルムはそう叫ぶが、ベイルバインは不敵に笑い出す。


「ヒヒヒ……

 この状況で逃げ遅れている者など知ったことか。

 僕の大魔術を下民や無能に邪魔されてなるものか……」

「なっ!?」


 僕は思わず声を上げる。

 ベイルバインの発言は常軌を逸している。

 その発言を聞いて愉快そうに笑う魔人。


「フハハハハ!

 貴様が魔族に生まれなかったのが残念だ!

 先程も人間を餌にあの建物に我々を誘い込むなど、なかなかの軍略家ぶりだったぞ!」


 魔人の言葉に僕は再び耳を疑う。

 そして、再び燃え落ちた建物の中を見る。


 ……魔物の死骸に紛れて、何本か黒焦げの人間の手足が見える。

 ベイルバインの魔術に焼き殺されたのか、その前に魔物に蹂躙されてしまったのか、今となっては知る由もない。

 僕の隣にいるガルムのこめかみに血管が浮かび上がった。


「ベイルバインっ!!

 貴様ああああああああああ!!」


 ガルムがベイルバインに掴みかかろうとするが、強大な魔力に阻まれて触ることすら出来ずに弾かれてしまう。


「死ね死ね死ねえええええ!!

 僕のジャマをする奴はみんな死んでしまええええええ!!」


 目を血走らせ、つばを飛ばしながら叫ぶベイルバインを魔人は黒目のない瞳でじっくりと眺めている。


「見どころはあるが、所詮人間だな」


 魔人は手をかざし、拳を握り込んだ。

 たったそれだけの動作だった。


「う……うあっ!?

 な、なんだ!? なんだあああああああああ!!」


 ベイルバインがいきなり動揺しだした次の瞬間、ブシャッと果物を潰すような音がして、両腕が血を吹き出して潰れた。


「うぎゃあああああああ!!

 痛いっ!! 痛いいいいいい!!

 僕の! 僕の腕があああああああ!!」


 潰れた腕はもとのサイズ何分の一に縮んで千切れている。

 いったい、何が起こった!?


「フフ。やはり人間はそのように泣きわめいている姿が一番お似合いだ。

 分不相応な魔術を使おうとするからそのような目に合うのだ」


 魔人は鋭利な牙が生え揃った口を三日月状に歪めて、僕たちに向かってゆっくり近づいてくる。

 僕とガルムは武器を構えるが、腕を失い、その痛みでのたうち回るベイルバインは近づいてくる魔人の恐怖に完全に心を折られた。


「う……うわあああああああ!!」


 ベイルバインは空を飛んで一目散に逃げ出した。


「オイ! てめえ!!

 さんざんやらかして逃げるのか!?」


 ガルムの糾弾など耳に入らないらしく、悲鳴を上げながら空を飛んでいく。


「安心しろ。逃しはせんよ」


 魔人はそう言って、ベイルバインに向けて手を伸ばし、拳を握る。


 すると、空を駆けるように飛んでいたベイルバインはピタリと空中で動きを止めた。


「知っておるか? 人間ども。

 貴様らが使っている魔術のほとんどは1000年前、魔族から流出した知識を元に作られておる。

 ゆえに、オレのような生粋の魔術師であれば、お前たちの魔術理論は原典から全て知りつくしておるし、それの()()()もこのとおりだ」


 糸が切れた操り人形のように、ベイルバインはちぐはぐに四肢を振り回しながら落下する。


「ああああああああっ!!

 母上っ!! ははうえ!

 ははうええええええええ!

 たすけてえええええええっっ!!」


 崖下に落ちていったベイルバインの断末魔の悲鳴は、すぐに聞こえなくなった。

 彼が落下した地点は切り立った岩が乱立していたはずだ。

 死体が形を留めていることすら期待できない。


 僕は魔人を睨む。

 その後ろには屈強なオーガが10体付き従っている。


「ガルム。オーガと戦った経験は?」

「冒険者時代に何度か……

 タイマンでも勝ちましたが、複数を相手にするとなると……」


 マズイな、計算が合わない。

 あの魔人は自身を魔術師と称していた。

 オーガを前面に出して、後方から援護するのが基本戦法と思われるが、あの体を見る限り、白兵戦が出来ないわけではないだろう。

 僕とガルムだけでは戦力も戦術の幅も不足している。

 勝ちの目が見えない。


「クルス殿……頼みがあります」


 いきなりガルムがそんなことを言い出す。

 気取っていると思えるくらい落ち着いた声音に、僕は嫌な予感しかしない。


「私は足が遅い。故にこの場に残ります。

 だから……クルス殿は逃げた民の中から王子を連れて逃げてください……」


 引きつった笑みを浮かべ、肩を震わせながらガルムはそう言った。

 僕はガルムを睨みつける。


「あきらめるな。

 最後まで手を考えろ」

「あきらめておりませんよ。

 英雄となる夢は……!」


 ガルムは大仰に両腕を開いて僕に語り掛ける。


「私の犠牲でダリル王子が助かって……

 かの王子が皇帝になられる日があれば、王子を救った我が名は英雄として語り継がれましょう。

 先行投資というやつです」

「僕は……ダリル王子だけを助けない。

 みんな、目に映る人はみんな助けたい。

 あなたの願いは聞き届けられない」


 僕はガルムの望みなど聞かない。聞きたくない。

 だって、ガルムの望みは英雄になることなんかじゃなくて、女性とお付き合いしたり、添い遂げたりすることだろう。

 それに彼は僕やメリアを庇って怒ってくれるような良い人間だ。

 これからも僕は彼に会いたいと思う。

 だからこんなところで――


 ガルムは微笑んで僕の肩に手を置く。


「ほんの数日でしたが、あなたに出会えてよかった。

 この世のものと思えぬほど美しい方に恋をして、武の極みともいえる戦いに立ち会えて、英雄の道を進む騎士と背中合わせで戦場に立つ誉れをいただいた。

 私の人生を彩る、たくさんの華をあなたが私に見せてくださった。

 ありがとうございます。

 クルス殿」


 彼はそう言って地面を蹴った。


「ガルム!!」

「クルス殿! 我が槍技を以て敵の手の内を晒す!

 とくと照覧あれ!!」


 ガルムはまっすぐ魔人に向かっていく。

 魔人は指先から魔力の弾丸を放ち、ガルムの体を撃ち抜く。

 だが、ガルムは急所への直撃をギリギリで外しながら突き進み、槍の間合いに魔人を捉えた。


「キエエエエエエエエエエエ!!」


 高速の槍の突きと薙ぎの連続技。

 魔人は魔力を纏った両腕でそれを弾く。

 だが、余裕はなさそうだ。

 僕が応援に入れば押し切れる、と思って足に力を込めたその時だった。

 得体の知れない魔力のひずみが魔人の懐に集まっていることに気づく。


「【ディア・ネイル】」

「ガルム……下がれっ!!」


 僕の叫びと魔人の詠唱はほぼ同時だった。

 ガルムの槍の一撃が魔人に届いたその刹那、魔人の懐から何十本もの長い骨のようなものが突き出し、ガルムの全身に突き刺さった。


「クク……この一撃、確かに受け止めたぞ。

 あの世でオレに傷をつけたことを誇るがいい」


 魔人の胸から伸びるその骨は、肉食獣の咀嚼のように左右に噛み合わされ、ガルムは……形を留めない肉塊になり果てた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『うええっ……

 ミンチよりひでえ……』


【転生しても名無し】

『嫌だ……もう嫌だよ!

 見てられないよ!!』


【◆助兵衛】

『邪魔したくないなら黙って消えろ。

 ホムホムの命も風前の灯火なんだぞ』


【◆野豚】

『心を強く持って。

 あと破れかぶれになるな。

 君が死ねば、ガルムの死は無駄死にとなる』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ……分かっている。


「ガルム……っ!

 無駄にはしない……絶対にしない!!」


 言葉にすることで、自身の気持ちを高め、思考を明確にする。


 ガルムの捨て身の攻撃が教えてくれたことは2つ。

 一つはあの魔人は魔術で肉体を変化させられる、もしくは肉体に武装を施せる。

 おそらく、胸だけでなく他の部位にも同じようなことが出来るはずだ。

 もう一つは、奴の白兵戦での能力はそこまで高くない。

 せいぜいガルムと同等かそれ以下。

 魔術に気をつけて、死ぬ気で飛び込めば勝機がないわけではない。



 僕は覚悟を決める。

 突撃しようと魔人を睨みつけたが、奴は首を傾げている。


「フム……貴様、魔力の流れがおかしいな。

 人間、いやホムンクルスか。

 サンタモニアの人形が何故、我々に刃を向ける?」


 コイツ……僕をサンタモニアのホムンクルスと勘違いしている?



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆ミッチー】

『チャンスだ!!

 ホムホム! 俺が言うとおりに話をしろ!

 上手く行けばみんなを助けられる!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ……分かった。お前に任せる。


 僕は剣を納め、魔人に向き合う。


「人間に見つかるといろいろ厄介でな。

 あなた方と戦う人間のフリはしておかなければならない」


 僕の言葉に魔人は笑みを浮かべる。


「大したタマだな。貴様も。

 では、逃げた人間どもの狩りに付き合うか?」

「いや、あなた方は深追いしないほうがいい」

「どういう意味だ?」


 食いついた。

 僕は言葉を続ける。


「常勝将軍イスカリオス。

 その名前は知っているか」

「フン……名前と言わず戦場で相まみえたことすらあるわ。

 オレのような魔術師はすこぶるヤツとの相性が悪い。

 できることならば戦いを避けたい相手だ」


 忌々しげにつぶやく魔人。

 僕は確信した。

 コイツはイスカリオスよりは弱い、と。


「そのイスカリオスがまもなくここに到着する。

 元々、奴は今日の警護に参加する予定だったのだが諸事情で遅刻しているのだ」


 魔人は目を細め、僕に問う。


「先程、イスカリオスを連れてこようと魔術師を飛ばそうしていたのは?」

「ブラフだ。

 あの男はイスカリオスに並々ならぬ反感を抱いている。

 ああ言えば、錯乱して自滅するのが目に見えていた。

 まさか、アレほど無様な死に様を見せてくれるとは思いもよらなかったがな」


 僕の言葉に魔人は気を良くしたようで、口元に大きな笑みを浮かべる。


「なるほどな。

 面倒そうな務めだがしっかりやれ。

 貴様のいうとおり、イスカリオスとやり合うのはうまくない。

 逃げた連中はお前が始末してくれ」

「仰せのままに」


 僕の返事を受けて魔人は踵を返し、山を下る道に向かった。


 上手くいったのか……?



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆ミッチー】

『多分……な』


【転生しても名無し】

『ミッチーGJ過ぎて草www

 お前詐欺師になれるわwww』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 たしかに僕もみんなも助かったかも知れない。

 だけど……それまでに払った代償は大きすぎる。

 いったい、何人死んだ?

 ベイルバインやガルムのような優秀な戦士も失った。

 これから、魔王軍とサンタモニアの連合軍と戦わなければならないという時に。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆助兵衛】

『お前まで死ななくてよかった。

 そう考えておけ』


【◆野豚】

『うん……

 薄情かも知れないけど、俺達はホムホムが一番大事だから』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 心なしか妖精の数が少ない気がする。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆マリオ】

『さすがにアレだけ人死にを見せられると無理な奴も多いから。

 俺は結構耐性ある方だけど、ぶっちゃけ生理的にキツイ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 妖精たちもまいっているようだ。

 だけど、僕はそう言っていられない。

 祭場に逃げたメリアたちを助けに行かなくてはいけないんだ。


 自分に言い聞かせるようにして、足を山道に向ける。

 持ち上げる足はいつもより重く、視線は自然と足元に下がっていた。

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