第75話 僕は弟と戦う
目の前のホムンクルス……アスラーダは高慢な笑みを浮かべ無造作に武器を持った両手を投げ出している。
最新型……しかもワンオフ機と言うだけあって放たれたライト・スティンガーの威力も相応のものであった。
僕達エルガイアモデル10体分の戦力を有していると推測できる。
「その最新型が何の用だ?
サンタモニアによる帝国への宣戦布告と見て良いのか」
「サア? オレにとっては国の意向なんザ知ったこっちゃネエし、ただ命令を受けたからここに来ただけだ。
裏切り者の野良ホムンクルスを抹殺しろってな!」
そう言って、アスラーダはもう片方の手にも剣を握り、僕に向かって飛び込んできた。
僕は一本の剣で彼の攻撃をやり過ごす。
「やるじゃネエか。
アンタも大概経験を積んできているらしいな?」
「経験? 何のことだ?」
「クカカカカカ!
何も知らねえウブな顔するナヨ。
第9世代以降は戦闘経験を学習する機能が取り付けられているンダ。
オレの攻撃をしのいだのガその証拠。
もっともその破損では自動治癒をフル回転させネエといけないダロうがな!」
アスラーダは執拗に2本の剣で腹部の傷を狙ってくる。
ぼくはたまらず、といった感じで後ろに大きく飛び退いて距離を置く。
「ケキャア!!」
叫び声を上げてアスラーダは片方の剣を僕に向かって投擲する。
まっすぐ顔面に向かって飛んできた剣を首を捻って避けるが、頬をかすめてしまう。
続いて、アスラーダは空いた手に魔力を集中させ、
「【ライトニング・ペネトレイター】!」
大出力の魔力の光槍を放った。
「チッ! 【ライト・スティンガー】!」
僕は左手に魔力を纏い、アスラーダの光槍を受け止める。
波長の同じ魔力同士がぶつかりあうことで発生する反発力を受けて僕は大きく横に転がった。
「クカカカカ!
よく動くし、よく頭が回ル!
生存機の異名は伊達ジャねえってカ!?」
高笑いをするアスラーダ。
やはり僕のことをアイゼンブルグ救出作戦の生き残りと知っている。
それにこの帝都までたどり着いていること……
「お前こそ大した性能だな。
国境付近の魔王軍を突破するのもワケないってことか」
「突破? そんなもん必要ネエよ。
奴らにとってお前らガ最優先の抹殺対象だからな」
「最優先だと?
魔王軍は敵の区別をして侵攻していると?」
僕は驚いた顔でアスラーダに問う。
アスラーダは再び高笑いを上げ、
「クカカカカカカ!!
奴らは兄様が思っているより知性的ダ!
会話もできれば、交渉だって応ジル!」
「交渉……まさか!?
いや……そんなことは……だがしかし……」
「兄様兄様! まるで人間みたいに分析と願望をゴッチャにしているのカイ!?
それとも演算装置にガタが来ているのカイ!?
1年以上可動しているホムンクルスなんて、レアモンだからナ!
一体ナカミがどうなってるんだカ。
良い実験データとマスター達も喜んでくれるダロうな!」
アスラーダは地面を蹴って、僕に飛びかかってくる。
体勢を立て直していなかった僕を押し倒して、アスラーダが馬乗りになる。
「取ったゼ! 兄様の負けダ!」
「くっ……」
体と腕を押さえつけられた僕はそれでもアスラーダを睨みつける。
抵抗の意思と殺意をこめて。
だが、アスラーダはそのことに何の反応を示さず、自分の語りたいことを語る。
「旧型にしてはなかなかだったゼ!
これまで100を超える同胞たちを壊してきたガ、兄様は上物ダ!」
「……戦闘経験を積むためにホムンクルスを破壊してきたのか?」
「そうサ! 俺はマスターのお気に入りだかラな!
効率的に戦闘経験を蓄積するために来る日も来る日も壊し続ケタ!
その度にオレは強くナッタ!
今や超越者とも戦える究極の戦闘兵器ヨ!」
誇らしげにのたまうアスラーダ。
メリアの刻印にあったとおり、相変わらずイデアの部屋の連中はホムンクルスに非道な運用を課している。
「お前は何も感じなかったのか?
同胞だぞ!
同じ使命を持って生まれてきた仲間だろう!
どうして、そんなに誇らしげでいられる!
動物の肉を食らって自らの血肉に変える……
そんな程度にしか感じてないのか!?」
僕はアスラーダを見上げて怒鳴る。
だが、またもや表情に反応は現れない。
「兄様は本当にホムンクルスなのカ!?
生まれてきただの、血肉だの、オレたちに関係のナイ言葉ばかり使っテ!!
やはり故障シチマッタノかな?」
侮蔑でも疑問でもない、ただの文字の羅列。
コイツは言葉を使っていない。
油断は禁物だが……底が見えた。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆助兵衛】
『ん。もういいんじゃね。
出来損ないから得られる情報はこんくらいだろ』
【◆ミッチー】
『新型だの、ワンオフ試験機だの、ホムホムの生存を確認しているだの、魔王軍との交渉だの……
ベラベラと冥土の土産のつもりかよ』
【◆オジギソウ】
『さあ、ホムホム!
やっておしまい!』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
そうだな。
「アスラーダ……お前は運がいい。
心が目覚めるようなキッカケがなかったのだから。
もし、僕がお前の立場なら故障するくらいに心を痛めていただろう」
僕は心底アスラーダを憐れむ。
当然、アスラーダは僕の言葉の意味を理解していない。
「兄様は運が悪イ!
今日、ここに居合わさなければオレに見つからずに済んだのニ!
こうやって壊されるコトモっ!」
アスラーダはそう言って、剣を逆手に持ち、振り上げる。
僕は慌てることもなく魔力回路を稼働させる。
「そのにやけた顔は死んでも治らないのか……試してやる!
【ライトニング・ブレイズ】!!」
僕は両腕に紫電を纏う。
広範囲に広がる人工の雷撃は僕の体を包むように走る。
「ナッ!?」
アスラーダは危機を察知し、僕から飛び離れる。
同時に僕はバク転の要領で体を起こし、剣を脇に構える。
「……何ダ、今の魔術は?」
「半年ほど前に僕が編み出した魔術だ。
船の中で集団に襲われた時に試してみた。
なかなか便利だろう」
僕の言葉にアスラーダは相変わらず胸を震わせて笑っているが、繰り出す言葉が表情と一致していない。
「作っタ? あり得なイ!?
魔術は習得するモノでホムンクルスが自ら作り出スなド!」
「なるほど。
僕はあり得ないことをやっていたのか。
最高傑作のお前でも出来ないようなことを」
と、挑発してみたが乗ってこず、先程投げつけた剣を拾いあげている。
「対象の危険度を更新ッ!
即刻破壊スルッ!」
そう叫んで、両手の剣を振りかぶって僕に向かって突撃してきた。
間合いは一瞬で詰まり、剣が僕の首を挟むように振り下ろされるが、
「グギャッ!」
僕の拳がアスラーダの顔面を捉えるほうが速い。
アスラーダは後ろに弾き返されてたたらを踏む。
即座に体勢を立て直し、高速で剣を振るうが、僕はその全てを弾き返し、拳打と蹴りで反撃する。
僕の打撃をくらい続けたアスラーダは次第に動きを鈍らせていく。
「ナゼだ!?
ナゼ当たらナイ!?」
驚愕の言葉をにやけながら発するアスラーダ。
僕はため息をつく。
「単純な性能差というやつだ。
今のがお前の最大出力なら、お前は僕に勝てない」
「バカナ!! オレの戦闘評価値は2478!!
エルガイアモデルの基本値は200程度のハズ!?」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆マリオ】
『あー、やっぱり戦闘力みたいなの測定しているんだ。
しかも俺の仮定した比率とほぼ合致してるし』
【転生しても名無し】
『ねえ、一覧みたいなのあるの?
見せてよ』
【◆マリオ】
『おk。ホムホムの分析と俺の独断と偏見で作った数値だけど、アスラーダの言った数字に合わせると、
イスカリオス:8000
魔王エステリア:8000?
ブレイド:5000
ソーエンの精鋭部隊の末席レベルのダグ:3000
ー超越者の壁ー
フローシア:2500?
テレーズ:2000?
森で戦った大蛇:1000
ククリ:800
一般的なソーエン人:500
バルザック:300
ホムンクルス:200
帝国の名の知れた冒険者:180
一般兵:100
て、感じかな。
?ついてるのは想像に拠るところが大きい人』
【転生しても名無し】
『マリオさんGJ杉!
てか、こう数値化されるとゲームっぽくて面白いなあ』
【◆助兵衛】
『ふむ。確かにいい見立てだな。
参考にさせてもらう』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
まーた、妖精たちが無駄話始めた。
逆に考えれば、この戦いの脅威度が低いということか。
再び突進してきたアスラーダ。
単調で、工夫のない突撃ばかり。
ブレイドなら怒り狂ってるだろうな。
「壊れロオオオオオ!!」
バサッ! バサッ! と二度。
剣が体を切り裂く音とともに、アスラーダの2本の腕が地面に落ちる。
「オ、オレノ腕がアアアアアア!!」
悲鳴、ではなく嬌声。
僕はこんなホムンクルスを作ったイデアの部屋の人間たちを軽蔑する。
「冥土の土産……だったかな。
アスラーダ、僕の弟よ。
兄弟として最後にそれをあげよう」
ビクトールとイスカリオスや、ベイルディーンとファルカスみたいな友愛の絆で結ばれた兄弟ではないが、アスラーダは感情を持った僕が初めて出会った同胞だ。
同じ連中に作られ、同質の力を持つ彼を弟と呼ぶことに抵抗はない。
もしかすると、僕もめぐり合わせによっては彼のようになっていたのかもしれない。
そう考えると沸き起こるのは憐憫の情だ。
「お前を初めて見た時、ついに感情があらかじめ搭載されているホムンクルスが誕生したのかと思った。
だが、それは勘違いだった。
お前は抑揚をつけて声を発しているに過ぎない。
無表情でないだけで、笑みしか浮かべられないのならばそれは表情がないのと一緒だ。
お前には感情が備わっていない。
だから、僕の言葉の持つ感情を汲み取れず、情報としてしか処理できない」
メリアと旅を始めてまもなく、僕は感情の芽生えを経験した。
バルザックやブレイドに出会い、人の感情も汲み取ることを学んだ。
ファルカス一座との芝居の稽古を通して、感情を言葉や表情に自然と乗せることができるようになった。
アスラーダにはそんな経験はなかっただろう。
「カンジョウ!?
そんなもの、ホムンクルスに……必要ナイ!」
「そうだな。
お前の境遇を考えればそうだろう。
同族殺しを義務付けられたお前に感情を持たせるのは危険で残酷過ぎる」
攻撃手段を失ったアスラーダは逃げようと僕に背を向けるが、駆け出す前に僕は彼の両足を切断する。
「もっとも、その用意された同族殺しで戦闘経験を得させるなんていうのが設計ミスだ。
自分より弱い相手を安全に始末することで得られる経験など知れている。
まして、同質の存在であるホムンクルスだ。
戦い方を工夫することもなく、スペックだけを向上させても強くはならない」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆オジギソウ】
『マリオの見立てでは今のホムホムってどれ位の数値なの?』
【◆マリオ】
『ああ、こないだのイスカリオスとの戦いでの経験値と2500近いアスラーダを圧倒しているところから推測するに……』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
僕は地面を這いつくばるアスラーダを見下ろし、威圧するように言う。
「森で出くわした大蛇、ブレイド、ダグ、魔王軍の部隊、魔王エステリア、イスカリオス……
僕がどれだけ死線をくぐってきたと思っている?
お前がサンタモニアの最強兵器ならば、サンタモニアは帝国の脅威になりえない」
僕の言葉にアスラーダは笑って答える。
「兄様はサンタモニアのどの個体よりモ強イ!
ダけど、魔王軍にはモット強い魔人たちがイル!
帝国は彼ラに蹂躙されルんダ!!」
アスラーダは体のバネを使って、僕に飛びついてきた。
自爆装置を使うつもりだろう。
サッと横に避けて、アスラーダを蹴り上げる。
上空に飛んでいくアスラーダを見上げながら、僕は剣の封印を2本外す。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆マリオ】
『俺の見立てでは今のホムホムの戦闘力は3500!
おめでとう!
超越者の仲間入りだよ!』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
それよりも対応頼むぞ、マリオ。
僕は剣を脇に構え、力を込める。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆KEN】
『おいおい、なぶり殺しなんてひどいじゃないか?』
(この間0.6秒)
【◆マリオ】
『同族殺しも人殺しもやっているコイツにかける慈悲はない。
否定論破』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
早すぎるマリオのレスにより剣の僕に対する阻害効果は発生しない。
剣を上空にいるアスラーダに向かって振り抜く。
斬撃により発生する紫紺の光は剣から解き放たれ、上空のアスラーダを両断する。
同時に自爆魔術が発動し、アスラーダの体は爆発飛散するが、その爆風は僕の元までは届かなかった。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆マリオ】
『よし、いっちょ上がり!』
【転生しても名無し】
『ホムホム△
あと、マリオすごいことやったっぽいけど……今の何?
誰?KENって?』
【◆マリオ】
『剣の封印解除第二段階の阻害効果とその対応だよ。
封印の糸を2本外すと、さっきみたいに【◆KEN】ってやつがホムホムに質問してくる。
それに俺たちが答えられなかったり、的はずれな答えをしてしまうと、ホムホムの思考回路が硬直してしまう。
だいたい2秒以内に答えられたら阻害効果は発動しないかな』
【転生しても名無し】
『2秒って……
そんなのタイピングだけでも無理じゃん……』
【◆オジギソウ】
『ハイ! 実際私は無理でした!』
【◆マリオ】
『レスを見てから打ち込むんじゃ遅いんだよ。
どういう質問が来るかあらかじめ予測して、解答をショートカットに入れておいてワンタッチで貼り付けないと。
俺はこの戦闘中に12パターンくらい回答作成してたんだぜ』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
無駄口を叩きながらよくできるものだ。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『無駄口と言えば、ホムホムもなんか饒舌だったね』
【◆助兵衛】
『情報収集だろ。
ホムホムの弟とは思えないくらい脇が甘くて口が軽かったからな。
煽れば煽るほど情報漏えいしてくれると思って話しかけたんだろ』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
ああ。あまりにも喋りすぎていたから情報の裏は取るべきだろうけど……
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆ミッチー】
『ああ……アイツが言っていることをつなぎ合わせて浮かび上がる最悪のシナリオ……
それは――』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
サンタモニア……イデアの部屋は魔王軍と取引をして、帝国を共敵と定めた可能性が高い。
僕は剣の封印を戻しながら、自ら出した結論に身震いした。
アイゼンブルグを奪回すれば、サンタモニアを牽制してアセンション計画ごとイデアの部屋を潰すことが出来る。
そのように考えた上で、帝国はアイゼンブルグ攻略作戦を計画している。
だが、サンタモニアが魔王軍に支配されたアイゼンブルグを防壁として活用しているだけでなく、そのバックアップまで行っているとすれば計画はすべて破綻する。
それどころか、魔王軍と共にサンタモニアが攻めてきたのなら、帝国が持ちこたえられる可能性は低い。
どちらか一方だけであればまだ対処のしようもあるが、強力な魔王軍の戦力が人類に対する知識と魔術研究の成果を持つサンタモニアと手を組むなど最悪にも程がある。
イスカリオスがやっていたような調略行為だって行われる。
そうなれば、帝国は内外に敵を抱え、あっという間に破綻する。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『超ヤヴァイじゃん!!
ど、どうしよう!?』
【◆助兵衛】
『とりあえず、事実確認だ。
お前の言う通り、アスラーダの言葉が真実とは限らない。
そもそも、そんなやり方で帝国を打倒してもサンタモニアも長くは保たん。
帝国が滅んだら魔王軍は矛先をサンタモニアにも向けるだろうからな。
イデアの部屋の連中が自分たちの研究を進めるには現在の均衡状態が最適のはず』
【◆ミッチー】
『だが、サンタモニアに十分な戦力があれば、帝国と戦って消耗している魔王軍を背後から叩き潰すことも出来るんじゃないか?
そうすれば、サンタモニアはこの大陸の支配者だ。
あのアスラーダとかいうホムンクルスもホムホムよりは弱いけど、並の兵士じゃ歯が立たない。
あんなものが量産されてしまえば魔王でも倒せるぞ』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
現状、アスラーダの言葉を信じるのならば、あのレベルまで鍛え上げた個体は多くないはず。
だが、サンタモニアの技術革新のスピードは尋常じゃない。
近い将来、超越者をも凌ぐ戦闘力のホムンクルスが生まれるだろう。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『ホムホム……一応突っ込んどくけど、そのホムンクルスって君のことだぜ』
【転生しても名無し】
『マリオの戦闘力の表を見る限り、ホムホムの成長速度は異常だよ。
もし、あと数回命がけの勝負に勝利すれば魔王とでも戦えるんじゃない?』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
あり得ない、とは言えないな。
既に僕はあり得ない存在らしいし。
とはいえ、これ以上ここで考えていても仕方がない。
逃げたメリアたちも気がかりだ。
急いで合流しよう。