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第70話 僕は決闘する

 僕が床を蹴るのとほぼ同時にイスカリオスは大剣を脇に構えた。


 急速に詰まっていく僕とイスカリオスの間合いに対し、お互いに剣は体の後ろに控えさせている。

 大剣の間合いに入り込み、さらに僕の剣が届くまで近づいた瞬間、僕は剣を横薙ぎに打ちはらう。

 イスカリオスは最小限の動きで大剣を操り、その鍔で僕の刃を弾いた。


 だが、僕は止まらない。

 イスカリオスに弾かれた衝撃を利用し、体を回転させ、遠心力を使った一撃を彼の首を狙って放つ。


 すると彼は特に動きもせず、振り抜かれる剣を受け入れるようにして首に刀身が吸い込まれていく。

 もちろん、練習用の模擬剣であるため刃は潰されているが、表面積の極めて少ない鋼の板を勢いよく首に叩きつけられて無事な人間はいない。


 そう、常識の中で測るのであれば、そんな人間はいない。

 常識の埒外にいる存在、それが超越者イレギュラー

 中でも当代最強を誇るイスカリオスの持つ力は規格外だ。


 暴風のように体内から体外へ放出される未加工の魔力。

 それは彼の巌のような巨躯を守る。

 その防御力は真剣の斬撃ですら防ぎきる。

 ましてや模擬剣では歯が立つわけもないだろう。


 巨大な鉄の壁を叩いてしまったように、剣を持った僕の両手は痺れてしまう。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆助兵衛】

『予想通りといえば予想通りだが』


【◆マリオ】

『剣はガード用に持っとけ。

 攻撃の主体は魔術攻撃だ。

 もっとも、それすらも効くか怪しいけど』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 相変わらず他人事だと思って冷静なことだ。

 だからこそ、信頼できるのだが。


 僕は距離を取り、剣を持っていない方の右手を掲げる。


「いい一撃だ。愛剣であれば、多少のダメージはあっただろう」


 イスカリオスはかすり傷さえない首を撫で、無防備に両腕を広げた。


「しかし、これでは決闘にならんな。

 力の差がありすぎる」


 イスカリオスの言うとおり、この戦い僕に勝ち目は薄い。

 僕の攻撃は彼にダメージを与えられないが、彼の攻撃をまともに食らえば間違いなく僕は戦闘不能になる。

 大剣の攻撃力の殆どは切れ味よりもその重量による粉砕力によるところだ。

 イスカリオスの桁外れの膂力と模擬剣とはいえ超重量の大剣。

 僕の四肢をへし折って余りあるだろう。


「だからと言って、投げるわけにはいかない。

 僕は僕の意思でメリアを諦めるようなことをしない」


 僕の言葉にイスカリオスは鼻を鳴らす。


「成る程。お前の覚悟は分かった。

 ならばーー」


 イスカリオスは拳を握りしめ自分の腰あたりに持ってきて、膝を曲げ、前かがみになった。


「ぬおおおおおおおおおおっ!!」


 イスカリオスの怒号がホールに響き渡る。

 周囲の観衆は思わず耳を塞ぐ者もいるが、彼がやりたいのは大声を出すことじゃない。

 彼の上半身から紅色の魔力が噴水のように撒き散らかされる。


「るああああああああああっっっっ!!」


 ピッタリと体を包んでいた上半身のタキシードは弾け飛び、山脈を彷彿させる巨大な筋肉で纏われた上半身があらわになる。

 体から発せられる魔力の量はさらに高まり、その魔力はイスカリオスの頭上からホールの天井に向けて釣り上げられるように伸びている。

 これはーー


「せああああああああああ!!!!」


 さらに一息。

 全身全霊の叫びを上げたイスカリオスの魔力はホールの天井を貫いて天高く上っていった。



「いやああああああああ!!

 我が屋敷の屋根が! 修繕費が!」

「帝国屈指の大貴族、マックリンガー公爵とあろうものがしみったれたことを言うでない。

 どうせ千年祭が終わる頃には大金が転がり込んでくる算段なのだろう?」

「ハハ……何をおっしゃっているのか分かりませぬなあ……」


 冷や汗をかいているマックリンガー公爵と不敵にニヤつく皇后……はどうでもいい。


 僕の目の前にいるイスカリオスは全身から滝のように汗を流して、大剣を床に突き立ててかろうじて立っている。


「魔力を……全て放出したのか?」

「ああ。これで素寒貧もいいところよ」


 僕の言葉に軽妙に言い返すイスカリオス。

 彼の体から感じる魔力反応は限りなくゼロに近い。

 これでは攻撃を防ぐ魔力放出はおろか、身体機能も疲労困憊のレベルまで下がるだろう。


「ハンデのつもりか?」


 僕は剣に力を込める。

 今のイスカリオスならば剣での打撃でもダメージが通るはずだ。


「そこまで儂はできた人間ではない。

 可能なことなら事故に見せかけて貴様を葬ってやりたい。

 アルメリアの心をさらったお前が憎くて憎くて仕方がない」


 イスカリオスはフラつきながら大剣を肩に担ぐように構える。


「故に、()()は貴様を完全に叩き潰す。

 お前の土俵の上で、なお()()の力を知らしめてやる。

 魔力も体力もカラになった()()相手に勝てぬのであれば、貴様もアルメリアを守るだのとほざけなくなるだろう」


 そう言ったイスカリオスの顔はいつになく清々しい。

 一人称が変わっていることに、少しブレイドを思い出した。

 強敵に挑む際、ワクワクを抑えきれないブレイドの表情を。

 戦場のような純粋な生存競争の世界において、武力というものは生存の可能性を図る一つの指標に過ぎない。

 まして、彼は大軍の将であり個人的武勇による勲功を優先させることはできない。

 つまり、一対一で武力を競い合う戦いはそう多くないはずだ。

 圧倒的な力の持ち主であればなおのことだ。


 彼はこのギリギリの状況を楽しんでいるのだ。

 我が身一つで自分の大切な人間を賭けて、剣を合わせるこの状況を。


「ならば、僕も容赦はしない」


 僕は右手に魔力を込める。


「【ライトニング・ブレイズ!】」


 薙ぎ払った腕から紫電が走る。

 大理石の床を削りながらイスカリオスに直撃する。


「むうっ!!」


 全身を焼く紫色の稲妻にイスカリオスは動きを止める。

 即座に僕は飛びかかり、剣を上段から振り下ろそうとするが、


「甘い!」


 イスカリオスは体を仰け反らせて僕の剣を避け、横蹴りで反撃する。

 突き放す蹴りの直撃を胸部で受けた僕は後ずさり、体勢を整える。


「魔力切れの相手に魔術攻撃とは容赦がないな」


 責めるような口調のイスカリオスに対して僕は、


「あなたが何を考えようが何をしようが関係ない。

 僕はメリアと僕自身のためにこの戦いには絶対負けられない。

 あなたが手を抜いてくれるなら願ったりだ」


 そう言い放った。


「何度も言わせるな。

 手を抜くつもりは毛頭ない!」


 大剣を掲げ、突撃してくるイスカリオスを僕は迎え撃つ。

 剣がぶつかり合うけたたましい音がホールに響く。

 呼応するように周囲の観衆からもこの戦いを煽るような声が上がり始める。


「将軍殿! 帝国の力を見せつけてやれええええ!!」

「身分をわきまえない愚か者に鉄槌を食らわせよ!!」

「閣下! そこだああああ!!」


 当然、イスカリオスを推す声ばかりだ。

 近衛騎士とはいえ、爵位を持たない新参者の僕は貴族社会においては無名の存在だし、仮に知っている人間からしても出自の知れない成り上がり者扱いだ。

 それはそれで構わない、と思っていたがーー



「クルス殿おおおおおおおおおおおおっっっ!!

 勝利をっ!! その手にぃぃっ!! つかめえっ!!」


 群衆の声を蹴散らすように、腹式呼吸で発せられる大音量の声が僕の耳を打つ。

 誰よりもハリのある美しい声を発したのはファルカスだ。


「クルス様ああああ!! 負けないでくださーーーい!」


 ファルカスに負けじと続くようにリムルの絶叫が響く。


 二人の声が僕の背中を押す。

 圧倒的なイスカリオスの圧力に対して踏ん張る力が湧き上がる。


「貴様は周りに愛されているな」


 鍔迫り合いながら、イスカリオスが僕に声をかける。


「ブレイドとやらもそうだった。

 国家間の交渉となり得る場面で第一に貴様の身の安全を要求してきていたな。

 ファルディーン殿も自分の身や実家への危険も顧みず、貴様に協力しておる。

 まこと羨ましいことよ……貴様は!」


 さらに力を込めたイスカリオスに僕は押し込まれていく。


「あなたがそれを言うのか……

 帝国将軍として国民の信望を集め、数多の兵に忠誠を誓われているあなたが。

 現にこの場に集まっている者のほとんどはあなた側のようだが」


 僕の反論にイスカリオスは自嘲気味の笑みを浮かべた。


「見世物を楽しんでいる有象無象の歓声に何の意味がある?」

「常勝将軍とは思えない失言じゃないか?」

「ここが魔物が蠢く戦場や火の海となった街であれば民の声は力になるだろう。

 だが今のオレはただの剣士、一人の男だ!」


 イスカリオスは剣から離した左手で僕の顔面を殴りつける。

 すんでのところで首をひねり威力を殺し、回し蹴りで反撃する。

 衣服が破れ剥き出しになっているイスカリオスの脇腹に突き刺さるように炸裂した。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆助兵衛】

『よし! アバラがイッたか!?

 イスカリオスを軸に円を描くように足をさばけ。

 剣を横薙ぎさせて体を拗じらせるんだ。

 そうすればダメージが悪化する』


【◆マリオ】

『距離は開け過ぎるな。

 細かい攻撃でプレッシャーを与え続けろ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 妖精の声に従い、僕はイスカリオスを全方位から攻め立てる。

 助兵衛の言う通り、彼が剣を振るうたびに体のキレが悪くなっていく。

 鈍った剣の一撃を弾き返すと、彼の体が泳いだ。

 間髪入れず、体を回転させてかかとを彼の脇腹に叩き込んだ。


「ぐおっ!」


 イスカリオスはうめき声を上げ前に崩れ落ちそうになる。

 トドメを刺そうと僕は剣を振り上げたが、


「フンっ!!」


 イスカリオスは左腕で僕の剣の刀身を受け止め、へし折った。

 だが、剣が折れる音と同時に、

 バキリ! と腕の骨が折れる鈍い音が重なった。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆マリオ】

『ヤバイ!逃げろ!」

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 マリオの退避を命令する言葉が浮かぶと同時にイスカリオスは僕の首を右腕で絡めとり、自身の身体ごと床に叩きつけた。



「クルスさんっ!?」


 メリアの悲鳴にも似た声が聴こえた。

 同様に女性達からは恐怖に引きつる悲鳴があちこちで上がる。

 無理もない。普通の人間なら首をへし折られる一撃だ。


「この程度では死なぬか」


 イスカリオスは呟いた。


「ああ、残念だったな」


 僕はそう返した。


 人間が首の骨を折られると死ぬのは延髄や脊髄といった生命維持を司る神経回路、即ち絶対的急所が首に集中しているからだ。

 ホムンクルスは全身に張り巡らされた人工の魔術回路によって生命維持をしている。

 それは多少の欠損では破綻しない。


 僕は息を吐いて、右肘をダメージの深まったイスカリオスの脇腹に叩き込む。


「ガハッ!」


 痛みと呼吸困難に襲われたようで、僕の首にかけられた右腕の力が緩む。

 すかさず僕は腕を差し入れ捻り、イスカリオスの関節を取った。

 続いて床を蹴り、両脚でイスカリオスの首を挟み、身体をコマのように回して投げ飛ばす。

 左腕を負傷、右腕を固められていたイスカリオスは成すすべなく頭から床に叩きつけられる。

 100キロを優に超すだろう巨躯が頭から床に落ちる衝撃は絨毯程度でやわらげきれるものではない。


 ゴシャッ!! と鈍い音がしてイスカリオスに頭からは鮮血が飛び散る。

 再び周囲からは悲鳴が上がる。

 だが、当のイスカリオスは背中が地面に着く瞬間バネのように跳ねて起き上がった。


「本当に人間か?」


 僕は思わず口にしてしまう。


「貴様よりはよっぽどな」


 頭頂部から夥しい血を流しながらイスカリオスは仁王のようにそびえ立つ。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆マリオ】

『頑丈だな。アバラはぐちゃぐちゃ、左手はポッキリ、頭もパックリ割れてるっていうのに』


【◆助兵衛】

『防御力もあるが、痛みに対する耐性が強いんだろ。

 戦場を駆け抜ける歴戦の勇者……

 現代人の感覚じゃ想像もつかない精神力だろうな』


【◆ミッチー】

『水を差して悪いが……なんでお前らこの戦闘についていけるの?

 イスカリオスの動きは目にも止まらないし、ホムホムの動きなんて主観視点じゃほとんど見えないじゃん』


【◆マリオ】

『ゲームで鍛えた動体視力と空間把握能力……

 というのが半分で、俺も細かい動きは見えてないけど、相手の表情やリアクションは見えるだろ。

 それで脳内補完してる』


【◆助兵衛】

『俺はホムホムの心の声に注目して、頭の中で映像化している。

 後は場数だな。

 お前も長く付き合っていれば感覚でつかめるようになる』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 頼もしい味方だな、本当に。

 おかげでかなり追い詰めることができた。

 あのダメージならば膂力も格段に落ちているはず。

 とはいえ、こっちも先程の首のダメージの治癒に魔術回路のリソースを持っていかれている。

 決して優勢とは言えないか……


「やめろやめろ! そこまでだ!」


 マックリンガー公爵が泣き声混じりの絶叫をあげる。


「お互い武器を落としましたし、先程、将軍はかの騎士の首を取って地に押さえつけたではありませんか!

 この勝負! イスカリオス閣下の勝利でしょう!?」


 公爵の訴えに皇后は顎に手を当て考え込む。


 マズイ……さっきの口ぶりだと皇后はイスカリオスを贔屓するかもしれない。

 それに私闘でお互いにこれ以上ダメージが深まることも良しとしないだろう。


 判定負けか、と思ったその時だった。


「お待ちください!勝負はついておりませぬ!」


 公爵と皇后という大権力者二人に楯突くような叫びが発せられた。

 思わず声の方向を向いた僕の目に飛び込んできたのは……なんと、僕をナンパしてきていた兵士ではないか。


「無礼者!

 兵士如きが当主と陛下が話しているところに口を挟むなど極刑に値するぞ!」


 マックリンガーは居丈高に怒鳴る。

 しかし兵士は自身の主人を睨みつけて、


「そうは仰いますが、当主様は武芸にはとんと疎いご様子。

  浅慮な判断でこの戦いを終えることは無粋というものですよ。

 それにどちらも満身創痍。

 水入りしなくとも決着は間も無くつきますよ」


 と、堂々たる立ち振る舞いで答えた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『何!? このナンパ兵士、ザコなモブじゃなかったの!?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ザコ……では無いな。

 足取りや体格、仕草を見た程度だが相当戦慣れしている。

 下手な近衛騎士よりは戦えるだろうと初めて会った時から思っていた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『なんで言わねえんだよ!

 聞かれてなかったからか、ゴメンね!』


【転生しても名無し】

『そんな奴が屋敷の警備兵? 傭兵じゃなくて?

 あ、でも帝国って私兵の所有を原則禁止にしているから……

 アレ、警備兵はギリギリセーフだったかな?』


【◆ミッチー】

『あー……なんか、皇后が意味深にこの舞踏会に現れたことが繋がりかけてる気がする』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



「なるほどな。一武人としてはこの戦い最後まで見届けたいか。

 だが、立会人の定めた決着の条件はどうする?

 あらかじめ宣言しているのだぞ」


 皇后はそう言って立会人のミーシャを見やる。

 兵士もミーシャを見つめ、心なしか背筋を伸ばした気がする。

 ホールに居る人間全ての視線がミーシャに注がれる。

 ミーシャは狼狽を押し殺し、胸に手をやって声を出す。


「わ、私の最初の見積もりが甘かったと言わざるを得ません!

 将軍様が近衛騎士と女性を賭けて決闘など、ここに集まられている方々に対する見世物程度のものなのだろうと思い込んでいました!」


 傍からみれば当然の見方だろう。

 実際、ここにいる人間の大半はこんな血闘を観る覚悟はしていなかった。

 ダリル王子など怯えてリムルのお腹に顔を埋めている。

 ミーシャは背中のコートの下に隠している予備のナイフを取り出し、鞘から抜く。


「私は最初の宣言を撤回します!

 決闘における誤審は指を落とすに値する。

 しかし、我が身は帝国に捧げし物。

 自ら傷を付けることは出来ませぬ。

 然ればーー」


 ミーシャはナイフをこめかみに当て、一気に自らの髪を剃り落とした。

 柔らかい亜麻色の髪が床にはらはらと散り落ちる。

 ところどころに切り傷を作りながらミーシャの髪は剃り落とされ、坊主となった。


「この剃髪を以って我が戒めとし、生涯髪を伸ばさず、自分を律することを誓約します!

 騎士として王家に生涯お仕えすることをお許しいただきたい!」



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ミーシャさん、おっとこ前〜』


【転生しても名無し】

『言ってる場合か!

 これって事実上の非婚宣言じゃね!?』


【◆助兵衛】

『指を落とすのに匹敵する罰っぽいからな。

 まあ、妥当じゃね?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



「ええええええ!!

 いや、そこまでしなくてもいいんじゃないかなあ……ですかなあ……

 髪は女の命と言いますし、髪の毛を切っただけでも切腹に値する罰では……」


 兵士がうろたえながら皇后とミーシャに訴えかけている。

 結果論だが自分の発言が彼女の人生を変えてしまうことに責任を感じているのか。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『あ、俺なんかデジャブった。

 片思いしていた女が友達の前で生涯独身宣言してるのを横目で見ていたあのやるせない瞬間を』


【転生しても名無し】

『この短時間でミーシャにも目をつけていたのか……

 たしかにこのバカ、ただの兵士にしておくのは勿体無い肝の座りっぷりだなあ』


【◆ミッチー】

『和んでる場合か!

 で、皇后の判断は!?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 皇后はため息をつく。


「最近の若者には場違いなロマンチシズムを公言する風潮でもあるのかのう……

 イスカリオス、貴様も好きにせい」


 皇后の言葉を聞いたイスカリオスは顔に垂れる血を破れたシャツの切れ端で拭いながらミーシャに尋ねる。


「では……どちらかが倒れるまでやり合う、ということで良いな?」

「ええ。どちらかの気絶、または戦意喪失のみを決着とします。

 再開してください!」


 ミーシャのその言葉に僕とイスカリオスはそろって身構える。

 互いに武器は残っていない。

 ここからは素手の殴り合いとなる。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆助兵衛】

『組みつかれるなよ。

 人間とは急所が異なると言っても関節部分の耐久性は構造上の限界がある。

 あの将軍が全力を出せばお前の首を引き抜く位、造作無い』


【◆マリオ】

『立ち技打撃でヒットアンドアウェイだな。

 イスカリオスの出血量からして長期戦になればこっちが有利。

 ホムホムはスタミナも無尽蔵だしな』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 了解した。


 僕はイスカリオスの周囲を右方向に回り、中距離から拳や蹴りを飛ばす。

 イスカリオスの左手は使い物にならないらしく、僕の攻撃は造作無く当たる。

 だが、時折繰り出される強力なカウンターを警戒して、今一歩踏み込めずにいる。


「負けるのが怖いか?」


 イスカリオスは血まみれの顔に笑みを浮かべる。


「アルメリアをオレに奪われるのが怖いか?

 アルメリアがお前のそばを離れていくのが怖いか?」


 その言葉に僕は不愉快な気分になる。


「怖いんじゃない。許せないだけだ。

 あなたは今も以前も、いつだって自分の都合でメリアを振り回す」


 僕の拳はイスカリオスの頬を捉えた。

 続けて拳を叩き込もうとするが、それは手のひらでガッチリ受け止められてしまった。


「貴様には言われたくはないな。

 一年も経たずに死ぬことを知っていながら、アルメリアを手放そうとしない」


 イスカリオスの前蹴りを腹に受ける。

 下半身の自由が利かなくなり、足が地面を離れる。


「あやつがどれほど苦しむか、想像できなかったか!?

 それよりも死ぬ前に貴様の欲望を満たす方を優先したか?

 ……貴様とアルメリアが交わったところで、子はできんぞ」


 だまれ……


「黙れええええエエエっ!!」


 イスカリオスの攻撃をかいくぐり、懐に飛び込む。

 踏み込みを強め連続して打撃を腹部に叩き込んだ。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆マリオ】

『バカ! 安い挑発に乗るな!!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ここで押し切る!


 全身のバネを使って天に放つように拳を振り上げ、顎に叩き込んだ。

 たしかな手応えがあった。

 イスカリオスの体が仰け反り、右腕がダラリと垂れ下がる。


 ここしかない、と僕は床を蹴り全体重を乗せた旋風脚を放つ。

 イスカリオスの頭部に足の甲が直撃する刹那ーー僕の腹部に何かが突き刺さった。

 それは骨折して動かないはずのイスカリオスの左手だった。

 貫手の形を作った腕は槍のように比喩抜きで僕の腹部に突き刺さり、赤い人工血液を腹部と口から放出させる。


「クルスさんっ!」


 凄惨な戦いにどよめく群衆の中、悲痛に僕の名前を呼ぶメリアの声が聞こえる。

 どんな顔をしているかなんて、見なくてもわかる。

 涙目で口を歪め、見ているこっちが辛くなって来るような痛々しい表情。

 そんな顔を見たくないから……僕はーー


「勝ち続けなきゃいけない」


 イスカリオスの腕を両腕で全力で掴む。


「【体内魔力完全開放】ーー」


 全身の魔術回路をフル稼働させ魔力を生成、展開する。


「これを耐えきればオレの勝ち……だな」


 イスカリオスは深呼吸するようにして集中すると、体から紅色の魔力が微量ながら放出され始めた。

 おそらく、戦闘中に自然回復した魔力だろう。

 なるほど、魔術一回分程度なら防御しきれるかもしれない。


「【術式構築】ーー【指向性調整】ーー」


 だったら、その魔力を貫けばいい。


「【集中、集積、極指向性強化】ーー」


 魔力をできる限り一点に集中し、貫通力を高める。

 さらに、魔力の壁を掘削するイメージで魔術の形成を行う。


「【磁場展開、旋回、螺旋運動開始】ーー」


 右腕を掲げ、指先に魔力を集中する。

 鬼の形相をしたイスカリオスと目が合った。


 ここまで力を使い尽くす戦いは初めてだ。

 致命的なレベルのハンデをもらってなお、イスカリオスとの実力差は覆すに至らない。

 僕は弱く、彼は強い。


 だが、それでもだ。

 負けられない、負けたくない。

 メリアを守るために?

 いや、違う。

 そんな恩着せがましい想いじゃない。

 僕はただーー


「メリアと……一緒にいたい」


 声が漏れた。

 イスカリオスは一瞬呆けたような顔をした。

 僕は形成された魔術を発動させる引き金を引く。


「貫き、穿てーー【ライト・ブリンガー】!!」


 右腕を引きちぎるかのように余剰魔力は四方八方に飛び散る。

 そして、放出される青い光条は捻れながらイスカリオスの胸に突き進む。


「喝っ!!」


 僕の攻撃を読んでいたかのように、イスカリオスは最低限の面積に最大の密度で形成した魔力の壁を発現させた。


 青と赤の反対色をした攻撃魔力と防御魔力の衝突は、バチバチと甲高い音を上げ、屋内に突如竜巻が発生したかのような突風を撒き散らす。

 風圧は人々を薙ぎ倒し、テーブルをひっくり返らせた。

 戦場を知らない人間がほとんどのホールの中は恐怖の坩堝と化する。

 皇后やダリル王子といった超一級の要人がいるというのに僕もイスカリオスも気に留めず力を放出する。

 全てを賭けて、自分の勝利を求めて戦っているからだ。


「ぐっ……ぬあああああああああああああっ!!」


 イスカリオスは叫びとともに、魔力の障壁を手元に引き寄せ、僕の魔術を後方に逸らした。

 青い螺旋状の光条はホールの床を泥を穿つように容易く通過していく。


 勝った、と確信した笑みを浮かべたイスカリオスは手刀を僕の後頭部に見舞うべく腕をふるった。

 魔力を使い切った僕相手ならばこれで十分と思ったのだろう。

 彼は、本気で僕を殺すつもりはないのだ。


「計算通りだ」


 手刀の直撃を受け倒れこむ間際、僕はイスカリオスに聞こえるように呟いた。

 イスカリオスは僕の左手を見てギョッとする。

 そう、右手で【ライト・ブリンガー】を発動させている間に、僕は左手に【ライト・スティンガー】を生成していた。

 同時発動など初めての上、魔力残量も少なかったことから威力は貧弱そのもの。

 だが、この状況においては十分すぎる威力だ。


「【ライト……スティンガー】……」


 体を反転させ天井を見上げる形で倒れこみながら直上にライトスティンガーを放った。

 しかし、魔力の制御もろくに出来ていないため、魔力の槍は手元から離れ、天井へと飛んでいった。

 最後の魔力を振り絞ったライト・スティンガーはイスカリオスの皮一枚焼くことは叶わなかった。


「凄まじい執念だな……

 ハンデ付きとはいえ、一対一の戦いでここまで追い詰められたのは成人してから記憶にない。

 誇って良いぞ」


 イスカリオスはそう言って僕を見下ろす。

 僕は彼のズボンの裾を握って離さない。


「まだ、戦意はあるということか。

 ならばーー」


 イスカリオスは拳を握りしめ、僕にめがけて振り下ろそうとしたが、その拳は僕に届かなかったが……


 上空から、バキン、という音が聞こえた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆マリオ】

『お見事! 狙い通り!』


【◆助兵衛】

『あとは、死ぬなよ!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 天井にめがけて()()()ライト・スティンガーは、シャンデリアを吊るす鎖を破壊していた。

 巨大なシャンデリアは落下し、イスカリオスの後頭部と背中を押し潰すように落下した。

 イスカリオスが覆いかぶさる形で倒れたため、僕はシャンデリアの直撃から逃れられた。



「おい! だれかシャンデリアをどけろ!!

 将軍閣下が! 将軍閣下が!」



 男の叫び声が響き、ワラワラと給仕や兵士が僕らの元に集まってくる。

 大人数で大型の家具を運ぶように受け持つ重量を分け合って、シャンデリアをどかす。

 イスカリオスはうめき声を上げているが、呼吸は正常だった。

 周囲の人々は彼の無事を知って安堵の声を上げた。


 その直後、僕は覆いかぶさっているイスカリオスから抜け出すようにして床を転がり、ゆっくりと立ち上がった。

 地面に倒れこんだイスカリオスを見下ろしたが、彼はもう動きそうにない。

 周囲の人々が治癒術師や医者の手配を始めている。


 僕は立ち尽くすミーシャに目をやる。

 彼女は僕の視線に気づくと、


「勝負あり!! この決闘の勝者は、近衛騎士クルス・ツー・シルヴィウス!

 繰り返す! 勝者はクルス・ツー・シルヴィウス」


 ミーシャの宣言を以ってこの決闘に幕は降ろされた。

 それを確認して僕も床にへたり込んだ。

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