第69話 僕はメリアの戦いを見届ける。
皇后達の突然の来訪により止まっていた演奏が再開するとホールの人々は一斉に踊り出す。
ファルカスとレクシーは名家の子女としての面目躍如と言うべきか。
洗練された見事なステップで他の男女の間をくぐりながらひときわ大きな動きで踊っている。
うっとりとしたレクシーの表情と満更でもなさそうなファルカスの表情が人と人の隙間から垣間見えた。
視線を下げると大人たちに混じって小さな影が軽やかに踊るのが見える。
ダリル王子とリムルだ。
まだまだ手足も短く、踊りのおぼつかないダリル王子をリムルが見事にリードし、引き立たせている。
コリンズの英才教育というものが王室仕込みであったというのならば、合点が行く。
そして、会場の中で最も大きくて目立つイスカリオス。
黒いタキシードに身を包み力強く踊る姿は優美とは程遠いが生命感と野性味に溢れていて、貴公子には程遠い無骨な顔をしたイスカリオスに熱い視線を送る女性客も少なくない。
そのイスカリオスと踊るメリアは微笑んでいるが、どこか寂しげに見える。
肩の空いたタイトなシルエットのドレスはメリアの身体のラインを綺麗に浮かばせており、その細い腰がイスカリオスの大きな手がかけられているのを見ると、拳に力が入るのを止められない。
「嫉妬か。見苦しいぞクルス」
皇后はたしなめるように僕に声をかけた。
メリアは僕に気づいていない。
給仕たちが意図的にメリアの視線から僕を遮っている。
「皇后陛下は僕とメリアが近づくのを忌避されているのですか」
僕の問いにワインのグラスに口をつけながら皇后は話し始める。
「イスカリオスが母親の腹を割いて生まれてきたという話はしたな。
あやつは自分の母親の顔を知らん。
たとえ比類なき武の才の持ち主であっても、その生まれの凄惨さや正室の子でないことから幼少のあやつを可愛がる者は少なかった。
その少ない人間であるビクトールもカトリーヌも今はこの世にいない。
この二人のことは知っているか?」
「名前くらいは……
ビクトール様は将軍閣下の兄で、カトリーヌ様はメリ……アルメリア様の母親ですね。
将軍閣下の親戚筋にあたるとか」
ビクトールは正確には生きているのだが、そのことを気取られないようにする。
全て知っている上で僕の反応を見ているのかもしれないが。
「妾はあやつが不憫でな。
妾はこの国の道具として生きているものの、夫もおり、子も孫もおり、彼らは私を愛し慈しんでくれる。
だが誰よりも強く、誰よりも血を流して国を守り、誰よりも多くの人の生き死にを扱ったあやつが人並みの幸せを手に入れることを自分に許していないことが見ていて歯がゆい。
せめて、妻くらい自分が見初めた相手を手に入れてくれれば、この溜飲も下がるというもの」
皇后は芝居掛かった口調で僕に語りかける。
「あなたはイスカリオスの味方をするということですか」
「フッ、お前も子供じみたことを言うのだな。
そんなにアルメリアが大事か」
「言うまでもないでしょう」
僕はグラスに入ったワインを一気に飲み干した。
曲が終わると、会場に拍手が鳴り響く。
その拍手の雨の中を駆け抜けるようにメリアがイスカリオスの手を引いて、ホールの奥にある螺旋階段を登っていく。
僕は皇后の隙を狙って駆け出し、二人を追った。
階段を登ると、ガラス張りの扉の向こうにバルコニーがあり、メリアとイスカリオスは向かい合っていた。
二人の間を割って入ろうとした、その瞬間だった。
「クルスさんを討伐軍にお連れするのは考え直してください!」
メリアの声がガラスを通過して僕の耳に届いた。
その言葉に僕は思わず身を隠してしまう。
「クルスさんは戦いたくないんです。
このまま帝都で暮らせるよう、どうかお取り計らいください」
メリアの必死の叫びにイスカリオスは首をゆっくりと横に振る。
「それはできん。
奴の力は今や超越者と遜色ない。
同じ働きを並の兵士に求めれば100人の兵士の命が犠牲になるだろう。
将軍として奴の力を遊ばせておくわけにはいかない」
イスカリオスは比較的優しい口調で語りかけるが、メリアは強い口調で言い返す。
「それは帝国の都合でしょう!
クルスさんが命をかける理由にはなりません!」
「人類のためだ!
お前も任務の中で魔王軍の恐ろしさを散々思い知っただろう!
奴らは人類を害虫のようにしか思っていない!
年寄りも子供も関係なく蹂躙し、街を焼き、命を奪う!
この150年の間に何千万、何億という命が犠牲になったのだ!
力のある者が戦いの責務から逃れることなど許されぬ!!」
イスカリオスはメリアを怒鳴りつけた。
あまりの圧力にメリアは身をすくめている。
「儂だってそうだ。
妾腹の後ろ盾もない子供を帝国将軍になるまで導いてくれたこの力は儂の誇りであり、亡き母の戦果だ。
戦乱の時代で必死で生き延びた人類が子を成し、何代も受け継がれてきた結果、我々は今を生きている。
お前の言っていることはそのことを理解できていない甘ったれの戯言だ!
力のある者は世に求められた役割に殉じなくてはならない。
大勢の弱き者を守り、力尽きるまで戦う。
お前が生きているのはそういう世界で、その理に異を唱えるのは戦いの中で死んでいった者への冒涜と知れ!!」
イスカリオスの言葉が耳を打つ。
僕には力がある。
人間より強いホムンクルスとしての力が。
弱き人類の代わりに戦うようインプットされた。
なのに、僕はその命令を捨て、メリアというたった一人の人間に執着し、数多の命が失われるのを傍観しようとしている。
それは本当に正しいことなのだろうか?
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【転生しても名無し】
『スマン。ホムホム。
俺たちには答えられねえよ。
生きている世界の価値観が違い過ぎて……』
【転生しても名無し】
『集団を守るために個を犠牲にするのは多くの生物がやることだ。
ハチとかアリとかだって巣を守るために命を投げ出す。
社会性を持つ生き物にとっては合理的選択の一つと言えるね』
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僕は間違っているのだろうか。
その間違いにメリアを巻き込もうとしているのではないだろうか。
メリアは死にたくないと抗おうとする僕の姿に同情し、処遇を変えようとしているのだとすれば、そんな行動に理なんてない。
感情任せの喚き声に動かされるほど、イスカリオスは甘くない。
「私の言っていることは間違っているのでしょう」
メリアはそう呟いた。
「イスカリオス様は帝国の将軍であり、人類を救う最強の剣となろうとされています。
その純粋で高潔な生き方に私は敬意と憧れを抱いています。
昔からずっと……
あなたがいるから帝国は魔王軍と拮抗できている。
そんなお方のおっしゃる理が間違っているはずがございません」
そうだ。
あなたがそう言うなら僕も覚悟が決められる。
ホムンクルスに戻り、人類を守る剣になればいい。
どうせ、長くはない命だ。
あなたのことを考えなくていいのならば、それはとても簡単なーー
「だから私は敢えて間違えます。
たとえ、1000万の帝国民が剣になろうとも、私はクルスさんを剣にしたくはありません」
メリアは力強く言い切った。
イスカリオスはたじろぎ、頭を押さえてかぶりを振る。
僕もイスカリオスの気持ちに共感してしまう。
僕を庇うために帝国への忠誠を否定するような真似までするなんて……
いったい、メリアは何を考えているんだ?
「どうしてだ……
どうしてそこまで奴に固執する!
恩人だからか? 好いておるからか!?
何故、間違いと分かってあの者を守ろうとする!?」
「クルスさんが人間だからです!!」
ガラスを叩く声が、止まった時間の中を跳ね回るように僕の耳に何度も繰り返し響く。
「あなたが剣としての生き方をすることを私は否定しません。
もし、クルスさんが剣として生きると決めたのならそれも止められません。
ですが、私達は人間なんです!
モノじゃないんです!
剣は切るモノ、盾は身を守るモノ……そんな分かりやすい目的のためだけに存在するモノじゃないんです!
喜んだり悲しんだり怒ったり。
揺れ動く心を持って、迷いながら戦いながら生きていく人間を、他人がモノ扱いすることは私には許せません!」
僕は唖然としながらメリアの言葉を聞いていた。
これは衝動的に放っている言葉ではない。
メリアという人間が見出し、磨き上げた自身の信念だ。
人の死を背負い、様々な人の生き方を見てきた彼女の人生におけるひとつの答えというべきもの。
道理や常識などとは比べるべくもない身勝手な主張だ。
もちろん、イスカリオスは否定する。
「この期に及んで、安っぽい人道主義を説くか!
力を持つ者が責務を果たさず、好き放題に生きておったらとっくの昔に人類は滅んでおるわ!」
イスカリオスの大気を震わすような怒号にもメリアは怯まない。
華奢な肩をすぼめながらも、その目はイスカリオスをキッと睨みつけている。
「力があるからなんて理由で人間をモノとして扱うことが許されるのですか?
そうやって全ての人間を魔王と戦うための剣になれば、あなたの目指す世界になりますか?
魔王軍と戦うためだけの剣が無数に突き刺さる荒野。
それがこの世界の正しいあり方ですか?
弱き者のため、後の世のためと理由を作って、人を殺してモノにする世界があなたの目指すものなのですか!?」
メリアの声は明らかにイスカリオスを責めている。
それを感じ取ったイスカリオスもさらに語気を強めてメリアの言葉を遮ろうとする。
「馬鹿者が!
魔王軍を倒さねばその剣も、荒野すらも無くなる!
子供でも分かっていることだ。
そのために力あるものが犠牲になってでも――」
「強いからと言って何をしてもいいわけがありません!
強い人だって傷つきます! 痛みます! 苦しみます!
私が旅をしてきて最も痛感したのは人間とはみんな脆い生き物だということです。
あなただってカトリーヌ様が亡くなった時、泣いていたではありませんか!?」
そのメリアの言葉はイスカリオスの急所を貫く矢のようなものだったのだろうか。
怒気に満ちていたその顔から表情が消え、返す言葉を失った。
夜風の音が聞こえるほどの静寂が訪れ、メリアはポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「ずっと憧れていました。
カトリーヌ様を慕い、あなたが屋敷を訪れていた頃から。
何度も救っていただきました。
ローリンゲンの家で話し相手もいない私の言葉を聞いていただいた。
他愛のない話ばかりでしたけど、それでもあなたが気にかけてくれているのが分かって嬉しかった。
そんなあなたのお役に立てるのならばと、私はサンタモニアの潜入作戦にも勇んで参加しました。
私はあなたという人間をお慕いしていました」
メリアの瞳は遠く過ぎ去った過去を映しながらも、目の前にいるイスカリオスをしっかりと見つめている。
対峙するイスカリオスは能面のような表情でメリアの一挙手一投足を追っている。
「あなたは大きく、強く、立派になられました……
それでも私にとってはただの人間のままです。
だからご自分の価値を強さだけだなんて思わないでください。
そして、周りの人々に対しても……」
頭を下げるメリアを見下ろすイスカリオスは口元を歪めている。
その心中を僕は察し得ない。
ただ一つ言えていることはメリアの言葉がイスカリオスに刺さっているということだ。
「もし……儂がクルスを連れて行くのをやめ、奴がずっと帝都で暮らせるのであれば、そなたはどうする?」
イスカリオスの問いにメリアは微笑む。
「ずっと一緒にいたい。
そして、あの人を幸せにしたい……です。
冷たいようで優しくて、可愛らしいのにたくましくて、こんな私を愛していると、言ってくれたあの人を」
メリアはほおを赤らめ、イスカリオスから視線をそらす。
「あの人といる時に感じるのです。
私は人間で良かった、と。
心を持ち、感情を発し、生きることに必死な人間であるからこそ、大切な人と一緒に生きる日々の素晴らしさを知ることができるのですから。
だから、誰よりも大切なあの人から人間性を奪い、兵器のように扱おうとするのならば、たとえあなたとだって戦います。
ですから、クルスさんを一人の人間だと考えた上で、どうか、従軍のことはご再考ください」
メリアは再度頭を下げ、逃げるように屋内に戻ってきた。
イスカリオスはメリアのいなくなった空間を見つめて、立ち尽くしていた。
それにしても、参った。
メリアの行動も考えも予想外にすぎる。
僕がメリアを突き放そうと戦の話を持ち出したら、将軍に直談判するなんて。
しかも、僕は人間だから兵器として扱うのは許さないだなんて、とんだ皮肉だ。
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【転生しても名無し】
『メリアちゃんはポンコツだなあwww
ありとあらゆる部分で間違いまくってるしwww
だけど……最高にいい女だよ』
【◆与作】
『俺はメリアちゃんの理屈は納得できない。
イスカリオスが言う通り、人類の存亡をかけて戦う世界で個人の自由なんて制限されても仕方ないと思うから。
だからこそ、こんな世界で人間の価値を高らかにさけぶメリアちゃんの存在は貴重で尊い。
で、その愛を一身に受けているホムホムはなんたる果報者よ……』
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僕は人間じゃない。
そのことをメリアは知らない。
もし、僕が全てを暴露すれば、狙い通りメリアは僕から離れていくだろうか?
いや、そんなことを僕ができるはずがない。
僕は勝手でワガママで、どうしようもなく欲深かったんだ。
メリアの幸せを願っている。
でも、それと同じくらいメリアに愛されたいと求めている自分がいる事に気づいた。
人間のように感情や思考が加わったり、変化したりしていくことに抵抗はなかった。
だけど、人間になりたいとは思わなかった。
僕はホムンクルスだったから、その力があったからメリアを守り、僕自身の願いを叶え続けることができた。
作られた目的はどうであっても、僕は自分がホムンクルスであったことを後悔はしていない。
だが……だけどだ。
メリアが僕を人間と思っているのなら、僕はメリアの前では人間でありたい。
彼女を裏切りたくないと強く思った。
顔の奥の方が熱い。
まとまらない思考と揺れる感情に頭がクラクラしてしまう。
そんな僕の元にメリアが近づいてくる。
メリアは僕に気づいていない。
息を殺していれば気づかれないだろうがーー
「見事な戦いぶりだった」
僕はそう言って、メリアを呼び止める。
「ク、クルスさん?!」
メリアは冷や汗を手袋をつけた指で拭いながら、驚いた声を上げる。
顔を見ればどうしてここにいるのかとか、さっきの話きいていたのか、とかいろいろ聞きたいことがありそうだ。
だけど、
「メリア、あなたの手を取らせて欲しい」
僕はそう言って彼女に手を差し出す。
メリアは笑って、
「つかんだら離しませんよ」
と返してきた。
「それは好都合だ」
僕はメリアの手を取り、階段を降りていく。
ホールにたどり着いた僕はファルカスに迎えられた。
「首尾よくされたようですね」
「おかげさまだ。感謝する」
なんの、とファルカスはうそぶいた。
少し離れたところでレクシーが僕たちを見ている。
フン、と鼻を鳴らした後、引きつったような笑いを浮かべて、さっさと消えろと言わんばかりに手を払っていた。
僕はメリアを連れてホールを縦断し、帰ろうと歩みを進めるが、
「待て!! アルメリア!!」
雷が落ちたかのような暴力的な大声に、僕たちだけではなくホールに居る全ての人間が凍りつく。
声の主は螺旋階段の上にいるイスカリオスだ。
「そなたは間違いだらけだ!
無茶苦茶で感情的で世の中が見えていない大馬鹿者だ!」
そう言って、メリアを罵倒する。
僕は背中にメリアを隠す。
「しかし……一つだけ、儂も見落としていたことを教えてくれたな」
イスカリオスは階段を一段ずつ踏みしめるように降りながら言葉を続ける。
「儂は人類の剣であろうとしている。
それが宿命だと思っている。
そのために母の腹を裂いて生まれ、同志の死を見届け、生き永らえた。
数多の命を背負うために、儂は剣になりたい」
楽団の演奏は止み、ダンスフロアに集まった人々は壁に張り付くように逃げ、広大なホールの真ん中で僕たちは対峙する。
「それでも儂は……人間だったのだな。
自らの責務から逃れようと、苦し紛れに心を殺そうとした人間だったのだな」
そうメリアに語りかけるイスカリオスの顔は今まで見たことがないほど穏やかなで同時に寂しそうな笑みを浮かべていた。
「私は……逃げたとは思いません。
あなたはたしかに帝国の人々を導いてくれている。
前に進み続けている方だと思っています」
メリアの言葉にイスカリオスは満足そうに目を細め、そして大きな笑い声を上げた。
その光景に周囲の人々は目を疑うかのような素振りを見せる。
寡黙で鉄仮面のような英雄である常勝将軍が人目をはばからず大笑いをしているのだ。
彼らの常識では考えられない光景だろう。
「そなたは良い女になった。
人形のようにちょこんと座っていただけの娘が自らの足で立ち、儂に対峙できるそんな女になったのだ」
イスカリオスは笑うのをやめ、メリアを見つめる。
「そなたのような女は他におらぬ。
だからこそ、儂はそなたが欲しい。
アルメリア・フォン・ローリンゲン!!
そなたに結婚を申し込む!!」
周囲からざわめきが上がったが、それはすぐに収まる。
メリアの返事を聞こうと注目を集めたからだ。
当のメリアは目がこぼれそうなほど大きく開けて、口をパクパクさせている。
「そなたの幸せを……ずっと考えていた。
カトリーヌ様の忘れ形見であることもさりながら、儂にとって他にいない幼馴染だ。
儂のような無骨者が触れてはならぬと戒めていた。
だが! そなたはあまりに魅力的すぎる!
そなたに愛されたい。
そなたを我が妻として愛し尽くしたい」
まるで子供のように目をキラキラさせてそんなことをのたまうイスカリオス。
見事にお前らの予想が的中したな。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆ミッチー】
『おお……せやな……』
【◆与作】
『ホムホム。分かってるよな』
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当然だ。
「それは困る。メリアをあなたには渡さない」
僕は出来る限り力強くそう言った。
イスカリオスは予想通りといった顔をして、
「貴様。儂が誰だか分かっておろうな」
と、凄む。
「イスカリオス・アムド・カルハリアス。
帝国最強の常勝将軍で稀代の英雄で……メリアを巡る恋敵だ」
言い切った。
イスカリオスは鼻を鳴らす。
「悪いが、儂は生粋の無骨者でな。
駆け引きを弄するより、こちらで決めたいのだが……どうだ?」
そう言って、イスカリオスは拳を鳴らす。
「受けて立つ」
僕は剣の柄に手をかける。
イスカリオスの従者が大剣を抱えて走り寄ってくる。
「ちょ、ちょっと待て!!
我が屋敷で刃傷沙汰などもっての外だ!!
決闘など他所で――」
「よい、マックリンガー。
好きなようにやらせてやれ。
ありふれた舞踏会などより余程斬新で面白そうではないか」
マックリンガー公爵の悲痛な叫びを皇后はむべもなく払う。
「せ、せめて模擬剣での決闘を……
万が一、将軍閣下が深手を負われては帝国軍が瓦解しかねません……」
「ふむ、まあよかろう」
公爵の提案は皇后の落とし所として認められたようだ。
慌てて、公爵は家来に模擬剣を持ってくるよう命ずる。
皇后の機嫌が変わらない内にということで、自らも家来に続いて駆け出す。
「クルスさん……」
メリアは不安そうな顔で僕を見つめる。
ここまで大々的にプロポーズされてしまえば、断るのは容易ではない。
貴族世界のしがらみや面子というのは時として当事者の想いよりも優先される。
だが、この決闘でイスカリオスを僕が打ち倒せば全てをひっくり返せるはず……
「あなたを決闘の賞品のようにしてしまって申し訳ない。
だけど、止めないでほしい。
必ず勝つから」
僕はそう伝え、メリアを下がらせる。
かき集められた模擬剣がホールの床に並べられる。
イスカリオスは大剣を、僕も普段使っている剣と似たような長さと重量のものを手に取る。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『お前らの中で助兵衛並に戦術組めて、マリオばりに的確にレス打てるやついねえか!!』
【転生しても名無し】
『魔剣を使わないならマリオはいらなくない?』
【転生しても名無し】
『分かってねえな。
マリオさんは状況分析が的確なんだよ。
だけど、実績のない奴にこの大勝負を任せるのはどうなんだ?』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
帝国で穏やかな日々を送っている間に顔を見せなくなった妖精が少なからずいる。
そもそも彼らを頼るのは決闘としては違反なのかもしれないが、この戦いは負けられない。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『命の危機はないのにこれほど負けられない戦いがあるなんて……』
【◆ミッチー】
『俺、前回のことあるから自重するわ……』
【転生しても名無し】
『下手な手助けはかえって邪魔になるからな……』
【転生しても名無し】
『とりあえず、言っておく。
ホムホム、頑張れー!』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
ああ、頑張るさ。
僕は剣をひと振りして構える。
イスカリオスも悠然と剣を担いで僕を睨んでいる。
「立会人は近衛騎士団所属、ミーシャ・フォン・ロンダートが務めさせていただく。
決着は武器を落とすか、相手の攻撃を受けて膝を屈したり、床に倒れ込んだ方が負けとする。
異存はない……でしょうか」
女傑と名高いミーシャもイスカリオス将軍の前では気圧されているようだ。
イスカリオスは黙って頷き、僕も同様に頷いた。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆まっつん】
『ホムホム!! 久しぶり!
間に合わせたぞ!!』
【転生しても名無し】
『なんだよ……まっつんか。
いてもいいけど余計な煽りするんじゃねえぞ』
【◆まっつん】
『違う違う!
俺じゃなくて、この二人!!』
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妖精たちが少し騒がしい。
どうしたというのだ?
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆助兵衛】
『戦と聞いて』
【◆マリオ】
『無理ゲーが始まると聞いて』
【転生しても名無し】
『助兵衛とマリオがキターーー―――!!』
【転生しても名無し】
『え!? なんでなんで!?』
【◆助兵衛】
『血と硝煙の匂いがしたから。
(某ソシャゲで同名でプレイしてたらまっつんから鬼のようにメッセ送られた)』
【◆まっつん】
『助兵衛が好きそうな戦略要素のあるゲームで助兵衛という名前のプレイヤー全員に片っ端からメッセ送りまくってやったぜ!!』
【◆マリオ】
『偶然という名の必然。
(悲しいけど、まっつんリアルで大学時代の先輩後輩なのよね)』
【◆まっつん】
『ちな、マリオが参加するきっかけを作ったのは俺だ!!』
【◆オジギソウ】
『まっつん!! アンタやればできる子だと信じてたよ!』
【◆マリオ】
『とりあえず、状況を三行で』
【◆体育教授】
『メリアちゃんを賭けてイスカリオスと決闘。
模擬剣でこかすか武器落とさせれば勝利。
絶対に負けられない』
【◆助兵衛】
『イスカリオスの防御力を考えると武器を潰すしかないな。
カウンターで篭手狙っていけ』
【◆マリオ】
『あと、魔術な。
バカ正直に剣での戦いに付き合う必要ないぞ』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
久しぶりの再会だというのに淡々と状況分析と戦術の提案をしてくれる助兵衛とマリオを心強さを感じた。
相手は当代最強の超越者。
力の差を考えれば卑怯とまではいかないだろう。
僕は使えるものはすべて使う。
僕のためにもメリアのためにも勝たなければならない。
「始めっ!!」
ミーシャの掛け声とともに決闘の火蓋が切られた。
ちょっと今週は日曜の投稿が難しそうです……
来週半ばに埋め合わせできるよう頑張ります