第68話 舞踏会の夜、僕の行く手を阻むものと救いの手を差し伸べてくれるもの
帝都南部にあるマックリンガー公爵邸が舞踏会の会場だとビクトールは言っていた。
たどり着くと高い柵で囲まれた屋敷の周辺には豪奢な衣装に身を包んだ貴族の男女が列を成して並んでいる。
僕はその最後尾に並び、入場の順番を待っていると警備の兵と思われる者に止められた。
「ちょっとちょっと!
ここは千年祭の催しじゃないぞ。
貴族様方の集まりがあるところだ。
ほら、帰った帰った」
そう言って、兵士は僕の腕を掴む。
「我が名はクルス・ツー・シルヴィウス。
近衛騎士として皇后陛下に仕えている者だ。
この舞踏会の来客の一人に用がある」
「クルス……ああ、これは失礼しました。
お噂はかねがね……
いやあ、大きな声では言えませんが、今夜お集まりのどの令嬢よりもお美しい。
よければ、今夜一緒にお食事でも」
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【転生しても名無し】
『陛下ー。ここに職務中にナンパしている不良兵士がいまーす。
どうかお裁きを』
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「悪いが先約がある。
それより通してもらえないだろうか」
兵士は露骨にがっかりした表情をした。
「申し訳ありませんが、ここは招待された方かその方の同伴の方以外は通すことはできません。
それに、そのようなお召し物ではいささか場違いにすぎるかと……
私の行きつけの店ならば問題ないですので、交代の時間が来たらぜひご一緒に」
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【転生しても名無し】
『しつこいな! あきらめろよ!』
【転生しても名無し】
『こっちはお前なんか相手にしてる場合じゃないんだよ!』
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仕方ない、正面突破は諦めるか。
僕は兵士に背を向けて建物沿いを移動する。
どこか忍び込みやすい場所を探すために。
「クルス殿? 何をされているのですか?」
聞き馴染みのある声に僕は振り向く。
そこには青を基調とした煌びやかな衣装に身を包んだファルカスと……金色のドレスを纏ったレクシーがいた。
「ファルカス……あなたはまた――」
「フフフ……そんな目で見ないでください。
お願いしますから」
ファルカスは僕の肩を掴んで強い目力で懇願してくる。
「アルメリアのお供?
まあ、みすぼらしい格好をして。
どこに嫁ごうと知ったことではないですが、姉として妹に同情を禁じ得ませんわね」
レクシーは口元を扇で隠して苦笑する。
たしかに……メリアやファルカスが言ってたように若干ほっそりして人当たりも丸くなっている気がする。
以前に比べればだが。
それはさておき、ファルカスが僕の肩に込める力が強くなっていく。
「クルス殿。何かお困りのようであれば力になりましょう。
なあに、貴方のためならばたとえ兄に段取りされたレクシー殿との逢引であったとしても断腸の思いですっぽかしましょう!
さあ、私に事情をお話しください」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『ファルカス必死スギィwww』
【転生しても名無し】
『ホントこの人どうしようもねえな』
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僕は細かいところはかいつまんで、メリアに会って話し合うためにこの舞踏会の会場にやって来たと話す。
「なるほどなるほど……
では、こうしましょう!
今夜の舞踏会、私の代わりにレクシー殿をエスコートされては」
「えっ! そんなファルディーン様!」
「レクシー殿。不躾なこと十分に承知しています。
ですが、私とクルス殿はあのイフェスティオ山のマグマよりも熱い男の友情で結ばれているのです。
私が私としてあり続けるために、彼の想いには応えねばなりません」
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【転生しても名無し】
『ファルカスがレクシー気に入っているって聞いた時、なんであんな女が良いの?
って思ってたけど……』
【転生しても名無し】
『レクシー姉ちゃん、こんな男のどこが良いんだ?
顔か? ステータスか? 芸術センスか? それともアッチの方の凄さか』
【◆オジギソウ】
『↑ほとんどの男はそれらの一つも持っていないんだよ。
つまりそういうことだよ』
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レクシーは頰を膨らませる。
「あなた様がそう仰られるならこの者に手を取らせるくらいはしてあげなくともないですけど……
会場の中までは面倒見るつもりはありませんから!
ファルディーン様をお離しするつもりもございませんよ!」
「ハハハ……でも、流石にこのような場にエスコートする女性もいないのに参上する勇気はありませんよ。
私は芝居小屋でも見て回っていますのでどうぞごゆるりーー」
「クルス様ーー!」
通りの向かいから僕を呼んだのはリムルだった。
「クルス様! それにファルディーン様と……ええと」
「レクシーよ。何なのこの子?」
レクシーはぶっきらぼうに僕に尋ねる。
「僕が後見役をしている王宮の侍女でリムルという。
ダリル王子の世話係をしている」
「ふーーーーん」
レクシーはリムルの頭からつま先まで舐めるように観察する。
そして、妙に優しい声で、
「ねえ、リムルさん。
あなた舞踏会に興味はございませんこと?」
「え……はあ、それはもう乙女の憧れですからもちろん。
ですけど、私は貴族様のご令嬢ではありませんし、このような装いでは周りの方にご迷惑をかけてしまいますので」
寂しげに笑うリムルを見て、レクシーはうん、と一人うなづく。
「身分が卑しくても弁えている娘は嫌いじゃないわ。
クルス、リムルさん、ついて来なさい。
もちろん、ファルディーン様もですよ」
そう言って、僕らを引き連れてレクシーは歩き出した。
たどり着いたのはレクシーの御用達だという服屋だった。
ガラス張りの建物で洗練された調度品の数々が優美な空間を作っており、商品の衣服が等身大人形に着せられている。
どの品も僕やリムルが着ている服とは桁が違う。
「ク、クルス様……これはどういうことですか?
私、売られてしまうんですか?」
王宮で働いているといえども金銭感覚は庶民であるリムルは青ざめて狼狽えている。
「大丈夫だ。皇后陛下から賜った褒美が100ティエルあるから……
多分、足りると思う」
僕が頼りない言葉をリムルにかけている間にレクシーは凄まじい速さで商品を物色していく。
「これとかこれとか……レディメイドですけど、なかなか良い仕立てのものですわ。
どうせあなた方には分不相応でしょうけど、袖を通してみなさい」
そう言って男物のタキシードと女物のドレスを僕とリムルにそれぞれ手渡してきた。
僕とリムルは試着室で着替える。
「ほう……これはこれで創作意欲が刺激されますね」
「馬子にも衣装ね。これなら連れて歩くくらいは目を瞑れますわ」
ファルカスとレクシーは着替えた僕達の姿をそう評す。
僕の着ている黒いタキシードは光を受けるとキラキラと輝き、僕の体を業物の剣のようにシュッと引き締めている。
リムルの着たピンク色のドレスはフリルやレースがふんだんに使われており、リムルが本来持っている可愛らしさをさらに引き立たせている。
「クルス様、本当にお似合いでステキです!」
「リムルも良く似合っている」
僕とリムルはお互いを褒めあった。
「次は髪のセットですわ。
ご主人、この娘を仕立ててあげて。
名ばかりの木っ端貴族の令嬢が歯噛みして悔しがるくらいに豪華にね」
レクシーに命じられた店の主人はリムルを椅子に座らせて髪の毛を梳かしていく。
「あなたもその趣味の悪いリボンを外されたら。
男物の服には似つかわしくありませんわ」
レクシーは顎で僕の後ろ髪に結んだリボンを指す。
「これは……外したくない。
このままでいいんだ」
メリアが僕に贈ってくれた紫色のリボン。
僕はこのリボンをつけなかった日はない。
メリアも僕が贈った青緑色のリボンをいつもつけている。
僕とメリアを目に見える形で繋いでくれていた。
「結び方を変えてみるだけでも雰囲気は変わりますよ」
ファルカスは「失礼」と言って、サッと僕のリボンを外し、後ろ髪を右肩に垂らすようにして結び直した。
「まあ! さすがファルディーン様!
これならば貴公子そのものですわ!
ファルディーン様には敵いませんけど!
敵いませんけど!」
大事なことなのだろう。2回言っている。
「さて、お二人も仕立て上げられましたし、私は芝居小屋に」
「何を言っておられるんです?
ファルディーン様にはリムルさんをエスコートする役目があるではないですか!?」
「……は?」
あっけに取られた顔をするファルカスとニヤリと笑うレクシー。
「クルスは私を。あなた様はリムルさんをエスコートする。
そうすれば、中でパートナーを入れ替えて一緒に過ごせるでしょう。
よかったですわね」
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【転生しても名無し】
『レクシー、マジ策士……』
【転生しても名無し】
『サクシー様が言うなら仕方ないよね。
是非もないよね。』
【転生しても名無し】
『サクシーwwww
もうファルカス年貢を納めちまえwww
結婚するなら頭のいい女は最高だぞwwww』
【◆江口男爵】
『いやあ、ぶっちゃけ今のサクシーなら俺、全然アリだわ。
痩せたけど出るところはきっちり残ってるし抱き心地良さそう。
ぶっちゃけやりたい』
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頭の中で妖精たちが猥談を繰り広げる中、ファルカスは僕に助けを乞う目で睨んでくる。
僕はそっと目をそらした。
装いを新たに再び僕たちは離宮の門を訪れた。
先ほどの兵士にレクシーは招待状を見せて僕をエスコート役と説明した。
「……クルス様、男性だったのですか」
「何だと思っていた?」
「いえ、失言お赦しください」
レクシーはぼくをそっちのけで後ろにいるファルカスと会話している。
すると兵士は気取られないように小声で……
「あの、私は明日非番なのですが良ければお食事でも……」
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【転生しても名無し】
『折れねえなwwwwどっちでもいいのかwww』
【転生しても名無し】
『この逞しさ、逆に好感が持てるね……』
【◆オジギソウ】
『なんかかわいそうになってきた。
ホムホム、職場の女の子でも紹介してあげたら?』
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「今度、知り合いの女騎士でも紹介しようか?」
「是非とも! お願い致しますです!」
彼はガッチリと僕の手を握った。
僕とレクシーは廊下を歩き、舞踏会の会場である広間に向かう。
「あなたも物好きね。
アルメリアみたいな無愛想でつまらない女どこがいいのか」
「僕の前のメリアは愛想が良くて面白い」
「フン。男に媚びを売るのは上手なのね」
レクシーは吐き捨てるように言った。
「あなたはどうしてメリアを敵視する。
メリアはあなたを傷つけようとするような人間ではないだろう」
僕の問いにレクシーはため息をつく。
「あの子の存在そのものが私を傷つけるの。
あなたやリムルさんみたいな庶民には理解できないでしょうけど。
一般論として貴族の娘は周りに愛されることが生まれ持った義務であり役目。
血統を理由に平民たちとは比べ物にならない権利と豊かさを得ている以上、愛されることで、反感を抑えて円滑にことを進められるようにしなければならない。
使用人にも民草にも貴族にも家族にも、私達は愛されなくてはならない。
そう教え込まれて暮らしていた私のもとに、あの子がいきなり現れたわ。
お母様の敵の娘というだけで憎むには十分なのに、あのお人形のような顔と華奢な手足をヒラヒラさせて屋敷をウロつくの。
それがどれくらい腹ただしいことか。
私はローリンゲンの長女として家の中でもっとも愛される人間でなければいけないと努力していたのに、あの子はそんなことを意に介さず暮らしているだけで使用人や来客の目を引いた。
私は私の役目を果たそうとしただけよ」
悪びれる様子もなくレクシーはそう言う。
そのことでメリアがどれだけ苦しみ傷つけられたのかは考えもしなかっただろう。
「それで、メリアを追いやって周りに愛されて満足だったか?」
思わず責めるような口調で言ってしまう。
が、レクシーは少し目を伏せて、
「まさか。戦いの場に上がってこない相手から得た勝利ほど虚しいものはありませんわ。
イスカリオス閣下もあの子にご執心でしたし。
見た目がいいだけのくだらない男をたぶらかして無理やり抱くなんて、満足していればやっていませんわよ。
だから皇后陛下の誘いに乗らせてもらいましたわ。
貴族の娘の範疇を超えた世界で自分の価値を証明するために」
レクシーの言葉にはうっすらと悔恨の念がある。
メリアに対する罪悪感は微塵もないだろうが、彼女なりの生き方だったのだろう。
「メリアの話に出てくるあなたに比べると、実際のあなたは幾分素直だな」
「ハッ! 褒め言葉のおつもり?」
「そうだな、ファルカス……ファルディーンに対しての」
僕がそう言うと、レクシーは不敵な笑みをやめた。
「彼があなたを変えた、いや変えているのだろう。
彼はどうしようもないところがある人間だが、くだらない人間ではない。
あなたも周囲の人間に愛されることより、彼を愛していることの方が満足できるのだろう」
なんとなくだが、ファルカスがレクシーをうとましく思いつつも切り捨てきれない理由が見えてきた。
レクシーと言う人間は歪んでいるが、複雑な感情と人として変わる可能性を持っている。
自分の手でこの厄介な人間を変えていくことに創作家としての琴線が触れたのだろう。
「ファルディーン様は最高の殿方ですわ。
だから、絶対に誰かに渡したりなんかしない。
私の元から離れさせたりなんかしない。
死ぬまで、死んでもあの方の体も心も私だけのものにしてみせますわ」
情念のこもるその言葉に僕は少し羨ましさを感じた。
「ああ、そうするといい。
あなたはそうやって生きていったほうが幸せだ。
それと、今のあなたはなかなかに魅力的らしい。
僕の知り合いがぶっちゃけやりたい、と漏らしていた」
「まあ、さすが下々の方の付き合う人間は下品ですこと。
間違ってもその方を私の視界に入れないでくださいね」
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【転生しても名無し】
『言われてるぞ、男爵』
【◆江口男爵】
『下品はオスに対する褒め言葉さ』
【転生しても名無し】
『男爵△www』
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僕とレクシーは連れ立ってホールに入った。
巨大なシャンデリアに照らされたホールは既に舞踏会が始まっており、色とりどりの衣装を纏った男女が手を繋いだり、腰を抱いたりして踊っている。
遅れて、ファルカスとリムルが入ってきた。
リムルは目をキラキラさせながら部屋の隅から隅までつぶさに取りこぼしがないように見渡している。
「さて、私の役目もここまでですわね。
それではご自由に」
レクシーは僕の元を離れ、ファルカスの腕に抱きつく。
「レクシー殿、感謝する」
僕がそう言うと、レクシーはすこしとまどいつつも、ニヤリと笑って、
「あなたがあの子をもらってくれるのならせいせいするわ。
上流階級との関わりも薄くなるでしょうし私としては最高ね。
せいぜい頑張ってくださいな」
と言い残して二人でホールの中央に向かっていった。
さて、メリアを探さないと……
「ク、クルス様!」
僕の元にリムルが駆け寄ってくる。
どうしたことかと目を向けると、二人の中年の貴族がニヤニヤとした笑みでリムルに近づいてくる。
「ハハ、可愛らしいお嬢さんだ。
社交界に慣れていないようで。
私が手ほどきしてしんぜよう」
「いやいや、ウブなお嬢さんに辺境伯殿の威光は眩しすぎるというもの。
申し遅れました、私はラーク子爵家のマイルズというものです。
是非、私にエスコートのお役目を」
恰幅のいい男たちにリムルはすっかり怯えてしまっている。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『おい、クルス斬っていいぞ。
ロリコンに生存権はない』
【転生しても名無し】
『斬るな斬るな。
でも守ってあげな。
ただでさえ大人の男には嫌な思い出が多いんだから』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
分かっている。
僕はリムルを庇うように前に出る。
「申し訳ありません。
この娘はまだ10歳になったばかりで右も左も分からない始末。
無作法があっては申し訳ありませんのでご容赦ください」
僕はかしこまって断りを入れるが、
「なんだね、君は。
見たところ爵位持ちには見えないが」
「近衛騎士のクルス・ツー・シルヴィウスと申します。
この子の……父でございます」
僕は咄嗟に嘘をついた。
リムルはええっ、という顔をする。
「近衛騎士ですか。
これはこれは。
自らの命を盾とし王家をお守りするそのお勤めには常々敬意を払っております。
ですが、爵位も持っていない貴方が我々の邪魔立てをするのは感心しませんな。
身分とは言わば皇帝のお作りになられた秩序そのもの。
王家に仕える貴方が乱して良いものではありますまい」
ラーク子爵とやらはよく口が回る。
だが、明らかに身分をかさにきて僕に圧力をかけている。
「お嬢さん、父上にご迷惑をかけてはいけませんよ。
さあ、来なさい」
そう言って、辺境伯がリムルの手を取ろうと腕を伸ばした。
その時だった、小さな影が僕の目の前を横切って辺境伯の手首を小さな両手で掴んだ。
「困るな。この娘は私のお気に入りだ。
田舎貴族ごときがそうたやすく触れて良いものではない」
高く柔らかい声で尊大な物言いをするその子供に、辺境伯は一瞬顔を歪めたが、その顔を見て真っ青になる。
「ダ、ダリル王子……様!?」
辺境伯の腕を掴んだのはまぎれもなくダリル王子だ。
子供用に仕立てられた小さな白い燕尾服を着て、栗色の髪を無造作にかきあげている。
「クックックッ。
我が孫ながら勇ましいものだ。
色を覚えるのはもっと遅い方が良いのだがな」
「仰せの通りでございます」
ホールの扉近くに現れた二人の姿に会場中の視線が釘付けになる。
一人はクリスティーナ皇后陛下。
その傍に大きな体躯をそびえ立たせているのはイスカリオス将軍だった。
「皇后陛下! お目にかかれて光栄至極にございます!
ですが、何故こちらに……
ご用意もできていなく恥ずかしい限りなのですが……」
ひときわ豪奢な衣服を着た貴族、おそらくこの屋敷の主人と思われるマックリンガー公爵だろう。
その彼が皇后に腰を低くして尋ねる。
すると皇后は……
「普段手をかけてもらえていない孫が不憫でな。
せっかくの祭りであるし、この婆が遊びに連れてきてやった次第だ。
他意はないぞ。
ところで、豪奢な衣装だな。
どこかの王族かと思ったぞ」
と不敵に笑う。
公爵は冷や汗をダラダラと垂らしている。
一方、ダリルはリムルに向き合い、
「偶然だな。まさかお前にこんなところで会えるとは思っていなかったぞ。
神のお導きかとすら思えてくる」
「お、王子もったいなきお言葉を……
私のような者をた、助けていただいて……」
狼狽えるリムルをダリル王子は余裕の笑みでなだめる。
「言ったであろう。そなたは私のお気に入りだ。
私は自分の大切なものを他の人間に触らせるのが何よりも我慢ならん。
お前の手を取るのは私だけだ」
そう言って、ダリル王子はリムルの手を取り、手の甲にキスをする。
その様子に会場の女性たちは一斉に、ほぅ、と熱いため息をついた。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆オジギソウ】
『ダリル王子ーー!私だー!結婚してくれー!!』
【転生しても名無し】
『マセガキどころじゃねえ!
このお方は神だ!
乙女ゲー好きには神対応すぐる!!』
【転生しても名無し】
『あと、10年……いや、5年もあれば良いオネショタの出来上がりだな』
【転生しても名無し】
『↑いやいや、ダリル王子だと「おねショタ17条憲法」第3条の「ショタは主導権を取ってはいけない」に抵触するだろう』
【転生しても名無し】
『↑俺の解釈では第3条3項の「ショタは生意気な場合に限り主導権を渡したように見せかけて、手のひらの上で転がすことを以てこれを補完とする」が適応されると思うが』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
妖精たちも大騒ぎだ。
錯乱しているのだろうか、分からない単語が多い。
「昼間アレだけ叩きのめされたというのに元気なものだ。
足の一本でも切り落としてやるべきだったな」
イスカリオスは僕の前に来て物騒なことを告げた。
「どうしてあなたが直々に皇后の護衛などを」
「勘違いするな、護衛の者は別にいる。
儂はエスコート役だ」
イスカリオスが向いた先には普段通りの制服姿のミーシャが立っている。
「あなたもアルメリアに会いにきたのか?」
「気安く話しかけるな。
儂はカルハリアス伯爵家の人間としてここに来ている。
一介の騎士とじゃれ合うつもりはない」
そう言って、イスカリオスは歩き出す。
海が割れるように彼の目の前の人々は避け、通路を作る。
その通路の先には深紅のドレスに身を包んだメリアがいた。
「メリア!」
僕は駆け出そうとしたが、皇后に腕を掴まれる。
「待て、クルス。
こういうものには順番がある。
そして、その順番は身分によるものだ。
騎士公風情が伯爵、いや、近々公爵になるイスカリオスを出し抜くなど許されぬ」
皇后はそう言って僕の腕を離そうとはしない。
僕がいることに気づいていないメリアは、イスカリオスが差し出す手を取り、ダンスフロアに連れて行かれた。