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第63話 僕はリムルが隠していた心を知る

 馬車は人の生活音で溢れた街を走り、やがて門を抜け帝都の城壁の外に出た。

 赤茶げた土の荒野には人はおろか草木も生えない。

 吹き付ける風が幌を打つ音、馬車の車輪がキュルキュルと回転する度に軋む音、一定のリズムで刻まれる馬の蹄が地面を叩く音。

 僕たち以外の全てが世界から消えてしまったような錯覚を覚えるほど荒涼たる世界だ。


「さて……ではまず、お前たちの話から聞かせてもらおうかな。

 リムルよ、再び問う。

 お前はこのクリムティアをどこで手に入れた?」


 皇后は懐からクリムティアを取り出す。

 リムルは飛びつきそうになるのをぐっとこらえて、


「コリンズパ――コリンズ様……私たちの暮らしていた教会の主で、育ての親です」


 リムルは鉄仮面を貼り付けたように表情を押し殺している。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『育ての親……ね。

 俺らの中では変態外道のロリコン野郎って扱いなんだけど』


【転生しても名無し】

『俺ら以上にリムルちゃんが思い知ってるだろう。

 何せ被害者なんだし』


【転生しても名無し】

『嫌な事件だったね……

 本来の意味で使ったの初めてだ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



「どのような男であった?」


 皇后の問いにリムルは淡々と答える。


「とても優しい人でした。

 元冒険者だと言うのに荒っぽさや下品なところがなくて……

 たくさんのことを教えてくれて……」


 リムルが言葉に詰まる。


「どうした?」

「申し訳ありません……

 コリンズ様のことを人にお話するのは、これが初めてで。

 つい、感極まってしまいました。

 お許しくださいませ」


 


 それからリムルは教会での生活について事細かに語った。


 子供たちは読み書きや算術、世の中の仕組みや歴史といった基本的な勉強の他にも将来なりたいものや興味のあることについても貪欲に学んでいたという。

 リムルは宮廷や貴族家でメイドとして働きたいとコリンズに伝えると、コリンズは宮仕えに必要な作法やマナーを一通り教えてくれたらしい。

 リムルがいきなり王室に仕えることになってもなんとかやっていけたのはその時の教育の賜物だということだ。


 勉強以外の時間はみんなで家事をしたり、畑を耕したり、体を鍛えたり、楽器を演奏し踊ったり、遊んだり、帝国の社会から切り離された場所であったがその生活は文化的で充実したものだったということがうかがえる。


 そしてその話の中心にはコリンズがいた。


 物腰が柔らかく、博識で、細やかな気配りができるコリンズは恵まれない人生を歩んで来た子供たちにとって親代わりであり、神のような存在であった。

 彼は子供たちを愛し、そして愛されていた。


 コリンズの裏の顔を知っている僕にとっては感情の整理が追いつかない。

 だが、皇后はリムルの話を目を細めて薄っすら微笑みながら聞いていた。


 コリンズが死に、アルフレッドとテレーズの間に子供ができ、そして教会での生活が終わりを告げたところでリムルの話は終わった。


 幌の隙間から赤みがかった日の光が差しており、日が沈みかけていることに気づいた。



「そなたは本当に出来のいい子だ。

 長い話であったのに退屈しなかったぞ。

 そのノウン教の教会とやらの暮らしが目に浮かぶようであった。

 そして、そこで暮らしていた人々のことも……」



 皇后は驚くほど優しい顔をしていた。

 そして、目尻にはうっすら光るものがあった。



「コリンズという男は……そなたに優しかったか?」


 リムルは間をおかず、ハイと答えた。


「彼は幸せだったと思うか?」

「そうだったと思います。

 恵まれない子供たちを一人でも多く救い、彼らがひとかどの人間になっていくことを喜びとしていましたから。

 実際に私の先輩方はさまざまな道で活躍されているようです。

 一緒に学んでいた者たちも優秀な人ばかりで私が特別優れていたわけではありません」


 リムルは一息ついて、皇后に言う。


「私はコリンズパパがやっていた事をこの世で最も素晴らしいことだと思っています。

 あの方は私を救ってくれただけでなく、この世界の素晴らしさ、生きることの喜び、そして人間の可能性について教えてくれたのです。

 そんなお方が不幸だったわけがありません!」


 リムルの言葉は熱を帯び、頰に涙が一筋流れた。

 それを見た皇后は顔を手で覆って泣き崩れた。


「すまぬ……すまぬ……」


 皇后は詫びていた。

 その対象は目の前の僕たちでないことは確かだった。



 帰り道、リムルはミーシャと並んで御者台の上で景色を眺めていた。


 僕と皇后は幌のはられた荷台の上で二人きりだった。



「さて、子供は居なくなった。

 ここからは大人の時間だ」


 皇后はそう言うので僕は、


「皇后陛下はファルディーン様にご執心と推察しますが」

「そう言う意味ではない!

 貴様は変なところ俗っぽいな!」


 僕は失礼しました、と頭を下げる。


「情欲というものは、厄介なものだ。

 レクシー程の切れ者が情欲にかまけ身を潰したように」


 膝に置いた腕で頬杖をついた皇后は遠くを見るような目をしている。



「昔話を聞いてくれ。

 だが、この事は誰にも話すでない。

 イフェスティオ帝国皇后……いや、ひとりの母親の昔話だ」


 僕は背筋を正して聞く姿勢を示した。


「妾はエヴァンスの下にもう一人男児を産んでいる。

 名はコーリニアス。

 優しく利発で、美しい子だった。

 妾はその子供を溺愛した。

 長男のエヴァンスはすくすくと健康体で育っておったし、コーリニアスが王位を継ぐようなことにはならないと妾も皇帝も思っておった。

 だが、王室の人間としての誇りと自身の価値を損ねるようなことはさせまいと気を配った。

 その中で、妾は王家の血の話を語り聞かせた。

 ユーグリッド族と交わることで英雄を降臨させるその血がお前には流れている。

 だから王になれなくともお前は神に選ばれし偉大な人間であると、そう教え込んだ。

 コーリニアスは妾の話を聞いて答えた。

『ならば私は王の血をつぐにふさわしい生き方をしなければなりませんね』と。

 コーリニアスは勉学に武術に鍛錬を怠らなかった。

 今、妾がやろうとしている女性登用も元はコーリニアスが話していたことだ。

 国を守ることに男女の区別をすべきでないと。

 女性の中でも並みの男性よりも優秀な人間は沢山いる。

 彼女たちの力を借りればさらに帝国は盤石なものになる。

 単純なことだが古いしきたりと強固なしがらみに縛られている王室でそのような考えを持つ者が生まれてきたのは奇跡といってもいい。

 妾はコーリニアスの語る夢に魅了された。

 妾だけではない。

 あやつの周りにいる貴族や侍女達も王子の語る優しい世界を尊び、見てみたいと思っていた。

 それくらいあやつは輝いていた。

 愛しかった。

 だから…………」


 皇后は手を膝の上に置きスカートを握りしめた。


「コーリニアスが10歳の頃、王宮内の女子が相次いで身籠もる事件が起こった」


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『おい……俺、嫌な予感しかしないんだけど』


【転生しても名無し】

『そうか……俺もだ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ああ、僕もそうだ。


「どの女子も12歳に満たない子供だった。

 故にどの娘も無事に出産することはできず、命を落とした者もいた。

 当然、妾は彼女らを孕ませた相手を捕まえるために力を尽くした。

 だが、どの娘も相手を庇うように口を割らず捜査は難航した。

 娘たちの中には遠縁だが王家の血を継ぐ者もいるが故に表だった捜査はできんかったことも厄介だった。

 妾自ら王宮の夜回りを務めるくらいにはな」

「犯人は……見つかったのですか?」


 皇后は歯噛みしながら答える。


「ああ……その現場を妾自ら見つけてしまったからな」


 皇后は息を荒くし、目を伏せる。

 長い沈黙が明け皇后が口にした言葉は、


「犯人は……コーリニアスじゃった」


 僕はやはり、と思うと同時に皇后の声に滲む絶望に感情が揺さぶられた。


「皇帝の血を引くコーリニアスの求愛を拒むことなど王宮に使える者に許されるわけがない。

 だが、初潮を迎えて間もない娘たちがそんな割り切りをできるわけがない。

 無理矢理犯された者も少なくないだろう。

 それでも、コーリニアスの悪行を告発することは王室の不興を買うことと思い、自らの将来の為、実家の為、中には王室への忠誠のために堪えていたのだ。

 そのことをコーリニアスは当然知っていた……

 知っていて自らの権力を振りかざし!

 彼女たちを蹂躙していたのだ!」


 皇后は声を荒げてしまう。

 馬車の進む音で御者台にいる二人には聞こえていないと思うが、僕は外の様子を伺う。

 リムルとミーシャはにこやかに語り合っている。

 どうやら聞こえていないようだ。


「妾は初めて我が子に手を上げた。

 杖で打ち、コーリニアスの肌は裂け血が流れた。

 冷静さを取り戻したところで妾はコーリニアスに問うた。

 何故このようなことをしたのかと……

 コーリニアスはまるで悪びれるようでもなく、こう答えた。

『私に流れる王家の血を民に注ぐことに何の罪があるというのです。

 私の蒔いた種を受けた彼女たちの子供が国を救う英雄となれば、彼女たちは救世主の母となれるのですよ』と」


 皇后は血を吐くかのようにえづきながら言葉を続ける。


「妾がコーリニアスのためにと教え聞かせていた事があやつを悪魔に仕立て上げてしまった。

 だが、愚かしいことに妾はたとえ悪魔だとしても自分の息子を失うことを恐れたのだ。

 本来優しく素晴らしい感性を持った子供だった。

 ちゃんと教育し直せばきっと立ち直れると……

 甘い願望を抱きながら、妾はコーリニアスを赦し……逆に生き残った娘たちを皆殺しにした」

「なっ!?」



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『はあああああああああああ!?』


【転生しても名無し】

『嘘だろ!? なに考えてんのこのババア!!』


【◆ミッチー】

『王室のスキャンダルを隠すためとはいえ……

 やり過ぎというか、もう異常じゃん』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 驚きのあまり声を上げるなんて初めてのことだ。

 それくらいに皇后の言っていることは僕の知っている倫理からかけ離れている。

 被害者を加害者を守るために殺すなど、どう考えても間違っている。


「さしものお前も驚きを隠せないか。

 そうだろうよ。

 妾もあの時の自分は気が狂っていたと思っている。

 王室を守るためと言い聞かせてもとても足りん。

 妾は我が子可愛さに罪なき傷けられた娘たちの命を奪った大罪人だ。

 死刑を以っても足りん罪だ」

「……それからどうなったのです。

 コーリニアスは改心したのですか」


 僕は務めて平静に言葉を紡いだ。

 だが、僕の想像している通りならこの後に待ち受けているだろう展開は、


「コーリニアスは剣の修行の名目をつけて、ある貴族家に預けた。

 その当主にはあやつに女を近づけるなと強く言い含めた。

 建前としては王家の血を求める女たちにコーリニアスが利用されない為にとしていた。

 事情を知らない当主はすんなりと妾の要求を聞き入れた。

 コーリニアスが王宮を出た後、妾は急いでコーリニアスの妻となる者を探した。

 特定の相手に自身の欲望をぶつけてしまえば、あやつの歪みも矯正されると思ってのことだ。

 だが、嫡男であるエヴァンスも嫁を取っていないのに末子のコーリニアスを娶らせる事など許されるわけもない。

 遅々として工作は進まず、時を浪費し……

 そして最も恐れていたことが起こった」


 皇后はうなだれ、頭を膝に埋めた。


「あの子は……またしても同じ過ちを犯した……

 よりにもよってその貴族家の娘を手篭めにしたのだ」


 皇后は頭を抱え、すすり泣きを始めた。


「その娘はまだ9歳じゃった……

 初潮すら迎えておらんかった。

 孕んだわけではない。

 だが、幼い体を傷つけられたその娘は子供の産めぬ体になった。

 見つけたのはその娘のそば付きのメイド……

 あのキャリーだ」


 キャリーが……

 ああ、だからか。

 事切れる間際、あのような憎しみを抱いていたのは。


「妾は事を収束させるため、キャリーを王宮の侍女に招き、彼女の実家にも破格の支度金を渡した。

 有り体な言い方をすれば口止め料だな。

 その貴族家は娘が傷物にされたことを公表されるのはマズイと妾と共にコーリニアスの罪を隠すことにした。

 だが、それでは根本的な解決にはならない。

 コーリニアスの性根は腐り切って、正すことはできぬ。

 だから、妾は……妾は……」


 涙交じりの震える声を抑えつけるようにして、皇后は僕に告白する。


「あの子を殺すことにした」


 顔を上げた皇后の目は一切の光を残していなかった。


「当主に命じ、あやつを乗せた馬車をモンスターの巣食う危険地帯に放り込んだ。

 狙い通り、食い散らかされて判別が出来なくなった人間の破片と血が散らかった馬車が警備隊により見つけられた。

 その報を受けた妾は粛々と我が子の葬儀を執り行った」


 皇后の話は終わった。

 抜け殻のようになった皇后と向かい合うように座っている僕は言葉を探すが、どのような言葉をかければ良いのか思いつかない。


 だが、僕は皇后がなぜこんな話を僕に聞かせたのかは分かった。


 コーリニアスはコリンズだろう。


 モンスターの襲撃をなんとかして切り抜けたコリンズは帝都を離れ、遠くの街で冒険者となった。

 王室の英才教育を受けていたコリンズならば、なまくらな冒険者の中では抜きん出た存在になることは容易かったろう。

 そして、アルフレッドたちに出会い、テレーズたちを救い、教会での暮らしを始めた。


 ライツァルベッセでロナルドがコリンズを貴族の生まれだと予想していたが当たらずとも遠からずだった。

 あの教会が先進的でゆとりを持った教育を行っていたのも、コリンズが受けていた思想教育が礎であることは間違いない。

 そして、テレーズやリムルを毒牙にかけた、その歪んだ欲望は……死ぬまで治らなかったのだ。

 そのことを皇后は知らない。

 リムルはそのようなことを話していないからだ。


 だから皇后の中で失踪した後のコリンズは、聖人のような生き方をし、子供たちに愛され幸せな人生を送ったことになっている。


 目の前の老婆は懺悔のつもりで僕に告白したのだろう。

 それは自分とコリンズの罪を許さないためだ。


 息子が幸せな生を謳歌したことを喜んでしまった。

 そんな自分を罰したかった。


 虫のいい自己満足をしようとしている彼女に全てぶちまけてしまいたかった。


 あなたの息子はあいも変わらず少女たちを欲望のままに蹂躙し、彼女たちの人生を狂わせた!


 そう言えば……どうなるだろうか。

 喜んだ息子の改心が幻想だったと知り、苦しむのだろうか。

 それとも喜ぶことがなくなったことに安堵するのだろうか。


 僕にはわからない。


 人間を知るということと、人の心の内を知るということは全く違うものなのだ。




 帝都に入ると僕とリムルは早々と馬車を降り、徒歩で自宅へと向かった。

 道中、僕はリムルに問いかけた。


「あのクリムティアはいつもらったものなんだ」

「クルス様はご存知なのですよね。

 私がコリンズパパにされたことも」

「……ああ」


 僕はリムルから目をそらして答えた。


「その直前ですよ。

『私の宝物をお前にあげる。

 だからお前も私に大切なものを捧げてほしい』……って」


 ひどい言い草だ。

 これからひどいことをする代償のつもりか。

 それとも、ユーグリッド族であるテレーズを孕ませたことで自分が王家の人間としての務めを果たしたからその証であるクリムティアを手放そうと思ったのか。


 どちらにせよ……僕はコリンズという人間を心底軽蔑する。

 自身の欲望のために多くの人を傷つけ、命を奪い、母親を狂わせた。

 彼は多くの子供たちを救ったが、その罪を贖うことには一切当たらない。

 ただ好き勝手に生きて、死んだ。

 皇后もリムルも彼を悪魔といった。

 僕もそれに同意する――


「昔、クルス様にコリンズパパは悪魔だって言いましたよね」


 リムルは唐突に僕にそう言った。


「怖かったです。痛かったです。

 そして悲しかったです。

 どうして優しいこの人がこんなことをするのだろうと。

 裏切られたことを受け入れるために、私はあの方を悪魔だと思い込むことにしました」

「ああ、そうだ。

 コリンズは悪魔だ。

 慕っていた君たちの想いを踏みにじった許されない存在だ」


 僕は彼女の言葉に同意した、つもりだった。

 だが、


「でも、クルス様が私を買って、一緒に暮らすよう言ってくれた時……

 私はコリンズパパに出会ったときのことを思い出しました。

 状況はクルス様の時とよく似ています。

 両親を流行り病で失い、彷徨うように街にたどり着いた私は盗みを繰り返して生き延びていたのです。

 ……正直、キャリー様に盗人呼ばわりされた時、昔の罪を暴かれた気分になりました。

 因果は巡るものですね」


 リムルは寂しそうに笑う。


「ある日、盗みに失敗した私は、男たちに囲まれて殴られる羽目になりました。

 痛かったけど怖くはありませんでした。

 これで楽になってパパやママの元に行ける、と期待する気持ちが勝っていました。

 ですが、私の望みは叶いませんでした。

 コリンズパパが私を救い出してくれたからです」


 僕はリムルの横顔を見た。

 夜空の星を見上げるその顔は昔を懐かしむようで、子供には不釣り合いだ。


「コリンズパパは私に全てを与えてくれました。

 それは悪魔との契約だったのかもしれない。

 でも、私はそのおかげで生き延び、そのことを幸せだったと思っています。

 だから、私があの方を幸せにできるのなら……そうしてあげたかった」


 リムルは足を止め、僕に向き直って言う。


「私は……本当は愛していたのです。

 コリンズパパのことを。

 あの方の欲望が汚い歪んだものであったとしても、愛していたのです。

 もし過去に戻れるなら、笑顔で抱かれたいと思うくらいに」


 リムルの言葉に僕は虚をつかれた思いをした。

 何故だ。どうしてあんな男を愛しているなんて言える。

 僕には理解も賛同もできない。


「君はまだ何も知らない子供だ。

 この世界にはたくさんの人間が居て、成長した君が愛する人間とも出会うだろう。

 だから今の君のいう愛しているというのは錯覚だと思う」

「そうかも知れません。

 ですが、全てを否定するにはあの方のくれたものは大きすぎるのです。

 その事に気づかせてくれたのはクルス様ですよ。

 あなたは私を救い、幸せにしようと考えてくださっている。

 そういう気持ちが人間にはあることを私に証明してくださったのです」


 そう言って笑いかけるリムルは清々しい笑顔をしていた。

 憐れまれるだけの無力な子供ではない、と僕に告げるように。

 だから僕は、そうか、と返すことしかできなかった。


 以前、テレーズは自分の中には理想のコリンズがいて、それを損なうわけにはいかないから彼を殺したと言った。

 リムルの中にいるコリンズは理想なのか……それとも……




 僕らは家の前に着いた。

 玄関の扉を開けようとした時、リムルは僕の腕を掴んで止めた。


「あの、今まで言いたかったけど、言えなかったことがあるので聞いてください」

「なんだ?」


 僕はドアノブにかけた手を離す。


「私は……クルス様のこと、愛しています」



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ファっ!?』


【転生しても名無し】

『オイオイオイオイ! なんなのこのおませさんは!』


【転生しても名無し】

『やったじゃん。ホムホム。

 メリアちゃんにリムルちゃん。

 君もハーレム主人公の道を歩みだしたねえ』


【◆オジギソウ】

『ブレイドとバルザックもいるし……

 老若男女揃い踏みだ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 僕はため息をついて、リムルに語りかける。


「リムル。救ってくれた恩だけで人を容易く愛してはいけない」

「だったらアルメリア様はどうなのですか?」


 僕は言葉に詰まる。

 メリアはおそらく、多分、少なくとも、僕に好意を抱いてくれている。

 その感情は僕が彼女を守るなかで育まれたものだと思う。


「もちろん、アルメリア様から横取りするような真似はしませんよ。

 それにクルス様はお綺麗過ぎて、私を抱いていただくには気後れしてしまいます」

「……なんてことを言い出すんだ」


 僕はリムルが空恐ろしくさえ思えた。


「だから、私はクルス様が幸せになってくれる姿を見たいです。

 そのお相手がメリア様なら言うことはありません。

 欲に塗れず慈しむように抱き合って眠るお二人の姿はとても綺麗で愛おしいものですから」


 見られてたのか……



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『こええええええ! リムルちゃん底知れなさ過ぎてこええよ!』


【転生しても名無し】

『この家で一番大人なのがリムルちゃんだった件』


【◆野豚】

『リムルちゃんのコリンズへの愛を理解や賛同はできないとか、錯覚だって言ってたよね、ホムホム。

 リムルちゃんの君に対する愛はどうなんだい?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ……害にはならないだろう。

 躍起になって否定するものでもない。


 僕はため息をついてドアを開けた。


「キャッ!」


 転がり落ちるようにメリアが路上に出てきて膝をついた。

 どうやら、ドアに耳を当てて僕たちの会話を聞いていたようだ。


「あら嫌だ。

 アルメリア様に私の愛の告白が聞こえてしまいましたか。

 申し上げましたとおり、アルメリア様のお邪魔はいたしませんから、今までどおりのお付き合いをお願いいたします」


 メリアは顔を手で覆う。

 バツが悪そうだ。

 おそらく、ベッドで抱き合っていたことを指摘されたのが効いているのだろう。


「言っていただければ、私は別の所で夜を明かしますよ。

 私に気を遣っておふたりのお邪魔をするのは忍びない――」

「子どもが! 余計なことに気を回すんじゃありませんっ!!」


 メリアの叫びが夜の空に響いたので、リムルの肩を抱いて放り込むように家へと入れた。

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