第61話 僕は皇后に酒の相手をさせられる
メリアとリムルと暮らし始めた翌日の夜。
護衛として皇后の部屋の隅に構えていたところ、皇后は手招きをしてテーブルに招き寄せた。
テーブルの上には蒸留酒と干物の肴が置かれている。
「クルス。付き合いなさい」
「任務中に飲酒は如何なものかと思いますが」
僕は彼女の側に立つ銀縁眼鏡を掛けた女性秘書官ファリシアに目配せをする。
彼女は不承不承といった表情で小さくうなづいた。
「どうせ酔わんじゃろう。お前ならば」
口元にうっすら笑みを浮かべる皇后は僕の正体がサンタモニアで作られたホムンクルスであることを知っている。
僕が近衛騎士に取り立てられる際、イスカリオスは皇后に伝えたのだ。
ブレイドとの約束を違えた形にはなるが、流石に国家の最重要人物の一人である皇后の周りに置かれるとあっては忠誠心が勝るというものだろう。
「では、頂戴します」
僕は皇后の向かいに座り、グラスに注がれた酒を口元に運んだ。
枯れた草のような匂いとまろやかな苦味を纏ったかすかな甘さが僕の感覚を刺激する。
感覚から受容する情報量は知識のない僕にもその酒の原材料や製作工程を想起させるほどに膨大で酔っているわけでもないのにクラリとする。
今までに飲んだ酒とは明らかに違う飲み物だ。
「フフ、良い舌と感性を持っているな。
つくづくお前は面白い。
深層の令嬢のように世間ずれしていないくせに世慣れた旅人のような度胸を持ち、画家の描く天使のように愛らしい見た目をしながら、剣を振るわせれば鬼神の如き働きをする。
50年以上、傍に騎士を置く生活をしていているがお前はその中でも大のお気に入りだよ」
「もったいなきお言葉にございます」
僕の返答を愉快そうに聞き入れた皇后は唇を酒で濡らし言葉を紡ぐ。
「して、昨日は何かいい事があったか?」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『おばあちゃん、絶対に知ってるよコレ』
【転生しても名無し】
『もしかして、ホムホムにも監視の目をつけてるんじゃない?』
【転生しても名無し】
「もしかせんでもそうだろ。
自分のお気に入りの手駒であると同時にサンタモニアの軍事機密の塊だぞ。
信頼と警戒は両立できるもんだ」
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僕はリムルを買ったことと、過去に彼女に会っていたこと、メリアと暮らし始めたことその全てを白状した。
リムルのことを説明するにあたって、教会で起こったことも全て話した。
念の為、テレーズがユーグリッド族であることは伏せていたが――
「ああ。先日レイクヒルで行われたユーグリッド狩りの標的のことか。
まさかお前が関わっていたとはな」
と、隠すまでもなく事情は把握しているようだった。
ならば、と僕はかねてからの疑問を投げかける。
「何故、ユーグリッド族を捕らえようとするのですか?
ユーグリッド族の子供が英雄になるという迷信があるからですか?」
僕は皇后に質問した。
不躾なふるまいだったのか秘書官は目を細めて、僕を睨んできた。
「迷信か……市井に広まるお伽話で知ったのならその程度の理解でも仕方なかろうか」
皇后はため息をついた。
「おとぎ話の存在のユーグリッド族は存在した。
ならば、その血の持つ神秘の力についての伝承も本物だとは思わないのか?」
皇后の問いかけに僕は黙る。
テレーズの持つ魔力はまさに規格外のそれだった。
あの力が子に受け継がれるのなら確かに戦力に数えられるだろう。
「しかし、指名手配のような扱いを受けるのはやりすぎではないでしょうか。
人間社会を恐れたユーグリッド族が人里を離れて暮らすのもその為でしょう。
もっと宥和政策を取っていれば彼女たちも安定した街の中で暮らし、安心して子供を増やすことができる。
そうすれば――」
「ただ魔力が高いだけの有象無象を増やすことなど考えてはおらん」
僕の抗議を皇后は冷たくあしらった。
「市井にユーグリッド族を放つ?
そんなことをすれば、ユーグリッド族の神秘の力に気づき、自身が力を独占したい輩で溢れるわ。
帝国の統治を揺るがす施策など愚の骨頂だ。
王家のモノにならないユーグリッド族など危険因子以外の何者でもない」
吐き捨てるように言い、酒を呷った。
「ユーグリッド族は貴重で美しい王室御用達の愛玩動物。
民草にとってはその程度の認識でいい。
何も知らぬ人間の手に渡るくらいなら地の果てでのたれ死んでくれたほうがマシだ」
皇后の目には微かに怒りが現れている。
ファリシアが酒を下げようとするが皇后は手を払って拒否した。
「クルス。お前はユーグリッド族と面識があり、その子供も知っている。
だから話す。
今後、お前が軽々しくユーグリッド族のことを人前で話さないためにもな」
皇后は頬杖を突きながら僕を睨んだ。
「ユーグリッド族の始祖は王国建国以前に人類を率いて魔族と戦った女神だ。
銀色の髪を持ち、美しく、聡明な女性だったという。
かの女神は人々に糧を与え、世界中の英雄たちの絆を紡ぎ、世界を救った。
ノウン教の信徒からは預言者シュレイアとして、竜殺しの巫女アイラとともに二大聖女として語り継がれておる。
どちらも魔族との戦いが終わると同時に天界に召し上げられたなどとも言われておるがな。
だが、ユーグリッドの血はその後も世界を救っている。
始まりの四英雄の名は聞いた事があるか?」
メリアの語るおとぎ話の中に出てきたような気がするが、皇后に尋ねる。
「先程述べた、竜殺しの巫女アイラ。
ソーエン族の先祖である剣聖ブレイド・ソーシュウ。
サンタモニアの名前の由来になっておる魔術王ラインハルト・サンタモニア。
そして、我がイフェスティオの太祖ユスティエル。
この4人だ」
「ブレイドですか……」
「ああ、あのソーエン人の名前もそうだったな。
ソーエンでは武器にまつわる名前をつけるのが一般的だが、その中でも伝説の剣聖であるブレイドの名前を名付けるなど大それたものだ。
よほど期待されて生まれてきた子なのだろう。
もしやすると名家のお坊ちゃまかもしれんぞ」
ブレイドが名家のお坊ちゃま……
豪奢な貴族衣装を纏い、赤い髪を整髪料でなでつけたブレイドの姿を想像すると、少し顔がにやけてしまう。
「それはさておき、四英雄はユーグリッドの戦いを支えた褒美として、彼女の加護を得た。
その加護とは女神の子孫であるユーグリッド族の血と交わる時、人類の枠を超えた力を持つ子供を授かるというものだ。
帝国1000年の歴史でも一つだけ例がある。
第47代皇帝イスカリオス・フェルマータ・イフェスティオの母親はユーグリッド族だった。
かの皇帝は母の腹を破って生まれ、産湯につけるとその産湯は熱湯に変わったと言い伝えられておる。
その剣は大地を裂き、その魔術は空を焼き尽くし、魔王軍を壊滅寸前まで追い込み人類に束の間の平和をもたらした。
まさに王家とユーグリッド族の血が生み出した奇跡といえよう」
また、よく知った名前が出てきた。
彼もまた期待を受けて生まれてきた子供ということなのか。
「始祖ユーグリッドの加護の力は直系の男児にのみ受け継がれる。
現在のイフェスティオ王家で該当するのは現皇帝のカイゼル。
我が息子のエヴァンス、側室の息子のバナージ。
そして、エヴァンスの息子のルートヴィヒとダリルだけだ。
もし、そのユーグリッド族を孕ませたのがどこぞの馬の骨でなく、王家の人間であれば……」
皇后は口惜しそうに歯噛みしている。
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【転生しても名無し】
『これって……暗にテレーズ捕まえて王室に差し出せって言ってね?』
【転生しても名無し】
『王族が代わる代わるテレーズ様を孕ませるために……
エッッッッッッ!!』
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「申し訳ありませんが彼女の消息は分かりません。
それに、彼女の出産は非常に負担の大きいものでした。
次の子供は期待できないでしょう」
「だから口惜しいのだ。
何も知らずに人類の希望の芽を摘み取ったそのアルフレッドとやらは八つ裂きにしても足りん!
しかも生まれた子供は男児ときている!
ユーグリッドの血を継ぐ娘が生まれ、それを孕ませ、戦えるまで育つのに後何十年かかるのか……
せいぜいその男児があちこちに種をまいてくれることを願うだけだ」
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【◆江口男爵】
『生まれながらに種馬になることを期待されているぞ、バース』
【転生しても名無し】
『バースならやってくれるんじゃないだろうか。
打つの上手そうな名前だし』
【◆バース】
『ワイのコテが一人歩きしている件について……
てかアルフレッドが気の毒すぎて草も生えん。
好きな女を親友に犯された挙句、皇后の絶対殺すリスト入りさせられながらも子供を育てへんといかんとは』
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皇后は自分を帝国を動かす装置として考えているという。
だからだろうか、人間を子供を産む装置として割り切った見方をしているのは。
バースはたしかに人類の命運を握る鍵とも言えるが、それ以前に人間だ。
皇后の考え方は彼の人生をリムルのような少女をモノとして扱う人間たちと大差ないのではな無いだろうか。
200年近く昔の不確かな言い伝えに何故、合理主義者の皇后が振り回されているのか。
僕には不思議でならない。
「皇后陛下。リムルはアルフレッドに育てられていましたが罪はありません。
アルフレッドの一派に加えないでもらえないでしょうか」
「流石にそこまで見境ないわけがなかろう。
その娘を人質に馬の骨やユーグリッド族を呼び寄せる事ができるならやってみたいが、すでにその娘は捨てられておる。
自身やわが子を危険にさらしてまで助けには来ないだろうよ」
皇后は自嘲気味に笑った。
「さて、クルスよ。
その娘をどうするつもりだ?」
「とりあえず、育てます。
僕の後ろ盾がなくても一人で生きていけるように」
「そうか。
しかし、お前もアルメリアも妾にとっては重要な人材じゃ。
子育てにかまけて職務がおろそかになるのは看過できぬ。
とはいえ、取り上げるのもお前たちの忠誠や意欲に差し支えそうだしのう」
皇后は少し考えて、
「うむ。とりあえずその娘もまとめて召し抱えてやろう。
まだ10にもならぬ子供ならば今から教育すればそれなりに使えるモノになるだろう。
試しにダリルの世話係にでも雇いつつ、仕込んでやろう。
芽がないようなら放逐するが、そうでなければ後宮の侍女になるもよし。
アルメリアのように政に関わらせるもよし。
それなりの家に嫁ぐもよし。
使い道はいかようにでもある」
予想外の提案に僕は驚いた。
だが、もっと驚いたのは秘書官のようで声を震わせながら皇后に言った。
「陛下、恐れながら孤児を王宮……しかもダリル様の世話係などお戯れが過ぎると存じ上げます。
何卒ご再考を!」
「固いのう……
ただでさえダリルの世話係は選ぶのが難しいのだぞ。
あやつの母親は鬼籍に入っておるし、実家の後ろ盾もない。
下手にバナージやルートヴィヒに繋がりのある貴族にでも任せてしまえば千年祭の前に国葬が開かれる羽目になるわ」
「しかし……」
「孤児院育ちならば年下の子供の世話など慣れたものであろう。
ダリルは3歳だが利発な子だ。
身分の高い者だけで固められた箱庭で育てるのでなく、色々な人種と関わらせたい。
皇位を継承するにせよ、補佐をするにせよ、俯瞰的な視点で国を見通せる力は育てておかねばな」
そう言って皇后はファリシアの意見を一蹴した。
ファリシアは不満や落胆を一切顔に出さずに、手を胸の前にかざして頭を下げた。
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【転生しても名無し】
『リムルちゃんまさかの就職内定w』
【転生しても名無し】
『よかったじゃん。
これでホムホムの気苦労も少しは晴れるだろうし。
まさしくシンデレラストーリーだ』
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たしかに。
一人で家に置いておくよりは王宮で働かせる方がリムルの為になる。
僕がいなくなるまで長くて1年。
その間に生きる術を身につけてもらわなくては。
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【◆ミッチー】
『体良く人質に取られたとも言えるけどな。
これでホムホムは帝国から抜けられないじゃん』
【転生しても名無し】
『新参コテのくせに的確なところをつきやがる……』
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それでもいい。
サンタモニアの件が片付くまでは他の国に行くことも難しいからな。
僕は皇后に深々と頭を下げ、リムルのことを頼んだ。
リムルが王宮に勤め始めて一週間が経った。
最初、王宮勤めをすることを聞かされた時は少なからず動揺していたが、元々真面目な性格をしているらしく、家に帰ってからも書物での勉強を欠かさず、一刻も早く一人前の世話係になるよう努力しているようだ。
さらに、我が家の家事全般をこなしてくれている。
こちらのスキルも教会で仕込まれていたらしく、正直、メリアよりも手際がいい。
「なんだか……私たち揃ってリムルちゃんに養われている気分です」
「ああ」
ごまかすように笑うメリアと僕は食後のお茶を頂いている。
リムルのおかげでこうやって穏やかにメリアと語らう時間を取れる。
僕としてもありがたい話だ。
「クルス様、アルメリア様。
明後日、ダリル様のお誕生日だそうです。
プレゼントを私の保護者からという体でお渡ししようと思うのですがよろしいでしょうか」
リムルが僕たちに尋ねてきた。
「えっ……ああ、たしかにリムルちゃんをよろしくという意味でも何かをご用意した方がいいでしょうね」
「それもありますが、お二人の名前をダリル様、ひいてはエヴァンス殿下に知らしめる良い機会でしょう。
エヴァンス殿下に取り継ぐのは腰巾着の貴族達に阻まれるでしょうが、ダリル様の周りにはそのような方はいません。
布石は打っておいたほうがいいかと」
淡々とダリルを利用した宮廷工作を指南してきた。
「あ、ああ……なるほど。
では、何か見繕わなくてはいけませんね。
明日ハーマイン子爵のご婦人にお会いするので参考にーー」
「ダリル様は絵物語が好きなようです。
あと、動物も。
動物の出てくる絵本などがよろしいのではないでしょうか?」
メリアの言葉を遮るように提案するリムル。
タジタジとなりながらメリアは了承した。
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【転生しても名無し】
『リムルちゃんぐう有能……
異世界転生でもしてるんじゃね?』
【転生しても名無し】
『↑ワロタwww』
【転生しても名無し】
『教会の教育の賜物なのか、本人の気質か……
ともあれ生き生きとしていて何より』
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皇后がこのことを聞いたら愉快に笑うだろうな。
そんなことを考えつつ、僕はダリルへの贈り物について思案する。
「で……またしても私をお呼び出しになられたわけですね」
「すまない。迷惑をかける」
僕は我が家に招いた貴族衣装を身に纏うファルカスことファルディーンに頭を下げた。
「構いませんよ。
まあ、兄や父はミルスタイン家がダリル様に肩入れするような行動を取ったということで、髪の毛が白くなったり抜け落ちたりしそうですが、知ったことではないですし〜」
うそぶいたファルカスの目には微かに怒りが見える。
「何かあったのか?」
「ええ……実は私に縁談の申し入れがあったということでそれを受けようとしていたのですよ」
ファルカスは大きなため息をつく。
「いや、私も兄の気持ちは分かります。
風来坊の弟を手元に置いておきたいと考えていらっしゃるのでしょう。
だからといって私を芸事から遠ざけるつもりもないらしいので、話を聞くだけ聞いてみようと、相手のことをお聞きしたのですが……」
ファルカスはさらに大きなため息をついて、
「レクシー嬢なのですよ」
「ブッ!!」
お茶を飲みながら話を聞いていたメリアが口の中のものを吹き出した。
「ご、ご無礼を……
ええっ!! レクシーが!?」
「ええ……どうやら彼女はまだ私にご執心のようで……
先ほどの騒動のことは表沙汰になっていませんし、イスカリオス閣下の婚約が撤回されただけで、それも閣下が軍務に専念するためという理由で然程、彼女の経歴を汚すものではなかったので……
ああ、ちなみに今度やる公演の題材にさせていただきました。
愛し合う婚約者たちが戦争のため引き裂かれる悲恋ものです」
「ははあ……ファルディーン様、相変わらず貪欲ですね」
メリアは口元を拭きながら呆然とした表情でファルカスを見つめている。
「もちろん丁重にお断りしましたよ。
彼女は嫌いではないですが、色々と面倒そうですし……
形だけの結婚ならまだしも、彼女は本気ですからねえ」
ファルカスは耳元の黒髪を指先で弄りながら呟く。
「嫌いじゃなくて、相手も愛してくれているなら結婚すれば良いじゃないか」
僕がそう言うとファルカスは
「私を愛してくれている人と結婚したら、私が女性の劇団員に演技指導できなくなるじゃないですか!」
「行き過ぎた指導を控えられれば良いだけでは……」
ファルカスをメリアは白い目で見つめている。
「結婚とは難しいものなんだな」
「いいえ。ファルディーン様がだらしないだけだと思います」
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【転生しても名無し】
『言うねえ、メリアちゃん』
【◆ミッチー】
『でも、なんでファルカスニキはレクシーが今でも自分を好きだと思っているの?
二重の意味で自分をハメた相手だぜ。
復讐目的の婚姻と考えるのが自然じゃね?』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
僕もミッチーと同意見なのでファルカスに尋ねてみると、彼はバツが悪そうに……
「……実は、あの後も何度か逢瀬を交わしておりまして――」
「責任取ってください。
ローリンゲン家的にもその方がありがたいので」
メリアの意見に同意した。
「あのキザ男は救いようがないのう!」
皇后は珍しく声を上げて笑った。
現在、彼女は後宮の庭園を散歩している。
庭園のバラの花壇に手ずから水をやるのは彼女の日課となっている。
「メリ……アルメリアとしてはレクシーを引き取ってもらいたいそうです」
「然もありなん。
ファルディーンに会ったら伝えておけ。
レクシー嬢と結ばれたくなければ、妾の愛人にでもなれとな」
「陛下! お戯れを!」
冗談の通じない秘書官を受け流して皇后は別の花壇の水やりに移った。
「お前の贈り物は中々良いものだったぞ。
ダリルも芸人の芸を見るのは初めてだったろうし。
動物の鳴き真似や動きを模した芸など宮廷ではお目にかかれん」
僕はダリルへの贈り物としてファルディーンを1日雇い、彼に目の前で芸をしてもらった。
リムルから聞いた話だとダリルは大層喜んだそうである。
「しかし、誰の入れ知恵だ?
ダリルを使って王家に取り入ろうなど。
アルメリアのような生真面目な娘が思いつくとも思えんし」
僕はリムルが全て筋書きを書きましたと言おうかどうか迷っていると、
「シルヴィウス! 大変だ!」
同僚の近衛騎士ミーシャが、大きな声を上げて僕に駆け寄ってきた。
皇后の前ということに気づいて膝をついて礼をするのも早々に僕に掴みかからんばかりの勢いで怒鳴り立てる。
「お前の連れてきた娘が盗みを働いたらしく取り押さえられているぞ!
いったいどういうことだ!?」
僕は驚きつつ、皇后の顔を伺う。
「交代の者が来たのだ。
遠慮せず行ってやれ」
僕は会釈するとすぐさま踵を返し、走って庭園を後にした。