第58話 僕は奴隷を買う
「サー・シルヴィウス。交代の時間です」
髪の毛を短く刈り込んだ女性が僕に呼びかける。
イフェスティオ帝国の近衛騎士の制服であるタイトな白いジャケットとズボンを身につけている彼女はミーシャ・フォン・ロンダート。
イフェスティオ帝国では数少ない女性の騎士公だ。
「了解した。引き継ぎ内容は報告書にまとめている。
特に異常なし」
僕は彼女に報告書を渡すと、同じ部屋にいる皇后に敬礼をして部屋の外に出ようとする。
「これ。シルヴィウス。
今日はどうするつもりだ?」
皇后の問いに僕は少し考えたが、
「お風呂に入って、寝ます」
「まだ昼前じゃぞ。
遊びに行くとか、市場に買い出しに行くとか、何か無いのか?」
「特に必要と感じていませんので」
部屋の扉を閉める時、つまらなさそうにため息をつく皇后の姿を見た。
部屋を出ると大理石の廊下が続く。
壁の装飾は帝国劇場よりもきらびやかで建物そのものが芸術作品のようである。
ソーエンに戻るブレイドとククリを見送って三ヶ月が経過し、色々あって今、僕は皇后直属の近衛騎士の任を得ている。
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【転生しても名無し】
『色々あって、ってざっくりした言い方だなあ』
【転生しても名無し】
『あのー、俺しばらく海外に行ってて、帝国で暮らし始めてからのホムホムのこと全然知らないんだけど。
だれか三行で』
【◆体育教授】
『暗殺者から皇后を守って
褒美として騎士に任命される。
苗字ももらって『クルス・ツー・シルヴィウス』というのが今の名前』
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今は僕をクルスという人間は少ない。
皇后の周りの人間は皆シルヴィウスと呼ぶ。
クルスと呼ばれて、旅をしていた頃が懐かしく思えるくらいに僕の日常は変化した。
そして、現在の日々は単調だ。
皇后が襲われたのは僕が食客だった頃のたった一回。
たまたま皇后に呼び出されて庭園にいた時のことだ。
剣を持った5人の男たちを瞬時に打ち倒したことが評価されこの身分を得たのだが、それ以降は皇后の行く先について行ったり、他の近衛騎士の武術指南をするくらいで特に何かをした記憶はない。
正直、剣の腕など全く必要のない仕事だ。
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【転生しても名無し】
『やりがいのない仕事に五月病気味のホムホムであった』
【転生しても名無し】
『見てるこっちもつまんねえよ。
おばあちゃんの日常を見せられても萌えも燃えもねえ』
【転生しても名無し】
『やっぱファルカス一座に加わろうぜ。
その美貌を活かすならそっちだ。
エルだのファルカスだの見ていて飽きないし』
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そういうわけにもいかないだろう。
近衛騎士をやめるということは皇后の名に背くことだ。
帝国で生きていけなくなる。
それに給料も良い。
なにかやるべきことを見つけた時のためにも、今の仕事は続けておいて損はない。
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【転生しても名無し】
『小さくまとまっちまって……
あーあ、せめてメリアちゃんとどうにかなっていれば楽しめたのになあ』
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メリアは今、皇后の命を受けて近く行われる『イフェスティオ帝国建国千年記念建国祭』通称『千年祭』の準備をしている。
ローリンゲン家の別宅で寝起きしているものの、昼夜問わず走り回っていてほとんど会えていない。
最後に会ったのは一週間前。
千年祭でお披露目する始祖ユスティエルの像の製作現場を皇后とともに視察に行った時だ。
その時も会話はできずに終わってしまった。
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【転生しても名無し】
『付き合い始めの三ヶ月が一番楽しいというのに残念なことだ』
【転生しても名無し】
『もう夜這いに行け! 既成事実を作り上げろ!』
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メリアの仕事を邪魔したくない。
日陰の身だったメリアが立身する機会だ。
この先何十年もこの国で生きて行くならばそれはきっと大事なことだ。
一年しか生きられない僕と一緒にいることよりも優先すべきことだと思う。
僕が心の中でそう呟くと、妖精たちは黙り込んだ。
後宮を出た僕は、城下にある自宅に向かう。
その道中で普段見かけない類の人間たちが多く往来を闊歩していることに気づいた。
帝都の住民の多くは国や貴族を相手にした仕事をしている人間で、収入も生活も安定しており、老若男女問わず小綺麗な格好をしている。
だから、使い込んだ革鎧や胸当てといった防具を身につけた荒くれ者はどうしても目に付く。
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【転生しても名無し】
『なんか気になるな。
とりあえずついていこうぜ!』
【転生しても名無し】
『賛成。いいよね?』
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構わない。
特に他にやるべきことはないのだから。
荒くれ者風の男たちが進む流れについて行くとたどり着いたのは、帝都の裏路地にある広場だった。
集まっている人々は荒くれ者だけでなく、羽振りの良さそうな商人も混じっている。
スラムと言うほどではないが、区画整理を無視した増改築を行なっているのか、妙にゴミゴミした区域であり、人場も周囲を3階建て以上の建物に囲まれていて閉塞感が漂っている。
広場の奥には3メートルほどの高さの木組みの台が設置されている。
そして台の横にはテントが並んでいる。
「今日の仕入れはどうよ?」
「ここ最近では良い方でさぁ。
とはいえ、アイゼンブルグが陥ちる前に比べるとねえ」
「アイゼンブルグなんてイスカリオス将軍が出陣すればすぐ奪い返せるだろ」
「バーカ。あそこはサンタモニアの街だろ。
ドサクサに紛れてそんなことできるわけねえじゃん」
「サンタモニアの品は味がいいんだよな。
腐りにくいし」
「違いねえ。帝国のは腐りやすいんだよ。
ザンディールも悪くねえが、好みが分かれる。
ソーエンは最悪だ。
アレは毒薬……いや、爆薬だな」
「今日も国産ばっかか?
なら、せめて僻地のがいいなあ。
スラムの匂いが染み付いてるのは嫌われるんだよ」
「あ、でも今日はサンタモニアのも出回るらしいぜ。
噂で聞いた」
「マジか! 誰か100ティエル貸してくれ!」
……なるほど。
集まった情報をまとめると、これは不定期市のようだな。
味がどうのというから食べ物のようだが……
妙に価格帯が高い。
ティエルは帝国で使われる貨幣単位だが100ティエルとなると労働者階級の家族5人が一年間暮らせるだけの額のはずである。
それが一商品にかける金額だとしたらどれほどの高級食材が出てくるのか。
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【転生しても名無し】
『なんとなくだけど……ホムホムが考えているほど平和な現場じゃない気がする』
【転生しても名無し】
『だよな。おれもそう思う』
【転生しても名無し】
『ホムホム。
会話以外の内容も吟味しようぜ。
客層とか、この場所とかいろいろあるだろ』
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僕が妖精の言うことに耳を傾けていると、広場に設置された台の上に恰幅のいい派手な髭を生やした男が現れ、前口上を始める。
集まった男たちは彼の言葉を聞いているそぶりはないが、その視線が台の上に注がれていることが分かる。
「では本日の一品目!
出身はサンタモニア!
年齢は14歳。
病や怪我はないと治癒術師のお墨つきもある!
しかも、未使用だ!」
髭男が周囲の人間に呼びかけるように叫ぶと、隣のテントから布切れを体に巻いた少女が出てきた。
顔には化粧が施されているが、肌や髪はひどい荒れようだ。
風呂はおろか、ろくな食事も与えてもらっていないことが分かる。
少なくとも帝都で見かける少女にあのようなみすぼらしい姿の少女はいない。
にも関わらず歓声や口笛が鳴り響いた。
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【転生しても名無し】
『ああ、やっぱりな』
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やっぱりとはどういうことだ。
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【転生しても名無し】
『これは奴隷市……というより売春用の人身売買のオークション会場だな。
労働力としてのウリを何も言わずに、新品か中古かが焦点になるなんてそれしかない』
【◆江口男爵】
『非合法かどうかは分からんが、あまり表立ってやっている感じでもないな。
荒くれ者の連中は世間体を気にする貴族や商人の購入の代行を請け負っているからだろう。
俺らの世界の人身売買も直接買い手が取引することは少ない。
マフィアやヤクザといった反社会勢力が購入を代行して、戸籍をでっち上げたり、息のかかった一般人と養子縁組をしてから嫁に出したりとか、なるべく買い手が人身売買に手を染めないようにロンダリングするんだ』
【転生しても名無し】
『なんだよ……その後ろ暗い知識』
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人身売買……ヒトをモノとして販売しているのか。
なるほど、僕には縁がない。
奴隷を飼う必要など無いし、扱い方もわからない。
競り落とした男が悠々と台の上の少女に近づき、その手を取った。
彼女は一瞬顔を歪めたものの、すぐに無表情に戻り、男に連れられていった。
これからの自身の苦難を察しているのか、瞳はただただ暗かった。
「続いてはレイクヒル産!
まだ10歳にもならない少女だ!」
歓声が再び起こるが、僕は彼らに同調する気分にはなれなかった。
もういい。
僕には関係ないし、興味もない。
この場にいる理由はない。
テントから出てくる少女を視界から外し、踵を返すが、
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【転生しても名無し】
『ちょっと待った!
あれって孤児院にいた子だ!
リムルとかいう!』
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妖精の言葉に反応して僕は再び、台の上を見やる。
じっくりと少女の顔を観察すると、たしかに。
レイク・フォレストのノウン教の孤児院にいたリムルだ。
だが僕が初見で気づかなかったことの言い訳ではないが印象が大きく異なっている。
あの教会で育てられていただけあって、清潔で世話が行き届いている身格好をしていたのに、いまは見る影もない。
光を弾くほど艶やかな金色だった髪はボロボロになり、栄養状態が悪さが頰や額の皮膚が剥がし、濁った桃色の肉が見えている。
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【転生しても名無し】
『どういうこと? ブレイドニキが救出依頼出してくれたんじゃねえの?』
【転生しても名無し】
『間に合わなかったか、救出された後、悪い人間に捕まったか……』
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そうか。
彼女は上手く助からなかったのか……
僕は再び彼女から目をそらし、この場を離れようと、
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【転生しても名無し】
『待て待て待て待てええ!!
なんで見捨てるの!?
助けようとしないの?』
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助けない。
そもそも助けるとはどういうことだ。
身寄りのない少女が生きるための手段なんてほとんどない。
ここに来ている客が貴族に飼われるにしても、売春宿に放り込まれるにしても寝食に困ることは無いだろう。
それも生き方のひとつだ。
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【転生しても名無し】
『ホムホムが冷徹すぎて何も言えねえ』
【◆江口男爵】
『ホムホムの言うとおりかもな。
助けるも何も、既に遅いんじゃね。
あのすさみ具合見たらさ。
アレから4カ月は経っているんだぜ。
この場に連れて来られる前に何されてたかなんてあの格好見てりゃ想像に易いだろう。
新品とアナウンスされてねえしなあ』
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髭男が競りを開始しようと、最低額を200ティエルと定めたその瞬間、
「おい! ちょっと待て!
ソレは本当にガキなんだろうな?
値段釣り上げるために偽装してねえか!」
よく通ったその声に、場が一瞬静まってからざわめき出す。
だが、髭男はふふんと鼻で笑って、
「信じられないか?
ならば、自身の目で確かめてみるがいい!
ホレ!」
髭男はダガーナイフを逆手に持って、その切っ先をリムルが巻いた布切れの胸のあたりに差し込み一気に引き裂いた。
卵の殻が割れるように、切り裂かれた布切れが床に落ちるとリムルの体が露わになった。
まだ発育途上の子供の貧相な身体だ。
にも関わらず、男たちは歓声を上げるが、
「あなたたちみんな! 地獄に落ちればいい!!」
憎悪に満ちた言葉を放ったのは他ならないリムル自身だった。
身体を隠すこともなく、目を見開いて唾を飛ばしながら叫ぶ姿に、僕は記憶を飛び起こす。
メリアや僕に対しても反抗的で攻撃的な態度を崩さなかった彼女を。
そして分かった。
彼女はまだ生きることを諦めていないと。
だが、彼女の精一杯の反抗に良心の痛みを感じる人間ばかりではない。
生きのいい獲物が狩人を喜ばすように、その反抗の意志をもスパイスと感じる類の人間はいる。
競りが始まった。
200ティエルで始まった競りはみるみる内に値を釣り上がり。
「380だ!」
褐色の肌をした大柄な男が手を挙げて最高額を提示した。
僕の2ヶ月分の給金に相当する大金だ。
「犬好き男爵の手の者だな。
以前にも競りで出くわしたよ」
「ああ……あの変態貴族か。
アレに飼われたら終わりだよ。
噂じゃあ、飼っている犬と子供の奴隷を同じ檻に閉じ込めて愉しんでいたらしい。
最後は気が狂ったところを餌にされたとか」
「エグっ!
売春宿の方がいくらかマシだな」
……人間は不思議な生き物だ。
他人のために血を流すことも厭わない個体もいれば、他人の苦痛を厭わない、それどころか快楽に感じる個体もいる。
僕は人間じゃない。
なろうとも思っていない。
だけど……それでもなりたい自分というものがある。
「400だ」
僕は手を挙げた。
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【転生しても名無し】
『さっすが、サー・シルヴィウス!
イエス・マイロード!』
【転生しても名無し】
『結局、情に甘いよね。
そこが良いところなんだけど』
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だいたいお前らのせいだよ。
言っておくが、僕に子供のことなんか分からない。
サポート頼むぞ。
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【転生しても名無し】
『お前らの中で子供に詳しいやつ! 挙手!』
【◆江口男爵】
『ノシ』
【転生しても名無し】
『おまわりさーん! 早く来て!!』
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「420」
再び先程380をつけた男が声を上げた。
「450」
僕は更に値を釣り上げる。
「よ、470!」
男は僕の様子を伺っているが、
「500」
と、言った瞬間、舌打ちをして地面を蹴った。
「500! 500! これ以上はいねえな!
お買い上げだ!」
僕は人の群れを割るように彼女のもとに歩み寄る。
「あなた……あの時の!?」
リムルは驚いた様子で僕を見つめる。
やせ細った体を見て僕はジャケットの上に来ていた外套を彼女に着せた。
すると、周囲の男たちがざわついた。
「あの身なり……王室の近衛騎士の制服じゃねえか!」
「本当だ! しかも女騎士かよ……」
「何に使うつもりなんだろう……」
「むしろ俺は買い手の方を買いたいぞ」
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【転生しても名無し】
『俺もホムホム買いたいぞ』
【転生しても名無し】
『おい、ホムホムは俺のものだぞ』
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僕はお前らを売り払いたい。
「持ち合わせがないんだが、後で持ってくるのでいいか?」
僕は奴隷商人にこっそり尋ねると、彼は一瞬顔をしかめたが、
「本当なら掟破りということでリンチものですが、騎士様なら取りっぱぐれがないでしょう。
今後のご贔屓も期待して見逃して差し上げましょう」
と言った。
これで一安心だ。
「行くぞ。ついてこい」
僕はリムルを連れて広場を後にした。
広場を離れたところでリムルが口を開いた。
「……私はこれからどこに連れて行かれるんですか?
売春宿ですか?
それとも貴族様のところですか?」
上目遣いで睨みつけるリムルは手負いの獣のように僕を警戒し恐怖している。
「僕の家……厳密には違うが一応貴族みたいなものか。
だったら後者だ」
「あ、あなた女の人でしょう!?
私を使って何をさせるつもりなんですか!?」
戸惑うリムルはどういう答えを欲しているのか分からないが、僕はゆっくりと語って聞かせる。
「何をさせるかは考えていない。
奴隷を買ったことはないし、買おうとも思っていなかった。
とりあえず、君を危険から救おうと思ったから買った」
僕の答えにリムルはさらに首をかしげる。
その時だった。
前方と後方から鎧をつけた男たちが小走りで近づいてきて僕たちを囲んだ。
その人数は4名。
どれも先程の市場にいた男だと思われる。
「王室に仕える騎士様とあろうものがとんでもないことをやらかしましたなあ。
奴隷市場で少女を買ったなんて知れたらどうなることやら」
ニヤニヤと笑いながら声をかけてきたのは、先程、僕と競り合っていた大柄な男だ。
「子供を救済しただけだ。
咎められる覚えはない」
僕ははっきりと言い返したが、
「腹の中は誰にも分からんでしょう?
特に高貴な御方は下々の者には理解できないようなご趣味の方も多い。
その麗しいお姿でその子供に何をされるのか、是非とも拝見させていただきたいものですな」
下衆な考えがにじみ出る言葉に周りの男たちも賛同するように笑った。
リムルは相変わらず反抗的な目で男たちを見渡すが足がすくんでいる。
「用向きを言え。
あなた方と無駄話をする気はない」
「その冷たい瞳……痺れるねえ。
今にも殺されそうでションベンちびりそう」
全くそんなことは思っていないだろう。
女騎士のほとんどは貴族家の娘で軽く剣技をかじったことのある程度の者ばかりだ。
複数の男を蹴散らせるような猛者はまずいない。
彼にとっては僕もそんな女騎士の一人のようだ。
「ぶっちゃけ、その奴隷は渡したくねえんだよ。
依頼主から強く頼まれているんでな。
今は持ち合わせがないが、その気になれば800は出せる。
どうだ? 譲ってくれねえか?」
男は顔を近づけて僕に問いかけてくる。
吐きかける息は腐った残飯のニオイがする。
普通の女騎士ならこの時点で無礼討ちにしかねないな。
「譲るつもりはない。
これ以上の交渉をするつもりもない」
「そうか……かわいそうにな」
その言葉が合図だったようで、男たちは持っている剣やナイフを鞘から抜いた。
「大人しく従っていれば見逃してやったものを。
アンタの騎士生活もこれまでだ。
明日からは女らしく男に可愛がられる生活が始まるぜ」
ニヤニヤと笑う男たちに僕はため息をついて答える。
「どうも僕を女扱いする人間が多いな。
むしろ最初から男扱いしてくるほうがおかしいのか」
そういう意味でメリアは世間一般とは感覚がズレているのだろうか。
などと、くだらないことを考えてしまう。
「なにをゴチャゴチャ――」
僕に凄もうとした男の剣の刃を指で掴み、へし折った。
鋳型に鉄を流し込んだだけの粗悪な大量生産の品。
得物は使い手を表す。
こんなものを使っている時点で自分たちの無能ぶりを証明しているようなものだ。
「いっ!?」
「今の生活が何よりも素晴らしいとは思わないが、それでも友が僕に残してくれた友誼の証だ。
簡単に捨てるわけにはいかない」
僕が騎士としてイフェスティオ帝国で暮らしていけるのは、そもそもブレイドが皇后に掛け合ってくれたおかげだ。
だから、僕にとっては大事な守りたいものだ。
「そして、この子供も守りたい。
……この前は守れなかったが、今度はそうはいかない。
僕は基本的には人を斬らないが、他人を守るという意志を持っている時は別だ。
お前たちの躯を飼い主の家の玄関めがけて投げ込んでやってもいいんだぞ」
そう言って、へし折った刃を更に半分に折ると男たちの戦意は完全に消え失せた。
「通るぞ」
僕はリムルの手を引いて歩き出した。
男たちは僕を追いかけては来なかった。