第54話 屋敷から歓楽街の宿へ
「ファルカス殿の手練手管には脱帽だな」
ブレイドは割られた窓を眺めてそう言った。
実際、僕もそう思う。
干からびかけた草木が水を得て蘇るように、ファルカスの言葉はレクシーの険しい表情を解きほぐし穏やかなものにしてしまった。
「あんな顔したレクシー……
私の記憶にありませんよ」
メリアは信じられないものを見てしまった、といわんばかりに唖然としている。
「しかも、案外動けると来たもんだ。
お前と切り結んで退けた上に、あの重そうなデブスを持ち上げて跳ぶとはな」
「舞台稽古が役に立った。
『毒の王子といやしの聖女』でキャロラインが王子に斬りかかる殺陣をそのままやっただけだ。
それにファルカスの芝居でヒロインを演じるエルは背も高く筋肉質だ。
彼女を軽々と抱き上げたりできるのだから、レクシーでもなんとかなるだろう」
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【転生しても名無し】
『顔は優男のくせに首から下は体操選手みたいな筋肉してたからな。
つくづく何でもできる男だ』
【転生しても名無し】
『なんでもできて、誰とでもデキる……
すげえ男だ』
【◆アニー】
『自分が描いたシナリオなのにファルカスがカッコ良すぎてビビってる』
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「さーて、次の場所に移動だ。
あのデブスも陥落寸前。
ファルカス殿に洗いざらいぶちまけてくれたら、俺がハラワタぶちまけてやる」
ブレイドは粗末なもの扱いをされたことを今でも根に持っているようだ。
「そんなことは儂がさせん。
それに……後ろ盾を無くしてしまえば、遅かれ早かれ彼女の未来は暗い。
流石に、お飾りの婚約者としても置いておくわけにもいかんしな」
イスカリオスはブレイドを諌めるように言うが、レクシーに対する感情は冷たいものだと言えるだろう。
レクシーから情報を聞き出した後は用済みという点において、二人の考えは一致している。
僕たちは再び先回りをして、帝都の歓楽街を訪れる。
ダーリスの歓楽街の比にならないくらい灯りと人通りで満ち、活気にあふれている。
その一角に酒場と一体になった宿があった。
一階部分が酒場で上の2階、3階部分が宿になっている建物で、あらかじめ建物をまるごと貸し切っている。
ファルカスとレクシーはこの建物の3階の角部屋に逃げ込んでくる手筈になっている。
僕たちはその部屋の隣に待機し、これまでと同様、【遠見】の魔術で彼らの部屋を観察することにする。
「ブレイド。レクシーを追っている者は引っかかったか?」
「ククリからは何の報告もねえ。
まだ網に引っかかっていねえな」
レクシーの後ろにいる黒幕が、今も彼女を監視している可能性があるというのはイスカリオスの意見だ。
今までにもレクシーから解放されるために、彼女が協力者と接する瞬間を押さえようと、間者を差し向けたことがあるらしい。
だが、どれも上手く行かず、殺されはしないまでも返り討ちに合うことすらあったという。
ククリに任されたのは、僕たちやレクシーを監視している存在を見つけ出し、生け捕りにすることだ。
上手く行けばレクシーが口を割らなくても、黒幕の情報を引き出せる。
「ククリがやられちまうってことはねえだろう。
魔王やイスカリオスが相手ならともかく、逃げに回ったククリはまず捕まえられるもんじゃねえ。
俺たちは俺たちのやるべきことに集中するぞ」
ブレイドはククリに全幅の信頼を寄せている。
彼らの関係は恋人であると同時に、戦友としての絆も感じさせる。
互いが唯一無二の存在であるのだろうと傍から見る僕でも察せてしまう。
「魔王……貴様ら魔王と相対したことがあるのか?」
「おう。ついこないだだがな。
俺とクルスでキッチリ撃退してやったぜ」
誇らしげに言い放ったブレイドに対し、イスカリオスは顎に手を当てて、
「魔王は……どんな魔族だった?」
「あぁん? 疑っているのかよ。
トランジスタグラマー体型で、まあ、悪くねえ女だ。
ピンク色の髪に青白い肌してて、デカイ角に羽や尻尾を生やしてやがったな。
後、名乗りも上げていたぜ。
『栄光ある我が名は魔王エステリア』ってな。
頭の弱そうな喋り方をしてきやがったが、戦闘力はたしかに魔王にふさわしいものだったぜ。
結局、本気を引きずり出せはしなかったし」
饒舌に喋るブレイド。
イスカリオスは神妙な顔つきで自身の顎髭を撫でている。
「二人が入ってきました!」
メリアが廊下から戻ってきて伝える。
イスカリオスの手下は床に置かれた銀盤に魔力を注ぎ込み、隣の部屋を映し出す。
「さーて、ファルカス劇場第二幕の始まりだ!」
ブレイドは銀盤の前に座り込む。
下の酒場から取ってきた豆をかじりながら、銀盤を凝視した。
天井から部屋全体を見下ろすような画が銀盤には映し出されている。
そこにファルカスとレクシーがフラフラになりながらも部屋になだれ込む姿が入ってきた。