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第53話裏 レクシーの矜持とブレイドの自信

レクシー視点です。

 何故、私がこんな目に!!

 心の中で何度も何度も繰り返し叫んだ。


 アルメリアに刃を突き立てようとした瞬間、あの女男に阻まれ、殴られて意識を失い、気がつけば牢屋のような石造りの部屋に投げ出されていた。


「メヲサマシタカ?」


 カタコトのイフェスティオ語で喋る覆面姿の男たちに私は囲まれていた。


「キサマニ、メイレイシテイル、ダレダ?」


 顔を近づけて喋る男は腐った魚のような息を吹きかけながら問うてきた。


 状況を分析するに、信じられないことだがあの賊はイスカリオスを退け、私をさらってここまで連れてきたのだと悟った。

 あの女男や赤毛の猿やその情婦はいない。

 奴らの手下だろうか?


「コタエロ!!」


 私は毅然と、


「猿に人語が理解できましたら聞いてくださいな。

 臭い息を吹きかけないでくださいまし」


 と言い放った。

 覆面をつけているので猿の顔は見えなかったが、引きつっているのが目に浮かぶようにのけぞっていた。

 ざまあみなさい。

 高潔なローリンゲン家の血統を継ぐレクシー・フォン・ローリンゲンの胆力を見くびらないで――


 ドカッ!


「ゴフッ!」


 私のお腹に杭が打ち込まれたような衝撃とともに鈍い痛みが走った。

 猿が蹴り上げたのだ。


「こ……この無礼者!!」


 痛みに耐えて私は叫ぶ。

 私の叫び声を聞いた猿たちはキャッキャと甲高い笑い声をあげて飛び跳ねた。


 下等で野蛮なソーエンの猿どもが……

 だが、野蛮な猿にどれだけ強い言葉を聞かせても、嗜虐心を煽るだけだった。


 猿たちは私を殴り続けた。

 口の中に鉄を舐めたような味が広がって、全身が切り裂かれるように痛い。

 容赦のない暴力を振るわれたのは初めてだ。

 屈辱的で、頭が熱くなるのを抑えきれない。


「メイレイシテイル、ダレダ?」


 繰り返し、奴らはそう聞いてくる。

 だが、私は決して答えない。

 答えられるわけがない。

 奴らには分かるまい。


 高貴な血統を継ぐ者には死が2つある。

 一つは生き物としての命を失う時。

 もう一つは高貴なる者としての矜持を失う時。


 そして私は生き物として生きることよりも自分が高貴なる者としての矜持を守り抜くことを選ぶ。

 痛めつけられようとも、犯されようとも私は決して低俗な猿どもになど屈しない。

 この猿どもは私の命を奪ったとしても気づくことはできない。

 自分たちは大切なものを何も奪えなかったマヌケであることさえも。


「オチねえな。その根性だけは大したものだぜ」


 扉が開き、ランタンを持って現れたのはあの赤毛の猿だ。

 下品な笑みを浮かべながら、彫り物をした上半身を顕にして私の前に仁王立ちした。


「妹の方なら泣きわめきながら全部ゲロするんだろうな。

 やっぱ姉だけあって我慢強いか」

「アルメリアと一緒にしないで。

 あんなどこの馬の骨とも分からない下賤の娘と」


 アルメリアの名前を聞いて、顔をしかめずにはいられない。

 元はと言えば、アイツがドジを踏んだせいでこの賊共につけ入る隙を与えたのだ。

 やはり、アイツは私の人生の邪魔ばかりする。

 いつも……いつもだ。


「フン。やっぱり高貴な生まれの女ってのは良い。

 目先の餌に釣られねえのは飽食の余裕があってこそだ。

 そうやって肥え太ったプライドを、へし折る楽しみを俺に与えてくれ」


 そう言って男はズボンを下ろして、丸裸になった。


「お前ら、押さえつけてろ」


 ヤツの命令に猿たちは迅速に対応し、私の手足を押さえつけた。

 なるほど、痛みで屈服できないと分かれば、そういうやり方に切り替えるのか。

 低能な猿の分際で人の嫌がることばかり思いつくものだ。

 ならば私も最大限の嫌がらせをしてやろう。


「何? その粗末なモノで耳掃除でもしていただけるのかしら?」

「そまっ……!?」


 赤毛猿は顔をひきつらせた後、フゥフゥと呼吸を整えている。

 ああ、胸のすく思いだ。

 ボス猿だけに自分のモノに自信がお有りのようだけど、私がどれだけの男に抱かれてきたと思っているのか。

 食卓に乗る腸詰めの方がまだ興味が惹かれるというもの。


 私がフフン、と鼻で笑うとボス猿は顔を真赤にして私に覆いかぶさってきた。


「惨めに腰を振ればいいわ。

 私は疲れたので眠らせていただきますけど。

 終わったら起こしてくださいまし」

「テメェ……」


 今にも殺しそうな目で睨んできている。

 これで事が終わった後に恥辱の一言でも食らわせてやれば激情に任せて私を殺してくれるでしょうよ。

 ああ……でも、最後にこんな猿に体を汚されるのはやはり屈辱ね。

 どうせ最後なら、世俗向けの悲恋劇の結末のように、美しい殿方の腕の中で息を引き取れれば良かったのに。


 私はまぶたを閉じ、全身の力を抜いて、猿の情欲を受け止める心の準備をした――

 その時だった。


 バンッ! と扉が音を立てて開いた。

 私が驚いて目を開けると、赤毛猿の背後に人が立っていた。

 ランタンの光に浮かび上がったのは洗練された貴族衣装を身につけたスラリとした立ち姿の青年だった。


 彼は驚く猿たちを踊るように蹴り倒し、ちぎっては投げ、最後に無防備な赤毛猿を床に顔から叩きつけた。


 顔の前に垂れた黒髪をかき上げたその時、彼の顔が見えた。

 切れ長の大きな二重の瞳や高く整った鼻梁が血色の良い細面に丁寧に揃えられている。

 宮廷芸術家の至高の逸品と称される天使像が裸足で逃げ出すほどに、息を飲むほど美しい殿方だ。


「悪夢はもう終わりです。

 血と泥に汚れた場所はあなたに似つかわしくない。

 さあ、私の手をお取りください」


 彼は跪き、私に向かってその手を差し出してきた。

 芸術作品のような美しい所作と造形に、吸い寄せられるように私は爪の剥がれた手を差し出した。




 地下牢を脱出した後、私は彼の用意した馬車に乗りこんだ。

 しばらく走った後たどり着いたのは帝都内にあるミルスタイン伯爵家の屋敷だった。

 ミルスタイン伯爵家……面識はないがライツァルベッセを治める名門貴族だ。

 彼はミルスタイン伯爵家に縁がある者なのだろうか。


「あの……貴方のお名前は?」


 彼は静かな笑みを浮かべて、涼やかな口元から言葉を紡ぐ。


「ファルディーン・フォン・ミルスタイン。

 現当主ベイルディーンの不肖の弟です。

 遅くなりましたが、お目にかかれて光栄です。

 レクシー・フォン・ローリンゲン様」


 と言って、彼は優雅な笑みを浮かべた。

 なんて美しいのだろうと心の中で呟いた。

 使用人や愛人たちが私のご機嫌取りをするために浮かべる卑屈な笑みではない。

 鳥の羽のように軽やかで、冬の日の暖炉のような暖かさを持った笑顔。

 それが私に向けられていることに心臓が濡れたような潤いを感じた。

 その潤いによって、肉が腫れ上がる痛みがスッと消えた気がしたが、また違う熱が私の体の奥深くに流れ落ちていた。

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