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第52話 僕の命を惜しんでくれる者

 僕は刻印の内容を紙に書き写してイスカリオスに渡した。

 ホムンクルスの寿命については書かなかった。

 2年という月日は人間にしては短命だが、使い捨ての兵器の戦術価値を落とすものではない。

 その間にもホムンクルスは量産され続ける。


 ホムンクルスの生産方法についても記述があった。

 大まかに言えばモンスターや家畜の死骸をかき集めて材料とし、イデアの部屋が所有している魔術回路錬成魔法陣で作成した疑似魔術回路に肉付けするようにして体を形作る。

 出来上がった素体を人間の血や体液と262種類の薬品を混合した培養液に40日間に漬ければ完成する。

 バースの10分の1の期間で完成し、生まれた時から人間以上の運動能力を持つ戦闘兵器。

 これが人類に牙を剥いた日には魔王軍以上の驚異となりうる。


 完成から数えて9ヶ月もの期間、活用されるホムンクルスは稀だ。

 その間にも改良、世代交代が行われていく。

 現在の僕は最新型とは呼べないだろう。


 だから、2年間という活動限界はさした意味を持たない。

 僕の個人的な問題だ。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『なんで淡々としてるんだよ……

 余命宣告されたっていうのに』


【転生しても名無し】

『ホムホム生きろ。何十年も生きてよ……』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 お前らはそういうと思った。

 壊れかけた僕をここまで連れてきてくれた発端はお前らだからな。

 だけど、嘆いても何も変えられないし、今はそんな話をしている場合じゃない。

 サンタモニアの暴走は人類にとって致命的なエラーだ。

 対処を考え無くてはならない。



 ブレイドとイスカリオスはそれぞれの国でこれからやるべきことを話し合った。

 ブレイドはソーエンに戻り、国を挙げてイデアの部屋を殲滅するための行動を起こすと言う。

 イスカリオスもアイゼンブルグを奪還し、サンタモニアの侵略計画を阻止すべく国軍を動かすらしい。



「まー、どうにせよ……

 もう協定がどうのなんて言っている状況じゃねえ。

 皇帝にアホガキの刻印見せつけて、サンタモニア討伐の準備をするんだな。

 判断を誤れば、マジで国が滅ぶぞ」

「分かっている……

 もう、儂の手中で動かせる次元の話ではない」


 ブレイドはイスカリオスの胸を拳で小突いて、背を向けた。


「クルス。もうこの国に用はねえ。

 俺はソーエンに帰るから、ついてこい。

 チンタラ船を使わなきゃいけねえ海路を行くつもりはねえ。

 アイゼンブルグの北を一気に通り抜けて、アマルチアからダーリスに渡る」


 ブレイドは僕にそう言って歩き出した。

 だが、僕は動かなかった。


「おい、クルス」

「僕は行けない。

 ブレイドはメリアを連れて行くつもりはないんだろ」


 ブレイドは眉をひそめて言う。


「当たり前だ。

 本気で走って帰るのにアホガキは足手まとい以外の何物でもねえ。

 それに、侯爵家の娘なんて爆弾抱えられるわけねえだろ。

 ただでさえサンタモニアと一触即発だってのにこれ以上火種を増やせるか」

「ならば、僕は行けない。

 分かっているだろ」


 ブレイドはチッ、と舌打ちをして僕の胸ぐらを掴み上げた。


「テメエも分かってんだろ!!

 テメエはサンタモニアの最新兵器で侵略計画の根幹にあたる存在だ!

 そんなお前がここに残ったら、帝国の研究機関に解剖されるのがオチだ!

 それとも何か!? 

 切り刻まれてでも人間のお役に立てるのが嬉しいってか!?

 だったら好きにしろ!

 バカに付き合うほど俺はお人好しじゃねえ!!」


 ブレイドのつばが僕の頬に当たる。

 まっすぐ僕の目を見つめる瞳はいつものようにギラついているが、少し潤んでいた。


「僕は……人間の為に作られた兵器だった。

 この体は人類の剣として魔王軍を狩るために作られた」


 本来の僕には人間を傷つけることができないように設計されていた。

 人間の命令を絶対遵守するように運用されていた。

 僕たちホムンクルスは人類と戦うための兵器ではなかったはずだ。


「だけど、僕は人を殺した。

 あの時、僕は自分が壊れてしまったのかと思った。

 でも、今なら違うと分かる。

 僕は、僕のために生きている。

 あなたがそうであるように」


 僕の胸ぐらを掴み上げるブレイドの手を握る。


「だから、僕はむざむざ殺されたりなんかしない。

 一緒に食事をしたり、助け合ったり、笑ったりしたこともない人間のために死んだりなんかしない。

 僕の命は僕が使う」


 僕は今ここを離れるわけには行かないんだ。

 僕がやるべきことが残っているから……


「……ばーか」


 ブレイドは僕から手を離し、


「バーカ!! バーカ!! バァーーーーーカ!!

 全部、自分で決めたみたいな顔して、偉そうにしやがって!!

 お前なんかなぁ! アホガキに熱を上げて身ぐるみ剥がされてる大バカで童貞の木偶人形だ!!」


 と言い切って、僕の頬を拳で殴った。

 本気の拳打には程遠い、生ぬるい拳だった。

 口調とは裏腹に怒っているのではない、と感じた。


 ブレイドはうつむいて、大きなため息をついた。

 少しの沈黙の後、ブレイドは口を開く。


「……おい、イスカリオス。

 あのデブスの件をどうにかして、お前もお前の手下も全員お咎め無しってことにしてやったら、クルスのことは見逃してくれねえか」


 予想外の言葉に僕もイスカリオスも顔を見合わせて驚いた。


「アイツにチクられて手下どもが処罰されるのが嫌なんだろ。

 忠誠心や信頼関係が必須の諜報員だ。

 お前のことだから兄貴以外にも親友だったり、恩人だったり身近な連中で固めてるんだろ。

 ただの駒にできない甘さが仇になったな。

 そんなお前を助けてやるんだから俺の頼みも聞けよ」


 ブレイドはイスカリオスの返事を待たずにさらに質問を重ねる。


「諜報部隊を設立したのは誰の差し金だ?」


 イスカリオスは屈強な戦士である。

 だが、世界情勢を把握し、各国間の均衡を維持しようだなんて戦略的思考を持てる器でないとブレイドは看破していた。

 僕も同感である。


 そして、先程の話し合いの中で、イスカリオスはどのような経緯で自身の私兵たちをレクシーに牛耳られたのかを僕たちに白状したが、何の後ろ盾もない貴族令嬢が極秘裏に動く諜報部隊の情報を聞きつけられるはずがない。

 彼女を駒として動かし、イスカリオスを押さえつけようとしている黒幕がいるというのは共通見解だった。


 そこで出た結論は一つ。


 イスカリオスに部隊設立をそそのかした人物がレクシーの背後にいる人物に情報を奪われ、部隊とイスカリオスをまるごと掌中に収められた。


 ならば、まずはイスカリオスの背後を洗うことでレクシーの黒幕に近づけるかも知れないと考えているのだろう。

 問い詰められたイスカリオスは口を重くしていたが、観念したように吐露した。


「最初に話が出たのは3年前だ。

 儂が将軍として任じられて間もない頃、皇居に呼び出された。

 皇居というのは王族の血を引く女性と成人前の男児が住んでいる屋敷だ。

 王城の敷地内にあるが、常軌を逸しているほどの結界と防備が施されている帝国最大の秘所と言うべき場所だ。

 儂を呼び出したのは……皇后陛下だ」


 ブレイドは苦虫を噛み潰したかのような表情で頭をかく。


「おいおい……国に隠れてやっているどころか、国そのものにそそのかされているじゃねえか」

「皇帝はこの事を知らぬ。

 他の重鎮たちもだ。

 それに、そのことについて話したのは一回きりで、部隊設立以降のことは耳に入れておらん」

「ハッ! お前が耳に入れていなくても、お前自身が手のひらで踊っていたに決まっているだろうがよ。

 部隊のメンバーに皇后の息のかかったものはいなかったか?

 秘密の隠れ家はお前たち以外入れない場所だったか?

 お前の粗末な頭じゃ1000年帝国イフェスティオの王族を出し抜くことなんてできるわけねえだろ。

 下手すると、あのデブスが中枢に入って、逆に組織運用が円滑に回りだしたくらいじゃねえか?」


 ブレイドの罵倒にイスカリオスは沈黙する。

 それは自分の至らなさを悔やんでいるようにも見えた。


「情報戦に関しては俺のほうがお前より数段上手だ。

 外界との接触を制限して、一歩引いたところから世界を観測しているソーエン国の人間を舐めんじゃねえ」


 不敵な笑みを浮かべるブレイド。


「できるのか?」


 怪訝そうに尋ねるイスカリオスにブレイドは顔を近づけて、


「やるんだよ。

 クルス。お前やアホガキにも骨折ってもらうからな」


 ブレイドはそう言って、パンっと拳を打ち鳴らした。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ありがとう、本当にありがとう』


【転生しても名無し】

『ブレイドニキだってホムホムに生きていてほしいんだね』


【転生しても名無し】

『出会ってすぐホムホムを紅に染めたブレイドはもういない』


【◆助兵衛】

『俺も作戦考えるから、ホムホム伝達頼むぜ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 僕に残された時間が一年余りと知ったら、ブレイドはどう思うのだろう?

 行動パターンを推測しようと思ったが、やめた。

 伝えることによる利が思いつかなかったからだ。



「う……ん……」


 辛そうに頭を抱えながらメリアが目を覚ました。

 神妙な面持ちの僕たち3人を見比べて、何かを言おうとしたが口をつぐんでいる。


「ようやくお目覚めかい。

 ねぼすけのアホガキ」


 メリアは少しむくれた表情をして、


「さっきからアホガキ、アホガキって……

 おっしゃるとおりなんですけど……」


 メリアは愚痴りながら膝を抱えた。

 ブレイドはプイと顔を背ける。


「さーて、と。時間はあまりねえからな。

 とりあえずあのデブスを監禁するぞ。

 魔術の類は使えねえよう、完全に拘束しろ。

 そんで、お前の手下で帝国内を素顔で動き回れるやつを貸せ」


 ブレイドはテキパキと指示を出して、話を詰めていった。





 僕たちは帝都郊外にあるカルハリアス家の別荘に移動した。

 僕とブレイドとメリアは食事を摂り、ボロボロだった服を着替え、一息つく頃には夜が更けていた。


 レクシーは地下室に監禁されており、ブレイドの指示で拷問にかけているという。

 さすがに拷問するのはイスカリオスは躊躇していたが、ブレイドに押されて首を縦に下ろした。



「あの将軍様は典型的な乱世の英雄、平時の昼行灯だな。

 人間相手と戦うのは向いていない」


 ブレイドは果実をかじりながらぼやいていた。


「イスカリオス様は勇猛で強力な戦士です。

 あの力、ご覧になったでしょう」


 メリアの反論にブレイドは「あ?」と凄んだ。

 するとメリアは肩をすくませて押し黙った。


「腕っぷしは強いが、身内に甘いし判断も悪い。

 俺だったらテメエの皮を剥ぐのも遠慮なく行うし、そもそもあのデブスがしゃしゃり出てきた時に拷問にかけている。

 もし部隊のことが明るみに出たとしても、皇帝の胸ぐら掴んで了承させるさ」


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ブレイドニキならやりかねない……』


【◆助兵衛】

『今回の作戦も素案は無茶苦茶だったからな……

 あんなもんそのまま採用してたらクーデターだぞ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ああ…‥

 皇后を人質にとったり、侯爵家を焼き討ちした上に濡れ衣を着せたり、帝国を転覆させるつもりかと思った。

 アニーがいい具合に作戦を整えてくれてよかったと思っている。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆アニー】

『ヤッター! ホムホムに褒められた!』


【◆オジギソウ】

『私もセリフとか協力したの忘れないでね』


【◆助兵衛】

『お前らのもかなり無理ある作戦だと思うが……

 まあ、上手く行けば一番スマートだしな』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 それにしても……メリアとブレイドの間に今までになかった距離を感じる。

 メリアはブレイドを裏切る形でイスカリオスのもとに帰還した。

 僕たちを巻き込みたくなかったという理由があるとしても、ブレイドは納得していない。

 円満だった人間関係が崩れるというのは見ていて気持ちのいいものではない。

 なんとかできればいいのだが。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『この状況で仲間の人間関係の心配までするってお前は天使か』


【転生しても名無し】

『ぶっちゃけ、俺もメリアちゃんについては思う所あるよ。

 ホムホムが気にしないならとやかく口にしないけど』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△




 メリアのことを知ろうとしなかった僕の落ち度だ。

 いなくなってから探しに行くのは限度がある。

 ベルンデルタの時も今回も運が良かっただけだ。

 一緒にいたいと思うならその人をいなくならないようにしなくちゃいけないのだろう。



 コン、と部屋の扉が短くノックされた。


「入れ」


 扉が開き、ククリが今回の作戦のキーマンを連れて入ってきた。


「ククリ、ご苦労だった」


 イスカリオスは椅子から立ち上がり、背筋を伸ばし、頭を下げた。


「貴殿を巻き込んでしまって申し訳ない。

 依頼の内容は道中で聞かされたと思うが……」

「頭を上げてください。

 貴方がたは私達の恩人だ。

 私の身で返せることならば何でもいたしましょう」


 華美な貴族衣装に身を包んだ彼は恭しく礼をして微笑んだ。



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