第51話 明かされた秘密と僕の隠した秘密
一旦休戦と相成った僕たちは協力して刻印解放を行うこととした。
ビクトール達は再び床に魔法陣を描いている。
「イスカリオスの兄ということはカルハリアス伯爵家の人間だろう。
どうして弟の部下として諜報員をやっているんだ」
僕はメリアに尋ねた。
「えっ? あ、ああ……私も何も……
そもそもビクトール様が生きていた事自体が驚きで……
遠征先で戦死したと聞いていましたし、いったいどうなっているのか」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『死んだはずの人間がスパイとして生きているって映画みたい』
【転生しても名無し】
『いや、でも伯爵家の跡取りがってダイナミックな脚本すぎるだろ』
【◆アニー】
『伯爵家の次男坊で旅芸人について行って世界を旅してるファルカスなんてのもいるよ』
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諜報活動をするのならその人物の身元は割れないようにするべきだ。
記録上死亡していれば、身元に繋がる痕跡は激減する。
だが、
「表には出てこれない。
死んだ人間が生きているのは怪しすぎる」
「はい……
ビクトール様には奥方も御子息もいらっしゃいます。
もちろんカルハリアス家の人間として、イスカリオス様が丁重に扱っているとは思いますが」
兄を死人にしたことの罪滅ぼしか……
「そこのお二人さん。
勘違いするなよ。
俺は望んで死人になったんだから」
聴こえないように離れたところで小声で話していたのに聴き取られてしまった。
「俺は正室の子で嫡男だが、イースは妾の子で継承権は低い。
能力は比べ物にならないが、それでも血統を重んじる人間は俺を後継者に推そうとしていた。
だが、こんな時代に凡庸な男が当主になることは家どころか人類の存亡にも関わる。
穏便にイースを当主に就けるためには俺がいなくなることが手っ取り早かったのさ。
だが、死人にも使い道がある。
こんな風に隠れてコソコソやる汚れ仕事にはうってつけだろ」
ニヤリと僕らに笑いかけるビクトール。
「じゃあ、あなたがイスカリオスに諜報部隊を作るように指示したのか」
「いいや。俺が持ちかけた時には既に組織の基盤はあった。
これ以上は極秘事項だ」
数十分のうちに魔法陣は再形成され、準備は整った。
「じゃあ、再開するか。
アルメリア殿、手枷が無いから縄で縛らせてもらうぜ」
頷いて、ビクトールに両手を差し出すメリア。
「ちょっと待った。
どうして、手枷をする必要があるんだ?」
最初から気になっていたが、目立たないために押し殺していた疑問について聞いてみた。
「もちろん趣味ってわけじゃねえよ。
刻印が解放される時、想像を絶するレベルの激痛に襲われる。
痛みで暴れ出さないように拘束させてもらうのさ」
僕は頭を抱えた。
「メリア……あなたは痛い目に合うのが好きだったのか。
それともブレイドの言うとおりアホなのか」
「アホ……って!? どういう意味ですか!?」
その反応を見て、やっぱり後者の方だったか、と僕は納得した。
「テレーズの出産の時、腹を切り裂く為に自分が何をしたか思い出せ」
僕の言葉に、メリアは目を丸くして「あ〜〜……」と間の抜けた声を出した。
「すみません……
先程まで自棄になっていたので、完全に失念してました」
メリアは顔を隠してうずくまった。
魔法陣の上でうつ伏せになったメリアは自分の頭に手をやった。
「でも、効くのでしょうか?
この魔術を自分にかけたことはありませんし、テレーズさんの時は何故か魔力がいつもよりたくさん使えて」
「気持ちの問題だろう。テレーズも言っていた。
一度できたことなら再現できるはずだ」
僕は嘘をついていないが、少しだけ情報を隠した。
テレーズのいた部屋は彼女の漏らした魔力が蔓延していた。
それをメリアは吸収していた分、魔術効果に上乗せがされていた。
だが、気持ちが重要なのは確かだ。
上手くかかってくれと願いながらメリアの詠唱を聞いていた。
まぶたを閉じたメリアの顔を軽く叩いてみる。
微動たりともしない。
完全に【昏倒】している。
「これだけ高等な魔術を使いこなせるようになっていたのか……」
イスカリオスは呟く。
「あなたはメリアのことを知らなさ過ぎる。
だからこんな真似を彼女にできたんだろうな」
イスカリオスを睨みつけてそう言った。
「……そうだな」
抑揚のない声で返すイスカリオス。
先程まで鬼神の如き強さを奮った男とは思えないほど、弱々しく見えた。
「さーて、まずはウチのかけた呪術を解呪するかね。
クルス、よろしく!」
ブレイドの突然の発言に面食らった。
「ちょっと待て、解呪の方法って……聞いてないぞ」
「大丈夫。詠唱するだけで解けるから」
「ならブレイドがやればいい」
ブレイドはニンマリ笑って、
「いいのか? 俺がアホガキの柔肌を弄っても」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『ブレイドニキ策士www』
【転生しても名無し】
『どうしようwwwメリアちゃんがお嫁にいけなくなっちゃうwww』
【◆与作】
『やれ』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
お前ら……
僕は観念してブレイドに解呪の詠唱を耳打ちしてもらうが……
「……すまない。聞き違えたかもしれない。
もう一度頼む」
「え〜〜、何度も言わせないで欲しいな〜〜」
声を震わせながらブレイドは再び、詠唱を教えてきたが……
「なんて真似を……」
「いいじゃん。ソーエン語だから、俺やククリにくらいしか分からないし」
「そういう問題じゃない……」
僕は頭を抱え込んだ。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『アキラメロンwwwブレイドニキにはかなわねえわwwww』
【転生しても名無し】
『●REC』
【◆与作】
『やれよ』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
……幸いメリアは意識がない。
ため息を付いて、僕は寝そべるメリアの傍に腰を下ろした。
手をそっと、背中に押し当てる。
そういえば……直に触るのは初めてだな。
冷たいような、温かいような、サラサラしているような、しっとりしているような、柔らかいような、固いような……
なんだか思考回路が落ち着かない。
「おーい、何堪能してるんだ?
そういうのは後で二人きりでやりな!」
「ブレイド様、ふざけ過ぎです。
……面白いのはたしかですが」
そういうのってどういうのだ。
ああ、もうさっさと終わらせよう。
「……【メリア……愛している】」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『キターーーーーwww』
【転生しても名無し】
『うはwwwなんだか合コンの罰ゲームみたいでワロタwww』
【転生しても名無し】
『なんか加齢臭がするぞ』
【転生しても名無し】
『記念すべき瞬間だね。
今日を愛している記念日と名付けよう』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
うるさいうるさいうるさいうるさい!
なんだこの自分の記憶を消したくなるような衝動は。
ただの言葉、しかもメリアには聴こえていないんだ。
何を気にする必要がある。
僕の思考回路の混乱をよそに、メリアの背中を覆っていた呪術の気配が霧散したと報告があった。
とりあえずは成功だ。
入れ替わりでイスカリオスの手下の魔術師が刻印解放の詠唱を行った。
背中から光で描かれた文字の詰まった平面が6枚、宙に浮かび上がった。
心配していた激痛もメリアには届いていないようで、静かな呼吸を続けている。
「さーて、何が書かれているのかなあ……と」
ブレイドが覗き込むように光の文字を見つめる。
「…………これ、何語だ?」
そのつぶやきに反応し、その場にいる全員が揃ってメリアの周りを取り囲んだ。
だが、誰もが首を傾げている。
僕も全くわからない。
見たことのない文字だ。
「これって……たしか、旧ハルモニアで使われていた共通文字じゃないですか。
古文書で見たことがある気がします」
「で、読めるのか?」
「申し訳ありません……
150年も昔の、しかも廃れてしまった言語です。
歴史に詳しい学者なら読める人もいるかも知れませんが……」
全員が落胆の声を漏らした。
「なんでそんなクソめんどくさい文字使ってんだよ!!」
ブレイドが近くにある椅子を蹴飛ばした。
「サンタモニアの魔術師は変わり者が多いことを失念していた……
万が一、第三者に見られても解読に手間がかかるようにしているのだろう。
もしくは我々に対する嫌がらせかもな……」
イスカリオスも頭を掻いている。
「だが、逆にここに書かれている情報が見られてはマズイ秘密であることの裏付けとも言える。
とりあえず書き写して、早急に読める人間を探そう」
ビクトールの提案にイスカリオスは頷いた。
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【◆野豚】
『あのー……ホムホム。
ちょっと落ち着いて聞いてほしいんだけど』
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なんだ?
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【◆野豚】
『俺たち、これ読める』
【転生しても名無し】
『うん、普通に』
【転生しても名無し】
『読めちゃったね』
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……何故だ?
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【◆野豚】
『妖精だから、ってことにしといて。
ホムホムが見てくれたら、多分全部読める。
どうする?』
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よろしくおねがいします。
僕は手を挙げて、読めることを周囲に伝えた。
数分後――
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆野豚】
『全部読めた』
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そうか、じゃあ教えてくれ。
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【◆野豚】
『ホムホム……先に言っておくけど、この情報……ヤバイなんてもんじゃない。
本当に厄ネタ過ぎる……』
【◆助兵衛】
『これは通常の手段では運べんわけだ。
メリアを人間書簡にしていると聞いた時は面倒なことをと思ったけど、適切な手段だ』
【◆マリオ】
『メリアちゃんがもし旅の途中で力尽きたり、帝都に戻ろうとしなかったらって考えるとゾッとするね』
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もったいぶらなくていい。
早く教えてくれ。
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【◆野豚】
『分かった。だけどその前に人払いをしてくれ。
ブレイドとイスカリオス。
この二人以外は全員ここから出ていってもらってくれ』
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野豚の指示どおり、僕は二人以外の人間を地上に出した。
「ほれ、準備万端だ。
早く教えてくれよ。気になって仕方ねえ」
催促されている。
頼むぞ。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆野豚】
『了解。
じゃあ……始めるよ』
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僕は野豚の書いた文字を即座に読み上げていく。
「聡明なる帝国の将校へ。
貴殿にお伝えする情報に嘘偽りのないことを造物主ノウンに誓う。
元サンタモニア王国宮廷魔術師長ウォーレン・ティレール」
「宮廷魔術師長!?
それってサンタモニアの魔術師のトップじゃねえか!
ウォーレンって聞いたことあるぞ」
「確か先代の魔術師長だ。
アイゼンブルグ陥落後に代替わりしていなければな」
いきなりブレイドとイスカリオスは声を上げる。
続けるぞ、と僕が言ったら押し黙った。
「結論から言う。
サンタモニアは……」
ちょっと待て……野豚、これは誤訳じゃないのか?
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【◆野豚】
『誤訳じゃないよ。間違いなく書かれている。
他の妖精たちに聞いてみなよ』
【転生しても名無し】
『間違ってない』
【転生しても名無し】
『俺らも目を疑ったけど……』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
「おい。どうした?」
急に言葉を止めた僕を怪しんで、イスカリオスが声を掛ける。
僕は戸惑いながら、野豚の書いた文字を読んだ。
「サンタモニアは……近い将来、貴国イフェスティオ帝国を侵略し、ゆくゆくは人類総同盟を支配することを企てている」
僕の言葉を聞いて、ブレイドもイスカリオスも目を見開いて立ち尽くしている。
「ど、どういうことだよ!? 帝国に侵略って!」
「続きを読む。黙っていてくれ」
ブレイドは興奮を押し殺して口をつぐむ。
「既に我が国の実権は王室にも議会にもない。
魔術兵器研究を行う極秘研究機関『イデアの部屋』によって掌握されている。
奴らが30年前にホムンクルスの始祖アーサーを完成させて以降、ホムンクルスが人間の兵士にとって代わった。
云わば、これは『イデアの部屋』に国の命運を委ねたことになる。
奴らは国の要職に自分たちの息のかかった人間を置き、邪魔な人間を排除した。
私もその排除された一人である。
それだけ派手に動いているのに奴らの存在は決して公にならない。
民は自分たちの指導者が入れ替わっていることにも気づかず、むしろ兵役の免除といった恩恵に感謝すらしている。
それだけならばいい。
魔術によって発展してきた魔法王国サンタモニアにおいて、一つの時代の転換と受け入れよう。
だが、奴らが問題なのは自身の研究を進めるために、この魔王戦争を利用しているということだ。
帝国の将校であればご存知だろうが、サンタモニアはその魔術力や軍事力に比して、魔王戦争での戦果が乏しい。
それはひとえに軍の指揮権は『イデアの部屋』に握られており……戦場を……新型兵器の実験場としか見ておらず……勝利や戦果を度外視した無謀な作戦を実行している為である……」
僕は思わず、何度も見直して読んだ。
「バカな!? そんなこと背信行為どころではない!!
勝利を求めずに戦地に派兵するなど!!」
イスカリオスは激昂したが、ブレイドは比較的冷静だ。
「人間を派兵するのなら指揮する側にも、従軍する側にも抵抗があったろうさ。
だが、出すのはほとんど人工物のホムンクルスだ。
人間の命よりは遣い潰すのも気楽だろう」
ここから先はしばらく、サンタモニアで行われた戦闘の記録、すなわち兵器の実験記録が記されている。
そのどれもが戦術の常識に反する無謀な作戦ばかりだった。
そしてその殆どがホムンクルスに係る実験によるものだ。
素手での戦闘力を測定するため、武器を持たずに戦闘させた結果、全滅。
戦闘継続可能時間の記録を取るために撤退を許可せず、全滅。
船を使わずに泳いで作戦地域に到達できるか実験したが、波に飲み込まれたり、水棲の魔物の餌食になり、全滅。
自爆特攻の有用性を検証するため、体内に爆発魔術の魔法陣を仕込み、全員突撃させる。
一定以上の効果が見込まれたので、搭載型の製造を検討。
……・メリアが起きていなくてよかったと思った。
こんなことが人間の手で行われていたなんて知っただけで心を痛めるだろうから。
「……と、実例は枚挙にいとまがない。
だが、ここで一つの疑問が出てくる。
『イデアの部屋』の最終目標はどこにあるのか。
最強のホムンクルスを作ることだろうか、それともホムンクルスを超えた人型兵器の開発だろうか。
私は、そこに着眼して調査を進めた。
結果、浮かび上がってきた真実は私の想像を絶するものであった。
『イデアの部屋』の最終目標は――――」
僕は呼吸を整えて、口に出す。
「ホムンクルス技術の応用による、全人類の進化。
人間を上位生物に作り変えることである」
イスカリオスもブレイドも絶句していて、場には沈黙が横たわっている。
僕は話を続ける。
「人間は生物の種として貧弱である。
爪も牙も毒も持たない。
魔族たちと比べるどころか、野生の獣にも遥かに劣る。
知恵をつけ戦略的に戦争を進め始めた魔王軍に対し、人類が打つべき手は自身の進化である。
疲労を知らず、睡眠を欲せず、傷をたちまち再生し、魔族に対抗できる膂力を持つ、万能の生物。
また、精神の安定と他者との調和を完璧に行い、社会型生物としての完成形。
全ての人類がそんな上位生物となった時に、我々は魔王戦争に完全に勝利し、繁栄を手に入れる……
と言うのが奴らの考えだ。
ハッキリ言って馬鹿げている。
身体能力の底上げだけならまだしも精神性に手を加えてしまえば、もはやそれは人類ではない。
奴らが求めているのは人類の勝利などではなく、最高の生物を作り上げる造物主となることだ。
話を戻そう。
奴らはその計画のことを『アセンション計画』と称している。
その計画の第一段階がホムンクルスの製造とその性能向上。
第二段階として人体改造技術の向上。
第一段階はほぼ完成している。
ホムホム、ここから先はちょっとまって……あ」
しまった……
「ホムホム? 誤訳か?」
「……そうだ」
危ないところだった。
ブレイドが誤解してくれたから良かったようなものの……
どういう意味だ。
「ここから先はちょっと待て」というのは?
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆野豚】
『ここから先に、君に直接関わりのある内容が書かれている。
とてつもなく重要で、残酷な内容だ。
俺は、俺たちは君にこんなことを伝えたくない。
知れば君はきっと傷つくし、これからの生き方を狭めてしまうかもしれない』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
相手を傷つけないために隠す。
人間がよくやることだ。
だけど、僕はホムンクルスだ。
何があっても、心は傷つかない。
たしかに感情も増え、心が揺れることもある。
それでも傷つかない。
だから教えてくれ。
隠された情報のせいで何かを失うことがあれば、僕はお前らを許せなくなる。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆バース】
『告知なら、仕事柄慣れとるけど、代わったろか?』
【◆野豚】
『いや……俺に伝えさせてくれ。
俺が一番、ホムホムとの付き合いは長いんだ』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
野豚は、隠そうとしていた情報を開示した。
……成程。
隠そうとするわけだ。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『ホムホム……見えないだろうけど俺、泣いてるんだよ』
【転生しても名無し】
『おれも』
【◆オジギソウ】
『こんなのあんまりだよ……』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
何も感じないわけじゃない。
今まで培ってきた色んな感情がうごめいている。
だけど、全部受け止める。
そして、この情報は今後、僕が生きる上で必要な情報だ。
「……現在、最新型とされる第九世代ホムンクルスの中でもエルガイアモデルとされる個体については、ホムンクルス開発の一つの到達点と言える。
基本性能のバランスの良さもさることながら、経験を積むことにより、スペックを向上させるという、人間における成長の現象が完全に再現された。
この結果を受けて、『イデアの部屋』は計画を第二段階に移し始めた。
人体改造技術の向上。
『イデアの部屋』がアセンション計画完遂までに必要とする実験対象の個体数を10〜100万人と試算。
それだけの数の人間を調達するために、イフェスティオ帝国に対しての侵略を検討している」
「ふざけるなっ!!」
イスカリオスが激昂した。
「おい貴様! 儂を嵌めるために根も葉もない事を口走っているのだろう!」
僕は胸ぐらを掴まれる。
「事実だ。そう書いてある」
「ならばお前の翻訳がおかしい!!
いや……そもそもこの刻印自体が本当のことを記しているとは限らん!
地位を追われた老人が気狂って書いた妄言かもしれん!」
イスカリオスの狼狽ぶりはひどいものだ。
たしかに妄言のような内容だ。
だけど僕には……
「全てが事実であるという保証はない。
だが、全てが妄言ということではない。
明らかな真実がこの中には含まれている」
僕はイスカリオスの腕を振りほどく。
「サンタモニア王国の兵士はホムンクルスに取って代わられていること。
ホムンクルスたちは無謀な作戦計画のもと出陣させられて、使い捨てられていること。
そして……第9世代エルガイアモデルというホムンクルスは実在する。
ホムンクルスの存在を知っている者は多いが、詳細なモデル名は開発機密だ。
この書き手は間違いなく、ホムンクルス開発の中枢近くの情報を取得している」
僕の言葉に納得がいかないイスカリオスはさらに怒鳴りつける。
「ならば! なぜその開発機密をお前が知っている!?」
愚問だ。
「僕が、そのホムンクルスだからだよ」
イスカリオスは怒りに震わせていた体をピタリと止めた。
「第9世代エルガイアモデル、識別番号は9E079。
クルスという名は……ある人達にもらったものだ」
信じられないという顔をしているイスカリオスの肩を叩くブレイド。
「本当だ。森の魔女フローシア・ドリアードのお墨付きだぜ」
「フローシア……だと」
「あと、多分ここに書いていることデマじゃないと思うぜ。
ソーエンもサンタモニアに間者を放っている。
ここまで詳細な情報ではないが、キナ臭いのは感づいていた。
アイゼンブルグ陥落にしても出来すぎてるとは思わねえか。
アレのせいでイフェスティオとサンタモニアは分断されちまった。
魔王軍が暗躍するサンタモニアにとっての防波堤になっているように見えなくもない。
だいたい、アンタも嫌な予感がしたから危険な橋渡ってこんな組織作ってるんだろ」
ブレイドの言葉を聞いてイスカリオスはうなだれた。
「ここから先はサンタモニアの軍備や侵攻計画についてだ。
口で説明するよりも紙に書いたほうが良さそうだな」
そう言って、僕は机に向かう。
彼らに話すべき情報は全て話した。
話すべき情報は……
「現在、最新型とされる第九世代ホムンクルスの中でもエルガイアモデルとされる個体については、ホムンクルス開発の一つの到達点と言える。
基本性能のバランスの良さもさることながら、経験を積むことにより、スペックを向上させるという、人間における成長の現象が完全に再現された」
僕はこの後の情報を口にしなかった。
「但し、このモデルが克服できなかった欠陥がある。
それは耐用時間、人間で言うところの寿命の問題である。
第9世代エルガイアモデルの寿命は約2年。
これを過ぎるとホムンクルスは体内の魔術回路が稼働停止し、同時に思考回路も停止する。
不可逆的な活動停止である」
僕がロールアウトしてからアイゼンブルグに出るまで約6ヶ月。
アイゼンブルグを脱出して、旅を始めてから約3ヶ月。
僕に残された時間は……1年3ヶ月。