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第49話 僕がずっと守っていたあなた。

 工房の地下は30メートル四方はある広い空間だった。

 天井も高く、戦闘も悠々行えるだろうと推測する。

 部屋の端の方に机や椅子がある程度はほとんど物が置かれていないが、中央部に魔法陣が描かれている。

 描かれている術式からおそらく魔術効果を継続させる類のもの。

 メリアを連れてきて、あそこで刻印を解放し、じっくり閲覧するつもりか。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『それって、裸のメリアちゃんをあそこに転がしてここの連中の見世物にするってこと?』


【転生しても名無し】

『●REc……いや、嫌だよ!

 俺たちがホムホムの目を通してメリアちゃんの裸を見るのはいいけど、その世界の連中がメリアちゃんの体をイヤらしい目で見るのは絶対ダメだろ!』


【◆与作】

『俺たちもダメなんだよ!! 自重しろ!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 妖精たちの着眼点は相変わらず明後日の方向に向かっているが、たしかにあまり気分のいいものではない。

 僕は辺りを見回しながら歩く。

 何か使えるものはないかと探していると、部屋の片隅に豪奢な椅子やサイドテーブル、そして革張りのトランクがあるのが目に入った。

 殺風景な部屋に不釣り合いなそれらが気になったので、近づいて、トランクを開けてみる。


「これだ」


 トランクの中には白を基調とした豪華なドレスが詰め込まれていた。

 レースだのリボンだの過多な装飾が施されており、目利きができない僕でも高級なものだと分かる。


「おい。あまりそれらに触れないほうがいい」


 僕は背後から声をかけられる。

 慌てず、顔を見られない程度に小さく振り向く。


「どういう意味だ?」

「レクシー嬢の持ち物だ。

 滅多なことをして機嫌を損ねると何されるか分からん」


 レクシー……女性の名前のようだが、初めて聞く名前だ。


「レクシーとは何者だ?」

「お前……いや、最近帰国したばかりなら知らない者もいるのか。

 イスカリオス様と並んで俺たちに対する命令権を持ったお方だよ。

 レクシー・フォン・ローリンゲン侯爵令嬢。

 ぶっちゃけ、色欲まみれのクソ小娘さ。

 遊び半分で俺たちの命を駒みたいに扱いやがる」


 フードの影でその表情はわからないが、忌々しく感じていることを隠しきれていない。

 レクシー・フォン・ローリンゲン……



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『もしかして、メリアちゃんのお姉ちゃんじゃね?

 前に姉との折り合いが悪い的な話ししてたし』


【転生しても名無し】

『嘘をつくには真実を混ぜろって奴ね。

 手下からの評判の悪さも含めて、あり得る話だ』


【◆江口男爵】

『メリアの姉で淫乱か……期待できるな』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 メリアの姉が首謀者……

 実の妹をスパイに仕立て上げて危険な任務に放り込んだのか。


「分かったら、そのドレスを戻せ。

 レクシー嬢もまもなく来るみたいだから」


 フード姿の男の忠告を聞いた僕は、ドレスについたレースを引きちぎった。


「おいっ!? おま、何考えてる!?」

「例の刻印魔術が仕込まれているのは背中だけだ。

 裸の娘を集団で眺めるのは気が引ける。

 だからせめて、儀礼用の衣装を作る。」


 そう伝えて、レースやフリル、リボンといった装飾、さらには袖を肩口から引きちぎる。

 豪奢だったドレスは見る影もなく、シンプルな白いドレスになっていく。


「あーあ……知らないぞ」


 呆れるようにそう言った男は僕の引きちぎった装飾に手をかざし、


「【焼き払え(ファイア)】」


 と、炎系魔術を使用して焼き払った。

 証拠を隠滅してくれたらしい。


「傷口縫合用の糸と針、それとハサミなら持っているが使うか?」

「いいのか、加担して」


 僕がそう聞くと、


「ここにレクシー嬢のドレスなんて置かれてなかった。

 そうだろ?

 俺も必要以上に下劣な男には成り下がりたくない」


 彼はそう言って背嚢から、針と糸、それからハサミを取り出して渡してくれた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『なんだよ、このモブ……

 カッコいいじゃねえかよ……』


【転生しても名無し】

『でも、場合によっては戦わなきゃいけないんだよな。

 やっぱ人間同士の争いとかやめてほしいよ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 僕も同感だ。

 サンタモニア、ソーエン、イフェスティオ……僕はこの旅で出会った人たち同士が。

 ソーエンの子どもたちがファルカス一座のトニーやレティと殺し合うようなことが起こりうるのが人間同士の戦争だ。

 そんなの絶対に避けなきゃいけない。



 待機時間の間に、僕はドレスを仕立て直していく。

 さらに元の形がわからないよう刺繍も外していく。

 レクシーとかいう女はメリアに比べてかなり体格が大きいようなので背中部分の布だけでなく、腰回りも切り除く。

 針と糸を使って切り口同士を縫い合わせ、ドレスのシルエットを細身にしていく。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ホムホム……なんか、メッチャ上手くない?』


【◆オジギソウ】

『思った! ドレスの仕立て直し方なんてどこで習ったの!?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 習うも何も、ファルカス一座でジャニスが衣装を作ったり、サイズ直したりしているところは何度も見ていたから理論は分かる。

 縫合のスキルについては、ブレイドの手当やバースの出産で証明済みだろう。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『なんか、俺達が異世界転生主人公に驚くモブになってない?』


【転生しても名無し】

『言うな! 一部の有能なやつ以外は烏合の衆とか言うな!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 よし、これで体裁は整った。

 僕は出来上がったドレスを広げて見てみる。

 ところどころ怪しいところはあるが、ホルダーネックのシンプルなドレスに見えなくもない。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『いや、そうしか見えないよ。

 見様見真似でよくそんなもん作れるな。

 ウチなんて子供のお遊戯会の衣装作りでさえ泣きそうだったのに』


【◆オジギソウ】

『ホムホム、ドレス職人でも食っていけそう……』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



「おい! レクシー嬢が来られたぞ!」


 その声が響き渡ると、散らばっていたローブ姿の男たちが一斉に階段の前に整列する。

 僕も彼らを倣って列に加わった。

 男の一人に手を引かれて、レクシーは階段を降りてきた。

 この場に似つかわしくない真紅のフリルだらけのドレスを着て、まるで舞踏会に赴いたかのように悠然としている。

 そして、僕たちを虫でも見るかのように見下しながら見渡している。


 予想以上に太ましく、その顔の作りも……


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『率直に言っていい?

 絶対コイツとメリアちゃんに血の繋がりはない!』


【転生しても名無し】

『謝って!! 高慢な美女を期待していた俺に謝ってよぉ!』


【◆江口男爵】

『チェンジ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 お前らに同意するわけではないが……確かに似ていない。

 美醜を判断するのは苦手だが、メリアやククリ、エル、テレーズといった美しいとされる女性に比べて顔の作りが違いすぎる。


 そして、何より表情に滲み出ている卑しさが気に障る。

 悪人のニオイ、とでもいうべき雰囲気を纏った嫌な女だ。

 それにこの女がメリアを危険な目に合わせていたと考えると、自然と拳に力がこもってしまう。


 レクシーは椅子に腰掛け、周りの男達にお茶を用意しろだの、油で足を揉めだの、要求を繰り返していた。

 彼らは文句一つ言わずに彼女の要求を受け入れていることに異様さを感じた。

 メリア以上に戦えそうもないあの女が、どうやって帝国の重鎮を従えているのだろうか。


 そんなことを考えていた時だった。

 メリアが巨躯の男と一緒に現れたのは。


 2メートル近い長身に、鍛え上げられた体つき。

 質のいい甲冑に、漂う強者の風格。

 見て一目でこの男がイスカリオス将軍だと分かった。


 だが、そんなことよりも隣りにいるメリアの目が輝きを失っていることのほうが気にかかった。

 今はまだ正体を明かすわけにはいかない。

 話したいことがある。

 聞きたいことがある。

 それらの感情を今は押し殺す。



 到着早々、イスカリオスとメリアは、レクシーと小競り合った。

 会話の内容からレクシーがメリアを目の敵にしているのは明らかだった。

 イスカリオスはメリアをかばっているようにも思える。

 だが、レクシーに不満を抱えていても真っ向からの対立は避けているようだった。


 そして、刻印魔術の解放の儀式を行う準備が始まる。

 先程、僕に裁縫道具を貸してくれた男がさりげなくメリアにドレスを渡してくれた。

 彼は僕に向かって指で輪を作り、うまくいった、というジェスチャーを送ってくれた。

 部屋の隅に積み上げた木箱の裏でメリアは服を着替えた。


 目測だったが僕の直したドレスはメリアの体型にピッタリ合っており、周りの男たちの中にも見惚れる者もいた。

 そして、僕も……メリアの髪を結ぶ青緑色のリボンを見て嬉しさと苦しさが胸に押し寄せた。

 楽観的かも知れないけど、メリアは僕を見限ったわけではないと思った。

 ならば、僕もメリアを見限る理由がない。

 レクシーだろうとイスカリオスだろうと、メリアを救うためならば戦おうと心に決めた。




「何事だ? 刻印が現れんぞ」

「はい……どうやら背中に妨害術式らしきものが組まれているらしく、【解放】を発現できません。

 いわば鍵のかかった扉の前に、もう一枚扉があるような状態です」

「ど、どういうことですか!?」


 刻印の解放がブレイドのいう呪術に妨害されて、慌てふためている様子を僕は遠巻きに眺めている。

 この様子をどこかで観察しているだろうブレイドは笑いを堪えるのに大変だろう。

 満を持してブレイドが登場する、と思ったその時だった。


「あっ! 良いことを思いつきましたわ!

 あなた、この状態は扉の上に鍵のかかった扉があるようなものって言ってたわね!

 だったらぁ、そんな扉、無理やり剥がしてしまえばよくってよ。

 刻印は体内に閉じ込められてるんでしょう?

 背中の皮を破ったくらいでは傷つかないでしょうよ!」


 レクシーがとんでもないことを言い出した。

 周りの人間が全員固まっている。

 イスカリオスさえも顔を強張らせている。


「誰か! 早くやりなさい!」

「やめろ! レクシー!

 悪趣味にも程が有るぞ!」

「趣味ぃ!? あなたこそ何を温いことを言っているのです!

 アイゼンブルグ陥落以降におけるサンタモニアから初めて持ち帰れた機密情報ですよ!

 一刻も早く取り出さなければ情報の鮮度が落ちてしまいます!

 それに、中身に心当たりがあるのでしょう!?」


 巨躯のイスカリオスを圧倒せんばかりに問い詰めるレクシー。

 サディスティックが行き過ぎている感は否めないが、理には合っている。

 たしかに、解呪という手段がないのであれば有効な手と言えなくはないだろう。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆助兵衛】

『ただのワガママな貴族令嬢にしては肝が座りすぎてないか?

 あの強面の将軍様はかなり偉い人なんだろ。

 それにあそこまで物を言えるって……

 弱み握ってるくらいじゃ説明つかんぞ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 同感だ。

 僕は侮りすぎていた。

 アレはかなり危険な人間だと認識を改める。



 皮を剥ぐかどうかの一悶着はブレイドの登場で一旦治められた。

 続いて、ククリが現れ、場は一触即発の事態となる。


 さらに、ブレイドは挑発を繰り返し、挙句の果てはイスカリオスに飛びかかっていった。

 様子見程度の一合であったが、互いに近接戦闘に不向きな大剣同士にもかかわらず、超高速の打ち合いが生じたことで互いの実力を測りあえたらしい。


 心底楽しそうな表情を浮かべるブレイドを見て、これは予定を変更してメリアを保護したほうがいいかと、視線を向けた。

 すると、僕の目に飛び込んできた光景は、


「そこまでよ! あなた達!」

 確かに、この子を殺すわけにはいきませんわ。

 でも顔を切り刻むくらいなら問題ないでしょう。

 あなた達にとっては違うでしょうけど」


 レクシーがメリアの顔にナイフを突きつけていた。

 その行動に僕も目と耳を疑った。


「レクシー! やめろ!」

「おいおいおいおい、さっきからてめえ発想が物騒すぎるんだよ!」


 イスカリオスもブレイドも戦意を失うほどエキセントリックな行動だ。


「理解できたのなら、早く詠唱を教えなさい!」


 レクシーは顔を真赤にして叫ぶ一方、勝利を確信した笑みを浮かべている。

 ブレイドは苦々しい顔をして、


「ククリ、狙えねえか」


 と言った。

 ククリのナイフ投げでレクシーを葬るつもりか?


 ダメだ。

 警戒されている。

 すでにレクシーを守るために手下たちがその周りに……そうか!


 僕は気づいた。

 手下の一人に扮している僕なら、レクシーを守るフリしてメリアに接近できる。

 すり足をするようにジワジワと僕は移動しはじめた。



「アルメリア。あの者どもは何なの?

 あなたのことを知っているみたいだけれど?」

「知りません。ただの賊でしょう」


 レクシーの質問に冷たく返すメリア。

 あんなにコロコロ変わる表情を一切見せない。

 ブレイドやククリからも目をそむける。

 やっぱり、メリアは芝居が下手だ。

 本当に賊が攻めてきているのなら、もっと慌てていたり不安がっていたりしなきゃいけない。

 目をそむけている場合じゃない。

 メリアの態度も、仕草も、言葉も……僕からすれば不自然極まりない。

 だから、分かった。

 

 余裕がなくて下手な芝居をしてまで、メリアは僕たちの事を知らないものとして扱おうとしている。

 もし、僕たちがメリアと旅をしていたことが分かれば、口封じのために殺されることは確実だ。


 レクシーの狂気やイスカリオスの武力が向けられないようにするため、僕たちとの縁を切り離したのだ。


「刻印は開けない。口は割らない。

 どこまで私をイラつかせれば気が済むの!?」


 目の輝きを捨て、表情を殺して、自らをそんな状況においてまで守ろうとしてくれた。

 僕たちよりずっと弱いメリアが。


 でも、どうしてとは思わない。

 メリアはそういう人間だからだ。


 だから、僕は……


「分かったわ。もう、あなたに人間としての機能なんていらない。

 男たちの同情を買うだけだものね。

 目も、鼻も、口も!

 ズタズタに切り裂いて、ただの刻印の刻まれた肉の塊にしてあげるわ!」


 レクシーはナイフを振り上げ、メリアの目に向かって振り下ろそうとした。

 だが、すでにそのナイフの軌道は僕のリーチの中だ。

 素人の扱う刃物なんか、指先でたやすく掴み取れる。


 手を伸ばし、その刃を指先で掴んだ。


「それは僕も困る。

 メリアには人間で居てもらいたい」


 そう言って、指に力を込めてナイフの刃をへし折った。


「状況を分析するには要素が不足している。

 だが、僕がやるべきことはひとつだ」


 僕はローブを投げ捨て、正体を現した。

 真正面に立っていたレクシーは明らかに狼狽えた。

 周りの手下たちも驚いて体が強張っている。


 この後、巻き起こるのはおそらく全面衝突だ。

 数は若干こちらが少ないが、かまうものか。


「メリアは僕が守る」


 僕はそう言い放つと、妖精たちがーー



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆まっつん】

『やっちまえ! ホムホム!』


【◆与作】

『メリアちゃんを守ってくれよ!』


【◆マリオ】

『魔剣封印解除ーースタンバイ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 僕を後押ししてくれる言葉が思考回路内を巡る。


 分かっている、任せておけ、よろしく頼む。



 持てる力全部つぎ込んで、絶対にここを切り抜けてやる!

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