第48.5話 嘘と欺きの隣で僕は生きていた。
時間は少し戻って48話のラスト、ホムホムが舞台を終えて宿に戻ってきたところになります。
そして、視点はホムホムに戻ります。
舞台を終えて宿に戻ってきた僕はメリアの不在を知った。
荷物のほとんどは宿に置かれたままだった。
最初は用でも足しているのかと思っていた。
だが、いくら待ってもメリアは帰って来なかった。
嫌な予感がして、部屋においてあった机の上をさらった。
続いて、キャビネットの引き出しを全部開けた。
そして、メリアの置いていった荷物を……
その中にあった一枚のメモ書き。
「ごめんなさい」
と一言だけがメリアの筆跡で書かれていた。
それで悟ったのだ。
メリアは僕を置いて出ていったのだと。
特に体を動かしたわけでもないのに僕はひどく消耗してしまっていた。
膝に力が入らなくて、ベッドに腰を下ろしたまま何時間も過ごしてしまった。
妖精たちが僕に追いかけるよう急かしてきたりもしたが、そもそもどこに向かえば良いのか分からない。
ベルンデルタの時は、バルザックの部下を犠牲にしてしまった罪悪感に押しつぶされそうになって、逃げ出した。
だが、舞台前の僕と交わした約束や、メモ書きをすぐには発見されない荷物の中に紛れ込ませたり、僕たちを振り切る為に細工をしているところなどから明確な意志を感じる。
そんな気持ちで出ていったメリアをどうやって捕まえられるというのか。
妖精たちも意気消沈とし、静かな時間が流れた。
「おっ。戻ってきていたか。
お疲れさん、最高の芝居だったぜ」
明け方、ブレイドが部屋を訪れた。
ブレイドは部屋を見渡して、
「嬢ちゃんはどうした?」
と、尋ねてきた。
「メリアが……いない」
僕はかろうじて、そう口にした。
口にすることでこの信じたくない状況が現実なのだと痛感する。
だが、僕の思考とは裏腹に、
「ははあ……そうかい、そうかい。
まさかこういう仕掛け方してくるとは予想外だったぜ。
俺としたことが見誤っていたな」
ブレイドは自嘲気味にそう言った。
「どういう意味だ?」
「いずれあのガキは裏切ると踏んでいたのさ。
それこそ出会ったその時からな」
そう言って、ブレイドは部屋を出ていくが、すぐさま僕は追いかけた。
部屋を出た廊下でブレイドを捕まえた僕は問う。
「裏切るってなんだ?
ブレイド、あなたは何を知っているんだ?
メリアのいる場所も分かっているのか?」
「近い、近いって。
どうせ顔を寄せるならキャロラインのメイクしてくれよ」
「軽口を聞きたいんじゃない」
「……そりゃ、そーだ」
ブレイドはため息をつく。
「ファルカス一座は素晴らしい劇団だ。
今回の公演の成功も受けてさらに飛躍するだろう。
バックも強いしな。
そこで、役者としてやっていけるなら安泰じゃね?」
「僕に抜けろというのか」
「抜けろも何も、俺たちはあのガキを帝都に送り届けるための依頼を受けただけの間柄だ。
目的が果たせた今、つるむ必要はねえだろ」
僕を突き放すように扱うブレイドだが、
「ならば、あなた達の後をピッタリ追い回してやる。
役者稼業は楽しいが、僕がやらなきゃいけないことは他にある」
僕は食い下がる。
メリアの居所を知りたいのはもちろんだが、こんな一方的に、こちらが何の情報も持っていない状態で別れられてたまるか。
「僕の旅はまだ終わっていない。
だから付き合ってくれ」
物事には終わりがあって、出会いの数だけ別れがある。
でも、今がその時では無いはずだ。
「クルス……お前さあ、なんであのガキにそこまで入れ込むんだよ。
それに、状況から推測するにアッチもお前に追いかけてきてほしくはないんじゃないのか?」
たしかに、僕もそう思っている。
メリアは追いかけてきてほしくないし、そうできないよう仕組んでいた。
おそらく僕が劇場から離れられない時間も計算して……だけど、それでもーー
「ククリがいきなりいなくなって、探さないで欲しいと言われていたとして……
あなたは大人しく言うことを聞くのか?」
僕の問いにブレイドは一瞬殺気立った。
警戒信号が頭の中に鳴り響く。
だが、それはすぐに止み、代わりにブレイドの高笑いが廊下に響き渡った。
「どんどん口が達者になっていくなあ!
帝国劇場の舞台に立つような奴はいいセリフを使ってきやがる!」
ブレイドは腹を抱えて笑っている。
そこに荷物を背負ったククリが部屋から出てきた。
「わーったよ。あのガキのところに連れて行ってやる。
但し、こき使わせてもらうからな。
後で文句言うなよ!」
ブレイドはそう言って宿の外に向かう。
「ブレイド。とりあえず、あなたの把握している情報を共有させて欲しい」
「チンタラくっちゃべってる暇はねえ。
帝都に向かって、走りながら説明してやる」
そして、現在……
僕は街道を走っていた。
前方にはククリ、左隣にはブレイドがいる。
風を切り、大地を蹴って疾走する僕らの速度は今までの旅路とは比べ物にならない。
メリアがいない今、一番足が遅いのはククリだが、彼女も並外れた身体能力の持ち主だ。
太陽が僕らの向かう方角から昇ってくる。
地平線付近に巨大な建造物の群れが見える。
あれがイフェスティオ帝国の帝都である。
おそらく一時間もしないうちに僕らはあの街に到着する。
メリアのいるあの街に……
「いつからあのガキを怪しんでいたかって?
さっきも言ったとおり、出会った直後からよ」
ブレイドがそう言うと、妖精たちは騒ぎ出した。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『ブレイドニキ、半端ないって!』
【転生しても名無し】
『出会った直後って、ダーリスのサザン亭か。
フローシアさんの手紙と魔導書改め魔法少女ラノベを渡して、バルザックのオッサンがボコられて』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
「フローシアの手紙……あそこに何か書いていたのか?」
「そうそう。
ババアが一緒に風呂入ったらしいな。
その時、あのガキの背中を見たら刻印魔術が埋め込まれているのが分かったらしい」
「刻印魔術?」
「体の中に文字や絵を埋め込む、スパイ御用達の隠匿の魔術よ。
特に体内に埋め込まれたやつは厄介でな。
肌に物理的な跡は残らねえし、魔力反応も体内の魔術に混じってしまうから感知はまず無理。
とはいえ、あのババアは常識の埒外の存在だからな。
しかもセクハラついでにやってのけているのが、恐ろしい……」
ブレイドはどこか遠くを見つめている。
フローシアが只者ではないというのは思っていたが、ブレイドは彼女に想像以上に畏怖の念を抱いているようだ。
「メリアは……イフェスティオ帝国から差し向けられたスパイ?」
「ああ、十中八九な。
以前、似たような手口でソーエンを嗅ぎ回っていたネズミがいたからな。
人類総同盟が聞いて呆れるぜ」
僕はブレイドの推論をそのまま受け入れることに抵抗があった。
「メリアがそんなに重要な任務を抱えていたとは思えない。
間者として活動するにはメリアは精神的にも肉体的にも脆すぎる」
「だから、刻印魔術なんだよ。
アレは合言葉になっている詠唱が無ければ絶対に中身が見られないし、本人が死んだら刻印自体が消失する。
おそらく何も知らされていなかったんだろうよ。
絶対に中身が見られない上に、自力で差出人と送り主の間を往復できる、云わば人間書簡だな。
それが分かってたから俺も体に聞くような真似はしなかったんだ」
「じゃあ、メリアは自分が何を運んでいるのかは分からないけれど、命令だからと言う理由だけで命がけでサンタモニアとイフェスティオを行き来している?」
「そうなるな。
自分のことを駒としてしか見ていない人間に仕える気持ちはさっぱり分からんがな」
ブレイドは吐き捨てるように言った。
僕はメリアの言葉を思い出す。
幼馴染がいる。
その人の力になりたい。
アマルチアで祖国に戻りたい理由をそう話していた。
僕の推測ではあるが、その事は嘘ではないような気がする。
だとすれば、メリアに命令をしているのはその幼馴染ということなのだろうか?
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『ホムホム……オレさあ、その話聞いてる時思ってたんだけど、その幼馴染って男じゃないかなあ』
【転生しても名無し】
『オイ! 思ってても言わなかったことをイチイチ言うんじゃねえよ!』
【◆与作】
『メリアちゃんの幼馴染なんだから可愛い貴族令嬢とかなんだよ。
ひだまりの中、二人で花かんむり作りあったりしたんだよ』
【転生しても名無し】
『与作……メリア欠乏症で……』
【◆アニー】
『密かに思いを寄せる幼馴染のエリート軍人か上級貴族なんかが極秘でやっている諜報活動の存在を知ってしまい、彼の夢を助けるためにスパイになる……
なーんて、ゲームのやりすぎかw』
【転生しても名無し】
『おいおい! お前らホムホムの気持ち考えてやれよ!
ただでさえ傷心のところに幼馴染のライバルなんてキツすぎんだろ!』
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僕の気持ち?
よくわからないが、配慮はしてくれるのは大歓迎だ。
今だけとは言わず、ずっと。
「じゃあ、フローシアはメリアの監視をさせるために僕たちをブレイドのもとに行かせたのか」
「ああ。刻印魔術を体に埋め込んでいる以上、それなりの機密情報を抱えていると考えて間違いない。
最悪、人間同士の戦争が勃発するきっかけになるような」
ブレイドの言葉に耳を疑った。
人間同士の戦争……
そんなことになれば、人類は戦力を分散することになり、魔王軍に抵抗できなくなって確実に滅亡する。
「話が飛躍しすぎじゃないか?
その情報がどの類のものかも分からないのに」
「あくまで可能性の話だ。
前にも言ったよな。
情報を制する者が世界を制すって。
だから、オレはあのガキの抱えている情報を届けさせないために一つ策を講じた。
アイツの背中に仕込まれているだろう刻印の上に、詠唱の受取を阻害する呪術を仕掛けたんだよ」
呪術、という聞き慣れない単語に僕は首をかしげる。
そんな僕の顔を見たブレイドはニヤリと笑った。
「呪術というのは魔術の親戚みたいなもんよ。
細かく言えば、魔術ほど汎用性が無いとか魔力を使わない代わりに触媒や反動を要するとか違いはあるが、まあソーエン固有の魔術程度に考えてくれればいい。
魔法王国サンタモニアや軍事大国イフェスティオで使われている魔術に比べればチャチで原始的なものだが、独自の進化を遂げている。
奴らの知識の範囲では解呪するのもままならないだろうさ」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆助兵衛】
『メリアを使っている連中はブレイドがいなければメリアの体に刻まれた情報を見ることができない。
逆に、ブレイドはその情報が開示される場に必ず立ち会うことになるというわけか。
まるでランサムウェアだな……」
【転生しても名無し】
『あーなるほどね。
完全に理解したわ。
(ランサムウェアって何?)』
【◆野豚】
『↑コンピュータ内のファイルを勝手に暗号化するウイルスのこと。
暗号化っていうのは中身を見られないようにする技術だけど、それを利用して、
「暗号化を解除してほしければ金払え」みたいな使い方をするんだよ』
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ブレイドはその呪術一つで実質的にメリアの刻印の中身を手に入れたわけか。
いや……でも、
「いつの間に仕込んだんだ?
メリアの背中に呪術とやらをかけるにしても、ずっと僕が見張っていたんだぞ」
僕の言葉にブレイドは、ブハッと息を吐いて笑った。
「お前らが我が家の風呂を堪能していた時だ。
ウチの女中があのガキにマッサージや垢すりする際に、こっそり仕込むよう指示しておいたんだよ」
あの時か。
そう、たしかにメリアは風呂に入る前にそのようなことをされていた。
そのせいで僕と入浴の時間が重なって一緒に入る羽目になってーー
「メリアは……歌を歌ってた」
「あぁん?」
「酒に酔って、上機嫌で、僕が入ってきたのに拒むこともしなくて……
笑っていたんだ。間違いなく笑っていた。
だから、きっと僕もつられて、笑って……」
頭の中にあの夜のことが思い出される。
暖かく優しい感触のお湯に体を包まれて、メリアと言葉を交わし、気持ちを通わせていた。
あの時の僕は、今よりもっと感情や表現が不出来だったけど……
「生きている、って思えたんだ」
胸が痛む。
目の奥が熱くなる。
思考が回想、願望、期待、不安、恐怖、と形を変え回路内を駆け巡る。
今まで自分が知らなかった僕の機能が作動している。
どうして、戦闘用に作られただけの僕にこんな余計な機能がつけられているのか、創造主を問い詰めたくなる。
脚はだんだん重くなり、僕の意志と関係なく、立ち止まろうと速度を落とし始めるが、
「ソイツはよかったなっ!!」
バンッ、とブレイドが僕の背中を抱え込むように叩く。
そのまま僕の背中を腕で押し、無理やり走らせてくる。
「あのガキは嘘だらけのスパイで、オレはお前らを欺きながら旅に同行していた。
さらに白状すれば、ここ数日、お前らと顔を合わせなかったのも帝都の方でいろいろ探りを入れるためだった。
お前が見てきたものはまがい物ばかりだったかもしれねえ。
……だがな!」
ブレイドは僕の胸ぐらを掴んで、お互いの顔がくっつくくらいの距離まで引き寄せた。
その目は僕の目をまっすぐに見つめている。
「お前が生み出した感情は間違いなくホンモノだ!
人間どもがばかしあいやっている隣でお前はちゃんと生きていた!
だから、俺だって本当にこの旅は楽しかったんだ!
嘘じゃねえぞ!」
そう言って、ブレイドは僕の体を突き放した。
僕は勢い余って、地面に背中から倒れてしまう。
視界には嘘のように真っ青な空が広がった。
耳には微かに吹く風の音が、鼻には乾いた土の香りが通り抜ける。
感覚を鮮明に刺激するそれらが、僕のざわついた思考を沈静化していく。
あの時も、今までも、そして今も、僕は生きていた。
そして、隣りにいたメリアは……
青空を遮るように僕の頭上に手が差し出される。
「俺はあのガキの事情なんて知ったことじゃねえ。
俺の目的を果たすためだけにあのガキの元に行く。
それが不満なら。お前がなんとかするんだな」
ブレイドは手を差し伸べながらも顔をそむけている。
よって、その顔色を伺うことはできない。
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【転生しても名無し】
『ちょっと前まで、メリアちゃんのこと「嬢ちゃん」って言ってたのに、今は「あのガキ」呼ばわりか。
なんか寂しい……』
【転生しても名無し】
『最初からスパイと分かってたんだから、嬢ちゃんとか言ってフランクに接していたのは芝居だったのかな?』
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おまえら、それは違うと思うぞ。
多分、ブレイドは怒ってるんだと思う。
メリアが僕たちを裏切る形で出ていったことに。
ブレイドは多分、楽しくない時に楽しいフリなんかしない。
嫌いな人間に対して嫌いじゃないフリなんかしない。
一緒に旅をして、楽しく過ごせるくらいにはメリアのことを気に入っていたんだと思う。
だから、余計に苦しいんだろう。
僕はブレイドの手を掴み、起き上がった。
「分かった。なんとかする」
僕がそう言うと、フンとブレイドが鼻で笑った。
それから程なくして、僕たちは帝都の関所の前にたどり着いた。
ブレイドは予め偽装したと思われる書類を見せると、門番は躊躇なく僕たちを門の内側に通した。
そして、門から少し離れたところで関所にいた門番の一人がブレイドにソーエン語で話しかけてきた。
「渡されていた人相書きの女が昨晩、帝都内に入りました。
手の甲に刻まれた刻印と照会結果から、ローリンゲン侯爵令嬢、アルメリア・フォン・ローリンゲンであると確認。
現在、郊外の屋敷に潜伏中」
門番からそう告げられると、ブレイドはうなずきながら答える。
「ご苦労。で、裏で手ぐすね引いてるのはどこかアタリはついたか」
「ええ。照会後まもなく、ローリンゲン家からカルハリアス家に伝令が向かいました。
伝令を受けた後、イスカリオス将軍が裏口から出立。
同時に複数の伝令を帝都内に放っています」
イスカリオス将軍……
メリアの説明の中にも出てきた人物だ。
イスカリオス・アムド・カルハリアス。
帝国の将軍にして当代最強の戦士。
重要人物どころの騒ぎじゃない。
どうして、そんな人間とメリアに関わりが……
まさか本当に妖精たちが言っていたように幼馴染というやつか?
「そして、カルハリアス家から連絡を受けたと思われる者たちが魔術研究地区のある工房に集合し始めています」
「し始めた、ということはまだ揃いきっていないってことか?」
「はい。首謀と思われるイスカリオス将軍はアルメリア嬢と潜伏先で一夜を共にして、未だ外に出てきていません。
動きがあれば私の方まで伝達される手はずになっています」
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【転生しても名無し】
『一夜をともに……ゴクリ……』
【転生しても名無し】
『↑おい、やめろ。
マジで気分悪くて横になりたくなってきた……』
【◆与作】
『俺は……それでもメリアちゃんを信じてる』
【◆ダイソン】
『てか、メリアちゃんやっぱ商会の娘じゃないんだ。
しかも名前もアルメリアって……
ホント、いろいろ隠してたんだねえ』
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たしかに色々思わなくはないが、それ以上にメリアが無事帝都にいることが分かってホッとした。
道中、モンスターや野盗の類に襲われる可能性も無くはなかった。
「その工房とやらには忍び込めそうなのか?」
「警備のスキをついて侵入するのはブレイド様なら造作も無いでしょう。
あと、幸いなことに集まっている者は皆、フードで顔を隠すなどして正体を明かさないようにしています」
「フフン。敵を欺くにはまず味方からってか。
秘密組織としてはいい心がけだが、逆を言えば中身がすり替わっていても分からねえじゃんか」
ブレイドはニヤリと笑みを浮かべた。
そして、門番の男は何事もなかったかのように門の方に戻っていった。
それを見計らって、僕は
「今のはなんだ……」
と聞くとブレイドは、
「友人だよ、友人。
さ、攻略法も分かったし行くぞ」
そう言って、歩き出した。
きっとブレイドにはまだまだ僕に白状していないことがある。
だが、それは今知るべきことじゃない。
いまやるべきことはーー
「クルス。お前のことだからあのガキ捕まえて面と向かって話をしたいとか思ってるんだろうが、それはお預けだ」
「どういうことだ?」
「関わっている人間が大物過ぎる。
帝国が誇る常勝将軍イスカリオスに名門ローリンゲン侯爵家。
取扱いを一歩間違えれば、冗談抜きで国が傾く」
ブレイドは口元は笑っているが目が笑っていない。
「だからといってメリアを放ってはおけない」
「それも分かってる。
だいたい侯爵令嬢がスパイの真似事とかどうなってやがるんだ……」
ブレイドは愚痴るように呟いた。
その後、僕たちは言われていた魔術工房にたどり着く。
魔力感知で地下に人が集まっていることを把握した僕たちは地上部分で息を潜めていた。
すると、一人のローブ姿の男が建物に入ってきた。
その男が地下に続く隠し階段を開けたところで、僕はその男を気絶させた。
すぐさま、ローブを奪いすっぽり被る。
「じゃあ、手筈通り。
できる限り奴らとあのガキを泳がせろ。
刻印の解放が始まったら、俺が出ていって交渉する。
そこから先は出たとこ勝負だな。
後、気をつけるべきなのは連中がやけになってあのガキを殺そうとした場合だな」
「分かっている。
メリアに危害は加えさせない」
「まあ……そうだけど、本当に分かってんのかなあ」
ブレイドはポリポリと後頭部を掻いた。
怪訝な顔をしたブレイドを横目に、僕は魔力反応蠢く地下への階段を降り始めた。