回想録1 埋もれ木に花が咲く如く
紫色の雲が空を覆い、ゴロゴロと石臼を引いたような音を響かせています。
赤茶色の砂利や小石で覆われた荒野には草木も生えず、先を行く人も後に続く人もいません。
ライツァルベッセを飛び出した私は、一心不乱に帝都に向かって走り続けていました。
持ち物は水とソーエン製のナイフ、そして閃光石を4つ。
もう野で夜を明かす必要がないのだから十分な荷物でしょう。
今頃、帝国劇場は興奮の坩堝になっていることでしょう。
見栄え良く芸達者な役者たちが繰り広げる最高の演劇。
観客の誰もが舞台の上に視線を釘付けられ、劇場内は周囲の世界から切り離されていき、私がいないことに誰も気づけない。
昨日、通し稽古を見て感動の涙を流しつつも、上演時間の長さにほくそ笑みました。
これだけの時間があれば、上演が終わった直後に私を追いかけてきたとしても、追いつかれる前に帝都内に入り込める。
そうなれば、私の勝ち。
クルスさんやブレイドさんを完全に振り切れる……
私を支えてくれた人々に後ろ足で砂をかけるような真似をしてでも、目的を達成しなければなりません。
私の体を帝都に届ける、という目的を。
私の最初の記憶は今の光景とよく似ていました。
曇天の空の下、一人で荒野を駆けていた記憶。
今と違うのはあの頃の私には履く靴も目的地も、そして振り返る記憶もなかったこと。
10年以上昔のことです。
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小さな足は固い地面に何度も切りつけられ傷だらけの血まみれで、いつから空っぽの状態が続いているのかわからない胃はキリキリと締め付けるような痛みを上げ、全身の水分を絞り出しなんとか稼働している体は自分のものとは思えないほど重い。
それでも走り続けられたのは、前に進まなければ死ぬ、と思い込んでいたからです。
何故そんな風に思っていたのかは分かりません。
みすぼらしい格好の年端のいかない子供が一人で荒野を駆けなくてはならない理由なんて、それなりに想像できるというものです。
逃げ出した奴隷か、モンスターに襲撃された村の生き残りか、まあ珍しい話じゃありません。
ですが、そんな子供がのたれ死ぬことなく生き延びられたのは、ちょっとした数奇な運命と言えるでしょう。
結論から言いますと、私は命が尽きる前に保護されました。
イフェスティオ帝国屈指の大貴族であるリーベンデルド公爵家の三女カトリーヌ・フォン・リーベンデルド。
30を過ぎても子宝に恵まれなかった彼女は、世継ぎを生んだ若い側室に追い出されるようにして離縁され、失意の中、実家に向かう馬車に揺られていたのでした。
その最中、半死人の私を見つけ、拾ってくれたのです。
私にとってカトリーヌ様との出会いは、第二の誕生と言っても過言ではありません。
そしてカトリーヌ様もまた、私との出会いを天命だと思ったと言っていました。
子供を産めなかった自分に、神様が天使のような娘を授けてくれたのだ、と。
私はカトリーヌ様の家で暮らすことになりました。
公爵家の領地内にある館が彼女の住まいです。
出戻りといえど、公爵家の令嬢の暮らしは何不自由ないものであり、瘦せ衰えていた私の体もスクスクと元気を取り戻していきました。
カトリーヌ様は私を養子にしようとしていたそうですが、公爵家という立場では氏素性の分からない拾い子を高貴な一族に加えるのは難しかったらしく、私とカトリーヌ様は親子関係にはなれませんでした。
それでも、カトリーヌ様と二人で過ごした3年足らずの時間は私にとって最も穏やかで幸福な月日だったと思います。
しかし、その穏やかな日々は突如として終わりを告げたのです。
カトリーヌ様の嫁ぎ先であったローリンゲン侯爵家は帝国内の派閥争いが激化していく中、リーベンデルド公爵家との繋がりを欲しており、彼女を呼び戻すことで縁戚関係を再び繋ごうとしていました。
また、リーベンデルド公爵家もローリンゲン侯爵家を自身の派閥に取り込みたがっており、出戻りの石女でかすがいになるのなら、と喜んでカトリーヌを差し出しました。
もちろん、カトリーヌ様はそんなことを望んでいませんでした。
ですが、彼女の生活は家の力に根付いたものであり、そこから離れて生きていくことはできませんでしたし、許されもしませんでした。
離縁され、追い出された家に戻らなくてはいけないことにカトリーヌ様は恐怖と不安を抱え、夜な夜な子供のように泣いていらっしゃいました。
私は、恩人であり、母とも言えるカトリーヌ様の支えになりたいと考え、側付きの侍女という扱いで、共にローリンゲン侯爵家の敷居を跨いだのでした。
しかし、ローリンゲン家での暮らしはカトリーヌ様にとって酷なものでした。
カトリーヌ様のいない数年の間にローリンゲン家は側室であるパトリシア様に掌握されており、使用人達もカトリーヌ様を腫れ物のように扱いました。
侯爵様は仮にも妻であるカトリーヌ様との接触をことごとく避けるだけでなく、パトリシア様とその子どもたちとの仲睦まじく過ごす様子を隠そうともしませんでした。
私の知る限り、カトリーヌ様は穏やかで大らかな性格でしたが、それでも自分の夫の寵愛を奪った女に飼い殺しされるような日々に心を蝕まれていきました。
そして、寒く冷え込んだ冬の朝。
カトリーヌ様は……屋敷の裏庭にある池に落ちて死にました。
足を滑らせて池に落ち、水の冷たさに心の臓が凍りついて急死した不幸な事故だったとされました。
何故、池の水が凍るような寒い朝に寝巻き姿で庭を歩いていたか?
そんな疑問を持った人は屋敷の中で私だけだったのでしょうか?
形だけは豪華な葬儀が行われましたが、彼女の死について考えた参列者はいらっしゃったのでしょうか?
侯爵様もパトリシア様も子どもたちも使用人も何事もなかったかのように日常を謳歌しています。
葬儀の夜、カトリーヌ様の着ていたドレスを抱きしめて、一人で泣きました。
この取り戻すことのできない空虚さを抱えているのが自分だけだと思うと、余計に虚しく感じました。
拠り所を無くした私は追い出されることを覚悟していましたが、そうはなりませんでした。
ローリンゲン家は私を実子として迎え入れました。
なぜならカトリーヌ亡き後、リーベンデルドの家とのつながりを保つために双方の血が通った人間を欲していたからです。
それはリーベンデルド家も同様でした。
表向きには私をローリンゲン侯爵とカトリーヌ様との間にできていた子どもとすることで、両家の結びつきの証としました。
カトリーヌ様があれほど望んでも叶えられなかった私との親子関係は、彼女の死後あっさりと叶えられてしまったのです。
かくして、私は10歳の時にローリンゲン家の長女、アルメリア・フォン・ローリンゲンとなりました。
荒野で死に行くはずだった子供が偶然大貴族の令嬢にまで上り詰めるなんて、おとぎ話でも描けないとんだご都合主義です。
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ライツァルベッセを出てわずか数時間で私は帝都にたどり着きました。
帝都はライツァルベッセよりも遥かに広大な城塞都市で20メートル以上ある高い石造りの壁で囲まれています。
街の出入口付近は厳重な警備が敷かれているが、私は気に留めず正面から近づいていきます。
すると警備兵に呼び止められ、身分証明を求められました。
私は手の甲を警備兵に見せ、詠唱しました。
「我が血は偉大なるリーベンの系譜。
かざす手に浮かぶ血潮を見給え」
焼けるような痛みと共に手の甲に赤い光の紋章が浮かび上がります。
それは、炎が蔦のように絡みついた盾と弓が重なる刺々しい紋章。
ローリンゲン家の家紋、絢爛なる炎の弓です。
クルスさん達には教えなかった私の魔術【赤い契り(ブルトミラージュ)】は肌の下に魔術に反応して浮かび上がる文字や絵を忍ばせたり、表出させたりする魔術です。
手の甲に描かれた侯爵家の紋章を見た警備兵は私が公爵家の関係者であると悟り、緊張の面持ちで私を見つめてきます。
「至急当家への照会をお願いします。
アルメリアが帰ってきた、と言えば伝わります」
警備兵はビシッと堅い敬礼をして門の内側に走っていきました。
それからほどなくして、照会が完了した私に通過許可が下りました。
帝都内に入った私はまっすぐ、町外れの屋敷に向かいます。
その屋敷はローリンゲン家の持ち物ですが、人っ子一人住んでおりません。
ほとんど廃墟も同然です。
ですが、その前にはフード付きの外套を身につけた男が私を待ち構えていました。
顔は深くかぶったフードで隠れていましたが、2メートル近い長身に大木の幹のような太い体幹は服の上からでも分かるほど膨れた筋肉。
彼を知る人にすれば一目瞭然です。
私達は人気のない屋敷に足を踏み入れ、さらに奥にあるゲストルームだったであろう一室に入った後、内側から鍵をかけました。
彼は外套のフードを外し、風貌をあらわにします。
巌のようなゴツゴツした輪郭と鋭い瞳が特徴的な無骨な顔は、誰がどう見ても武人だと判断するでしょう。
そして、わが国において彼こそが武人の代名詞と言えます。
「イスカリオス閣下。
遅くなりましたが、アルメリア・フォン・リーベンデルド。
任務より帰還しました」
私は跪き、イスカリオス様に対して頭を下げました。
彼こそがイフェスティオ帝国における最強の超越者であり、魔王討伐軍の最高司令官ーー常勝将軍ことイスカリオス・アムド・カルハリアス様です。
また、彼はカトリーヌ様の兄の息子でもあることから、表向きには私の従兄弟にあたります。
「大義」
彼は感慨もなくそう言い放ちました。
言葉が少なく、威圧的な彼の態度は幼い頃から相変わらずです。
だから彼に悪意がないことも知っています。
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イスカリオス様は私より5つ歳上で カルハリアス侯爵の愛人との間にできた子どもでした。
カルハリアス侯爵家は貴族でありながら魔王戦争の最前線で代々戦ってきた武人の家系であり、当然戦死者も多かったのです。
よって愛人の子どもであろうが、英才教育を仕込み、家を支える戦力とする風習がありました。
それ故にイスカリオス様も正室の子供らと同じ屋敷の敷地内で養っていましたが、当然扱いは平等というわけにはいきません。
体を鍛え、技を磨き、最後は肉の盾として跡継ぎのために命を捧げよ、と教え込まれてきた彼は子供のうちから自らの感情を表に出さない我慢強すぎる性質を身に着けていました。
ですが、カトリーヌ様はそんな甥のことを目にかけ、幼い頃から常に優しい態度で接していたそうです。
彼は出戻ってきたカトリーヌ様の館にたびたび訪れ、そして、拾われた私と出会いました。
私は巨躯で無口なイスカリオス様が正直怖かったのですが、カトリーヌ様は彼と私を引き合わせ仲良くするように勧めてきました。
カトリーヌ様が望んでいるのならそれに応えたいとも思っており、彼が訪れた時はできるだけそばにいるようにしていましたが、彼はカトリーヌ様に会いにきたのであり、何処の馬の骨とも分からぬ小娘のお守りをしにきたのではないのだ、と言わんばかりに不機嫌そうな顔と無言を貫いていました。
正直、悔しかったです。
カトリーヌ様がローリンゲン家に嫁ぎ直した後もイスカリオス様は度々に会いに来られました。
その頃、彼はアルデバラン騎士団に所属しており、帝都と戦場を往復する厳しい日々を送っていました。
大半が名うての冒険者であるとされるアルデバラン騎士団は帝国屈指の戦闘集団です。
常に危険な戦場に身を置く彼らの死亡率は他の騎士団の比になりません。
しかし、彼は生き残り壮健な姿をカトリーヌ様に見せにきていました。
逆にカトリーヌ様はローリンゲン家での真綿で首を絞められるような生活に心身を病んでいく一方でした。
痩せて顔つきもキツくなっていく彼女のことを、イスカリオス様がどんな気持ちで見つめていたのか、あの頃の私は知る由もありませんでした。
カトリーヌ様が亡くなってからほどなくして、戦場から帰ってきたイスカリオス様は、その事実を知り、私の案内でお墓参りをされました。
無骨な風貌に似合わない赤や黄色の色とりどりの可愛らしい花束を墓前に手向け、跪きました。
表情を伺い知ることはできませんでしたが、広い背中が泣いているように見えました。
その時、私は彼がカトリーヌ様を心から愛していたのだと思い知らされたのです。
以降、彼がローリンゲンの屋敷に来ることはなくなりました。
一方、私はリーベンデルドの血を継ぐものとして、繋がりのある貴族家に訪問する機会が増えていきます。
その中で彼のいるカルハリアス家に訪れることもありました。
大抵の場合、多忙な彼は自領にはいませんでしたが、運良く顔を合わせられた時はお互いの近況の話をしました。
会う度に彼は昇進しており、騎士団員から騎士団長、騎士団長から将軍とまたたく間に出世街道を駆け上がっていきました。
彼の私への接し方は相変わらず、無口で渋い顔ばかりをしていました。
でも、その事が懐かしくて、少し嬉しかったのです。
そして今から2年前、彼に縁談が持ち上がりました。
彼はちょうど二十歳を迎えており、非常に高い地位にいられることもあって周りが放っておかなかったのでしょう。
また、その頃には彼が超越者、その中でも群を抜いた力の持ち主だと分かっていたため、その優秀な血を継ぐ子どもを増やしたいと思うのは帝国国民の総意とも言えます。
ですから、私も純粋に彼が良縁に恵まれることを願っていました。
家族というものに縁が薄いイスカリオス様が心を許せるような優しく大らかなお相手……カトリーヌ様のような方と結ばれれば、とお節介ながら思っていたものです。
ですから、お相手が私の姉であるローリンゲン家の長女レクシーだとわかった時、私は残念でなりませんでした。
レクシーは癇癪持ちな上、横暴で嫉妬深い、典型的な貴族のワガママ娘です。
私に対しても容赦なく折檻や嫌がらせをしてくれました。
とはいえ、そんなことをイスカリオス様に告げ口するようなつもりはありませんでした。
私と同じ様な扱いをイスカリオス様にするとは思えませんでしたし、余計なことを言って彼を困らせたくなかったのです。
ですが、レクシーも彼との縁談は不満だったようです。
彼女は細面で詩歌管弦を嗜む貴公子が好みであり、無骨な軍人の彼はお眼鏡にはかなわないようです。
無礼千万です。
締まりのない顔や体をしている上に、貴族にあるまじき卑しい表情を時折浮かべるレクシーが殿方の容姿に強いこだわりを持っていることが滑稽だ、と常日頃から思っていました。
それでも、嗜好を貫いて結婚相手を選ぶには彼女は高すぎる家格の持ち主であり、その事を弁える程度の知能もありました。
結果として、レクシーは甘んじて結婚を受け入れましたが、好みの男性との逢瀬を止めることはありませんでした。
私は我慢ができず、初めて自らイスカリオスに約束を取り付けて会いに参りました。
待ち合わせた場所は軍の稽古場の近くにある物見塔で、私は彼が来るまでその上から町並みを見下ろしていました。
ぼんやりと風景を見ながら、自分の意外な行動力に驚いていました。
自分自身、人と比べて冷めた人間だと思っていたのです。
要因としては貴族家の付き合いや力関係といった自分に関係のないところで人生が決定づけられていったことが大きいのでしょうが、諦めることに慣れていたのだと思います。
ですが、イスカリオス様がみすみす不幸な契りを交わすことを諦めて見ていることはしたくありませんでした。
それは友情や愛から来るものというより、不条理に対する怒りだったのだと思います。
約束の時刻を過ぎ、しばらくして彼は階段を駆け上がって私の前に現れました。
過酷な戦場を潜り抜けてきたらしく、顔や腕といった肌を晒す部分にも数多の傷が刻まれたその風貌は長年使い込まれた甲冑のようです。
レクシーの好みのまるで真逆でしょうが、私は無骨で剛健な武人の誉れある姿に見えました。
「遅参した」
彼は申し訳なさそうには見えない態度で遅れた事を詫びます。
「構いません。
むしろ私のような者が将軍閣下をお呼びたてするなど非礼の極み。
何卒ご容赦くださいませ」
私はスカートを軽く持ち上げて頭を下げます。
すると彼は、
「今日は馬車に乗ってこられたのだな」
と、呟きました。
私は彼の指摘に驚き、なぜ分かったのかと問うと、
「衣服にシワがついておる。
長時間馬車で座っているとそうなる。
だが、いつものお主は下ろしたての服ばかり着ておるだろう。
旅装束から着替えて」
と、彼は指摘しました。
私は確かに馬車を使いました。
家の人間には伝えておらず、同じ車内に座る人間がいなかったので、気を遣って馬車の外を歩く必要はありませんでしたから。
ですが、私がそのような扱いを受けている事を彼に伝えたことはありません。
何故、そんなことを知っているのかと聞くと、
「お主は幼馴染だ。
そのお主の戦いを知らんわけがなかろう」
私がただ諦めて甘んじて受け入れていた仕打ちを、彼は戦いとおっしゃりました。
私はかぶりをふって、彼の大それた評価を否定します。
「戦いなどではありません。
生き汚く縁の無いお家に住み着いて、疎まれているだけでございます」
自嘲気味に言った私の言葉を彼は聞き入れた上で、
「生きることは戦いであろう」
と言って私から目を逸らしました。
一方、私は彼の横顔から視線を外せなくなってしまいました。
知ってしまったからです。
私の境遇を彼が知っていて、見守り続けてくれたことを。
「あなたたちは仲良くしなさい」
そう言った愛するカトリーヌ様との約束を守り続けていたことを。
私は世界のどこにも寄る辺のない身だと思っていました。
だけど彼は、イスカリオス様はそんな私を見守っていてくれたのです。
そのことがとてつもなく嬉しかったのです。
「して、何用だ。
わざわざ儂を呼び立ててまでの用件というのは」
彼の問いに私は急にやるせなくなりました。
自分の用件があまりに卑俗な話であることに。
そして、そんな話を聞かされる彼の反応を見なければならないことに。
私がレクシーの不貞や嗜好について過不足なく伝えるとイスカリオス様は鼻で笑いました。
「ローリンゲン卿も娘の教育は不出来であったようだな。
貞淑さのない嫁御など家の柱をかじり倒すネズミのようなものだというのに」
「私から聞いたとおっしゃっていただいて構いません。
貴方様は帝国の要石である御身。
陣中にて妻の不義に心を砕かれ、剣が鈍るようなことがあってはなりませぬ」
元より自らの保身のことなど考えていませんでした。
逆上したレクシーやローリンゲン家に害される覚悟もできています。
しかし、
「構わん。
儂も望んでおらぬ婚姻だ。
むしろ間男が夫としての務めを果たしてくれるなら手間が省けるというものよ」
イスカリオスの発言に耳を疑いました。
「そんな!
あなたが一人で築き上げた名声や財を素性も分からぬ子どもにくれてやるつもりですか!?」
「素性がわからぬのは儂も同じだ。
そなたも似たようなものであろう」
私は言葉に詰まる。
「儂の価値は超越者としての武力のみ。
そして、この力は受け継がれぬ。
帝国軍に現存する17人の超越者で親から受け継いだものは一人もおらぬ。
神より給いし一代限りの力だ。
ならば儂の使命は命ある限り力を奮い、魔王軍を駆逐するのみ。
儂の亡き後の家に興味はない。
レクシー嬢に対する思慮などこのようなものだ。
彼女が何をしようが咎めることができる道理がない」
私と話す彼がここまで饒舌なことは今までありませんでした。
だから悔しくて、やりきれませんでした。