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第47話 僕は熱演する。開演前夜の出来事。

 公演の演目は「毒の王子と癒やしの聖女」。

 ファルカスが、帝国劇場で公演する時のために、何年も前から構想を温めてきた物語である。



 敵国との戦争に勝利するために、毒の魔女に頼んで力を得た王子はその代償に、触るもの全てに毒を移してしまう体になる。

 戦争に勝った後、王子は戦死したことにされ、王家の別荘の地下に軟禁されて暮らしていた。

 そこに王子がいることを突き止めた王子の元婚約者がやってくる。

 婚約者は類まれなる癒やしの魔術を持つ聖女に王子の毒を治療してもらうために、彼を別荘から連れ出す。

 聖女の癒やしの魔術のおかげで王子の毒は解毒されるが、王子は聖女と恋に落ちてしまい、婚約者とは手も触れないようになる。

 婚約者は王子と聖女を憎み、彼らを魔族が人間に化けた姿と人々に流言する。

 迫害された王子と聖女は国外に脱出するも、後継者争いを恐れる王子の兄や復讐を恐れる父、さらには王子に対する復讐に燃える敵国の王子までもが二人の命を狙って追い回す。

 王子と聖女は追手から逃れながらも、聖なる火の山にたどり着く。

 実は王子の毒は治癒されておらず、むしろ悪化しており、このままではやがて国中に毒を撒き散らしてしまうと考えた王子は火の山で毒ごと自らの身体を焼き尽くそうとしていた。

 聖女はその王子の気持を汲み取り、王子の毒を抑え、分かち合いながら付き従った。

 王子の真意を知った人々は彼らが火口に飛び込むのを見届ける。

 そして、追っ手の人々は自分の不安や欲望のために彼らを追い回したことを反省し、正しい世の中を作ることに尽力していくと決意したところで、物語は終わる。


 キャストは毒の王子がファルカス、癒やしの聖女がエル、毒の魔女がスーザン、王子の兄がリー、父がリック、敵国の王子がゲイリー、そして婚約者役が僕である。

 ちなみに名前はキャロラインという。


 キャロラインは凛とした強い女性である。

 だが、その内面は王子に対する執着のような愛情や、聖女に対する嫉妬で燃え狂っている。

 王子を我が物にしたいという欲望のあまり、卑劣な罠や強硬な手段に訴えることもある。

 その在り方は僕の経験や知識で解釈できるようなものではなかったので、ファルカスや団員たちに尋ねながら時間をかけて、解釈を行った。

 端的に僕の結論を言うならば、キャロラインは傷つきやすい女性だ。

 裏切られること、失うこと、戻らないこと、それらに心から傷ついてその傷口から憎しみや怒りを撒き散らしている人間だ。

 僕はまだ、心が傷つくということを知らない。

 怒りを覚えたり、悔しいと思うことはあったけれど、それは「傷つく」とは別のものだと思っている。

 だから、それを表現するのは難しく、自分自身の思考回路とあらためて向き合う必要があった。

 試行錯誤を繰り返しながら、僕の芝居はとりあえず及第点には達することができたようであり、この通し稽古にまでたどりついた。


 順調に上演は進み、物語はクライマックスを迎える。

 火の山の火口に飛び込む王子と聖女をキャロラインが呼び止めるシーンだ。


「待って! 私も連れて行って!

 私もあなたと一緒に死にたい!」


 僕の叫びを聞いたファルカスは優しく微笑みながら、


「キャロライン、君が死んでしまったら僕が死ななきゃいけない理由が一つなくなってしまう。

 震える足を前に進めることができるのは、君を、君が生きる国を守りたい、そういう想いがあるからなんだ」


 と、僕に語りかける。

 そして、ファルカスはエルを抱いたまま、舞台に開いた切穴に飛び降りる。


「いやああああああああッ!!」


 僕は頭を抱えて膝から崩れ落ちて絶叫する。

 ライラの竪琴が悲しげな旋律を奏でる。

 僕は立ち上がり、舞台中央から一階の観客席の中腹まで伸びる花道をゆっくり進む。


「あなたは私のために自分は死ぬと言ったわ。

 あなたは自分のために私は生きろと言ったわ」


 歩みを進めながらセリフを言う。

 観客席の一番奥に声をぶつけるよう、意識して。


「そんなの詭弁よ!

 あなたは私よりもあの女を選んだわ!

 本当に私のことを考えてくれるのなら、私を死の国まで連れて行ってよ!

 私を一人残して……」


 エルならば涙を流すところだろう。

 でも、僕は涙を流せない。

 だけど、代わりに歯を食いしばって唇から血を流した。


「ねえあなた……

 私の人生で一番幸せだった時間は、あなたとあの地下牢を抜け出して野宿した森の中だったわ。

 国もお金も平和も何も要らない。

 ただ、あなたの一番傍にいられることが私にとっての幸せだったの」


 このセリフを言うと、何故か目の奥が疼き、首の後がしびれるような感覚に襲われる。

 僕はおそらく共感しているのだ。


 観客席からじっと僕を見つめていたメリアと目があった。

 僕は胸を押さえる。


「ああ、あなた……あなた……

 その手を握らせて。

 その髪を撫でさせて。

 その唇を私にください。

 たとえ、毒に身を焼かれようとも、私はそれすらも愛せるんだから」


 メリアが泣いているのが見えた。

 いったい何を思って泣いているのか聞いてみたい、などと思いながら僕は舞台に突っ伏した。


 それから数分後、幕が下り、2時間以上に渡る通し稽古が終わりを告げた。

 すると観客席から拍手が上がった。

 人数が少ないため万雷の拍手とは行かないが、一人ひとりが掌の骨が砕けんばかりに拍手を打ち鳴らしていた。


 舞台上の団員たちはみな、ファルカスの方を向く。

 ファルカスはみんなの顔を見回して、一言。


「素晴らしいものが生まれた」


 と言った。

 団員たちはワッと声を上げて、拍手をした。

 僕も倣って拍手をした。


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『いやー、観客席で観たいわ。コレ』


【転生しても名無し】

『ホムホム視点ってのも悪くないけどね。

 臨場感がすごかった』


【◆アニー】

『ね、ね、ホムホム。

 楽しかった?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△


 よく分からない。

 上演中はずっと集中していて、ほとんど戦闘モードみたいな状態だったから。

 今も……興奮しているのか?


 確かなのはこうやって皆で拍手をし合って、観客が喜んでいるこの状況は心地よい。

 だから、ここまで全て含めて、芝居をするのは楽しいということだと感じる。



 通し稽古が終わった後の団員たちの行動は2つに分かれた

 明日に備えて宿に戻る。

 ギリギリまで稽古を行い、自分の芝居の完成度を高める。

 僕は前者だった。


 宿に戻り、メリアのいる自室に入ろうとしたその時、エルに呼び止められた。


「クルスくーん。

 ちょこっと用事あるんだけど、付き合ってもらえるかなあ?」


 甘い言葉でまとわりつくように話しかけてくるエル。

 だがいつも通り、何事もないような顔をしている僕に対して、エルは大きなため息をつく。


「はあ……結局クルス君をオトせなかったなあ。

 ここまでの旅路で結構頑張ってみたのに。

 メリアちゃんにめっちゃ睨まれたりしながらさあ」

「睨まれていたのか?」

「うん。めっちゃね。

 お願いだから『なぜ?』なんて聞かないでよ」

「…………」


 僕は押し黙る。

 エルは呆れるような顔をした。


「まあ、いいや。

 警戒しなくていいから私の部屋においでよ。

 もうすぐ会えなくなりそうだし、最後のお願いだって」


 エルは目の前で手を合わせて僕に頼み込んできた。


 旅の道中からエルに絵のモデルになってほしいと何度もせがまれていた。

 ただ、芝居の稽古があったり、街についてからは公演の準備に追われたりで実現ができていなかったのだ。

 僕はエルの部屋の椅子に腰掛けて宙を見つめる。

 そして、エルは鼻歌交じりで板に載せた厚紙にコンテで線を引いていく。


「クルスくん、退屈?

 ポーズを崩さないなら喋ったりしてくれていいよ。

 せっかくだからいろんなことに答えてあげる」


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『じゃあ、初体験はいつかなあ?

 相手の年齢や関係は?』


【転生しても名無し】

『冒頭インタビューやめい。

 それよりも、ホムホムにちょっかい出してたのはなんでなの?

 さっきの口ぶりからして本気で惚れてるとかじゃなさそうだけど』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△


 僕はエルに何故、僕を口説いてきたか尋ねる。


「今回の役もらってさ、女としての魅力を整えておきたかったんだよね。

 ほら、今回の私って婚約者持ちの主人公をいわば、寝取る役じゃん。

 観客に『あーそりゃ、こっちの女になびいちゃうわ』と思わせるには色艶が必要なわけ。

 その色艶を纏おうと思うとやっぱ普段の生活が大事になってくるんだ。

 食っちゃ寝して、他人と会わず、恋もしなけりゃ、女なんてすーぐに枯れちゃうからね」



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『耳が痛いんだけど……』


【◆オジギソウ】

『別に、今本気出してないだけだし。

 女を出すといろいろめんどくさいから大人しくしてるだけなんだけど、そういう人がいるっての想像できないのかな?』


【転生しても名無し】

『↑めっちゃ早口で話してそうwww』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



「つまり、エルは僕を口説くことで役になりきるコンディション作りをしていたということか」

「平たく言えばそういうこと。

 ああ、でもクルス君が好みなのはホントだよ。

 上手くいってたら深い仲になってたかも。

 惜しい事したな! オイ!」


 エルはおどけてみせた。

 だが、僕はそんなエルの態度が理解できない。

 芝居をするために、男女の関係を深めるというのは間違っているように思えたからだ。

 ファルカスもそうだった。

 だから、僕はエルに問う。


「あなたといい、ファルカスといい、芸に賭けるものが大きすぎないか。

 人生の中に芸があるというよりも、人生を芸に捧げているみたいに見える」

「みたいじゃなくて、捧げているの。

 座長も私も普通の人間としての幸せなんて望んでない」


 とエルは言い放った。


「抱かれることで色気を身に着けられるなら。

 傷つくことで哀愁を纏えるなら。

 不幸になることで、心に闇を抱けるのなら。

 それは私の芸にとっての糧になる」


 いつのまにか、エルの顔から笑みは消えていた。


「動物はね、みんな子供を作るために生きているらしいね。

 人間も動物だから子供を作るために生きるの?

 違うよね。人間はそうじゃない。

 人間の一生は他の動物よりも多くの経験、情報を得て、複雑な感情を発生させ続ける。

 生まれてきた時に与えられた生きる目的なんて廃れてしまっても当然だと思わない。

 私は生きる目的は最高の芸を生み出すこと。

 それができるならば、他のなにもいらない。

 傍から見れば異常でも当人にとってはそれが当然で自然なんだよ」


 エルは僕を見つめ、コンテを持つ手で僕を指す。


「人間はあなたが思っているより複雑で、人生や幸せは思いもつかぬほど多様だよ。

 簡単に分かろうとして決めつけちゃいけない」


 エルの問いは、僕の胸に刺さる。

 僕が妖精たちと出会い、それからずっと向き合ってきた問題だ。

 人間の代わりに戦うために作られた僕は、当初の目的から人間とは異なっている。

 それでも生きるために、僕は人間と共に生き、観察し、学習している。

 だが、エルの言葉は僕のやってきたことを否定するものに聞こえる。


「人間を知ろうとすることが間違いだとは思わない。

 だって、そうしなければ他人との関係を築くなんてできないはずだ」

「うん。知ろうとすることは間違いじゃない。

 決めつけて、簡単に答えを出そうとするのが良くないって言ってるんだよ。

 考えて考えて、ずっと知ろうと分かろうと考え続けなきゃいけない。

 たとえば、メリアちゃんとのこともそうだよ」

「メリアの?」


 エルの反論の中にメリアの名前が出てきて戸惑う。


「『分からないということを分かって生きている人間は、分かった気になって生きている人間の何倍も知的で豊かな人生を歩めるだろう』

 これは、どっかの国の偉い人の格言。

 要するに世の中分からないことだらけで当たり前だから、分かるための努力を死ぬまで続けなさいってこと。

 特に女の子の気持ちはねえ……

 これは座長にも言えることだけど。

 クルスくんは男だったから良かったけど、また女優が入ってきたら荒れるんだろうなー」


 そう言えば、メリアはもう眠っているのだろうか。

 眠っているのならいいが、起きているのなら僕が帰ってこないことに不安や不満を思っているかもしれない。

 特に、先程の話だとエルと僕が一緒にいることを快く思っていないようだ。


「よし、形取れた。

 クルス君おつかれー。

 体動かしていいよ」


 タイミング良くエルがそう言ったので僕は立ち上がり、部屋に戻ろうとドアノブに手をかける。


「クルスくん」


 エルは僕を呼び止めた。


「明日の公演、よろしくね。

 君からファルカスを見事に奪ってやるんだから」


 そう言って笑うエルに、


「僕はファルカスを渡さない。

 もし奪われたら殺したいほど憎んでやる」


 と、返して部屋を出た。



 部屋に戻ると、メリアはベッドの上に腰掛けて本を読んでいた。

 僕が帰ってきたことに気づくと、本を自分のカバンにしまい、僕に話しかけてきた。


「遅かったですね。

 居残り稽古ですか?」

「いや、エルに捕まっていた」


 僕がそう言うと、メリアはふーん、と興味なさそうにしながらも口先を尖らせていた。


「僕の絵を描くらしい。

 それでモデルを頼まれた」

「へえ……」


 メリアはうーん、と考え込む仕草をしてから、僕に尋ねてきた。


「あの、クルスさんはエルさんのことをどう思っているんですか?」


 メリアの突然の問いに僕は答える。


「一座の看板女優」

「そうじゃなくって……こ、恋人になりたいとか考えたりするんですか!」


 メリアは赤面しながら叫んだ。

 その様子は必死で正直で、だけどどこか滑稽だった。

 的はずれなことを聞いているのに、まるで審判を待つ罪人のような悲壮感で僕に向き合っているのだから。


「全くそういうのはない。

 エルが僕に近づいていたのも、役作りのためだ。

 もし、エルと恋人になってしまったら一座に強制的に加入されてしまいかねない。

 それは困る。旅を続けられない」


 僕はそうメリアに返した。


 だが、メリアは神妙な顔で、


「でも、私の旅の目的地はもうすぐですよ。

 旅が終わった後なら、一座に入ることもーー」

「そうじゃない。

 僕は……そういうことをエルに求めていない。

 どうしたんだ、メリア。

 レイクヒルを出る辺りからずっとエルに対して警戒して」


 メリアは変なところで勘が働く。

 エルに対して、僕達が気づかないところで怪しさを感じているのか。


「だって、エルさんスッゴイ綺麗じゃないですか!

 それにあんな風に飄々としていて、愛情表現がストレートな女性に男性は惹かれるんでしょう!」


 大真面目にそんなことを言ってくるメリアに思わず、笑みがこぼれてしまう。


「な、何笑っているんですか!?」

「すまない。

 いや、予想外過ぎて。

 その心配はいらない」

「本当に?」

「本当だ。

 明日公演をして、それで僕の一座での役目も終わりだ。

 誰がなんと言おうと、この街を出てメリアを帝都に連れて行く」


 僕が宣言するとメリアは「わかりました」と言ってベッドに腰を下ろしたが、


「ああっ! そんなことよりも、通し稽古お疲れ様でした!

 すごかったです!

 他の役者さん達と比べても遜色なかったです!」


 跳ね上がるように僕に賞賛の言葉を伝えてきた。


「そうか?

 僕は自分がどう見えているか分からないから判断できないが、キャロラインに見えたか?」

「はい!

 ものすごく可愛くて、一途で、でも危険で魅力的な人でした!

 ああ……もっともっと伝えたいことがあったんです。

 劇場の奥まで通るような鮮やかな声だったとか、髪の毛を振り乱しながら嘆く仕草が色っぽかったとか、他にも色々!」


 メリアは興奮して、僕に話しかけてくる。

 屈託なく喜ぶその顔を見て、僕もなんだか嬉しくなる。


「明日が本番だ。

 今日よりもっと良い芝居をしようって、みんな意気込んでいる。

 だから、本番を楽しみにしていてくれ」


 僕はそう言って話を切り上げた。

 そうしないと、自分の芝居に満足しきってしまいそうだからだ。

 僕は布団をかぶり寝るふりをした。

 少しの間をおいてメリアは、 


「ねえ、クルスさんは演劇やってみてどうでした?

 楽しかったですか?」


 妖精たちと同じようなことを聞いてきた。


「楽しいと思う。

 芝居をすることで自分の中の感情とかそういうものを見つめ直すことができた。

 一座の団員たちとの交流も楽しいものだった。

 さっき、通し稽古が終わった時も何かやり遂げたような感じがして興奮していた」


 僕の答えにメリアはホッとしたような顔をして、


「それなら良かったです」


 と呟いて、布団をかぶった。

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