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第46話 僕は(妖精の入れ知恵で)一座のプロモーションを行う。

 ライツァルべッセの東部にあるハンセル橋は全長50メートル、横幅10メートルの大きな石造りの橋である。

 労働者の通勤の時間帯は街で最も人通りの多い場所でもある。

 普段は足取りの重い労働者達がうつむき加減で歩き、靴が石畳を叩く足音だけで埋め尽くされる空間だが、今日は違った。


 早朝からトニーとレティがハンセル橋の中央で芸を披露しているのだ。

 トニーは横笛を吹きながら、足に履いた木靴を打ち鳴らし軽快な音楽を披露している。

 その隣でレティは花のような笑顔を振りまきながら、何もない空間から突然花を取り出し、道行く人に配っている。

 普段は無感で仕事に向かうだけの道の上に、華やかで愛らしい子どもたちが現れたことで、街の労働者達の口元はほころんだ。


「ウチの息子と同じくらいなのに上手いもんだ。

 旅芸人の類か?」

「さっき女の子が花と一緒にチラシを配ってた。

 ファルカス一座だとさ。

 へーっ、帝国劇場で公演するんだ」

「なかなか可愛い子じゃないか。

 ギュッと抱きしめたいね」

「ハハッ。たしかに可愛い女の子だけどな」

「えっ、男の子の方を言ってるんだけど」

「…………」


 道行く人々がトニーとレティを見て、思い思いの言葉を述べる。

 さらに追撃するように、


「ファルカス一座は世界を股にかける一流芸人の集まり!

 7年前、極西のザンディール王国を出発し、様々な国で多彩な芸を披露し、そして遂に我がイフェスティオ帝国の文化の中心ライツァルベッセにやって参りました!

 我々、劇団レイクフォレストも彼らの公演を応援しています。

 3日後! みんなでファルカス一座の公演を帝国劇場に観に行きましょう!」


 と、朗々とした声で呼びかけるのはロナルドだ。

 ロナルドはレイクフォレストの座長である上、ディアメント商会の手代であるため顔が広い。

 彼に気づいた通行人も少なからずいる。



 僕とファルカスは橋のたもとからその様子を見ていた。


「朝の通勤時は憂鬱だし、気も立っている。

 そんな時に根無し草の風来坊が芸を披露していたら反感を買いかねない。

 だけど、子どもは別だ。

 逆に年端もいかないのに働いていて偉い! と共感めいた称賛をもらえるかもしれない。

 特にあの二人は見た目もいいし、素直で子供らしいから朝の爽やかな空気によく映える。

 さらには、町の人間であるロナルドを引き込むことで、和解したことを強調。

 ついでに彼からはファルカス一座に対するお墨付きもいただいていることも宣伝する」


 僕の解説(ほぼ妖精たちの入れ知恵だが)を聞いて、ファルカスは唸っている。


「トニーとレティだけで芸をさせると聞いた時は不安でしたが、これはなかなか。

 たしかにトニーは万能の逸材です。

 私達が教えたことを砂地が水を吸うが如く吸収して、自らの芸にできる。

 さらには天性の人たらしですから、近い将来一座の顔になると思っています」


 ファルカスはトニーに厳しいが、それは期待の表れであるということらしい。

 それに、自分が一座に入ったのもトニーぐらいの年頃だったということも目にかける理由だと思われる。


 レティが袖の下、帽子の中、靴下の中に襟の中と様々な場所から花を取り出す。

 その様子に通行人たちから次第に歓声が上がり始める。

 これは手品という芸らしい。


「手品は種さえ分かっていれば、ある程度はすぐにできるようになります。

 そして、素人目に分かりやすく興味を引きつけられるので、まずはこれを覚えなさいとレティには言っていたのですが、なかなか筋が良いですね」


 普段はオドオドしているレティだが、軽やかに手品を披露し、笑顔で花とチラシを配っている。

 そんなレティをトニーは目で勇気づけている。

 もちろん自分の演奏を崩しはしない。

 小さな二人の懸命な姿は通行人達の目に焼き付いたことだろう。



 ライツァルベッセの冒険者ギルドはレイク・ヒルに比べるとやや手狭ではあるが、清潔で整理されている。

 冒険者ギルドであっても公共の場所であるという意識が見られる。


 昼頃、遅い起床を経て、クエストを探したり、情報交換を行ったりするためにギルドに冒険者たちが集まってくる。

 その一角に竪琴を持ったライラ、横笛を持ったスーザン、弦楽器を持ったナンシーが陣取って演奏を開始した。

 優美な旋律とともにライラの唇からは古今東西の英雄譚が紡がれる。

 篝火に吸い寄せられる虫のようにワラワラと彼女たちのもとに集まっていく。


「冒険者稼業に就く人々は大なり小なり英雄願望がある。

 当然、英雄譚には興味があるだろう。

 冒険者ギルドは実際に手続きをする時間以上に待ち時間が多い。

 リーダーが一人で話していて他の仲間は手持ち無沙汰なことも」

「人選もいいですね。

 ライラは色気を振りまいて目立つタイプではないし、スーザンやナンシーも美人だが落ち着いている。

 昼間から明るい場所でエルやマリスを踊らせたりするのは刺激が強すぎる」


 ファルカスは苦笑する。


「冒険者でも金を持っているヤツは持っているから、軽い気持ちでパーティ揃って観劇に来てくれるかもしれないし、上手く行けば大きな動員につながる」

「冒険者ギルドをこういう風に集客の場に使うとは……

 想定外でした」

「普通ならこんなこと許可は下りないだろう。

 ミルスタイン家の力に感謝だな」


 僕の言葉に複雑そうに口を歪めるファルカスだった。



 昼過ぎ。

 ファルカスとリーとゲイリーの3人と僕はライツァルベッセ西部にあるバリーベル子爵家のサロンを訪れる。

 広間の床には派手な模様が描かれた分厚い絨毯が敷き詰められ、壁には様々な絵画が飾られ、天井には羽の生えた天使や大きな月が描かれた天井画が描かれている。

 そして、20人以上の貴族家の女性が集められていた。


 まず、ファルカス達は彼女たちを観客に3人芝居を行った。

 演目は3人の兄弟が親の遺産を独り占めするため、お互いを陥れ合う喜劇だ。

 劇中、登場人物たちの歌や踊りが繰り広げられ、観客席は笑い声や黄色い悲鳴で大いに沸いた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『正統派イケメンのファルカス、だらしないセクシー系イケメンのゲイリー、神経質気味のクール系イケメンのリー。

 やだ、目が楽しいw』


【転生しても名無し】

『美丈夫3人が、貴族のサロンで貴婦人たちに囲まれながら芸をしているって、もはやそのシチュだけでご飯が3杯いけますぞい!』


【転生しても名無し】

『私の中の設定ではゲイリーには家族関係で暗い過去アリ。

 そのせいで一座の男たちを擬似家族に見立てているところがあって、リーは生真面目な父親で、ファルカスは奔放で優秀な兄』


【転生しても名無し】

『↑時折、父性を求めて甘えちゃうヤツだ……

 控えめに言って最高ですね』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 なんだか、いつもの妖精たちと雰囲気が違う気がする。

 意味不明なテンションと思考回路は変わらないが。



 上演後、ファルカスは集まっている貴婦人たちにお別れの挨拶を行う。

 彼女たちの誰もがファルカス達との別れを惜しんでいる。

 一部涙ぐんでいる人すらいた。


「3日後、私共は帝国劇場で演劇を行います。

 その際、このチラシを持ってきて、舞台を鑑賞してくださった方には、公演後に我々と握手をする権利を進呈します」


 ファルカスはチラシを掲げる。

 このチラシはサロンで配るためのもので、裏面にファルカスのサインをしてある。

 僕はチラシを配るために観客席に近寄ると、彼女たちは自ら手を伸ばしてきた。

 


「またお逢いできること……楽しみにしているよ」


 ファルカスが甘い声でそう囁くと貴婦人たちは顔を手で覆いながら興奮していた。

 僕達はそんな彼女たちを横目に外に出た。



「……これは、キツイですねえ」


 建物の外に出たファルカスは、両手を膝についてうなだれた。


「握手する権利ってなんですか……

 なにをあんなに盛り上がることがあるんですか……」

「昨日説明しただろう。

 握手という身体的接触を餌にすれば、演劇に興味の薄い人間でも劇場に集めることができると」


 僕は呆れるようにそう言ったが、


「そんなのエルやマリスみたいな女優にやらせるものだと思っていましたよ!

 男は綺麗な女性に触りたい欲求を持ってますからね。

 でも女性はーー」

「女性にはそういう欲求が無いと思っていたのか?」

「…………」


 僕の素直な疑問にファルカスは言葉をなくした。


「いいんじゃな~い。

 チヤホヤされるのは嫌いじゃないし。

 色ボケしたお嬢さんたちでも、劇場に入ってしまえばこっちのもんよ。

 観てもらえれば、心を掴む自信はあるしな」

「そうですね。

 手を握らせる程度で喜ばれるのか甚だ疑問ですが、需要があるようなら今後、積極的に行っていきましょうか」


 ゲイリーとリーは好意的に受け止めている。


「ところでなんでお貴族様だけなんだ?

 いっそ、全員と握手したらいいんじゃね」

「彼女たちは貴婦人だ。

 どこの馬の骨ともわからない平民の手垢が付きまくった手を握るのは抵抗があるだろう。

 それに、貴族は特別感を重視する。

 平民達には与えられない特権を与えることで、その特権を行使したいという欲望をくすぐるんだ」


 ゲイリーの疑問に僕は妖精たちから教えられた通りの理屈を教える。

 3人は唸りながら僕の顔色をジロジロと伺っている。



「だが、ファルカスの言うとおり、握手会のメインになるのはエルたち女優陣だ。

 さて、次は北部の酒場だな。

 エルとマリスとジャニスで踊りと演奏の披露。

 彼女たちには芸の前後で平民ともジャンジャン握手してもらう。

 こっちは餌の先渡しだ。

 握手をする際に『劇場にも会いに来てね』と一言勧誘させて男性客の心を掴み、約束を取り付ける」



 そう告げて、僕が歩きだすとファルカスは、


「クルス殿。

 やはり、我々と一緒に文化・芸術の発展に尽力しませんか?

 すべての人々が文化を理解し享受できるそんな世界をーー」


 と、口説いてきたが耳を塞いで無視した。



 さて、そんな風に昼夜を問わず街の至る所でファルカス一座は芸を披露して回った。

 結果、3日間でファルカス一座の存在が、街中で認知されはじめ、レイクフォレスト絡みの誤解も解けていっているようだった。

 これに加えて、公演の練習や舞台美術の借用の手配や設営にも時間を割いていたため、団員たちは寝る間を惜しみ、体に鞭打って動き続けた。

 しかし、身体的にも精神的にも追い込まれることで、彼らの神経は逆に研ぎ澄まされているようでもあった。



 そして、公演前日の夕方になった。

 ファルカス一座は劇場に集合し、仕上げとして通し稽古を行うこととなった。

 役者たちは全員、本番と同じ衣装に身を包み、準備をしている。


 観客席には、出演しない団員や、メリアが座っている。


「ブレイドやククリは?」

「初めて観るのは本番がいいからって、宿に戻られました」


 ブレイドが本当にファルカスの舞台を楽しみにしていることがよく分かる。

 稽古の時もなるべく観に来ないようにしていたようだ。


「それにしても、クルスさん、その髪型素敵ですね」


 メリアは僕の髪をまじまじと見る。

 頭頂から細い三つ編みを左右に作り、後頭部に円を描くようにして後ろ髪とリボンで結んで留めている。

 ジャニスが額に汗しながら仕上げてくれた自信作だ。


「リボンを付けられる髪型にしてほしいと頼んだら、こういうことになった」

「リボンを付けられる?」


 メリアは僕のこだわりをわからないという顔をしている。


「気に入っている。

 だから、ずっとつけていたい」


 僕の答えに、メリアは赤面する。


「よし! じゃあそろそろはじめようか!」


 ファルカスの声が響き渡った。

 僕はメリアに背を向けて舞台の中央に向かった。



 舞台上には出演する団員が勢揃いしている。


「いろいろあったけど、なんとかここまでこぎつけられた。

 舞台上の女神は気まぐれだけど、私達を嫌っているわけでもないようだ。

 今、この時しか出会うことのできない最高の一幕をここに生み出そう」


 ファルカスは僕たちにそう呼びかけた。


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ところでさあ、ファルカスが時々口にする「舞台上の女神」って何?

 ロナルドも口走ってたよね。

 その世界で芝居やっている人にとっては常識なの?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△


 ……あまり気に留めていなかった。


 僕は妖精からの質問を近くにいるエルにしてみる。

 エルは頭をかきながら、僕の質問に答える。


「おとぎ話というか伝説というか。

 最高の演劇が行われると舞台の上に女神様が降臨するって言われているの。

 本当にそんなことが起きるわけはないのにね。

 いきなり舞台に乱入者が現れたら私なら蹴り落としちゃうかも」


 エルはそう言って笑いながら上手の舞台袖に入る。

 僕もエルと同じ方向から登場するので、ついていく。


「ファルカスはその女神に会いたいのか」

「どうだろうね。

 会いたい、というよりも追いかけていたいんだと思う。

 追いかけ続けている自分でありたい、とも言えるかな。

 芸事は満足してしまったら終わりだからね」


 女神が降臨する、そんなことはありえないだろう。

 ありえないが、掲げた目標は自分を高める糧となる。

 ファルカスは出会うことのない女神を探して、死ぬまで舞台に立ち続ける。

 理にはかなっていないが、純粋で美しいことだと僕は思った。


「でも、座長は女の扱い下手だからなあ。

 仮に女神様を捕まえても、すぐに勝手に幻滅してあっさり手放しそう。

 そうは思わない?」


 エルは嘲るように笑って僕に尋ねる。

 僕は自分の知識と経験からファルカスの行動を予想してみると……


「ファルカスなら……まず誘うだろうな。

 一緒に舞台に立ってくれと。

 そして、一緒に旅をして、同じ釜の飯を食べて……口づけをしたり、子作りもするかもしれない。

 ぶつかりあうこともあるかもしれないし、傷つけてしまうこともあるかもしれない。

 だけど、その女神が芸を追求し続けるのならば、自ら手放しはしないだろう」


 シャーロットの時も、エルたちは追い出したがっていたがファルカスは最後まで引き止めていた。

 なんだかんだで、自分の周りの人間を見限ることができないのだ。


「ふーん……その予想は面白いね。

 女神様が聞いてたら、ちょっと面白そうじゃない! って寄ってくるかもね」


 舞台裏の暗闇の中ではエルの表情はもう見えない。

 僕らの会話もここで止まり、静寂が訪れる。


 ライラの奏でる竪琴の音色が響いてきた。

 物語の導入はライラの演奏と語りで始まる。

 もうすぐ、幕が上がる。

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[一言] それはつまりエルのことでは?
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