表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/112

第45話 僕はようやく本気になる。公演の成功をめざして。

 メリアはファルカスが子供の頃にミルスタイン家を飛び出して以来、旅芸人として生きてきたことや、彼らの芸事に向き合う真摯な姿勢について語り聞かせた。

 さらに、今回レイクフォレストが追い出された件はベイルディーンの勇み足で、ファルカスにその意思はなかったことをも伝えた。

 話を聞き終えたロナルドは頭をかきながら、


「なるほどね……

 てっきり貴族の放蕩息子の気まぐれだと思ってたんだが」

「放蕩息子というのは間違っていない。

 本人も認めている」

「とはいえ、20年も旅芸人をして、ザンディールまで足を伸ばしているような人物だとは夢にも思わなかった。

 仕事の片手間にライツァルベッセから出ることもなく演劇やっている俺のような人間にとっては羨望の的だね。

 劇場の件もアンタらのいうとおりなら、ベイルディーン伯爵が空気を読まなかったのが原因だ。

 旅芸人として世渡りをして来た人間が、不和の種にしかならないことをやるわけがない」

「それでは、ファルカスさんたちが帝国劇場で公演することを許して下さいますか?

 もちろん、この件に対するお詫びは必ずすると言っています」


 ロナルドは顔をしかめて、


「……情報の裏取りを行いたい。

 アンタらの言うことが本当か、俺の目で見なきゃ判断はできん」


 まもなく店を開ける時間だから、と僕達は店を追い出された。



 劇場へ向かう帰り道の途中で、メリアがポツリと呟いた。


「あの教会に立ち寄ったことがこんなふうに役立つなんて思いませんでしたよ」

「そうだな。

 ロナルドは誰かと自分の生まれ育った場所や一緒にいた人について話せて嬉しかったのだと思う。

 警戒心むき出しだった態度を軟化させるぐらいに」

「ロナルドさんにとって、大切な思い出だったんでしょうね」


 大切な思い出の場所はもうない。

 しかし、彼の思い出の中にある森の教会は消えない。

 あそこにいた子どもたち全てにとってそうであればいいと思う。


「それにしても、よく気が付きましたね。

 ロナルドさんが教会の出身者だって」


 妖精が教えてくれた、とは言えないので勘ということにしてごまかす。

 すると、会話のない時間が訪れた。

 このまま、劇場に帰れば僕はファルカスとの稽古にかかりきりになる。

 明日以降、こうやってメリアと一緒にいられる時間があるとは限らない。

 だから、僕は尋ねてみることにした。


「メリアはどうして、ファルカスの公演を応援するんだ?」

「え?」


 メリアはキョトンとした顔をしている。


「ファルカスの一座を護衛することに賛成したり、僕をシャーロットの代役に推薦したり、ロナルドの誤解を解きに行ったり、公演が成功するために尽力している。

 自分の目的地への到着を遅らせてまでだ」


 とはいえ、ライツァルベッセから帝都までは僅かな距離だ。

 徒歩で十分にたどり着ける。


「だが、その気になれば、今から僕とメリアだけで帝都に向かうこともできる。

 遅くとも日が沈むまでには到着できるだろう」


 僕はメリアの顔を見る。

 表情が曇り、うつむき加減になっている。

 手応えがない、これは違う。


「でも、メリアはそんなことを望んでいない。

 だから僕は連れて行きはしない」


 僕がそう言うと、メリアは素早く僕の方を向いた。

 大きな碧翠の瞳の中に僕が映る。


「メリア、何を望んでこんな寄り道をしようと思ったんだ?」


 僕はメリアの目を見て言う。


「いろんなこと……ですよ」


 メリアは僕の前に出て、面と向かいながら後ろ向きに歩く。


「ファルカスさんのお芝居がすごかったから、大きな舞台でやる演劇を是非見てみたかった。

 旅芸人の一座のみなさんと旅なんて面白そうだと思った。

 一座のみなさんと仲良くなって、公演が成功してほしいと思った。

 それに、可愛いお姫様姿のクルスさんを目に焼き付けなければならないと思った」


 メリアはフフッと目を細めて笑う。

 体をくの字に曲げて、ひとしきり笑った後に、急に真面目な顔になる。


「あと、もうひとつ大切な理由があるんですけど……」


 雰囲気が変わったメリアに虚をつかれて僕は足を止める。

 メリアがじっと僕の目を見つめる。

 僕はただその瞳を見つめ返す。

 僕達のそばを風が通り抜けて、二人の髪がなびいた。

 街の人々も活動を始めて、生活の音が溢れているはずの街中で、風の通り抜ける音が聞こえる。

 不思議な感覚にピリピリと神経が高まっていく僕を、解放するかのようにメリアはフッと微笑んだ。


「でも、まだ教えません。

 今は内緒にしておきます」


 メリアは僕の反応に満足したように大きく手を振って僕の前をスタスタと歩いていく。

 

 僕はメリアの言おうとしていた言葉を考えて、考えて……気づけば劇場に帰ってきてしまっていた。




 その夜、仕事を早めに上がったロナルドが帝国劇場で稽古をしている一座の様子を観に来た。


 広い舞台を大きく使うために、ファルカスは一から演出やシナリオの見直しを行っている。

 大量の汗を流しながら舞台を駆け巡り、役者たちに指示をしていく。

 時には怒声も飛び交う。

 あのエルでさえ、ファルカスに怒鳴りつけられることがある。

 ファルカスは団員それぞれに、その人なりの最高のパフォーマンスを発揮することを期待をしている。

 だから、僕のような経験の少ない者に対しては比較的要求が低い。

 逆にベテランのリックやスーザン、ナンシー、そして看板女優のエルに対してはとてつもなく高い要求をする。

「1ミリの微笑」だとか「セリフにしないセリフ」だとか表現も抽象的で僕には理解することすらできない。

 酷使によって痛めた筋肉や関節を湿布や痛み止めで誤魔化しながら団員たちは舞台を駆け巡る。

 疲れで顔がやつれていても表情は崩そうとしない。

 鬼気迫る勢いで役者たちが鎬を削り合う舞台上はまさに戦場だった。

 その様子をロナルドは瞬きすることさえ忘れて、見つめていた。


 夜も更け、稽古が一段落ついた頃、ロナルドはゆっくりとファルカスに近づいて、頭を下げた。

 僕は少し離れたところからその様子を眺めていたが、どうやら和解ができたようだ。

 しかし、二人は神妙な顔をして考え込んでいる。


 僕は近づき、二人の会話を聞く。


「たしかに俺はファルカス殿の一座が公演することを認める。

 悔しいが、俺達の劇団とはレベルが段違いだ。

 大舞台にふさわしい芝居を見せてくれるなら……俺達は機会を譲ってもいい。

 だが、俺達が認めても周りはそうじゃない。

 既にアンタ達の悪名は街中に広まっている。

 それを聞いた彼らはこの公演に足を運んだりはしないだろう」


 ロナルドの言葉を聞いてファルカスは腕を組んで、ため息をつく。


「弁解して回るにしても時間がないですね。

 悪い噂は光の速さで広まりますが、良い評判を広めるのは、海にインクを垂らすように途方も無いことです」


 稽古中とはうってかわって、弱りきった顔を見せるファルカス。

 そこに、トニーが現れて、


「スイマセン、座長。

 先程、刷り上がったという公演のチラシが……5000枚持ち込まれました。

 お代は伯爵様からのご支援ということです」

「ごせ……金に物を言わせてそんなものを作られても……」


 ファルカスは頭を抱えこむ。

 たしかに今の状況下でこんなチラシを配って回っても効果がないどころか、逆上したレイクフォレストのファンに殴られかねない。


 そこにスーザンが体をほぐしながらファルカスの元に近づいてくる。


「今回は諦めておきましょう。

 お兄さんが伝手のある貴族様方を集めてくれるならそれなりの体裁はつきはします。

 幅広く人に見てもらうのは後のお楽しみにとっておきましょう」


 柔らかい口調でファルカスを慰めるように言うが、ファルカスは立ち上がって反論する。


「さほど演劇に興味のないお付き合いの貴族を囲って何の意味がある!

 演劇とは、演者と観客双方の感情がないとダメなんだ!

 そして、今回の公演は今しかできないんだ!

 クルス殿が参加してくれるのが今回だけなのはもちろんだが、あなただっていつまで舞台に立てる?

 膝を相当痛めているのだろう」


 スーザンは一瞬、顔を強張らせるも、すぐ優雅な笑みを浮かべて


「バレてましたかぁ? ふふ目ざといなあ、ウチの座長は」


 クスクスと笑い、膝に手をやる。

 ファルカスはスーザンを視界から振り払うように体を背け、劇場内の団員を見渡すように視線を動かす。


「人間が演じる以上、演劇は生き物だ。

 同じ公演なんて一つとしてあり得ないから一つとして諦めるわけにはいかない。

 もし諦めた公演で舞台上の女神の背中が見えでもしたら、僕は後悔のあまり死んでしまいかねない!」


 ファルカスの悲鳴のような叫びが劇場にこだまする。

 その声は周囲にいる人間に対して、ファルカスの心を伝達していく。

 結果、劇場内にいる全員が沈黙した。

 ファルカス以外の団員たちも、今の状況が悪いことを理解しているのだ。

 彼らの知識が経験が勘が、芸人として培ってきた全てが彼らを不安と恐怖に縛り付けようとしている。


 その重い沈黙を破ったのは、逆にそれらを持たないメリアだった。


「あの……やっぱり、まず一座の皆さんのことを知ってもらわなくちゃいけないんじゃないでしょうか?

 皆さんのことを知らないと、悪い評判は消えないと思います。

 逆に知ってもらえれば!

 今回の件の当事者であるロナルドさんだって、皆さんの芸を認めてくださった。

 私達だって、ファルカスさんとエルさんの芝居を見て、一緒に旅をすることにしました。

 きっと、街に流れる悪い評判だってすぐに消えてなくなります!」


 メリアは団員たちに呼びかけた。


「簡単に言うけどさあ、いつか認めてもらえるじゃダメなんだよ。

 4日後の公演に人が集まらなきゃ意味がない。

 汚名を返上して観客を増やす方法、あるなら教えてくれない?」


 エルはメリアに強い口調で問う。

 メリアは言葉に詰まる。

 しかし、


「簡単なことだ。

 同じことをやればいい」


 僕は言い切った。

 すると、皆の視線が集まった。


「公演までの残り4日間。

 あなた達が街中で芸を見せ続ければいい。

 この街は芝居小屋も多いし、ステージのある酒場も多い。

 至る所で芸をして、ファルカス一座は貴族の遊びなんかじゃなく、真剣に芸を磨いている集団であることを見せつけてやるんだ」


 僕の言葉を聞いた団員たちは互いの顔を見合わせあっている。

 ファルカスは僕に向かって、


「たしかに、それが正道ではあるだろうが時間が足りないですよ。

 店や街先で芸をするのも、許可を取ったり、場所代を支払ったり交渉することが多い。

 それに、僕達はこの街のことを何も知らない。

 どこの酒場にどういう客層が集まるのか、そういう情報を収集せず、無闇に動き回るのは無謀で――」

「無謀をなんとかするのは、圧倒的な力だ。

 あなたにはそれがあるだろう」


 僕の言葉にファルカスは首を傾げる。

 だから、早々と答えを示す。


「ミルスタイン家の力を使えばいい。

 この帝国劇場すら一声で使わせてもらえるんだ。

 交渉の必要なんてない」


 そう言うと、ファルカスは血相を変えて、


「それじゃあ、同じことの繰り返しじゃないか!

 ミルスタイン家の力を使えば、一般人の心は離れていくだけで――」

「力が悪いんじゃない。

 やり方が強引すぎたんだ。

 貴族と違って、あなたならその匙加減は調整できるだろう。

 それに、多少強引でも、あなた達の芸を見れば人々は引きつけられる」


 ファルカスは何かを言おうとして、口をつぐむ。

 おそらく、実家の力を頼りたくないのだろうと思う。

 人間はプライドやしがらみやいろんなもので自分の中でルールを作るものだから。

 だけど、僕は使えるものは使えばいいと思う。


「そして、レイクフォレストの人達にも協力してもらう」

「俺らが?」


 ロナルドは自分を指差して驚く。


「この街の、特に芸事に関わる情報についてはミルスタイン家よりも詳しいだろう。

 一座についてしまった悪評を払うために協力して欲しい」


 僕の言葉にロナルドは頭をかく。


「そう言われると、弱えなあ……

 原因は俺たちにも少なからずあるし、断りづれえ」


 そう言って彼は苦笑する。

 協力してもらえるということで良いようだ。


「さっすがー! クルスくん!

 最高のアイデアだね!

 それでこそ私が見初めたオトコ!」


 エルが高いテンションで僕に抱きついてきた。


「やろうよ! 座長!

 私たちは旅芸人!

 『町から町へ、笑顔と驚きをお運びし、代わりに飯と路銀を頂戴します』

 芸を人々にお届けするのが私達の仕事じゃん!」


 エルの声にファルカスは顔を上げる。

 その表情は何かが吹っ切れたように清々しかった。


「そうだな……

 上手くやれるとか、どこまでやれるとか、そんなこと気にするのはやめよう!

 こっちも憂さ晴らしだ!

 自信のある芸、好きな芸を持ち寄ってパーッとやろう!

 一世一代の公演の前の景気づけだ!!」


 ファルカスは皆に呼びかけると、オウ! と応える声が劇場に響いた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ホムホム〜、やるじゃん。

 こんな場面でちゃんとアイデアを出すなんて』


【◆助兵衛】

『なかなか、悪知恵が回るようになってきたじゃないか。

 成長したな』


【◆野豚】

『いや、ホントいいアイデアだと思うよ。

 世界的ミュージシャンだって駆け出しの頃は自分達の音楽聞いてもらうためにお笑い芸人の真似事をしたもんだし。

 楽しいことになりそうだなあ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 合理的に、使えるものをかき集めるとこういう結果になっただけだ。

 それに、僕もだんだん公演をすることに前向きになってきた。

 メリアにとっては目的地にたどり着くことよりも、この公演を行うことを優先させなければならない理由があるようだ。

 その理由がどんなものかも分からないし、少なくとも人の生死が関わるようなものではないだろうけど、僕はメリアの気持ちを尊重して、求めているものを一緒に見たい。

 それに芸術だの文化だのそういう物の価値は未だによくわからないが、公演が成功することで喜ぶ人がたくさんいる。

 ファルカス一座のみんなが苦い顔をして舞台を降りるのを僕は見たくない。

 だからいまやるべきことは、この公演を成功させることだと、僕は決めた。


 僕は腕にしがみついているエルをそっと引き剥がし、メリアのもとに向かう。

 メリアは僕が近づいてくるのに気づくと、笑みを浮かべた。


「クルスさん、ありがとうございます。

 私、全然考えがまとまってなかったのに口出ししちゃったのに、助けてくれて」

「問題ない。

 いつか言っただろう、あなたを守るって。

 当然、こういう時もだ」


 至極真面目に言ったつもりだが、メリアはうつむいて、フフッと笑った。

 僕も少し、おかしくて笑った。



「甘い雰囲気を漂わせるのは結構ですけど、ご相談よろしいですか?」


 ファルカスが僕の耳元にささやきかけてきた。


「私達の芸を見せることで、私達を街の人々に認知してもらう。

 とてもいいアイデアだと思います。

 ですが、実際に芸を見てもらった観客をこの劇場まで引っ張り出せるような手法を考えたり、いろいろしなくてはなりません。

 言い出しっぺのクルス殿、ご協力……していただけますね?」


 ファルカスの言葉は僕を従わせようという、強い意志が感じられる。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『がんばろうね、ホムホムw

 俺たちもアイデア出すからさ』


【◆野豚】

『ショウビジネスだらけの世界で育った我々の力見せる時が来たようだね……』


【転生しても名無し】

『なんか文化祭思い出すなあ。

 いよいよ面白くなってきましたよ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 それから僕は妖精の協力を得て、ファルカスに様々な提案をした。

 催しを行う場所、チラシの活用法、興味を持った人をガッチリ掴んで観客に変える方法などなど、妖精たちの謎の知識や突拍子もない発想にあらためて驚かされた。

 だが、僕以上に驚いたのはファルカスのようだった。

 話がまとまった明け方頃、彼はうつろな目をしながら息を荒くして、


「クルス殿……本気でウチの一座に入るつもりはありませんか?

 あなたの思いついたアイデアは、この国……いや、世界の文化・芸術の発展を100年……いやいや、200年……進めますよ……」


 と、僕を口説いてきた。

 もちろんハッキリと断った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ