第44話 僕は劇団レイクフォレストとの接触を試みる。
僕が宿の一室に戻るとメリアがベッドの上に座って、何かの書面を見ていた。
「クルスさん、お帰りなさい」
「ただいま。
何を読んでいるんだ」
「調査結果です」
メリアはそう言って、書面を見せる。
調査結果と言っても、メリアの筆跡と思われるメモ書きだった。
「お芝居のことは結局あまり力になれませんからね。
だったらそれ以外のところで皆さんのお手伝いをしようと。
手始めにあのレイクフォレストなる劇団について調べてきました」
「一人で出歩いていたのか?」
「ええ。別に大丈夫ですよ。
ライツァルベッセは治安のいい街ですし、イフェスティオ帝国内ならある程度、土地勘が利きますし。
実際、それなりに成果はありましたよ」
自信有りげな顔でメリアは僕の様子を伺っている。
「じゃあ……教えてもらえるだろうか。
今日の様子だとまた揉め事が起こると予想できる」
僕がそう言うと、メリアはニカッと笑って調査結果を話しだした。
「まず、レイクフォレストは約5年前、ロナルドという商人見習いが立ち上げた劇団です。
彼は品行方正でなかなか優秀な奉公人だったそうですが、演劇の鑑賞を趣味にしていたそうです。
ある日、芝居小屋に通っているところを奉公先のディアメント商会の跡取りであるフンベルトに見つかるんですけど、同好の士として親交を深めていったそうです。
やがて、彼らは自分たちでも演劇を作ってみたいと思い、レイクフォレストを立ち上げることになりました」
「ああ、そこまでは耳にしたことがある。
それ以上の情報はあるのか?」
「フフ、もちろんです。
レイクフォレストはゆっくりとですが確実にその人気と実力をつけていきました。
劇団員はディアメント商会の人間を中心に兼業の方ばかりですが、今では役者以外も含めると30人を超える規模になっています。
ライツァルベッセには帝国劇場以外にも100人、200人収容できる芝居小屋がいくつもありますが、公演を行うと立ち見も出るくらいに盛況だったそうです。
演目は古典の英雄譚をアレンジしたものが多いらしいですね。
台本を書いているのは座長のロナルドだそうです。
奉公人とは思えないほど教養が深く、同時に人に伝わりやすい言葉を使うなどのバランス感覚にも優れているようですね。
その出来は、ライツァルベッセの目が肥えた観客をうならせるほどだとか。
そんな感じで、人気が高まりすぎて小さな芝居小屋では客席が足りない、と判断したフンベルトが劇場の支配人達に賄賂を送って帝国劇場での公演を取り付けたのです。
そして、先週から毎日夜に一回ずつ公演を行っていたようですが、今朝、急に公演の中止が発表されました。
事情は、既に界隈に広まっています。
伯爵の弟が20年ぶりに帰省して、余興をやるために帝国劇場を貸し切って、レイクフォレストは締め出されたと」
「余興……だと?
ファルカスの、一座の演劇は余興なんて言葉で片付けられるものじゃない!
彼らは命をかけて舞台に立とうとしている!」
僕は思わず声を荒げてしまう。
メリアは驚いて、体をすくませている。
「すまない……
メリアに対して怒っている訳じゃないんだ」
「は、はい……分かっています。
でも、一座はライツァルベッセでは全くの無名です。
対して、レイクフォレストはゼロから実績を積んで帝国劇場の舞台に上った、云わばサクセスストーリーの体現者です。
昔から応援していたファンにとっては特に、自分たちが彼らを育て上げたという自負もありますから。
どう考えても、ファルカスさんたちは悪役の誹りを受けざるを得ません。
それに平民というのは、貴族に対してやっかみや妬みを少なからず持っているものですから」
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【転生しても名無し】
『そりゃあ、平民感情的にはレイクフォレストを応援するわな。
俺だってそうする』
【転生しても名無し】
『判官贔屓はどこの世も同じってね。
だとしたら、なんとかしてレイクフォレストとやらと和解しないとまずくないか。
レティちゃんやジャニスちゃんみたいにか弱い娘もいるし、一緒にいるからって言う理由でメリアちゃんだって危害を加えられかねないよ』
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それは、困るな。
僕も一般市民を殺すようなことはしたくない。
「どうにか和解できる方法はないだろうか」
僕はメリアに尋ねる。
メリアは腕を組んで、首を傾げる。
「とにかく冷静に話し合うべきなんでしょうけど、それもあの様子じゃ難しそうですよね。
誰か共通の知り合いみたいな人から、ロナルドさんに話を仲介してもらえればいいのですが……」
「一座の人間は他国の人間だから接点なし。
ファルカスの伝手も貴族やその使用人のように上流階級だから接点は難しい。
ベイルディーンの権力で無理やり言うことを聞かせるのは悪い方向に刺激しかねない」
これはお手上げか、と思ったその時だ。
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【◆マリオ】
『なあ、劇団レイクフォレストの名前の由来って分かるか?』
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マリオの質問に答えられない僕はメリアに尋ねる。
「由来は……聞けなかったですけど、でもレイクフォレストという地名はあります。
レイクヒルの近くの森林地帯。
あの教会があった森のことですよ」
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【◆マリオ】
『あーやっぱり。
なんか、名前の形式が似てると思ってたんだ。
それで、ベイルディーン曰く、座長は孤児出身だっけ。
しかも奉公人とは思えないほど教養があるんだよな。
こんな話、前に聞いたことあるよね?』
【転生しても名無し】
『ああー、そういうことね。
完全に理解したわ(わかってない)』
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翌朝、日の出前に僕達は帝国劇場に向かった。
一座の人間が無事劇場内に入っていくのを僕とメリアは見届けて、二人で街の南部に向かう。
人通りのない通りを二人で並んで歩く。
明け方の青白い光に包まれた街はいつぞやのベルンデルタを思い出す。
「そういえば、クルスさんとこうやって歩くのって久しぶりですね」
「ああ、ベルンデルタ以来だ」
僕の答えにメリアは何か恥ずかしいことを思い出したようで、顔を赤らめた。
その様子がどうにも面白くて、僕は小さく笑った。
「クルスさんはどんどん変わっていきますね。
私をからかって楽しむだなんて」
「からかっているつもりはないが」
「はいはい、そうですか」
メリアは歩みを早めて僕の前に出る。
「クルスさん……私、この公演は絶対に成功してほしいです」
「知っている。
メリアもブレイドもファルカスの作る演劇が好きだからな。
一座の人達もいい人間だ。
みんなが笑える、そういう結末になればいい」
「たしかに、ファルカスさんの作るものは素晴らしいですし、一座のみなさんもいい人ですけど……」
メリアはくるり、と僕の方を向いて、
「それだけじゃないですから」
と、言った。
しばらく歩いて、辿り着いたのはディアメント商会の商店。
店先では昨日、怒鳴り込みに来ていたレイクフォレストの団長、ロナルドが掃除をしている。
僕とメリアが声をかけると彼は僕らの顔を覚えていたようで、サッと身構え、
「なんだ。今度はそっちからお出ましか。
力づくで納得させたいってなら、コッチだって――」
「アルフレッドさんは、無闇に力を振るうなとは教えてくれませんでしたか?」
メリアの言葉にロナルドは目を見開いて、
「なんで、お前たちがアルフレッドさんの名前を?」
ああ、やはり。
彼は森の教会の出身者だ。
開店前の商店の中に僕とメリアは通された。
「しかし、まさか教会に立ち寄る旅人がいたとはな。
コリンズさんやガウスさんは元気か?
バルベベのおっさんは相変わらず、汚え髭伸ばしてるのか?」
ロナルドの言葉に僕は答える。
「ガウスやバルベベという人物に僕達は面識がない。
そういう人がいたという話も聞いていない。
コリンズ……彼も話には聞いているが、一年ほど前に亡くなられているらしい」
僕の言葉を聞いて、ロナルドは椅子の背もたれに体を預ける。
「カマかけたけど引っかからなかったか……
本当っぽいな。
アンタ達があの教会と関わりがあるってのは」
僕はうなづいた。
そして、あの教会で起こったモンスターの襲撃、テレーズの出産、そして教会の人々の離散について彼に話した。
「なるほど……な。
事が事だし裏は取らせてもらうが、とりあえずアンタらの言うことが本当だとしておいて……
ありがとうございました。
テレーズや子どものことも、その後の始末のことも。
あの教会がなくなってしまうのは悲しいけど、それでも最悪の事態は避けられそうだ」
ロナルドは深々と頭を下げた。
「放り投げられた後輩たちについても、少し調べてみるよ。
不幸な境遇に陥っているのなら助け出してやらないと、コリンズさんやアルフレッドさんに申し訳が立たねえ」
ロナルドの表情はかなり柔らかくなっていた。
「しかし、テレーズがアルフレッドさんの子どもをねえ。
教会で一緒に育っていた立場から言わせてもらうと、ちょっと複雑だわ。
アルフレッドさんもやっぱ男だったんだなあ、って」
ロナルドの言葉に、メリアの顔が少しひきつったのが見えた。
彼はきっと、コリンズとテレーズの関係について知らなかったのだろう。
「コリンズさんが亡くなったのは、風のうわさで聞いていたんだ。
父親を失くすってこういう気分なんだろうな、って思った。
あの人によって俺のほとんどは作られていたって思い知ったというか。
結局、今俺がやっている仕事も、演劇も、もともとの土台はあの人に教えてもらったことだったからさ」
「コリンズはあなた達にいろんな教育をしていたとは聞いていたが、演劇までも……」
「演劇、というか文化、芸術全般だな。
楽器を教えてもらっていた子どももいたし、物語の書き方を習っていた子どももいた。
本当にコリンズさんは博識だった。
あの人は過去を喋らなかったけど、俺の見立てではおそらく貴族の出だろう。
教会の外に出て思い知ったからな。
貴族でもない平民が文化を堪能することの難しさってやつを。
元来、文化ってのは貴族、裕福なものの暇つぶしなんだよ。
飯が食えて、雨風がしのげて、衣服が揃っている。
そういう連中じゃないと、文化を楽しむ余裕もない。
コリンズさんは文化を楽しめれば人生は豊かになると教えてくれたが、あれは貴族特有の余裕から出た発言だ。
もちろん、間違っていないとも思うけどな」
ロナルドは饒舌に語る。
どこか懐かしそうな目をしていることから、この言葉の中にもコリンズから教わったことが含まれているのだろう。
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【転生しても名無し】
『テレーズ様の件は絶対許されないけど、ちゃんと孤児院の長としてやるべきことやってたんだな』
【転生しても名無し】
『やるべきこと以上のことだろ。
こんな殺伐として文明のレベルの低い世界で、孤児に実用以外の文化的教養まで仕込んでいるって尋常じゃないよ』
【転生しても名無し】
『ロナルドにとってはコリンズは父親であり、ヒーローだったんだろうなあ……
歪んだ性癖さえなけりゃ、もっと沢山の子どもが救われ続けただろうに』
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妖精たちがしみじみとしている。
「ロナルドさん。
私たちがあなたに会いに来たのは教会のことを伝えるためだけじゃないんです」
メリアがロナルドの語りを遮るようにして、口火を切る。
「ファルカス……ファルディーンさんの一座についてあなたは誤解しています。
どうか、私の話を聞いていただけませんか」
メリアの懇願にロナルドは少し顔を歪めて、
「おととい来やがれ、って言ってやりたいけど……
アンタらには後輩やアルフレッドさんもテレーズも世話になっていたみたいだからな。
話くらいは聞いてやるよ」
と、ため息を吐いた。