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第41話 僕は苦戦する。人間を表現するということ。

 ファルカス一座との旅は極めて平和なものであった。

 イフェスティオ帝国の街道は馬車が進めるよう整備されており、モンスターや野盗の類も見かけられない。

 おかげで移動中は馬車の中で一座の団員たちと芝居の稽古や交流に勤しんだ。

 その中で彼らの人となりについても知ることができた。


 座長のファルカスは、芸の道を極めることに執心していて寝る間を惜しんで創作や自己鍛錬、また団員の指導にあたっている。

 彼の作る物語の良し悪しを僕の思考回路で判断することはできないが、根底に確固たる意志や思想があることは確かである。

 また、彼の芝居や楽器の演奏は他の芸達者な団員と比べても際立っている。

 団員達は彼に憧れ、彼の作るものを愛していることが短い時間の中でも伝わった。

 それだけであれば、なかなかの好人物であるのだが、夜な夜な女の団員とどこかに消えていくのが気にかかる。


「ん? ただの個別指導ですが?」


 個別指導ならば仕方がない。



 エルは一座の看板女優であり、No.2の権力者でもある。

 美貌もさることながら、天性の人を引きつける雰囲気を纏っており、芝居、歌、踊り、楽器の演奏、さらには絵画と多彩な芸に精通している。

 シャーロットには嫌われていたようだが、他の団員からの信頼も厚い。

 ただ、僕に対するスキンシップが激しい。

 豊かな胸を僕の体に押し付けてきて、顔に甘い息がかかる距離で喋りかけてくる。


「女性としての振る舞いをカラダで教えてあげてるんですよ。

 演技指導でーす」


 演技指導ならば仕方がない。

 メリアが歯ぎしりをして睨んでいる気がするが、仕方ない。



 僕を変身させたジャニスは一座の芸人のメイクや衣装の製作を担当している。

 手先が器用で団員の服を繕ったり、楽器のメンテナンスなんかもしている。

 さらには町で売るために雑貨を作ったりなどしているらしい。

 ククリとは馬が合ったらしく、よく一緒に藁で編んだ籠や、木彫りの器なんかを作っている。

 年齢は16歳で、団員の娘らしく生まれた時からずっとこの一座にいるとのこと。


「父親は知りませんねえ……

 座長じゃないことを願いたいです。

 いろいろと問題があるので……」


 と言う彼女は遠い目をしていた。



 酒場でお金を徴収していた少年はトニー。

 1年前、イフェスティオのスラムをファルカスが歩いていた時に、路上で物乞いをしている彼に一目惚れして捕まえてきたらしい。

 愛嬌があり、気が利くことから団員たちに可愛がられているが、ファルカスは厳しく彼に芝居や歌の稽古をつけているとのこと。


「貧乏芸人とかシャーロットさんは悪態ついてたけど、毎日ご飯食べられるし、いい暮らししてると思いますよ。

 早く僕も人を喜ばせる芸を身に着けて、座長やみんなの期待に応えられるようになりたいな」


 教会の件もあって、僕は子どもにはちゃんと育って欲しいと思うようになっている。

 こんな邪気のない子どもには特にだ。



 最近加入した少女はレティシア、レティと呼ばれている。

 レイクヒルの奴隷市で売られているところをファルカスが当座の資金を全部つぎ込んで競り落としたらしい。

 まだ環境になれずオドオドして見えるが、トニーがいろいろと世話を焼いているらしく少しずつ馴染みつつあるのだとか。


「ト、トニーくんは……優しいです……

 私を買ってくれた、座長が、神様なら……トニーくんは、天使です」


 レティは頬を赤らめてこっそり僕にそう言った。



 最年長の女優で弦楽奏者のスーザンは料理上手で女性陣のまとめ役。

 奔放なエルも頭が上がらないようだ。


 同じく女優で弦楽奏者のナンシーはスーザンの親友で若い頃は二人で一座の花形を務めていたらしい。

 ジャニスの母親でもある。


 男優で道化師のゲイリーは賭け事好きでブレイドとしょっちゅうゲームをしている。

 普段から舞台の衣装のような派手な色と柄の服を纏っている。


 女優で踊り子で歌い手でもあるマリスは明るく元気だがおっちょこちょい。

 容姿は10代に見えるが、30歳を超えている。


 詩人のライラは竪琴を引きながら、日々自身の創作に打ち込んでいる。

 座長と話している時は少しだけ表情が柔らかくなる。


 男優のリーは一座の資金管理をしているが、ファルカスの無計画さに頭を悩ませている。

 噂によると、エルのことが好きらしい。


 同じく男優のリックは演劇の際は舞台監督としてファルカスとともに演目を作り上げる役目を果たしている。

 年齢は40歳を過ぎており男性陣では最も年配だ。



 以上がファルカス一座の団員たちである。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『個性的なメンツが揃ってるなあ』


【転生しても名無し】

『で、誰がファルカスのお手つきなんだ?』


【転生しても名無し】

『女性陣全員じゃね。ハナホジー』


【転生しても名無し】

『トニーくんも食ってるに一票』


【◆オジギソウ】

『ファルカス×リーも一票』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 バルザック一味との旅で集団での旅には慣れたつもりだったが、彼らよりも僕達との距離が近く、非常に賑やかに感じる。

 メリアも笑っていることが多い気がするし、ブレイドもククリも上機嫌だ。

 そして、僕も今の状況を心地いいと思っている。


 一座の団員たちは旅芸人の暮らしは厳しいという。

 宿のベッドで眠れる日なんて年に数日の贅沢だと言うし、道中の危険も多い。

 訪れた街によっては迫害を受けることもあったり、女性陣は娼婦のような扱いを受けることもある。

 体力的に厳しいとか、家庭を持ちたいからという理由で一座を離れていく芸人も少なくはなく、人員は流動的だ。


 それでも僕には彼らの暮らしは少し羨ましいと思うところがある。

 仲のいい人々と好きなことをして、終わらない旅を続ける。

 それは生きることを謳歌していると思うからだ。


 さて、話は変わるが僕の芝居については――


「ダメだ! ダメだクルス!

 全然、そんなんじゃ心に響いてこないんだよ!!」


 難航していた。

 その夜も野営地で僕は団員たちと一緒に芝居の稽古をしていたのだがファルカスの檄が僕を襲う。


「セリフっていうのはな、言えばいいってもんじゃない!

 同じ舞台の上に立っている役者、それを観ている観衆を説得しなきゃダメなんだ!」


 最初のうちは僕に対する評価は好意的だった。

 セリフを暗記する。

 そのセリフを一言一句間違えなく発する。

 ファルカスやリックの指示に沿って体を動かす。

 そういうことは難なくできたし、むしろ覚えがいいと褒められた。

 だが、日を追うごとに僕に対する要求は高く、また抽象的なものになっていった。


「あの……クルスさんの芝居ってそんなにダメなんですか?

 セリフも棒読みじゃないし、仕草や動きも自然だと思うんですけど」


 メリアはファルカスに意見する。


「表面的なところは完璧ですよ。

 正直、数日でここまでできるようになるなんて思いもしませんでした。

 きっとクルス殿は頭がいいのでしょう。

 人間観察も上手いからキャロラインという女性を今まで会った人の人格を真似ることで表現できている」


 ファルカスはメリアたちには敬語で話す。

 僕は役者である以上、他の団員と同じ扱いにしているらしい。


「ですが、役者としていちばん大切な感情を発揮するということが全くできていない!

 怒りの声は強くけたたましく!

 悲しみの仕草はうつむき加減で足腰を弱く!

 楽しい表情は口角を上げて目を細める!

 あなたは体の機能を調整してそれらを記号的に再現しているだけだ!

 それは芝居じゃない! モノマネにすぎないんだ!」


 僕はぐうの音も出ない。

 ファルカスの観察眼は大したものだと思う。

 実際に僕は芝居というものを、物語の登場人物に見えるように真似ることだと理解していた。

 だが、ファルカスはそれを否定する。


「怒るから、声は怒りの声になる!

 悲しむから、仕草は悲しみを帯びる!

 楽しいから、笑顔を浮かべる!

 人間は感情の生き物だ!

 感情が人間を動かしているんだ!

 ならば、物語の登場人物になるということはその感情を自分の中に発生させなければいけないんだ!」


 ファルカスは頭をかきむしり、地面の小石を蹴り飛ばした。

 それから程なくして、解散となり、各々馬車の中や原っぱで眠ることになった。


 僕は眠る必要が無いので、馬車から100メートルほど離れて一人平原に腰を下ろした。


「難しいな……」



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆アニー】

『いやあ、ホムホムよくやってるよ。

 ファルカスの要求レベルが高すぎるんだよ』


【転生しても名無し】

『あのスケベイケメン、ホント演劇人としては優秀なんだろうな』


【転生しても名無し】

『そのうち灰皿投げてきそうwww』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 もともと気乗りのしない話だった。

 芸人の真似事をして舞台に立つなんて。

 でも、受けてしまった以上はやりきるしか無い。

 もし、僕が要求に応えられなければファルカスの舞台は完成しない。

 それは一座のみんなが悲しみ悔しがることだ。

 そんな事態になってしまえば、僕も悲しいし、悔しい……はずだ。


「感情というのは難解過ぎる。

 人間の行動を読めなくする不条理な異物。

 僕にとってはそういう認識だった」


 声に出して言ってみる。

 これは僕の感情を経由して出た言葉のはずだ。

 自分の数秒前の状態を振り返って感情から言葉を発する仕組みを分析しようとする。

 が、上手くいかない。


 はあ……と大きなため息を着く。

 そうしていると、僕に近づいてくる足音を捕捉した。


「【光あれ(ルークス)】」


 僕は魔術の光で近づいてくる者を照らし出した。


「うっ! そんな魔術も使えるんですね。

 つくづく有能な人だ」


 近づいてきていたのはファルカスだった。

 彼は僕の隣に腰を下ろす。


「すみません。皆のいる前で晒し上げるような真似をして」

「構わない。僕が至らないのはたしかだ。

 このままではみんなに迷惑をかけてしまう。

 あなたたちの舞台を潰したくない、とは思っているんだ」


 僕がそう言うと、彼は僕の頭を撫でた。


「潰されませんよ。

 あなたの芝居は足りないものがありますが、それでも及第点には達している。

 ですが、僕は最高の舞台を作りたい。

 喝采を受け、舞台の上で涙を流しながら達成感と余韻に浸りたい。

 だから、あなたにより高みに至って欲しいと思っているんです」


 穏やかな笑みでファルカスは僕に語りかける。

 僕はほのかな安堵と、ファルカスに対する好感を抱いた。

 これが芝居だと言うなら、ファルカスの芝居はもはや高等魔術だ。


「余談ですが、僕も昔女役をやってた時期があるんですよ。

 当時はエルとどっちが上手くやれるか競い合ってました」

「どちらが上手かったんだ?」


 僕の問いにファルカスは苦笑する。


「最初のうちはエルに全然敵いませんでしたよ。

 やっぱり僕は男だし、女を演じるという時点で自分に嘘をつく必要があったから。

 でも、ある日を境に僕は分かり始めたんです。

 たしかに人間の体は男と女に分かれているけど、心はそのどちらの特性も持っているんだと。

 一人の人間に善の心と悪の心、動の気性と静の気性が当然のように同居しているように。

 そのことに気づいた僕は自分の中の女を引っ張り出すことができるようになり、エルにも引けを取らない女性を表現できるようになりました」

「なるほど……たしかに人間は複雑だ。

 矛盾する思考や間違った思い込みを容認して、それでも生きている」

「そのよく分からないものを物語に乗せて人々に示す。

 演劇とは人間による人間を表現する芸……芸術なのです」


 芸術。芸によって何かを為す術。

 魔術は魔力を使い、武術は武器を使い戦う術だ。

 戦いには使えない芸術とは……なんのためにあるのだろう。


 僕は思考の迷路にはまり込んでしまう。

 ファルカスはそんな僕を見て笑った。


「それにしても、クルス……さんは綺麗ですね。

 女性的とは少し違うけれど、絵画や彫刻のような洗練された美があります」


 ファルカスの指先が僕の頬に触れる。


「ねえ、少し荒療治を試してみませんか?」

「荒療治?」

「ええ。もしかするとクルスさんの中にある扉が開けるかもしれませんよ」


 そう言って、ファルカスは僕の頬に唇をあて、首筋に這わせてき――


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『うわあああああああ!! ホムホム逃げろおおおお!!』


【転生しても名無し】

『いや! 受け入れろ!』


【転生しても名無し】

『ざけんな! ぶっ殺せ!』


【◆オジギソウ】

『●REC』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 妖精たちが一斉に騒ぎ出したのと、予想外のファルカスの行動に体が警戒を示して、僕はファルカスの胸ぐらをガッと掴み上げた。


「何の真似だ?」


 僕は首を圧迫されて悶えるファルカスに問う。


「あ、ああ……スイマセン。

 ちょっと性急過ぎましたね。

 許してください……」


 僕はファルカスを掴んだ手を離す。


「クルスさんが綺麗なのと、その心を開いてみたくて先走ってしまいました。

 申し訳ありません」


 ファルカスは苦しそうに顔を歪めつつ僕に頭を下げる。


「あなたが、夜な夜な女性たちとしているのはこういうことか?」

「臆面もなく言われると少し恥ずかしいですが……ええ、そういうことをしている時もあります。

 もちろん嫌がったり、拒まれたりするような人にはしませんよ。

 お互いに得るものがある場合のみですから」



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『まー……同意の上ならいいと思うけど、アレを手段としてしか見ていない感じが怖い』


【◆江口男爵】

『この人、ぶっ壊れてるわ。

 まだ鬼畜のコリンズの方が感情的に理解できる。

 いや、アイツは万死に値するけど』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 妖精たちはファルカスの行動や考え方に対して恐怖を感じたらしい。

 まさか、コリンズの名前を出して比較するとは思わなかった。

 僕も不安がよぎった。


「確認しておきたい。

 今のようなことを、団員以外にも……ククリやメリアに対してもする可能性はあるのか?」

「は? ええと、あの二人に対してですか?」

「答えろ」


 僕は真剣にファルカスに問いただす。

 すると、ファルカスは笑みを浮かべて、


「そうですね、お二人とも綺麗な方ですし。

 特にメリアさんはまだ何も知らない雰囲気ですから、どういう風に花が開くか見てみたいとは思い――」

「【ライトスティンガー】」


 僕はライトスティンガーをファルカスの目の前の地面に突き刺した。

 地面には穴が空いて、草や土が焼ける匂いが立ち上った。


「その考えを捨てろ。

 あなたも死にたくないだろうし、僕も殺したくない。

 あなたが死ねば一座の人間は路頭に迷う。

 そして皆悲しみ、悔しがる。

 そんな光景を見たくないし、生み出したくない。

 少しは自分という人間が他人にとってどういう存在か、冷静に見つめてみたらどうだ」


 口をつくように言葉が溢れ出す。

 僕は未だ、人間の男と女が体を重ねる子作りの行為について、完全な知識はない。

 だが、それにまつわる行為が人を喜ばせたり、傷つけたり、悲しませたり、狂わせたりすることを知っている。

 ブレイドとククリがその行為によって絆を強めているように。

 ブレイドが他の人間と行為を行うことをククリが許さないように。

 森の教会でコリンズがテレーズ達にしたことが悲劇を産んだように。


 僕が分かっていることは、その行為を行うには互いの信頼と責任が必要であるということだ。

 からかい半分でやっていいことではないはずだ。

 だから、ファルカスのやり方は到底許容できない。

 だから――


「それですよ。

 今のがあなたの中にある怒りの感情です」

「は?」


 ファルカスは真顔でそんなことを言ってきた。


「今のあなたは怒っていました。

 僕を殺さんばかりに。

 それは顔つきや声やそんなものなんかで表現できるものじゃない。

 あなたの生きてきた経験が、あなたの関わった人間が、あなたの培った感情が、あなたを動かしたんです。

 今の感覚を忘れないでください」


 ファルカスは目をギラギラさせている。

 そこに殺されそうになったことに対する恐怖は微塵もない。

 むしろ、僕の怒りを見て歓喜すら覚えている。


「ああ、ちなみに僕はあの二人には何もしませんよ。

 メリットがありませんので。

 愛情を注ぐ対象を求めての行為なら……

 いや、なんでもありません。

 あなたの言うように僕は自分という人間を見つめ直したほうがいいのかもしれませんね」


 ファルカスはそう言い残して馬車の方に向かって去っていった。

 個別指導……彼の言った言葉を思い出す。

 どこまでも底知れないようでいて、その実シンプルに自分が作るものをより良いものにしたいという欲求で支配されている。

 経験が人間を作るというのならば、彼は一体何を経験してきたのだろう。




 レイクヒルを発って2週間後、僕達はライツァルベッセにたどり着いた。

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