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第40話 僕は変身する。未知の世界の扉が開く。

 翌日、僕たちがファルカスの一座が持っている馬車を停めている場所に行くと、何やら剣呑な雰囲気が漂っていた。

 黒髪の女が馬車の中の荷物をひったくるように掴み、ズカズカと歩き始めた。

 一座の人間は遠巻きに囲むようにして彼女を見つめている。

 そして、彼女の傍らには悲壮な表情をしているファルカスが立っていた。


「待ってくれ!! シャーロット!!」


 ファルカスは大声を上げ、女の腰にしがみついた。


「このっ! 離せ!」

「嫌だ! 離さない!

 僕はお前を絶対に手放したりなんてしない!」


 頭を肘や腕で殴られ、地面についた膝が引きずり回されてもファルカスは手を緩めず、女にすがっている。


「なんだあ、ありゃあ……」


 ブレイドが呆れるように呟いた。

 ファルカスは真っ直ぐな瞳で女を見つめて、叫ぶ。


「考え直してくれ、シャーロット!

 2年間も一緒に同じ釜の飯を食ってきた仲間じゃないか!」

「2年半よ! あと半年どこに行ったの!

 そもそも長く一緒にいて、何も変わらなかったから問題なのよ!」

「変わらなかったって……お前にはそう見えるのか!?

 年月を重ねるほどに高まっていく僕たちの芸の輝きがわからないのか!?」

「変わらなかったのは一座やあなたの芸事じゃなくて、私たちの関係よ!!」


 シャーロットはそう言ってファルカスを振り払った。


「あなたはそう。

 いつだって芸のことしか考えていない。

 でも、そんなあなたの横顔を一番近くで見つめられる、だから私はこの一座にいたの。

 それに近くにいて貴方を支え続けていればいつかは劇団の女優としてじゃなく、女として見てもらえるはず!

 そう信じていたのにあなたは……!」


 シャーロットは目に涙を浮かべてファルカスを睨みつける。

 回りにいる他の劇団員たちも言葉を失っているが――


「座長が芸のことしか考えていないっていうんなら、シャーロットさんは色恋のことしか考えてないよねえ。

 のぼせ上がって一人相撲、お疲れ様でした」


 と、馬車の屋根に腰掛けているエルが言い放つ。


「そんなことない!

 私とファルカスはみんなの知らないところで男と女としての関係だったの!!」

「知ってたし。

 さらに言うと、座長と関係を持っている女、他にもいるよ。

 みんな賢いからこれ見よがしに正妻アピールなんかせずにコソコソやってるみたいだけどね」


 といって、エルは周囲を見渡す。

 何人かの女性メンバーは目をそらした。


「ププーッ。もしかしてシャーロットさん、自分が座長から特別寵愛されていると思ってた?

 座長にとってはエッチなんて演技指導の一環なんだから。 

 実際、シャーロットさんも抱かれる度に色気増してたよ。

 術中にハマってたんだねえ」


 ケラケラとエルは笑う。

「うわぁ……」と声を漏らしてメリアが一歩後ろに下がる。

 ファルカスを見る目が昨日の僕を見ていた時のようにジトッと冷たい目になっている。

 ちなみに、僕に対する目は昨日ほど冷たいものではないが、どこか避けられているような気がする。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『どーなっとんねん! ここの劇団!!

 ファル糞爆発しろ!』


【転生しても名無し】

『まあ、演劇する連中はすぐ近場でくっつきたがるし。

 でもファルカスナメクジは氏ね』


【転生しても名無し】

『まあ、それらも芸の肥やしになっているのなら……

 やっぱファルかすはもげろ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 妖精たちからも非難轟々である。


 シャーロットは顔を真赤にして叫ぶ。


「アンタのことも大嫌いだったわ!

 長いこと一緒にいるからってファルカスのこと一番分かっているみたいな顔で私を見下して!」

「ハハっ。でかい顔してたつもりはないけどなー。

 色ボケして芝居に向き合う熱もなく、かといって女優気取りで金になる芸を身につけるわけでもない。

 無駄に増長したお荷物だなあ、と思って生暖かい目で見てただけだよ」

「っっ!! クソビッチが!!

 せいぜい貧乏芸人食わせるために酔っ払いのケツでもナメてろ!」


 悪態をついて、シャーロットは歩きだす。


「シャーロット! 待ってくれ!

 お前がいないとライツァルベッセでの公演の女優が――」

「まだ言うか! そんなもん代わりを用意しろや!

 くたばれ! ゲス男!!」


 泣いているのか、怒っているのか、呆れているのか。

 よく分からない表情でシャーロットは怒鳴り散らしてこの場を立ち去った。

 ヒュウゥゥと強い風が吹いてあたりには砂埃が立った。


「うぉぉぉぉ〜〜……マジでシャーロットの奴抜けるのかよ。

 あり得ねえ……」


 地面に這いつくばって芋虫のように体をモゾモゾしながらファルカスは嘆く。


「ま、座長が悪いね。

 シャーロットさんの恋心を好き勝手暴れさせちゃったんだから。

 もうちょっと突き放すなり、躾けるなり、手綱を引き締めて利用しないと」

「うるさい……

 お前もなんで追い打ちかけてんだよ」

「お荷物はいらない。

 座長や私の邪魔をするのならなおさら。

 私は座長の女になんて絶対になりたくないけど、芸の道を進む座長の隣にいるのは絶対私だ。

 わかってる? 愛の告白だよ、座長」


 そう言ってエルはファルカスの腕を掴んで起こした。


「ああ〜〜……でも女優どうするんだよ……」

「買ったばかりの奴隷ちゃんは?」


 エルの視線の先にはメリアよりも幼い黒髪の少女が立っている。

 先程のやりとりに驚いているようで目をキョロキョロさせている。


「レティにシャーロットの代役はまだ無理だ。

 ゆくゆくは……とは考えているけど。

 なんだかんだでシャーロットは稀有なタイプなんだよ。

 運動神経が良くて軽やかに舞台上駆け回れるし、見た目中性的で女性にしては背丈もあるから見栄えもいいし。

 第一印象が一見冷たそうだけど激情的な面があるから観客もギャップを味わえたり……」

「あれで、芸に身を入れてくれていたらねえ。

 とりあえず、私がやっておこうか?」

「主演女優に脇役の代役をさせるバカがどこにいるんだ。

 もういっそ、登場人物を削るか?

 いや、そうすると話の流れが崩れてしまう……」


 ファルカスとエルは真剣な表情で話し込んでいる。


「しゃあめえ、一肌脱ぐか。

 さっき出ていった女ひっ捕まえて言うこと聞くように調教してやる」

「ブレイド様、絶対におやめください」


 ククリはブレイドの襟首をつかまえて、行動を制する。

 ブレイドのファルカスの演劇への心酔ぶりを見るに、冗談抜きでやりかねない。


 それにしても、これ以上出立が遅れるのは看過できない。

 公演ができようができまいがとりあえずライツァルベッセに向かってくれればいいのに。


 と、僕が考えているとメリアが僕の顔をじっと見つめていることに気づいた。


「どうした?」

「クルスさんって、運動神経いいですよね」

「ブレイドほどではないが」

「女性に間違えられることも多いですよね」

「バルザックとかにだな」

「背は男性としては高くないけど……」

「メリアよりは高い」

「一見冷たそうですけど、優しいところもありますよね」

「……メリア、いったい何を考えている?」


 何か嫌な予感がする。

 メリアは僕の頭に手を伸ばし、リボンを解く。

 すると一つに束ねていた僕の後頭部の髪がファサッと広がった。

 メリアはじーっと僕を見つめているが、意図がわからない。

 すると、ブレイドとククリも僕のことを頭から足元まで舐めるように見る。


「そういえば最初会った時はそんな風に髪の毛を下ろしていたな。

 今見ると新鮮だ」

「綺麗な髪ですよね。

 なんの手入れもしてないでしょうのに。

 うらやましい……」


 ククリは癖の強い自身の前髪を弄る。

 褒められているのだろうか。


「すみません! エルさん!

 お化粧道具貸してもらえますか!?」


 メリアは高らかに呼びかけた。




 30分後、幌の付いた馬車の中で色々された僕は、ぐったりとした気分で馬車の外に出た。

 すると、「おおっ!」という歓声が上がった。


「クククク……化けたな。

 いや、花を咲かせたと言ったほうが適切か」


 ブレイドは顎に手をやりながらニヤニヤしながら僕を見つめる。


「キャアアアア!! クルスくん超ステキ!!

 絵に描いていい!? 私、絵も得意なの!!」


 エルが目をキラキラさせて僕のあらわになった肩を掴む。


「これは……」


 ファルカスが呆然とした顔でフラフラと僕に近づいてくる。

 すると馬車の中から身を乗り出してきた巻き毛の少女がニコニコしながら声を上げる。


「座長! いかがですか!?

 長い黒髪は滝の水を思わせるように肩の前に垂らし、頭の真ん中で分けてオデコを全て出しています。

 メイクはまあるい大きな目を切れ長に見せるためにシャドーを入れて、睫毛も盛っています。

 口紅は真紅で唇から少しはみ出気味に塗って口を大きく見せています。

 ちょっと、舌を出してみてください。

 ……いいね、ナイス妖艶っ!

 お肌はホント手入れいらずですね……凄い……

 そして、肝心の衣装は黒のスレンダーラインのドレス!

 お胸は無いですが、その分肩や背中をあらわにしてセクシーさを強調!

 さらには腰の近くまで切れあがった嬉しいスリット付き!

 少年っぽさが逆に危うい色香を漂わせる細身の肢体!

 クソシャーロットとは違う方向ですが、いやむしろこちらこそがっ!

 あたしのイメージしていたキャロラインですっ!」


 熱っぽく語る彼女の名はジャニスという。

 一座の芸人たちのメイクや衣装に関わる仕事を担っているのだとか。

 その彼女の手によって僕は女装させられてしまった。

 しかも念入りに化粧まで施されて、もはや変身である。

 自分の容姿を評価したことはないが、周囲の反応や妖精たちの騒ぎ具合を見るに、



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『やっぱりホムホムがナンバーワン!!

 ホムホムかわいいよ! 世界一かわいいよ!』


【転生しても名無し】

『だが男だ!

 ……いや、男というわけでもないのか……?』


【転生しても名無し】

『ヤバイ……可愛い……

 俺、新しい世界の扉開いちゃいそう』


【転生しても名無し】

『ふぅ……けしからん』


【転生しても名無し】

『ホムホムとメリアちゃんとククリ姐さんをはべらかして、万札の風呂に入りたいだけの人生だった』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 どうやら美人な女性として通用するようだ。


「クルス殿!!」


 ファルカスが僕の手をぎゅっと握って、


「どうか僕の舞台に立ってくれ!」


 と、懇願されたが、


「嫌だ。

 そんなことをしている時間はない」


 と返した。

 すると、周りの人間が僕にめがけて一斉に詰め寄ってきて、


「ハア!? そんな格好を見せといて断れると思ってんのか!?

 コラァ!!」

「やだやだ! クルスくんも舞台に立とうよ!

 手取り足取り教えてあげるからさあ!」

「あたしにとってあなたは最高傑作なんですっ!

 どうか舞台に!」

「クルス殿、選択肢はないですよ」

「クルスさん、いいじゃないですか。

 みんなにも求められていますし」


 僕をなんとか舞台にあげようと必死である。

 ため息を吐いて、僕はファルカスに言う。


「僕は芸人になるつもりはない」

「一回だけでいい!

 貴方が演じるキャロラインと共に舞台を作りたいんだ!」

「僕は芝居の経験なんかない」

「かまわない!

 僕が徹底的に指導する!」

「僕は……女じゃないんだが……」

「それは……問題なのか?」


 ファルカスは「何を言っているんだコイツ」とでも言いたげな顔で僕を見ている。


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『何の問題もないな』


【転生しても名無し】

『何を悩んでいるんだ? このホムホム』


【◆助兵衛】

『さっさと承諾しろ。

 イヤイヤしている方が時間の無駄だ』


【◆アニー】

『演劇経験あるから相談乗るよ。

 とりま、外郎売りでもテキストに起こそうか』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 どうしてこうなった、と思いながらも僕はファルカスの頼みを聞き入れることにした。

 かくして、僕たちはレイクヒルを出立し、ファルカス一座の護衛及び芝居の稽古の日々が始まった。

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