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第39話 芝居を鑑賞する。そして旅は続く。

「剣豪ソドムが見た景色」は約1時間の演目で、大まかな内容は一騎当千の力を持つ架空の剣豪ソドムが殺された妻の復讐のため、国を相手取って戦うというものだ。


 部屋の隅に家具やベッドを寄せて僕達はベッドの上に小さく座り込む。

 空いた空間の真ん中に立ったファルカスが指をパチンと鳴らした。

 それは芝居を始める合図だった。


 瞬間、柔和なファルカスの顔つきが戦闘中のブレイドも真っ青の殺気ばしった武人の顔つきに変わる。

 僕の後ろにいるメリアが「ヒッ」とおののく声を上げたのが分かった。

 ファルカスの立ち姿は堂々としており、喋り方は荒々しく、仕草も豪快で構成する要素全てが異なる別の人間に変身したかのようだった。


 彼は伸びやかで張りのある声で高らかに言葉を紡ぐ。

 人間の声とはこれほどまでに伝達力があるツールだったかと驚かされる。

 彼の言葉によって、物語は上り坂を上がるようにじっくりと進み、そして一気に展開される。

 すると物語の中に様々な登場人物が現れる。

 剣豪ソドム、国王ライジン、親衛隊長アルガス、ソドムの妻ミーシャ、その姉クララ、魔術師アイリーン(女)、ブラックドラゴン、親衛隊兵、スケルトン、黒猫、街の子供等と年齢も性格もそれどころか性別や種族も異なる生き物たちがこの世界に生息する。

 それらのすべてをファルカスとエルはたった二人、しかも己の体だけで表現する。

 普通の服を纏っているだけなのに、振る舞いひとつで鎧を纏っているようにも、硬い鱗で覆われているようにも見えたし、徒手空拳にもかかわらず殺意に満ちたセリフや鬼気迫る表情が幻の大剣や長槍を現出させる。

 大きな身振り手振りは体を大きく見せ、逆に綿毛のように軽やかな足取りは小さく軽い印象を持たせる。

 優しき感情は空間全体を温め、怒りの感情は見ている者の全身の毛を逆立たせ、悲しみの感情は胸を締め付ける。


 作り物のはずなのに、本物リアルを凌駕する圧倒的な熱量で、物語は僕たちの前で繰り広げられる。


「落ち着け! ソドム!

 我は今死ぬわけにはいかんのだ!

 我が死ねばこの国は異民族の狩場となる!

 街は焼かれ、田畑は荒らされ、多くの民が死ぬ!

 貴様は貴様の復讐のためにこの国を滅ぼすのか!?」


 命乞いをしながらも決して卑屈にならないプライドの高き王ライジン。

 ファルカスは整った顔を歪めながら、その底知れぬ不気味さや危険さを全身から溢れ出させ、バッと前方に飛んだ。

 床に着地したファルカスは先程まで立っていた場所を睨んで振り返り、


「貴様は俺に、この国のために復讐をやめろというのか?

 オレはこの国のために自らを死に晒して戦い続けてきた。

 営みが崩れぬよう、飢えに苦しまぬよう、その命を散らさぬよう!

 その俺から最愛の妻を奪い、復讐すらも取り上げようと!?」


 ファルカスが両手を高く掲げる。

 何も持っていないはずの手には大きな剣が握られているようにみえる。

 そして再びライジンのいた場所に戻る。

 膝から崩れ落ちたファルカスは、先程まで自らが掲げていた剣を見つめ恐怖におののく。


 このようにしてファルカスとエルは時に対峙している人物同士ですらも一人で演じてしまっていた。

 目まぐるしく動く物語と慌ただしく役割を切り替える役者たち。

 だが、それは荒々しいだけのものではなく、緻密な計算と膨大な経験に裏打ちされた精密細工のようでもある。

 次の展開を、次の瞬間を早く見たいと、僕は手を握り込んで前のめりになる。

 僕は彼らの作り出す演劇の世界にどっぷりと浸りこんでしまっている。

 寝泊まりしていた小さな寝室の中に新たな世界が生まれてしまったかのようにも思えた。


 やがて、物語は終局を迎える。

 ソドムは大立ち回りを演じて、遂にライジンを討ち取るも、深手の傷を負い倒れてしまう。

 そして、クララはソドムの亡骸を担いで運び、ミーシャの墓の隣に埋めたところで物語は終わった。

 床に横たわったファルカスはゆっくりと上半身を起こして、


「ご鑑賞ありがとうございました」


 涼やかな顔でそう言った。


 表情とは裏腹に滝のような汗で服が透けてしまっている。

 手も足もガクガクと震えている。

 エルも同様に露出した肌には玉のような汗がびっしりと張り付いている。

 頬を赤く染めて、フぅフぅと息を荒げているが表情は満足げで清々しい。

 酒場で裸になっていた時よりもずっと美しく思えた。

 寝泊まりしていた宿の部屋の中。

 別の世界がたしかに存在していた。


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『全俺が泣いた』


【転生しても名無し】

『うわあああああ! これ生で観たかった!!』


【◆アニー】

『舞台割りと観てる方だけどコレはヤバイわ……

 二人芝居なのに演じ分け完璧で芝居が混じらないし。

 よくあんだけ頻繁に感情開放して次々に立ち回れるなあ。

 つーかファルカス様超スゲエ』


【◆オジギソウ】

『ファルカス様あああああ!! 抱いて!!

 むしろ孕ませて!!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 妖精たちも感情の赴くまま言葉を羅列している。


 メリアは涙を拭う袖がビショビショになるほど泣いていて、ククリの目元にも光るものがあった。

 そして、何より……


「うおおおおお……ああ……ぐうううううう………」


 ブレイドが信じられないほど声を上げて泣きじゃくっている。

 物語の終盤からずっとである。

 正直不気味だ。


「気に入ってもらえましたかな?」


 ファルカスは余裕そうに笑みを浮かべてブレイドに話しかける。

 するとブレイドはファルカスの手を両手で握り、


「俺はお前……いや、貴殿の芝居を観るためにイフェスティオに来たのかもしれない……」


 なんてことを目をキラキラさせてのたまい出した。


「どうですかな。

 帝国劇場という最高の舞台で、最高のメンバーで、最高傑作の脚本で演じる、最高の演劇を……観てみたいと思ってもらえましたかな?」

「貴殿の夢に俺も携わらせてほしい。

 俺を貴殿の伝説の生き証人にしてほしい」


 おーい、ブレイドー。

 あなたも人格が替わっているぞー。


「てことで、次の目的地はライツァルベッセだ!

 異論は許さん!!

 文句あるなら俺を倒してからにしろ!」


 あ、いつものブレイドだ。

 次の目的地はライツァルベッセ……

 確かに帝都に近づくが、この調子だと到着から暫くの間、街に滞在しかねない。

 そう、思った僕はブレイドに釘を刺す。


「ライツァルベッセに向かうのは構わない。

 どうせ通り道だ。

 だが、不必要に滞在するべきではないと思う。

 目的地まですぐのところで足踏みする必要はない」


 おそらくライツァルベッセまで来てしまえば、帝都まで数時間で到達できる。

 メリアが目指してきた帰るべき場所だ。

 だからきっと早く向かうのが正しい、と思っていたが――


「いえ、ライツァルベッセでファルカスさんの演劇が公演されるまで見届けましょうよ。

 なんなら私たちがお手伝いしてもいいくらいだと思いますよ」


 なんてことをメリアが言い出した。

 僕は耳を疑った。


「だよな! 嬢ちゃんも分かってきたねえ」


 ブレイドがグリグリとメリアの頭を撫でる。


「ブレイドさんこそ、物語だけじゃなくてお芝居も好きなんですね!」

「ソーエンにもこの手の文化はあるにはあるけど古臭いまま発展してなくて退屈なんだよなあ。

 衝撃の体験だったぜ。

 イフェスティオの演劇はこんな感じなのか」

「私も少ししか観てないですけど、こんな熱意と迫力があふれるドラマチックな演劇は観たことありませんし、他にないですよ! きっと!」


 だよなー、とブレイドとメリアは感極まっているのか飛び跳ねながらハイタッチを繰り返している。

 その姿を見て僕は少し苛ついてしまう。


「帝都に、早く帰りたかったんじゃなかったのか?

 そのために旅をしてきたんだろう」


 メリアに対して問い詰めるような口調で尋ねる。

 すると、メリアは目を伏せて沈黙した。

 その沈黙は場の空気をも沈ませる。

 ファルカスもエルもブレイドも言葉を発せず、僕とメリアを見比べていた。

 そこにククリが、


「クルス殿。

 あなたがメリア殿のことを考えて行動しているのは分かっています。

 ですが、メリア殿はあなたの頭の中にいるのではなく、眼の前にいるのですよ」

「頭の中?」


 頭の中には妖精くらいしか飼っていない。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『飼ってるいうなし!』


【転生しても名無し】

『ククリ姐さんいいこと言うわ。

 ホムホム、ちょっと独りよがりだったな』


【転生しても名無し】

『ちゃんと向き合わにゃいかんよ。

 勝手に相手の気持ちを決めつけるような言い方はダメさ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



「ま、こういうのは多数決で決めるもんさ。

 次の目的地はライツァルベッセ!

 さあ支度だ、支度!」


 そう言ってブレイドは僕の肩を掴んで部屋から引きずり出した。



 市場に出た僕たちは旅の食糧や水を買い込んだ。

 機嫌を良くしていたブレイドは僕たちの分だけでなくファルカスの一座の分までまとめて購入していた。

 僕が文句を言うとブレイドは、


「あんないいもの見せてもらっておいて何も支払わないってのはねえだろ。

 芸術や娯楽なんていう文化っていうやつは代金を渋ろうと思えば渋れるもんさ。

 だけどな、それじゃあ芸事を生業にできるやつがいなくなっちまう。

 文化を享受する側には金を払うことでその文化を育てる役割があるんだ。

 つまり、俺はファルカス殿の演劇を育てるためには金に糸目をつけん!」


 なるほど、理屈はわかるがブレイドの完全なえこ贔屓だ。


「金は計画的に使ってくれ。

 あとになって金が足りなくて身動きが取れなくなるような事態はゴメンだ」

「んなこと言っても使い所なんてもう幾つもねえよ。

 ライツァルベッセから帝都は目と鼻の先。

 旅の終着点まであと一歩ってところまで来てるんだ。

 溜め込みすぎても仕方がねえ」


 そうだった。

 もうすぐこの旅は終わる。

 ……メリアは自分のいるべき世界に帰るんだ。


「お前も嬢ちゃんとの仲、修復しておけよ。

 別れ際がマズイと後悔するぞ」

「そんなこと言っても……メリアがまともに口を利いてくれないし」

「ククク。俺なら無理やり押し倒して有耶無耶にしちまうがな。

 お子様のクルスには難しいテクニックかな」


 笑うブレイドを背に僕は自分の胸に手を当てる。

 僕は生きるということの意味を知るためにメリアと旅を始めた。

 旅の中で僕は様々な感情を得た。

 世の中に溢れている人々の営みを知った。

 僕の目的は概ね達成できていると言っていい。

 そして、メリアを元いた世界に戻すことは僕自身願っていたことだ。

 メリアは戦える人間ではない。

 好きなものに夢中になって、楽しいことを見つけるとはしゃぎまわって……

 そういうことが許される世界で生きていくべき人間だ。

 だから、この旅の終わりは歓迎されるべきことなのだ。

 そうだった、はずなのだ……


 僕は心臓を掴むように胸を握った。

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