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第37話 僕とブレイドは娯楽に興じる。

 目を覚ましたメリアは青ざめた顔で頭を抱えていた。

 以前、似たような症状のバルザックを見たことがあった。

 二日酔いだと言っていた。

 昨夜、自身の知っている英雄譚を饒舌に語っていたメリアはその舌の滑りを良くするためか果実酒を摂取していた。

 ククリが言うには、果実酒は甘く、舌触りも良いため飲みやすいが、後になって酔いが襲ってくるらしい。

 そんなことを知ってか知らないでかメリアは水を飲み干すがごとく果実酒を体内に取り込んでいた。

 胸と腹を擦りながらベッドの上を転がりまわっているメリアを横目に僕は部屋を出た。


 ブレイドとククリの部屋に訪れると、ククリはまだ布団の中にいてブレイドが出迎えてくれた。

 メリアが二日酔いだと話すと、ブレイドはため息を吐いて苦笑し、女どもは寝かせておきな、と言って僕を連れて宿を出た。

 僕たちはまっすぐ冒険者ギルドの建物に向かった。

 建物の中に入ると、チラチラと僕たちの様子を窺う人間が目に入る。

 おそらく昨日、酒場で僕たちが起こした騒ぎを見ていた者たちだろう。

 とはいえ、遠巻きに見ているだけで何もしてこないので僕は無視することにした。

 ブレイドは昨日応対してもらったギルドの職員を捕まえて、馬を調達できる場所について尋ねたが、


「なにィ!? 馬が売っていないだとぉ!?

 どういうことだぁ!!」

「帝国内では馬は軍事物資扱いなので個人の売買が禁止されているんですよ。

 軍が遠征するとなれば騎兵はもちろん兵站の輸送にも馬は使われますから。

 商隊の馬車に使われているような馬も軍で払い下げた馬を商人ギルドを介して取得したものです。

 闇ルートで手に入れることはできるかもしれませんが、私は存じ上げません」


 ブレイドはうぐっ、と言って黙り込んだ。

 おそらく僕たちがベルンデルタから乗ってきた馬はサザンファミリー絡みの物だったのだろう。


「旅の足をお探しでしたら乗り合い馬車がございますが」

「あんなチンタラ走る馬車に乗ってられるか。

 しかもギルドの冒険者を護衛につけるのが義務付けられていて、そいつらに依頼料を乗客が折半して払わなきゃいけないんだろ?

 あんな糞の役にも立たないようなヘッポコ共に施しをくれてやるなんざまっぴらゴメンだ」


 ブレイドの声は大きく周りの冒険者の耳にも入ってしまう。

 より一層周囲の視線が厳しくなった気がする。


「ん? むしろ俺たちが護衛してやれば良いんじゃね?

 俺たちが護衛してやる代わりに馬車で運んでもらうってのは」

「クエストを受注できるのはギルドに登録されている方のみです。

 昨日の教会の守衛に関しては、緊急的な対応ということで問題にはしませんが、ギルドのクエストを横取りするようなことは基本的には禁止されています。

 念のためですが……冒険者登録されますか?」

「やなこった。

 行こうぜ、クルス」


 ブレイドは踵を返して建物を出た。





「冒険者登録ぅ!

 バカも休み休み言えってんだ!」


 ブレイドと僕は冒険者ギルドから少し離れた酒場にて昼食を摂っている。

 酒が入ったブレイドは冒険者ギルドへの愚痴を吐き散らかしている。


「なんで俺様があんなクソどもの集まりに加わらなきゃいけねえんだ!

 もう、やってらんねえ」

「馬は諦めるしかない。

 別に徒歩でもかまわないだろう」

「あーあ、こんなことならあの教会なんか立ち寄らなきゃよかったぜ。

 馬は失くすし、気分悪い話は聞かされるし、ろくなことがねえ」

「でも、守ることはできた。

 馬2頭とブレイドの機嫌の犠牲で20人近い人命が救われた。

 割りに合っている」


 ブレイドは口を歪めてそっぽを向くが、だんだん表情が和らぎ始めた。

 ブレイドの視線の5メートルほど先には布をまとった女が立っている。

 青みがかった黒髪は腰にかかるほど長く、目や口に派手な化粧をしている。


「クソみたいな街だが、女は悪くねえな」


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『さすがブレイドの兄貴お目が高い!

 エキゾチック系の美人さんだな!』


【転生しても名無し】

『なんか立っているとこ、床より一段高いね。

 舞台かな?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 舞台?



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『舞台ってのは踊りとか歌とか芸を披露する場所のことだよ。

 いったい何やるのかなあ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 僕も彼女の動向を観察する。

 彼女はおもむろに長槍を取り出し、足元に突き刺した。

 槍は柱のように床に対して垂直に立っている。

 彼女はその槍を腕で抱きかかえるようにして体を密着させる。

 すると、彼女の後にいる羽根つき帽子をかぶった男が金属製の筒のようなものを唇に当てた。

 その筒からは鳥の鳴き声のような音が発せられる。

 だが鳥の鳴き声とは異なり、作為的に音と音が繋がっており、何らかの意味を持っているように感じる。

 これは、メリアがブレイドの家の風呂で披露していた、歌に似ている。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『メリアちゃんの音痴な歌と一緒にされとるwww』


【転生しても名無し】

『歌というより演奏だな。

 楽器を使って曲を奏でることを演奏と言うんだ。

 にしても、結構いい感じのバラード曲だな。

 音色もフルートっぽいし』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 妖精の言うとおり、聞いていると心地よい気分になる。

 僕だけではなく酒場の客たちが、そしてブレイドまでもが表情をほころばせている。

 が、彼らの穏やかな表情が瞬時に驚愕へと変わる。

 その理由は、舞台上の女がまとっていた布をバッと投げ捨て、胸と下腹部だけを下着で隠した半裸状態で踊りだしたからだ。

 酒場がワッと歓声に包まれる。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『うおおおおおおおおおおおおおお!』


【転生しても名無し】

『●REC●REC●REC●REC●REC●REC』


【転生しても名無し】

『ポールダンスショーか!!

 昼間だってのに……最高かよ!』


【◆江口男爵】

『スタイルもグンバツだな。

 身長は170強、スリーサイズは上から90・60・90と見た』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



「ウハハハハハハハ!!

 おい、クルス!!

 なんだこれは!? 

 こんなのソーエンじゃ見たことないぞ!!」

「ポールダンスショー……と言うらしい」


 ブレイドの問いに対し、僕は妖精の言葉を使って答える。


 女は蛇のように体をくねらせながら垂直に屹立した槍に絡みつく。

 そして青色に塗った長い爪が印象的な掌で槍を柔らかく掴み、上下に手を移動させる。

 酒場の歓声が更に高まる。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『うひょおおおおおおおおお!!』


【転生しても名無し】

『もっとハゲしくお願いします!!』


【転生しても名無し】

『↑おい、誰がハゲだって?』


【転生しても名無し】

『ふぅ……あっ……ふぅ……』


【◆ダイソン】

『クッソ……バイトがあるってのに……』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 妖精たちのボルテージも上がる。

 お前らやかましい。


 さらに女は頭を横向きにして槍の柄を唇で咥え、舌で舐め回す。

 女の唾液で槍は濡れそぼっていく。


「なんつーもんを見せてくれんだ……

 これ考えたやつは天才だろう」


 ブレイドが前のめりになって女を見つめている。

 何故か両手が股間の上に置かれている。


「どうした病気か?」


 僕はブレイドに尋ねると、超高速の張り手が頭に叩き込まれた。


「生理現象だ! ボケ!」


 ブレイドはだらしなく笑いながら僕に対して怒鳴る。

 理不尽だ、と僕が頭を擦りながら思っていると、さらに酒場内の歓声と熱気のレベルが上がる。

 女は槍の柄に股間を押し付けたまま、胸につけられた下着に手をかけて、観客に笑いかけている。

 そして、10歳ぐらいと思われる少年が演奏をしている男の傍らから現れ、声を張り上げる。


「ハイハイハイ!

 皆様方、お楽しみいただいているようで幸いです!

 この続きを見たいという方は是非ともお心付けを!」


 そう言って少年は帽子を逆さにして持って客の目の前を縫うように歩く。

 客達はこぞって銅貨を少年の帽子の中に入れていく。

 その光景を見ていたブレイドは、


「ケチくせえことしてんじゃねえ!!」


 と叫んで、一センチほどにスライスした金を帽子に向かって投げ入れる。

 帽子を掴んでいた少年は一瞬驚いた顔をして、


「お心! 十分に頂戴しましたぁ!!」


 と叫ぶと、客は大歓声を上げる。

 その歓声の中にはブレイドに対する称賛の声も混じっている。


「よっ! お大尽様!」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「あ……ギルドや酒場で暴れ……ゲフンゲフン!

 ありがとう! ただただありがとう!」


 ブレイドは満悦の表情で、


「おう! 苦しゅうない!

 皆の者楽しもうじゃないか!!」


 と、声を張り上げた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆ダイソン】

『課金ボタンがあったらバイト代突っ込むところだったぜ』


【転生しても名無し】

『課金は食事と一緒!』


【転生しても名無し】

『ありがとうございます! ありがとうございます!』


【転生しても名無し】

『ブレイドの兄貴! 一生付いていきます!!』


【転生しても名無し】

『ホムホム、分かったか。

 お前さんに足りないのはこういうことだ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 どういうことだ。

 しかし、ようやく状況がつかめてきた。

 周囲の人間や妖精たちの反応を見るところ、あの女の踊りは興奮を促すものなのだろう。

 なるほど、これが娯楽というものか。


 舞台上の女は胸につけた下着を外し、長い髪の毛で乳房を隠す。

 そして、取った下着を頭上でクルクル回し、投げた。

 下着は宙を舞ってブレイドの手元に飛び込んできた。


「ク、クルス!?

 これどうしたらいい!?

 どうしたらいいか教えてくれ!!」


 ブレイドはいつになく当惑している。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆江口男爵】

『とりあえず口に含んでみては?』


【転生しても名無し】

『↑飛ばしすぎwwww』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 江口男爵の言葉を伝えると、


「……お前無表情でとんでもないこと言うね」


 と、ブレイドが真顔になる。

 褒められているというよりは怖がられている気がする。


 演奏されている曲が激しいものに変わる。

 小刻みに音は移り変わり、観客の歓声を持ち上げるかのようにかき鳴らされる。

 女は槍を体で撫で回す。

 もはや形容し難いその姿を見つめていたブレイドは、先程投げつけられた下着をギュッと握りしめ、


「決めた。

 オレ、あの女を抱きたい。

 いや抱く!! 抱かなきゃいけない!!」


 と声を上げた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ちょwwww兄貴浮気っすかwwww』


【転生しても名無し】

『や、やめろー。

 でも、俺たちはとめられないー』


【転生しても名無し】

『ククリ姐さんにバレたらどうする』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



「ククリに断りを入れておいたほうがいいんじゃないか」

「バカ! どこの世界に火遊びにお伺いを立てる奴がいるんだ!

 こーいうのは隠れてやるから良いんだよ!

 あー、ソーエンでは顔が知られすぎて下手な真似はできなかったけど、旅先だからいいよな!」

「そういうものなのか」

「そういうもんだよ!

 あ、そうだ。

 せっかくだからお前も共犯にならないか?

 子作りのこと知りたがってたろ?」


 ああ、そういえば教会でははぐらかされてしまっていたな。


「あの女を抱くことと、子作りは関係あるのか?」

「フッ、抱くってのはなお前さんが想像しているのとは別の意味があるんだよ。

 嬢ちゃんやククリには内緒でそのことを学ぼうじゃないか」


 ブレイドは僕の肩を抱く。

 これとは違う意味の「抱く」があるということか。


「インプットした」

「よしよし、それじゃあ後でコッソリあの女に声をかけるぞ。

 なーに金はたんまりあるんだ。

 延べ棒咥えさせてでも首を縦に振らせてやるぜ」

「あーら、そんな立派なものを先に咥えさせてしまったらブレイド様のモノでは見劣りしてしまいませんか?」


 涼やかな聞き覚えのある声が耳朶を打つ。

 大口を開いて笑っていたブレイドは時が止まったかのように固まり、赤くなっていた顔が真っ白になっていく。

 ブレイドの両肩に女の手が置かれる。

 その手は黒い光が見えるほどに凝縮された殺気を纏っている。


「ブレイド様は声が大きいのです。

 店内で張り上げた声が通りまで聞こえてくるくらいに。

 私どもを放っておいて殿方お二人で楽しい時間を過ごされていたようですね」


 大きな口で笑みを浮かべるククリ。

 赤い髪が背中で燃える炎のように見えた。

 そして、その隣には凍りつくほどの冷たい視線で僕を見つめるメリアがいた。


「クルスさん……

 ちゃんとこういうことにご興味があったようですね。

 良かったですね。

 楽しかったですね。

 私みたいな小娘よりもああいう大人の女性の方がお好みのようですね」


 なぜだろう。

 大きな獣の咆哮を浴びたかのように僕の体は警戒反応を示している。


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ホムホム!! 弁解しろ!

 そういうつもりじゃないと!』


【転生しても名無し】

『こんなの何も楽しんでなんかいないって言え!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△


「そういうつもりじゃない。

 こんなの何も楽しんでなんかいない」


 妖精に言われるがまま僕は言葉を発する。

 メリアが訝しげな目で僕の顔を覗き込んでくる。

 そこに、舞台にいたはずの女が僕の背後に近寄ってきて、


「お連れ様にも、プレゼントです。

 こういうのがお好きなんですってね」


 と彼女は囁いて、生温かい布を僕の口に突っ込んだ。

 僕は即座に吐き出すが、その布はメリアの顔に叩きつけられてしまう。

 メリアはうつむき、布を手にとって横に広げる。

 それは女が下腹部に付けていた下着だった。


「クルスさんの……バカァァァァァァァァ!!」


 メリアは勢い良く僕の頬を張り飛ばした。

 ダメージはないが、僕は何か大事なものを失くしてしまった気がしてならない。

 なお、ブレイドは僕が張り飛ばされている隙に逃げようとしたが、あえなくククリの鞭のような回し蹴りを顔面に食らって倒れた。



作中のポールダンスショーはいかがわしいものですが、現代ポールダンスの主流はエクササイズ的なヤツです。

「ポールダンスをやっています」という女性に対して、無遠慮な下ネタを振ると当然のごとくセクハラ認定されますのでご注意ください。

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