表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/112

第36話 教会を旅立つ。横たわるは裏切りの証。

 僕達は昼食も取らずに教会を旅立つことにした。

 忙しない旅立ちにアルフレッドが疑問を持つかと思ったが、特にそんなことはなく慌てて僕たちへのお礼として黄金の延べ棒を手渡してきた。

 それを受け取ったブレイドは目を輝かせ、


「お前、案外気前いいなあ。見直したぜ」


 と、肩を抱いて引きずり回していた。


「メリア、これってどれくらいの価値だ?」

「交換時の相場や交渉にもよりますけど……

 そうですね、街の治安の良いところに一軒家が買えるくらいじゃないでしょうか」



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『超大金じゃねえか!!』


【転生しても名無し】

『メチャクチャ溜め込んでいやがったな!

 アルフレッドの奴!!』


【転生しても名無し】

『金持ち、やりがいのある仕事、超絶美人の嫁さんと可愛い子どもたち……

 なあ、1つくらいオレに分けてくれよ……』


【転生しても名無し】

『何が悲しいかって、そんだけ持ってても幸せなのかわからねえことだな』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 幸せ……か。


 先程のテレーズの話を思い出す。

 彼女はバースを大切にするだろう。

 でも、アルフレッドに対してはどうだろうか。

 彼女はアルフレッドを利用価値でしか見ていない。

 利用価値でしか見てもらえない人間、それはモノと変わらないのではないだろうか。

 だが、アルフレッドは見返りを求めず、彼女に尽くし続けるだろう。


「クルスさん」


 メリアが僕に声をかける。


「守ることができてよかった……ですね」


 メリアの視線の先には教会の子供たちがいる。

 子供たちはテレーズとテレーズが抱いているバースを囲んでいる。


「そうだな。先を急ごう」


 僕がそう言うと、


「ハイ」


 とメリアは返事した。



 森の道を4人で歩く。

 行きは馬で駆けていたからあっという間だったが、歩くとなるとかなりの距離だ。


「あーあ、次の町についたら馬買おうぜ!

 いや、報酬もあることだし、馬車でも買うか!

 御者もつけたりなんかして!」


 ブレイドはアルフレッドの報酬に満足したせいか、声を弾ませている。


「高級な宿に泊まるのも良いかもしれませんね。

 くつろげる場所で寝泊まりしたいものです」

「いいねえ! 綺麗になったお前の背中を一晩中撫で回すのも一興だ!」


 そう言って着物の下に手を入れてククリの背中をまさぐるブレイド。

 ククリはやんわりとその手を引き剥がす。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『大金せしめて、ククリの怪我も治って、ブレイドさん絶好調だね』


【◆アニー】

『うーん……

 結果的に損失はなかったし、お金も手に入ったけどなんかモヤモヤする。

 バースの父親はペド野郎……』


【◆バース】

『やめろやアニー。

 そのセリフは俺にも効くねん。

 誰が父親やろうとええやないか』


【転生しても名無し】

『俺はむしろアルフレッド見損なったわ。

 テレーズを救わずうじうじしてただけのくせに、不器用な純愛物語みたいに語りやがって。

 正味キモイし、偽善者っぷりが鼻につく』


【転生しても名無し】

『私はテレーズ様の神経がわからん。

 同情すべき過去はあるけど、あそこまでアルフレッドを軽んじながら、赤ん坊を育てさせるとか鬼かと。

 自分の子供しか目に入ってないみたいで危ういよね』


【◆グレート魔人ガー】

『やっぱ人間ってクソやな!

 絶対的にかわいい魔王エステリア様が正義なんや!』


【◆湘南の爆弾天使】

『おい、ククリ姐さんの背中剥がしやがった頭の弱いヤギ女がどうしたって?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△


 妖精たちはそんな調子で脳内で喧嘩したり、同調したりしている。

 僕は人間というものをそれなりに知ったつもりになっていた。

 だが、アルフレッドやテレーズを見て、僕が知りようもないくらい人間は混沌としていることを思い知った。

 理想や愛や生きがいといった綺麗なものに目をくらませて、人間は過ちを犯す。

 罪悪のループから彼らが解き放たれる日は訪れるのだろうか。




 しばらく歩いていたら、僕は道端に何かが落ちていることに気づいた。

 僕はその場所に先行して駆けつける。


 落ちていたものは人の死体だった。

 人の形はとどめていたが、全身の至る所を齧られてボロボロになっている。

 この死体……人間に見覚えがあった。

 彼は…………教会を出る時、担がれていたあの腕を失った冒険者だ。



 遅れてやってきた3人が追いつくと、ククリはメリアに死体を見ないように制す。

 ブレイドは僕のそばに来て、


「アイツら……トコトン腐ってやがる」


 と、憎々しげに声を発した。


 モンスターに襲われた際に、足手まといとして切り捨てられたか、逃げるための贄として差し出されたか。

 それとも、単に馬に乗るのにジャマになったから捨てられたか。

 どれにせよ、不愉快な話だ。


 僕たちは足早にその場を去った。



 街道にたどり着き、帝都に続く道を進む。

 途中、行商人や冒険者とすれ違いながら旅を続け、2日が経った。

 僕達はレイクヒルという名の街にたどり着いた。

 白を基調とした建物が並ぶ、静かな街だ。

 通りを歩く人々も小奇麗な格好をした人が多い。


「レイクヒルは帝国の直轄地で人口も多いです。

 ベルンデルタで輸入した物資を加工する職人や、それらの元締めとなる職人ギルドが力を持っています。

 あと、冒険者が多く滞在している街でもあります。

 表向きは綺麗な街なんですけど……裏の方に行くとスラムが広がっています」

「スラムか……アルフレッドが育ったのもここなのか」

「分かりません……

 我が国のことを悪しく言いたくはありませんが、アルフレッドさんの言った通り、戦費に税がつぎ込まれていて、内政が疎かになっているのは事実ですからこのようなスラムはほとんどの街に存在します」

「別にいいんじゃね。

 小奇麗な格好しているより、泥をすすっている方が性に合う奴もいるだろうし。

 てか、冒険者ギルドあるよな、この街」

「ええ。スラムの入口あたりに……

 まさかブレイドさん!?

 あの冒険者たちに何かするつもりじゃあ」


 メリアが目を見開いて、ブレイドに詰め寄ったが、


「あんな雑魚眼中にねえよ」


 と、言われた上にデコピンを食らった。

 メリアはおでこを押さえて悶えている。


「ギルドに教会の守衛任務が残ったままかもしれないだろ。

 解決したって伝えに行くんだよ。

 しこたま報酬ももらっちまったし……それくらいはな」


 ブレイドはそう言って悠々と歩いていった。



 僕らは後で落ち合う場所を決めて、二手に分かれた。

 メリアとククリは宿の手配のため街の中心部に。

 僕とブレイドは冒険者ギルドに向かう。

 レイクヒルの冒険者ギルドの詰め所はメリアの言った通り、スラムの入り口に関所のようにそびえ立っていた。

 石造りの大きな建物で外も中も冒険者と思われる人間がたむろしている。

 僕らは中に入り、ギルドの職員に教会の守衛任務をクリアしたことを話した。

 当然だが、魔王が降臨したなどとは口にしていない。

 職員である初老の男は僕らの顔色を窺うように、


「あなた方はギルドに登録されていないようだから、報酬は出せませんが」


 と言ったが、ブレイドは、


「結構結構。

 もうあの教会に押し寄せるな、って言いたかっただけだから。

 それよりも、頼みたいことが――」


 と言いかけてやめた。

 職員の表情が曇っているのだ。

 彼は重々しく口を開く。


「でしたら、少し遅かったかもしれませんな」

「あん?」

「一昨日、あの教会に対して別のクエストが出されました。

 内容は、『ユーグリッド族の捕獲』です」


 僕は耳を疑った。


「あのクエストに失敗したパーティが情報提供してくれました。

 ユーグリッド族の捕獲は勅命を受けているものですから賞金も破格です。

 早々に腕の立つ冒険者がこぞって参加していきましたよ。

 教会に住まうという孤児たちが巻き込まれないことを願いたいです」


 僕達が街道ですれ違った冒険者の中に依頼を受けた者もいたのかもしれない。

 踵を返して走り出そうとしたが、ブレイドに止められる。


「もう間に合わん。

 それに冒険者は人間だ。

 自分の身や嬢ちゃんが危険にさらされているわけでもないのにお前は人を斬れるのかよ」


 ブレイドの言葉に僕は何も言い返せない。


「チッ。おいオッさん。

 クエスト発注だ。

 件の教会に住んでいる子供を保護するクエストだ。

 報酬は……」



 ブレイドはアルフレッドにもらった金の延べ棒の先のほうを1センチほどスッパリ切り落とす。

 それを職員に掴ませる。


「こんなもんでどうだ?」


 職員の男はブレイドに渡された金のかけらを舐めるように見て、


「これでは金額が大きくなりすぎます。

 依頼料はギルドで定めた基準額に基づいて算出します。

 子供の救出となると、もっと安い金額で」

「ゴタゴタうるせえ!

 金が余って困るならテメエのポッケにでも詰め込んでおけ!

 これ以上俺をイライラさせたら討伐すんぞ! コラァ!!」


 ブレイドは職員の胸倉をつかみ上げて脅した。

 職員は渋々金の塊を受け取った。


 どうしてこんなことに……

 僕はあの教会の人々を守りたくて戦った。

 モンスターは駆逐した。

 魔王も退けた。

 生まれるのが難しいと思われた子供だって救い出した。


 なのに、逃げ帰った冒険者たちの告げ口でそのすべてが無駄になってしまう。


 テレーズはさらわれてしまうのか?

 バースはどうなる?

 アルフレッドは守れないのか?

 他の子供たちは危害を加えられないのか?


 頭の中に教会の人々の顔がよぎる。

 大人たちは手放しで褒められる人間じゃない。

 だが、彼らの人生にかかわりのない人間の欲望を満たすために傷つけられていいわけじゃない。

 まして、何の負い目もない子どもたちが居場所を奪われていいはずなんてない。


 僕はいつの間にか拳を握りしめていた。

 夢が手のひらに食い込み血が流れている。

 そんな僕の背中をポン、と叩く手があった。


「……飲みにでも行くか」


 と、ブレイドは言ってギルドを後にした。



 ギルドの近くの酒場に僕たちは入った。

 広い店内は冒険者で溢れかえっている。

 空いている席を探していると、見知った二人の冒険者を見つけた。

 一人の名前はフィル。

 アルフレッドの昔の仲間……


「今の仲間を生贄にして、昔の仲間を売った金で飲む酒は美味いか?」


 ブレイドがそう声をかけると、二人は驚いた顔をしてコッチを見た。

 そして、フィルじゃない方の冒険者は卑屈な笑みを浮かべて、


「なんだ。お前らも逃げ帰ってきたのかよ。

 まー、そいつは賢い。

 馬と食糧の礼にいっぱい奢ってやろうか?」


 と言ってきた。


 プツン、という音が隣から聞こえた気がした。


「ほほう……貴様、オレを同レベルだと値踏みしたってことか?」


 ブレイドが歩み出し、鞘を握った手の親指が剣の鍔にかけられた。

 だが、剣は抜かれなかった。

 それよりも先に僕がその男の頬に拳を叩き込んでいたからだ。

 男は椅子から転げ落ち、床に芋虫のように転がった。


 すると、周りの冒険者たちが立ち上がり、殺気を持って僕たちを睨みつけ、怒声を上げる。


「ここの酒場で荒事はご法度だぜ!」

「よそもんか!? レイクヒルの冒険者を舐めんじゃねえぞ!」

「表出ろや! 教育してやんよ!」


 などなど、吠え立てている。

 しかし、ブレイドがガキンっ、と剣の鍔を鞘に打ち当てにらみ回すと、周りは静かになった。


「何が冒険者だ、クソッタレどもが」


 ブレイドは唾を吐き捨てて、沈黙した。


「あの教会は僕たちが守った。

 全員無事だ。

 そして、テレーズの子どもも無事生まれた」


 僕がそう言うと、フィルは薄く笑みを浮かべた。


「アルフレッドは俺たちなんか呼ばなければ良かったな。

 そうすれば、アンタたちが助けてくれてめでたしめでたしって話だったのに」

「あなたたちがいなければ僕たちは間に合わなかった。

 それどころか、マルコが隙を見て教会から抜け出して助けを呼びにも来れなかっただろうから、僕たちはあの教会のことを知らないまま、旅を続けていただろう。

 何もかも意味がなかったわけじゃない」


 僕がそう言うと、フィルの顔はこわばった。


「旅立つ前にアルフレッドから言伝を預かっていた。

 もし、あなたに会うことがあれば、ねぎらいの言葉と自分の感謝の気持ちを告げてほしいと。

 アルフレッドはあなたに感謝し、傷つけたことに胸を痛めていた。

 あなたは今でもアルフレッドの中では信頼に足る仲間だったのだろう」


 僕はそう言って、フィルに背を向けた。


「人にかけられた信頼や理想を裏切ることがどれだけ罪深いか……

 死ぬまで考え続けろっ!!」


 僕は声を荒らげた。

 これは、苛立ちだ。

 教会を巡る出来事は人間の弱さや醜さにまつわるものばかりだった。

 誰もが現実に目を背け、都合のいいものだけを見て、そして大切なものを失っていく。

 何かが少し違えば、もっとみんな幸せとやらになれただろうに。

 悔しい。ただそれだけだ。



 僕たちはメリアとククリと合流した。

 怒り心頭のブレイドといつにもまして表情がない僕を見て二人は心配してくれた。

 僕は端的にあったことを話すと、ククリは僕とブレイドの肩を抱いて、


「こういうときこそ、お酒を嗜みましょう」


 と、僕らを酒場に誘った。

 宿に隣接した酒場は冒険者ギルドとは違い、清潔で上品な場所だった。

 他の客の喋り声は楽団の奏でる音楽に上書きされている。

 ブレイドは酒を飲んで、飯を食べると次第に機嫌が直っていった。

 メリアはテレーズと話したことをブレイドとククリに伝えた。


「辛気くせえ話だ。後味も悪い。

 やっぱ関わるんじゃなかったぜ。

 ま、報酬は迷惑料ってことで甘んじて受け取ってやるけど」


 ブレイドはそうぼやく。


「教会の人たちはどうなってしまうんでしょうか?

 狙いはテレーズさんだけだとしても、アルフレッドさんや子どもたちにも危害が及んだら……」

「それは大丈夫じゃねえか。

 獲物がいない巣穴をご丁寧に潰して回るほど冒険者連中も暇じゃねえだろ」


 ブレイドはさらりとそう言った。


「どういうことですか?」

「報酬をもらった時。

 オレは奴に命令したんだよ。

 クルスに言ったらしいじゃねえか、どんな卑劣なことでも頼まれたらやりますって。

 だから、オレは言ったんだよ。

 『今晩中に教会と拾った子どもを捨てて、嫁と子とどっか遠いところに行っちまえ』って」


 メリアは口を半開きにしている。

 言葉が出ないようだ。

 だから、代わりに僕がブレイドに問う。


「なぜそんなことを?」

「奴にはもう資格がないからだよ。

 考えはしなかったか?

 アイツは嫁さんが身重で動かせないから教会を離れられない、と言った。

 でもさ、他のガキが10数名、命の危機にさらされていたんだぜ」


 ブレイドの言葉に僕はハッとした。


「そうだよ。

 テレーズを見捨てて10数人のガキたちを連れて逃げることはできたはずだ。

 なのに、あのオッサンはそれをしなかった。

 それどころか心中に巻き込もうとしていやがった」


 ブレイドの言葉にメリアは反論する。


「でも、それは……テレーズさんを愛していたから……」

「そうなんだろうな。

 別にそれを否定しやしないよ。

 周りの人間に優先順位をつけるのは普通のことだ。

 だが、奴の理想とやらはその普通を許せるほど人間臭いものだったか?

 奴は愛する女と育てたガキどもの命を天秤にかけて、女を選んだ。

 その時点でヤツの心の大切な部分は折れちまったのさ」


 ブレイドは食卓の皿から骨付き肉をつかんで、かぶりつく。

 肉を噛みちぎりながら、器用にしゃべり続ける。


「遅かれ早かれ、あの教会はこうなっちまうもんだと思ってたからな。

 魔王さまも目をつけてたみたいだし、俺たちと口約束したとしても気が変わって襲ってくることも十分考えられたし。

 でもまさか、ヘナチョコ冒険者どもがやらかして、人間が攻めてくるなんてのは想定外だったが」


 ブレイドは肉の骨を咥えながら、宙を仰ぐ。


「ま、目的のテレーズがいないなら冒険者どもも子どもにあんまり無体な真似はしないだろうしな。

 褒賞金代わりに子どもを売り飛ばす輩もいるかも知れねえが、保護者がいない状態であそこに置いておくよりかはマシだろう。

 ガキどもが市場に出回る前に、サザンファミリーゆかりの連中にも声をかけておいてやる。

 読み書きができるガキならそれなりに需要はあるからな」

「テレーズさんたちは……」

「それこそ問題ないだろう。

 あんなとんでもない魔術が使える女と、この辺ではそれなりの冒険者だったオッサンならガキ抱えてでも十分生きていけるさ。

 むしろ、過去の理想も夢も全部ぶっ壊れて、いい加減目をさますんじゃねえか」


 メリアの表情は暗い。

 僕も思うところがある。


「アルフレッドやテレーズのことは、心配していない。

 彼らが目を覚まそうが、死んだ理想を抱いて悔やんで生きようが、彼らの責任だ。

 だけどバースは……バースはそうじゃないだろう」


 こういうのを思い入れというのだろうか。

 彼が生まれた時、僕は嬉しかった。

 初めて人間が生まれるのを見た、その手助けができた。

 戦うだけの存在であった僕が、人の命をあんな形で救えるということを彼は教えてくれた。


「クルスもだいぶ人間の機微を理解できるようになってきたな」

「どうだろうか……

 ただ、彼は生まれる前にいろんなものを背負いすぎている気がする。

 アルフレッドは彼の前で父親を演じ続ける。

 テレーズは彼の父を愛している母を演じ続ける。

 彼が親の姿に理想や信頼を抱いても、それが嘘にまみれたものだと気づいた時、どうなってしまうんだろう」


 アルフレッドがそうだったように。

 テレーズもそうだったように。

 バースも理想を求めて、自分を歪めてしまうことにはならないだろうか。


 考え込んでいる僕の肩をククリが叩いた。


「生まれなんて些細なものです。

 私の生まれだってそれはもう憐れなものですよ。

 ですけど、今の私を見て憐れに思いますか?」


 ククリはブレイドの肩にしなだれかかる。

 僕は首を横に振った。

 ククリは満足そうに微笑んだ。

 メリアの方を向くと、目があった。

 心配そうな顔をしていたメリアだったが、ふわりと笑みを浮かべ、


「クルスさんがあの子に言った言葉、伝わっていますよ。

 あの子は人の命を救い人の命を繋ぐ、そんな立派な人になる予感がします」


 メリアの言葉に僕はうなずく。

 励ますつもりで言った言葉なのだろう。

 だけど、本当にそんな気がする。


「それにですね、ユーグリッド族の子どもはたくさんのおとぎ話で英雄になっているんですよ!

 鷹狩の弓手アルバトロスや獅子王ダンデリオン!

 きっとあの子も英雄譚に名を連ねるような英雄になっちゃうんですよーー!」


 メリアが大きな声を上げる。

 見れば果実酒が注がれていたはずの手元のグラスが空になっている。


 それからずっと、メリアは自分が読んだ英雄譚の話を喋り続けた。

 ブレイドは興味津々で話に食いつき、ククリも耳を傾けている。

 僕もメリアの話をずっと聞いていて、思った。


 何も持っていなかった僕が、感情を持ち、他人の人生を憂い、仲間の言葉に振り回されたり、励まされたりしながら生きている。

 作り物のはずの僕が。

 僕を作った錬金術師たちは僕がこんな風に生きているなんて予想もしないだろう。

 同じように、取り上げた僕の予想もつかないくらい、バースは素晴らしい生き方をするのかもしれない。

 アルフレッドが捨てた子供たちも、アルフレッドが予想できないほどたくましく生きるかもしれない。

 たとえ、今は何も持っていなくとも、生きている限りその可能性は無限なんだと。


 誰も知らない場所で生きていく親子と、再び親に捨てられて生きていく子供たちについて思いを馳せた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ