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第35話 ベッドの下で、テレーズの告白を聞く。

 メリアの言葉にテレーズは押し黙った。

 僕はベッドの下で身構える。


「フフ……ご明察のとおりですよ。メリアさん。

 バースは()()()()()()、私とコリンズの間にできた子どもです。

 あなた方はアルフの話も聞いていただいていましたね。

 ならば、私の視点から見たこの教会のお話をしましょうか」


 テレーズは穏やかな声音に戻っている。


「お願いします」


 と、メリアは答えた。


「私は、仰る通りユーグリッド族です。

 両親のことはあまり覚えていません。

 私が言葉を覚えるころにはいなくなっていましたので。

 両親がいなくなった後、私は野山で一人、動物たちと暮らしていました。

 寂しいとは思いませんでした。

 木の実や魚を食べて、動物たちと戯れて、寝たい時に寝る。

 幼い子供の暮らしにしては厳しく思えるでしょうが、私には魔術がありました。

 誰かに習わなくても魔術の詠唱は自然と頭に浮かんできました。

 ユーグリッド族の血が為せる技でしょう。

 おかげで何不自由なく、私は穏やかに暮らしていました。

 そんな生活を送っていたある日、奴隷商人に雇われた冒険者の手によって私は捕らえられました。

 私にとって両親以外に出会った最初の人間は彼らでしたね。

 牢獄につながれて、同じような境遇の子どもたちと寄せ集まって不安と恐怖に打ちひしがれていました。

 それを救ってくれたのがアルフたちでした。

 中でも細面の小奇麗な格好をした人は私たちを見て憐れんで涙を流していました。

 その涙を流した人がコリンズです。

 しばらく経って彼は、

 『行くあてのない子どもは僕についておいで。

 みんなで仲良く楽しく一緒に暮らそう』

 と言って私たちをこの教会に連れてきました。

 コリンズは優しく、私たちにいろいろなことを教えてくれました。

 アルフもぶっきらぼうでしたけど、私たちを優しい目で見守ってくれていました。

 生まれ育った野山からは離れてしまったけれど、私はここで幸せに生きていけると思っていました。

 それから……3年くらい経った頃でしょうか。

 ある晩、私はコリンズにこっそり呼び出されて、彼の寝室に行きました。

 綺麗な服が用意されていて、着させてもらいました。

 そして、彼は私の髪を梳きました。

 鏡に映る自分がきれいになったのを見て、私は喜んだのを覚えています。

 ……コリンズを悪魔と言ったのは、おそらくリムルでしょう?

 悪魔、言われてみればそうかもしれませんが、あの日の私からすれば彼は悪魔なんて高尚なものじゃなかった」


 テレーズの声が低くなる。

 魔術を発動していないはずなのに、魔力探知が働くほどにテレーズの中の魔力が暴れている。


「彼はモンスターでした。

 知性なんてないケダモノでした。

 何が起こったか……詳しく聞きたいですか?」

「いえ……分かりますから……」


 メリアはテレーズに気圧された。

 テレーズはふぅ、とため息を吐いて仕切り直す。

 魔力反応は通常の状態に収まっていく。


「その時は、痛かったし怖かったですけど、すぐ慣れました。

 むしろ、当然のことだと思いました。

 私たちはみなし子なのに過分な待遇を受けていました。

 どこかでコリンズやアルフにお返しをしなきゃいけないと思っていましたし。

 むしろ、コリンズは一途でしたよ。

 私だけで満足して、他の子供たちには手を付けませんでしたから。

 そこが重要だったかもしれません。

 私だけに夢中になっているのであれば、それは多少歪んでいても愛情です。

 でも、それが不特定多数になれば欲望です。

 彼がどのような意図でこの教会を作ったにせよ、私だけに目を向けているのなら、甘んじて彼を受け入れようと決めました。

 12歳になって、私が他の子どものように外に出ていかなかったのもそのためです。

 コリンズが他の子どもたちに手を付けるのが許せなかった。

 それは子どもたちがかわいそうだったからじゃありません。

 まして、コリンズの愛を独占したかったからでもありません。

 私はただ、私を救ってくれたコリンズが欲望の徒になることが許せなかったのです。

 アルフはそんな私を優しい子だなんて言って……本当にバカな人です」


 テレーズは苦笑する。

 それに対してメリアは、


「アルフレッドさんはそのことを知って――」

「いましたよ。もちろん。

 アルフも私にご執心でしたから、目で追われていることに気づいていましたよ。

 ただ、コリンズの寝室から髪の毛と服が乱れた私を見ても何も言いませんでした。

 アルフもまた、夢を見せてくれたコリンズが子どもを食い物にする悪党であったと認めたくなかったのでしょう。

 バカな私と、臆病者のアルフ、そして悪魔のような、モンスターのようなコリンズ。

 美しい理想と丁寧な養育が行き届いたこの教会を動かしていたのは、そんな弱き人々なんです。

 滑稽でしょう。醜いでしょう。

 あなたがブレイドさんを呼ばなかったのは幸いでした。

 彼はアレでいて美学を持っていそうな御方。

 この事を知ったら、私もアルフレッドも斬り殺されかねませんからね」


 冗談めいてテレーズは言うが、間違いなくそうなるだろうと僕は思う。

 アルフレッドやテレーズを殺すためではなく、この教会を壊すために二人を殺す。

 ブレイドが言っていた、僕が感じたアルフレッドのアンバランスさの理由がわかった。

 アルフレッドもテレーズも善行を行いながら、その実、守ろうとしていたのは自分が昔に見た憧れや理想だ。

 行為としては善だ。

 多くの子供達が救われ続けている。

 結果も善だ。

 多くの子供達が教養を身に着け、仕事を見つけ、外の世界に旅立っていっている。

 ただ、彼らを育てた大人たちの心のなかにはどうしようもない闇がある。


「ひどい顔で私を見るんですね。

 私を憐れみますか? 軽蔑しますか?」

「そんなのじゃ……ありません」

「分かってますよ。

 あなたは美しいですから。

 まるで、太陽に向かってまっすぐ背を伸ばす花みたいに」

「テレーズさん……それはあなたの見込み違いですよ。

 もしくは恵まれて育った人間に対しての偏見ですね」


 メリアの言葉に刺々しいものを感じた。


「失礼。命の恩人に対して、ひどい態度でしたね。

 大人気なくて、ゴメンナサイ」


 テレーズが謝る。

 だが、メリアは何も言わない。

 頷いたり、首を振ったりはしたのだろうか?

 ここからメリアの表情を窺い知ることはできない。


「さて、話を戻しますと、先程も言った通り、すべて事もなく回っていたんです。

 私たちの生活は。

 それが狂ったのは私がコリンズの子どもを身ごもったせいです。

 隠しきれないと思った私はコリンズとアルフに打ち明けました。

 二人は驚きましたが、すぐに受け入れました。

 折を見て子どもたちに話そうと。

 私ももう子どもじゃありませんでしたし、世間的にも問題のないことですから。

 その日以来、私はコリンズの寝室に赴くことはなくなりました」

「コリンズさんは知っていたんですね。

 だけど亡くなられたからアルフレッドさんの子どもということに……」

「ええ。彼から申し出てくれましたよ。

 子供には父親が必要だと。

 もっともらしいセリフの裏には私との縁を深めたいという欲望が見えていましたけどね。

 実際、子供を産み育てるには巣を守り餌をとってくるオスは必要です」

「そんな……アルフレッドさんを獣みたいに!」


 メリアの反論にテレーズが鼻で笑うのが聞こえた。


「彼も私も本当はただの獣なんですよ。

 コリンズに出会って、人間の真似をしていただけです。

 そして、それはとても心地よかった」

「あなたとアルフレッドさんにとって、コリンズさんが大きな存在だったのは分かります。

 私は……コリンズさんのやったことは卑劣で許されざるものだと思いますが。

 亡くなられたことは悔やまれます」


 メリアは沈痛な声を絞り出す。

 僕は、そのメリアの言葉にテレーズが同調するものだと思っていた。

 しかし、

 

「コリンズは死んでよかったんです。

 あの人は死ぬべきでしたから」

「え?」


 メリアは戸惑いの声を上げた。

 僕もテレーズの言葉の意味がわからなかった。


「1年前のあの夜、コリンズの寝室に向かいました。

 つわりが辛くって、誰かに付き添っていてほしかったから。

 私はノックもせずに、彼の部屋のドアを開けました……

 そこで私が見てしまったものは、リムルに覆いかぶさるコリンズの姿です」

「っ!?」



 メリアが息を呑んだ。

 テレーズの魔力が再び暴れ始める。


「すぐに悟りました。

 私が使えなくなったから、彼は次の相手を選んだのだと。

 口に布を押し込まれて怯えるリムル。

 そんなリムルを笑いながら眺める裸のコリンズ。

 まさにあの夜私が体験したことの再現でした。

 そして、私は自分の過ちに気づいたのです。

 私が奪われたあの夜、すぐにコリンズを殺しておくべきだったのだ、と」


 テレーズの魔力がさらに膨れ上がる。

 メリアの危機を案じた僕はベッドの下から転がり出て、メリアを抱えてテレーズから離れる。


「あらあら。颯爽とした登場ですね。

 メリア殿の王子様」


 テレーズは美しい顔に似つかわしい余裕に満ちた笑みを浮かべている。

 どうやら、僕が潜んでいたことに薄々感づいていたようだ。


「思い出して、つい感情が昂ぶってしまいましたね。

 コリンズを殺した瞬間を」


 メリアの体は震えていた。

 僕は抱き寄せて、その震えを止めようとする。

 テレーズはそんな僕らを見つめて、


「コリンズを殺した私は全てをアルフに話しました。

 アルフは私を責めませんでした。

 ただただ、自分の理想が死に絶えたことを嘆き悲しんだだけです。

 私は、そこまで悲しくもありませんでした。

 だって理想に代わる、生きがいを手にしていたのですから」


 テレーズがそう言い切ると同時に廊下の向こうから赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 バースの泣き声だ。


「私にとっては、バースを生かし、育てることが何よりも大事。

 アルフレッドに発破をかけたのもそう。

 子どもにはしっかりした親がいてくれたほうが良いですもの」


 テレーズはそう言って、扉の鍵を外した。


「あなた方には本当に感謝しています。

 バースを私に与えてくれたこと。

 私にバースを育てる機会を与えてくれたこと。

 あなた方が私をどう思おうと、私は終生、あなた方への感謝を忘れません」


 そう言い残したテレーズは恐ろしいほどに美しい笑みを浮かべて、静かに扉を閉めた。


 テレーズのいなくなった部屋で僕とメリアは立ち尽くしていた。

 しばらくして、メリアは口を開いた。


「クルスさん……私はまた間違えました。

 知らなくてよかったものを知ってしまいました。

 彼女を糾弾する覚悟もないくせに、どうして知りたいと思ってしまったのか……」


 人間社会のルールで考えれば、コリンズを殺害したテレーズは罪に問われなければならない。

 だが、コリンズは殺されるに足るだけの罪を犯している。

 それにテレーズを罰することは、生まれたばかりのバースから母親を取り上げることになる。

 アルフレッドも最愛の人を失うことになる。

 誰もが不幸になってしまう。

 だが、コリンズの殺害を隠すことでテレーズもバースもアルフレッドも何事もなかったかのように生きていける。

 死人コリンズに口なしだ。

 人里から外れたこの教会で起こった事件まで街の人間は追及してこないだろう。

 

 ただ、メリアは潔癖すぎるから、事件をもみ消すことに罪悪感を感じるだろう。

 でも、情に脆すぎるからテレーズを糾弾することもできない。

 どっちつかずで悩む自分を責め続けるだけ、それは不毛だと思う。 

 だから、僕はメリアを背中から抱き寄せて言った。


「メリアは間違っていない。

 ただ、もうここに僕達はいてはいけない。

 すぐ旅立とう」


 僕たちはできることをした。

 結果、誰も死なさずに済んだ。

 それだけで十分に意味があることだった。


 メリアは僕の手を握ってコクリと頷いた。

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