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第34話 僕は朝の光を浴びる。聖なる魔術の行使。

 バースを教会の部屋に移したあと、メリアは引き続き地下に留まった。

 テレーズに対して、妖精のほうのバースから聞いた子宮マッサージを行い、病にかからないよう【予防】の魔術をかけ続けるためだ。

 メリアも消耗している、と僕は心配したが、メリアは大丈夫と笑顔で答えてくれた。



 僕は教会の外に出た、夜は明けており白い光が降り注いでいた。

 僕はその光を全身で受け止めた。


「満足そうな顔しやがって。

 その分だと、上手くやったみたいだな」

「ああ。男の子が生まれたよ。

 名前はバースだ」

「ふーん。ドタバタ続きだったが、結局一晩で片付けられたな。

 さっさと出発しようぜ」


 ブレイドは立ち上がる。


「もう少し待って欲しい。

 せめて、テレーズが目覚めるまでは」

「分かってるよ。

 ククリもあの状態で歩かせるわけには行かねえからな。

 一眠りしたら、街に行ってくるわ。

 馬か何かかっぱらってくる。

 その間にあのヘナチョコから金巻き上げる手筈整えておけ」


 ブレイドはそう言って、ニヤリと笑った。



 昼を過ぎた頃、テレーズが目を覚まし、地下室から出てきた。

 眠たそうな目をしたメリアを引き連れて、僕とブレイドと怪我をしているククリのいる部屋に訪れる。

 ブレイドはテレーズを見るなり、


「ヒュー。噂に聞いてはいたが、洒落にならないレベルの美人だなあ。

 あのクソ魔王、女もいけるクチなのかもな」


 と、からかった。

 テレーズは眉一つ動かさず微笑み返す



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『魔王と聖女の百合物か……

 大好物です』


【転生しても名無し】

『元気になって何より……てか元気すぎね?

 あの後、ネットで調べたけど出産後の数日って起き上がるのもままならないとか』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 たしかに。

 今朝がたまで死にかけていた人間とは思えないほど、テレーズの血色は良く、体調不良のかけらも見えない。

 疑問ではあるが、悪い結果ではない。

 僕は状況を受け入れる。



 テレーズは僕達に感謝の言葉を告げた。

 教会を魔王の手から守ったこと。

 そして、自分と子どもを救ったこと。


 テレーズは銀色の髪をたなびかせて、うつ伏せで寝ているククリに近寄る。


「痛い思いをさせてごめんなさい。

 せめて、治癒は私にお任せください」


 テレーズはそう言い、詠唱を始めた。


「【注がれるは神の慈悲。

  流れるは神の血潮。

  失われし汝の身にかけられるは神の吐息――

 【光の吐息(アーク・ブリーズ)】』


 テレーズの手から青白い光が放たれ、ククリの背中を包む。

 包帯が解け、傷口があらわになる。

 膨れ上がった肉が剥がれるようにして、背中が修復されていく。

 その間、わずか10秒。

 それだけの時間で、ククリの背中の傷は完治した。

 ククリは自分の乳房を左腕で隠しながら立ち上がる。

 右腕で背中に触れて、傷を確かめる。


「治ってる……すごい……」


 ククリは驚きを隠せない。

 ブレイドも目を丸くしている。


 どういうことだ……

 魔法陣もなしに治癒魔術を、しかもここまでの効力のものは僕の知識にはない。

 僕はマジマジとククリの背中を見る。

 きめ細やかな肌も完璧に――


「なにジロジロ見てるんですか!」


 僕の視界が塞がれた。

 メリアの手のひらによって。


「ククリさんも早く服を着てください!」



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ホムホム! メリアちゃんの手をふりほどけ!

 間に合わなくなっても知らんぞ!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 それこそ知った事か。

 僕はお前らみたいに人間の裸に興味はない。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『お前ら呼ばわりされたwww』


【転生しても名無し】

『バースのせいだwww』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 妖精たちがなんだか嬉しそうだ。


「オイオイ、そんなことできるならもっと早く助けておくれよ」


 と、ブレイドが笑いながらテレーズに声をかける。

 軽口をたたきながらもククリの傷が治ったことを喜んでいるのがわかる。


「妊娠が進むと魔力を行使できなくなってしまっていたのです。

 でも、子どもが生まれると同時に元に戻りました。

 おかげで自身の回復もできましたので、今は元気です」


 仕組みはよくわからないが、おそらく魔力が垂れ流し状態になっていたのだろう。

 あの地下室に充満していた膨大な魔力はテレーズのものだったのか。


「ありがとうございます。

 おかげでブレイド様に捨てられずに済みます」

「誰が捨てるか。

 バラバラに刻まれてもお前は俺のもんだ」


 ククリはテレーズに感謝をし、ブレイドとじゃれ合っている。

 その姿を見て僕は安堵した。



 その日の昼前、教会の外では子どもたちが遊んでいた。

 モンスターの襲撃がなくなったので、久しぶりに外に出ることを許可されたらしい。

 子どもたちは全部で14人。

 下は3歳から上は13歳までの子供が笑顔を振りまきながら戯れていた。


 ブレイドは枝を持って襲ってくる子どもたちと戦っている。


「フハハハハハ! この魔王ブレイド様にそんな剣が通じるか―!」


 と、芝居をしている姿はとても役にハマっていると思う。


 ククリは女の子に花かんむりの作り方を教えてやっている。

 意外な特技を持っているものだ。


 二人もいずれ子どもを持てば、こんな風に遊んだりするのかもしれないな。

 そんなことを考えていると、メリアが僕の隣に座った。


「ククリさん、元気になって良かったですね」

「そうだな」

「クルスさんはテレーズさんが使っていた魔術ご存知ですか?」

「いや、知らない。

 サンタモニアには無い魔術だった。

 魔法陣もなしにあんな瞬間的に治癒できる魔術は規格外過ぎる」

「そう……ですか」


 メリアは浮かない顔をしている。


「何か気になることでもあるのか?」

「いえ……上手く言えないんですけど、私は何かを知っていたような気がするというか。

 テレーズさんを初めてみた時、既視感があったというか」


 メリアが考え込んでいると、「メリア様」と声をかけて近づいてくる子どもがあらわれた。

 マルコ、という僕達が街道で見つけた子どもだ。


「あら、傷治ってますね」

「うん! ママに治してもらったの!」


 ここの子どもたちは医者いらずだな。


「キミが勇気を出して街道まで出てきてくれたおかげで、みんな助かったんですよ」


 メリアは腰を落として目線をマルコに合わせて話しかけている。


「うん! パパの友達が夜中、逃げ出そうって話をしているのを聞いちゃって、誰か他に助けてくれる人を呼びに行こうと思って森の中を走ったんだ。

 だけど、道が暗くって、木の枝に頭ぶつけたりして――」


 マルコは自身の武勇伝を僕達に聞かせる。

 メリアが笑顔で相槌を打っていると、


「マルコ!」


 マルコと同い年くらいの金色の髪をした少女がマルコを引っ張る。


「なんだよ、リムル。

 邪魔するなよ」

「ジャマ!? あなたが危なっかしいから言ってるんでしょ!

 大人を信用しちゃダメ!」


 リムルと呼ばれた少女は怒鳴りつけるようにそう言った。


 大人を信用しちゃいけない……そう言えば、前にもメリアからマルコをひったくっていた。


「あの、リムルちゃん。

 私はマルコくんに何もしませんよ。

 それに大人を信用しちゃダメ、ってちょっと行きすぎじゃないですか?

 たしかに信用できない大人はいますけど……」


 脳裏にいろんな大人が浮かんでるんだろうなあ。


「でも、ここの大人たちは信用できるでしょう。

 アルフレッドさんもテレーズさんも、それにコリンズさんという人も」


 メリアは穏やかな笑みでリムルに微笑みかけるが、リムルはさらに険しい顔をして、


「ママはバカで嘘つきだ……

 アルフパパもバカで臆病だ……

 コリンズパパは――――」


 リムルの言葉を聞いて、メリアが表情を無くす。


 ……どういう意味だ?



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆バース】

『ワイのおらん間にテレーズさんに会っとるしw

 ワイも元気なテレーズさん見たかったんやで……

 てか何でテレーズさんの子供がワイと同じ名前やねん!』


【転生しても名無し】

『そりゃ当然ですとも。

 命を繋ぎ、命を救えるような人になれ……バース!』


【◆バース】

『ヒィィィィィwww

 なにこの羞恥プレイwww』


【◆江口男爵】

『いいじゃないか。テレーズ様に、

「バースちゃん、うんちいっぱい出たね~」とか、「バースちゃん、ママのおっぱい飲む?」とか、語り掛けてもらえるんだろ。

 最高級の羞恥プレイじゃん』


【◆バース】

『やれやれ……ホムホム、ここで暮らさへんか?

 割とマジで』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 当然、僕は間髪を入れず却下する。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆バース】

 それはそうと、ホムホム』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 なんだ?



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆バース】

『テレーズさんの妊娠のことやけど、ちょっと気になることがあるんや』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 …………



 バースの話は僕にはよくわからなかった。

 というより、何が問題なのか分からなかった。

 だが、僕の頭の中の妖精は荒れ狂っている。

 推測と疑惑の上で話は展開され、意見の対立が生まれる。


 そんなことをしているとメリアが唇で指を噛みながら僕のもとに歩いてきた。


「さっきの、リムルちゃんとかいう子の発言……

 どういう意味だと思います?」


 僕にはわからない。

 だが、メリアの疑問の解決のため、バースから聞いた話をかいつまんで話した。

 すると、メリアは僕の手をつかんで引っ張って歩き出し、ククリが寝ていたベッドのある部屋に入って扉を締め切った。


「すいません。

 ちょっと協力してほしいことがあって……」

「ブレイドやククリはいいのか」

「あの二人は……ええ。

 二人きりの方がいいです」


 何の話だろう。

 と、考えていると、昨日ブレイドたちと話していた話題を思い出した。

 僕とメリアが部屋に二人きりということは、


「子作りのことについて教えてくれるのか」


 と、いうとメリアは顔を真っ赤に染めて、


「バッ……バカぁーー! 

 そ、そ、そんな話真昼間からするわけないでしょう!

 いや、夜だから良いというわけでもなく……

 あーっ! そうじゃなくって!

 ホント、ブレイドさんは余計なことをっ!!」


 メリアは悶えながら頭を抱えている。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ホムホムwww

 そういうのは流れとかムードが大事なのwww』


【◆江口男爵】

『いや、照れているだけだから押し倒しちまえ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ちょっと何言ってるのか分からない。

 だが、慌てふためいているメリアは面白いと思う。



「えー……すみません。

 ベッドの下に隠れていてくれませんか?

 これからテレーズさんを呼び出すので」

「何故、隠れる必要がある?」

「女性同士で話した方が良い話題だからですよ」

「ならば、僕を呼ぶ必要がない」


 メリアは目を細める。


「そうなんですけどね……

 万が一のことを考えて。

 テレーズさんが攻撃してきたら私は勝ち目ないでしょうから」

「テレーズが?」


 そんなことはあり得ないと思いつつも、僕は頷いてベッドの下に潜り込んだ。


 数分後にメリアがテレーズを連れてきたのを音で察知した。

 テレーズは柔らかく温かい印象の声でメリアに話しかける。


「聞きたいことがあるって、どうされたんですか」

「ごめんなさい、ある子供が言っていたことが気になって……」


 メリアは、少し間を置いて話し出す。


「その子が言ったんです。

 コリンズパパは()()だって」

「……ふぅん」


 テレーズの声のトーンが下がった。


「私、テレーズさんを見た時、ビックリしました。

 銀色の髪に人間離れした美貌。

 ホント、女神や聖女の類だと思いました。

 おとぎ話に出てくるような……

 そして、先程使った治癒魔術。

 神に祈り、神の力を借りるような内容の詠唱。

 あれもおとぎ話で見たことがある気がしました。

 そう、どれもおとぎ話だと思っていたんです。

 だから、わざわざ現実の人とそのおとぎ話の登場人物を重ねるようなことしなかったんですけど……」


 メリアの息が聞こえる。

 ゆっくりと、呼吸を落ち着けて、


「テレーズさん。

 あなたは山の民『ユーグリッド族』の末裔ですね」


 メリアのその言葉に、テレーズは反応しない。

 更にメリアが言葉を投げかける。


「おとぎ話に出てくるユーグリッド族の描写はこうです。

 『銀色の髪をした美しき乙女、神の御子であり、神に愛されたもう。

 その魔術は神に授かりし業にて他に比類なし』

 若干、うろ覚えですけど内容に間違いはないはずです。

 そして、私が読んだお話の中ではユーグリットは火の国の王の子どもを身ごもりました」


 先程、バースの言った言葉を思い出す。


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆バース】

『テレーズのお腹の大きさや、子どもの大きさと発育。

 あと、産後の子宮の収縮具合なんかを見てたら、途上国で国際協力活動してたときのことを思い出してな』


【転生しても名無し】

『産婦人科医なのに途上国に行かされてたの?』


【◆バース】

『当時は外科やったんや。

 産婦人科継いだのはパッパに頼まれてからで……

 ハイ、自分語りはここまでや。

 とにかく途上国で医療活動してると日本の常識とか全然通用せえへん。

 医療器具も足りひんし、衛生環境も劣悪やし、そしてなにより患者がヤバイ。

 地雷だの銃創だのそういうのの治療するのは危険地帯やからしゃあないと思っとったけど、日本じゃすんなり治るような病気がおかしな変異しとってな。

 まあ、大抵は病院にかからず、変な生活している間に悪化してそうなってるわけ』


【◆助兵衛】

『要点をいえ、要点を。

 ちゃっかり自分語りしてるじゃねえか』


【◆バース】

『すまんすまんw

 とにかく、その途上国でワイが一番ありえんとおもったのが、臨月を超過した妊婦や。

 日本みたいに産婦人科に通うようになっとらへんからな。

 妊娠50週間以内ならまだマシな方で、中には60週超えてる超長期妊娠の妊婦もおった』


【転生しても名無し】

『臨月って普通は十月十日っていうから、310日で、45週間程度?』


【◆バース】

『アホ、それは昔の数え月での数字や。

 実質は9ヶ月と10日、40週間やな。

 で、そういう超長期妊娠の妊婦は胎児が育ちすぎとることが多い。

 中には常識外れにデカい子もおる。

 テレーズの子どもみたいにな。

 もちろん胎児がデカくなる理由は他にある。

 妊娠中の糖尿病とかな。

 だが、この世界の食料環境でそれはないやろ。

 異世界やからこっちの常識通用せんかもしれんけど……

 ワイの見立てではテレーズの妊娠期間は400日以上』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 メリアにテレーズの妊娠期間は通常より長かったかもしれない、と言ったら、血相を変えていた。

 そのことが意味することは――


「おとぎ話の描写にはこうありました。

 『ユーグリッド族である后は普通の人よりも長い450日もの間、王子を身ごもります。

 王は生まれてくる日をまだかまだかと待ちあぐねていました』

 ……コリンズさんが亡くなられたのはちょうど一年前。

 あなたとアルフレッドさんが夫婦になられたのはその後のこと……

 私は……ゲスな想像をしてしまいました」

「あなたはイフェスティオ人でしたね。

 裕福な方でしたらそういったおとぎ話の本に触れる機会もあったのでしょうね」


 テレーズは平静を装っているが、声に含みが混じる。


「テレーズさん。

 あの子どもは……バースくんは、本当はコリンズさんとの子どもじゃないんですか?」

 

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