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第32話 激戦の傷跡。そして、未経験の事態。

 僕達は教会の礼拝堂に転がり込み、直ちにブレイドとククリの手当を行った。

 ブレイドは後頭部が3センチ程裂けており、縫合が必要だった。


「嬢ちゃん! 荷物の中にバルザックからもらった酒があったろ!

 持ってきてくれ!」

「はい!」


 メリアが礼拝堂の奥から荷物を取って戻ってくる。

 荷物の中から取り出した酒瓶の蓋を開け、ブレイドの傷口にかける。

 傷に染みるのか、ブレイドは顔をしかめる。


「よし、その酒を寄越せ」


 ブレイドはメリアから酒を掴み取る。


「クルス。傷の縫合の経験は?」

「やったこと無いが、知識としてはある」


 負傷者の応急処置の為の手法は知識としてインプットされている。


「なら十分だ」


 と言って、ブレイドは酒をラッパ飲みして、うなだれる。

 僕に対して、後頭部の傷を晒す形になった。

 ブレイドはタオルを噛んで「やれ」と促した。


 僕は糸を通した針を指先につまんで、ブレイドの傷口に突き刺した。

 ブレイドは歯を食いしばって痛みに耐える。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『麻酔無しでの手術っていたそー……』


【転生しても名無し】

『ホムホム手際いいな。

 てか、超器用じゃね?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 精密作業は人間より得意だという自負はある。

 集中を持続できるのもホムンクルスの特性の1つだからな。


 僕はブレイドの傷口を早々と縫い合わせ、糸を切って留める。


「サンキュ……ククリの方はどうだ?」

「子どもたちとメリアが奥に連れて行った。

 僕達も行こう」


 僕は再びブレイドに肩を貸した。




 教会内の一室でベッドの上にうつ伏せになっているククリ。

 エステリアに皮を剥がれた背中は血肉がむき出しになっている。

 手で触れることはおろか、空気が流れるだけでも痛むのかククリはベッドのシーツを握り込んで耐えている。


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ああああ……

 ククリ姐さんの美しいお背中が……』


【転生しても名無し】

『誰か回復魔法使える奴いねーの!

 魔法のある世界ならいてもおかしくないんじゃね!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 治癒魔術は高等魔術だ。

 サンタモニアでも使い手は少ない。

 しかも、その少ない使い手も大半は魔法陣の張られた場所で効果を上積みしてようやく効果が現れる程度の魔術しか運用できない。

 糸一本でメリアの骨折を修復したフローシアははっきり言って規格外なんだ。

 とにかく、薬を付けて包帯を巻いて、早く街に連れて行かないと。




 メリアが扉を開けて薬と包帯を抱えて現れた。


「教会にあるものを譲ってもらいました!

 早く治療しましょう」


 メリアは薬が入った瓶を開けて、手にとってククリの背中に塗りこむ。


「ウアアアァァァッ!!」


 ククリの口から悲鳴がこぼれる。


「ゴメンなさい!

 でも、薬を塗らなきゃ傷がどんどん悪化してしまいます!」

「わかっています……気にしないで続けて……」


 息を荒くして治療を促すククリ。

 メリアもつらそうな表情をしている。


「クルスさんとブレイドさんは出ていってください。

 包帯を取り替えたり、体を拭いたりしなきゃいけないので」

「俺も? いや、今更ククリが見られたって――」

「やらしいことをしている時に見られる裸と、傷の治療をしている時に見られる裸を一緒にしないでください!!」


 メリアがすごい剣幕でブレイドを怒鳴りつける。

 さしものブレイドも肩をすくめ、すごすごと扉に向かう。


「ブレイド様……申し訳ありません」


 ククリはうめくように呟く。


「私の体も心も貴方のものとお約束したのに……こんな無様な傷をつけてしまいました」


 ブレイドは目を掌で抑える。


「バカ野郎……そんなことで謝るんじゃねえ」



 僕達は部屋の外に出て、教会の奥にある食堂に入った。

 そこには子どもたちが集められていて椅子に座って、祈りを捧げていた。


「クルス殿、ブレイド殿……お守り頂きありがとうございます」


 アルフレッドはそう言った。

 ブレイドはプイッとそっぽを向いてアルフレッドを無視する。

 ククリの怪我のこともあって心中穏やかではない。

 元々乗り気ではなかったアルフレッドの依頼でこんな被害を出してしまったことを悔やんでいるのだろう。

 そして何より、ククリを守れなかった自分に怒りを覚えている。


「敵の言うことを信じるならば、もうここは襲撃されない。

 みんな眠っていい」


 僕がそう言うと、子どもたちは小さく歓声を上げた。


「敵の……言葉?」


 モンスターに襲われ続けていると思っていたアルフレッドにとっては、まさか魔王直々に攻め込んできていたとは知らない。

 子どもたちが部屋に戻るのを待って僕は事の顛末を彼に話した。




「そうでしたか……まさか魔王が……」


 アルフレッドの顔は青ざめている。

 直に魔王を見たことのない人間にとっても、いや見ていないからこそ人類を脅かす魔王と言う存在は絶対なる恐怖の対象である。

 当然の反応だろう。


「さっきはああ言ったが、出来る限り早くここを離れた方がいい。

 僕達もククリを早く治癒術士に見せてやりたい。

 いつまでもここにはいられない」


 アルフレッドはためらいながらも頷く。

 その直後、地下室の上に置かれた板が動いた。


「パパ! 大変です!

 ママが! ママが!」


 血相を変えた子どもがアルフレッドに叫ぶ。

 アルフレッドは弾かれたように地下室に向かい、僕達も彼に続いた。



 地下室にはテレーズの悲鳴がこだましていた。


「テレーズ!」


 アルフレッドはテレーズの元に駆け寄る。

 テレーズの寝ているベッドが水のような液体でビショビショに濡れている。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『こ、これって破水じゃね!?』


【転生しても名無し】

『赤ちゃん産まれちゃうの!?

 だ、大丈夫なん!?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 妖精たちが慌てふためいている。

 アルフレッドやブレイドもうろたえるだけだ。

 僕も出産についての知識はインプットされていない。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『とりあえず落ち着こうぜ。

 元々、出産なんてのは昔はみんな家で行っていたものだし、なんとかなるって。

 この世界の人なんて俺らからしたら大昔の人間みたいなもんだし、これが普通なんだよ』


【◆まっつん】

『そうだ! 今できることは頑張れ頑張れと応援してやることだけだ!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 楽観と精神論が妖精たちに伝播するが――



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆バース】

『アホかあああああああ!!

 前期破水起こしてるのに何もしないとか脳みそワイとんのか!!

 ホムホム! まず、妊婦を横向きに寝かせろ!

 体の右側が下になるように!!

 そして、お湯をタライいっぱいに用意させろ!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△


 バースの絶叫のような文字列を受けて、僕は指示通り行動する。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆バース】

『そもそも、昔の人間は〜〜なんて言ってるやつ!

 昔の人間がどれくらいの割合で妊婦が死んどったか知っとんのか!?

 中世では3、4人に一人は出産時に死んでたんやぞ!!

 出産ってのは命がけの作業や! 覚えとけ!!』


【転生しても名無し】

『あ……はい……』


【◆まっつん】

『正直スマンかった』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 それから約8時間、テレーズは悲鳴を上げ続けている。

 その間、そばにいるだけのアルフレッドも憔悴しきっている。

 ブレイドは「襲撃がないとは限らない」と言って、敵に備えて再び外に出ていった。

 ククリの処置が終わり駆けつけたメリアは拳でテレーズの腰を押し続けている。

 バースが言うにはそれで痛みが少しマシになるということなのだが、本当なのだろうか。

 そのバースの書き込みも5時間程前から途絶えてしまっている。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『こんなに、赤ちゃんって出てくるのに時間がかかるもんなの?

 俺、身近にそういう人いないから知らんけど』


【◆マリオ】

『ウチの嫁の時は病院ついてから半日かかった。

 同じ日に出産した妊婦さんは担ぎ込まれてから3日かかったって言ってた』


【転生しても名無し】

『マリオ子持ちやったんかい……

 てか、3日って……』


【◆オジギソウ】

『想像するだけで鳥肌が……

 私の時は無痛分娩にしてもらおう』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 たしかに長い。

 テレーズの悲鳴もどんどん弱々しくなっている気がする。

 このまま、死んでしまうのではないかと思えるほどに。




▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆バース】

『すまん、離席長くなった』


【転生しても名無し】

『おせーよ!! コッチは生きるか死ぬかの時なんやぞ!

 何離れているんだ!』


【◆バース】

『やかましいわ!!

 こっちかてリアルがあるねん!!

 経過はどうや!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 僕は、テレーズのスカートをまくしあげて、股間を見る。

 僕の目を通して、妖精たちにテレーズの秘部が見えているはずだが、流石にはしゃいだりしない。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆バース】

『子宮口はそれなりに開いとるけど……赤ちゃんがデカすぎるわ……

 こんなん母体がもたんで』


【転生しても名無し】

『あの……今更なんだけどバース、妙に詳しすぎない?

 そういう仕事とかしている人?』


【◆バース】

『産婦人科や。

 さっきも一人取りあげてきたところや』


【転生しても名無し】

『ファッ!?

 いや、冗談でしょー。

 50メートル走5秒台とか、ベンチプレス300キロとかその類の嘘なんでしょ?』


【◆バース】

『フィジカルオークションの時は盛ってるけど、医者なのはほんまや!

 後でID付きで医師資格証でも上げたろか!?』


【◆マリオ】

『あ……バースって助っ人外国人じゃなくて出産(birth)から来てたのか』


【転生しても名無し】

『じゃあ、バースなんとかしてくれよ!!

 もういっそ、お前がこっちの世界に転移して!!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



「クルスさん……大丈夫なんですか?」


 メリアが僕に不安そうに問いかける。

 顔色がどんどん青くなっていくテレーズ。

 疲労で限界に近づいているのは目に見えてわかる。

 回復魔術の使い手はいない。

 それどころか医者や産婆もいない。

 この状況での出産はテレーズ自身の力にかかっている。

 だけど、その力も尽きかかっている。

 出産は命がけで、母親が死ぬことも珍しくない。

 人間は不便で脆弱だ。


 だからこそ……それに立ち向かうために人間は知識をつけ、自身の脆弱を克服する術を編み出してきたのだ。


「知識はある。なんとかするしかない」


 バース。僕の目や体を使ってくれ。

 指示通りに動く。

 手段があるなら、やってくれ。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『いやいやいやいや! ちょっと待った!

 ホムホムが赤ん坊取り上げるの!?

 あー……でもアルフレッドやメリアちゃんもその辺の知識はなさそうだし……』


【転生しても名無し】

『ホムホム大丈夫?

 テレーズ様もボロボロだけど、赤ん坊ってメッチャか弱いよ!

 ちょっとした拍子に死んじゃったりするんだよ!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 分かっている。

 そんなに弱いから、周りの誰かが助けてやらなきゃいけないんだろ。

 アルフレッドが孤児たちにそうしていたように。

 ブレイドはアルフレッドを嫌っているが僕はアルフレッドの生き方を好ましいものだと思っている。

 僕は戦うために作られた兵器だ。

 感情や楽しみや苛立ちや命を大切に思うことを知らなければ、僕は兵器でしかない自分に何の不満もなかっただろう。

 でも、僕は知ってしまった。

 生きるということは自分一人が生き延びるだけじゃないことを。

 だから僕は目の前で失われていく命を見捨てたくはない。

 できることなら、救いたい。

 バース、あなたはその方法を知っているんだろう。

 どうか力を貸してくれ。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆バース】

『あーあ、本当成長してはるわ、このホムホム。

 言っとくけど……異世界の医療ミスまで責任取れへんからな。

 お前らも責めんといてくれや』


【転生しても名無し】

『わかったからなんとかしてくれ!』


【転生しても名無し】

『お願いします!

 神様仏様バース様!!』


【◆バース】

『ホムホム、次の物を準備しいや。

 小さくて切れ味のいいナイフ。

 布切ハサミ。

 清潔なフォークやスプーン。

 縫合用の糸と針。

 水100に対して塩1を溶かした塩水をタライいっぱい。

 それを掬うようのコップ。

 後、包帯とかガーゼとかありったけ。

 あと、金属類とホムホムの手は沸騰している熱湯に手を付けて殺菌せい。

 メリアちゃんとアルフレッドも念のため綺麗に手を洗って酒で殺菌しとき』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 僕は指示をアルフレッドやメリアに出す。


「クルスさん、何をするつもりですか?」


 僕にもわからない。

 バース、何をする?



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆バース】

帝王切開手術カイザー、つまり妊婦の腹を切って赤ちゃんを外に出す』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 僕は一瞬言葉に詰まったが、


「腹を切って子どもを出す」


 と言った。

 メリアとアルフレッドが同時に驚く。

 そしてアルフレッドは僕の胸ぐらを掴み上げた。


「テレーズは死んでいない!!

 腹を切って子供だけ助けるなんてもっての外だ!!」


 死んだ妊婦の腹を裂いて子供を取り出すのは、たしかに合理的だ。

 二人死ぬところを一人で済ませることができる。

 それが、バースの判断――



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆バース】

『死なさへんためにやるんじゃボケェ!!

 このままやと確実に二人共死ぬわ!!

 そもそもお前が原因やぞ!

 妊婦をこんな穴蔵に閉じ込めて臨月迎えさせて!!

 嫁さん妊娠した時に街に連れて行って、魔術で治療受けとけばこんなことならんかったかもしれんやろ!!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 バースの怒りが文字を通して伝わってくる。

 彼はその仕事を通して出産に携わる人生を歩んできたのだろう。

 喜びも悲しみも憤りも受け止め続けてきたのだろう。


「サンタモニアではこの方法で、母と子を助けている。

 確実ではないが、最良の手段だ」


 僕は嘘を言った。

 だが、最良の手段だというのに嘘はないつもりだ。

 妖精たちの不安や苛立ち、そして無事に生まれて欲しいと願っている言葉に嘘がないように。

 アルフレッドは僕の胸ぐらから手を離し、その場にうずくまった。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆バース】

『問題は……麻酔やな。

 さっきのブレイドみたいに酒呑ませて麻痺させるか。

 でも、どこまで効果あるか分からんし、体の負担も予測できへんけど』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 そうか。

 体を切るならば痛みを麻痺させなければ人間はもたない。

 しかもテレーズは心身ともに弱りきっている。

 何か……方法は。


「クルスさん。私にお手伝いできることって無いですか?

 予防の魔術をかけ続けるくらいしか、思いつかなくて……」


 予防……

 ああ、メリアが船で話していた魔術だ。

 病気を予防するとか……あ。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆マリオ】

『メリアって【昏倒】の魔術使えたよね。

 アレ全力でかけたら麻酔代わりにならない?』


【◆バース】

『それや!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



「メリア、【昏倒】の魔術を全力でテレーズにかけろ。

 全力でだ」

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