第30話 僕はソレを目撃する。
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【転生しても名無し】
『妊娠かあ……それは動かせないなあ。
見たところ、出産間近だろ』
【◆バース】
『出産間近っていうか生まれとらんのがおかしいレベルや。
こんなん入院させて、完全看護せなあかん。
自然分娩……できるんか?』
【転生しても名無し】
『てかアルフレッドの奴、きっちりヤることヤッてたんか!
善人面してこんな美人さんと!!』
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知識としては知っていたが妊娠している人間を初めてみた。
人間の体がこんな変化をするなんて信じがたい。
「アルフ……この方達は?」
テレーズが弱々しく問いかける。
アルフレッドは彼女の傍らに近寄って、
「旅の方たちだ。
マルコを助けてくれて、モンスターを追い払ってもらった」
「そうだったのですか。
どうも、ありがとうございます」
テレーズは体を起こそうとするが、
「寝たままで結構です!
無理しないでください!」
メリアは慌ててテレーズの行動を制した。
「へーえ。触ってみていいですか?」
「ククリさん!」
ククリが宙で手を泳がせているのを、メリアが叱責する。
「構いませんよ。
沢山の人の手を繋げるような、そんな人になってほしいと思っています」
テレーズは自身のお腹をさする。
ククリはそっとテレーズのお腹に触れ、優しく撫でる。
いつになく穏やかな表情だ。
「あ、あの……」
メリアは躊躇いながら声を上げる。
「はい、もちろん」
テレーズはメリアの意思を汲み取ったようだ。
メリアは恐る恐るテレーズのお腹に両手を触れる。
「あ……これって蹴ってます?」
「ええ。すごく元気でしょう」
「痛くないんですか?」
「はい。むしろここにちゃんといるって分かって元気づけられます」
テレーズは微笑んだ。
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【転生しても名無し】
『おい、バブみを感じるって言葉使いたいやつ。
いま、チャンスだぞ』
【転生しても名無し】
『スマン。ガチなのはNGだ。
テレーズ様の美貌も相まって尊さしか感じられん』
【◆与作】
『オレはメリアちゃんが母性に目覚めかけてるのにグッと来る』
【◆江口男爵】
『>>与作
おいでよ、変態の森!』
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和やかに交流する女性たちを背にして、僕は部屋を出ていく。
アルフレッドも僕の後に続いた。
炊事場に戻った僕はアルフレッドに尋ねる。
「どうするつもりだ。
動かすことができないのなら、ここで産まれるまで待つのか」
「そのつもりです」
「モンスターに襲われたら」
「戦います」
「あなたが死んだら」
僕の問いにアルフレッドは目を細める。
「死ぬまで、戦います」
「お前が死ねばテレーズも死ぬ。
ここの子どもたちも。
テレーズのお腹にいる子どもたちも」
「……」
アルフレッドは目を伏せたかと思うと、いきなり地面に跪いて、僕に頭を下げた。
「お願いします!
私達を守ってください!
全ての財産を捧げます!
私の命を捧げてもいいです!
あくどい事でも、卑劣なことでも頼まれればなんでもやります……
ですので……どうか、あなた方の力をお貸しいただきたい……」
アルフレッドは地面に頭を擦り付ける。
僕は悟った。
あの長い身の上話は僕達の情を引くためだったのだろうと。
アルフレッドの半生。
一人でも多くの子供達を救おうとした男の物語。
そして、そんな男が全てを投げ出してしまいたくなる程に恋した物語。
ブレイドは物語が大衆に影響を与えるといった。
その言葉の意味がわかった気がする。
教会の外に出ると、ブレイドが剣を肩にかけて座り込んでいた。
「どうすんだ、クルス」
「しばらく、ここにいようと思う。
この場所には守り手が必要だ」
「予想通り情にほだされやがったな、この野郎」
ブレイドは苦笑する。
「本来、僕の力は人間の代わりに戦うためのものだ。
弱い人間の代わりに戦うのは本来のあり方だ」
「弱い人間ねえ……
オレは弱い人間に利用されるなんてまっぴらだがな。
でもまあ、理由はどうあれ、楽しい戦いができるならオレに文句はねえ。
あと、温かい飯が食えたら申し分ねえ」
「ここの子どもたちが夕餉を用意してくれる」
「ほほーう。ならば、腹ごなしの運動をしておくかね」
ブレイドは立ち上がる。
森の奥から僕達を見つめる目がある。
血の臭いをまとった獣の息遣いを感じる。
僕も剣を構えた。
夕食の時間になった。
僕達4人は教会の扉の前で子どもたちの作った料理を食べている。
料理を運んできた男の子がガツガツと料理を平らげるブレイドに声をかける。
「すごいですね。
今まで来た冒険者の人は食事が喉を通らなかったのに」
「あたぼうよ!
オレを誰だと思ってやがる。
泣く子も黙るブレイド・サザンをへなちょこ冒険者なんざと一緒にしてもらっちゃ困るぜ」
芝居がかった言い回しで男の子に答えるブレイド。
男の子は目を輝かせてブレイドを見つめる。
「案外、子どもに優しいんですね」
「からかうんじゃねえよ。
ガキの扱いは慣れてるんだよ。
紅月団も若いやつは10歳にも満たない奴がいるからな」
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【転生しても名無し】
『流石は戦闘民族……』
【転生しても名無し】
『ここの子どもたちがソーエン人だったら安泰なのにね』
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こども、か……
「ブレイドとククリには子どもがいないのか?」
僕がそう言うとブレイドは食べていた飯をブッと噴き出し、ククリもスプーンを持った手を止めた。
「い、いねえよ! なんだいきなり!?」
「二人はいつも子作りしているだろう」
「そ、そりゃあな……」
「子どもが欲しいからじゃないのか?」
「いや、欲しいっちゃ欲しいけど……
でも、今じゃねえだろ。
今は旅に出てるしそれどころじゃないだろうが!」
「じゃあ、何故子作りをしている?
リスクが高いだろう?」
「そ、それはだな……まあ、子作りは、色々気持ちいいんだよ!
それに子どもを作らない子づくりの方法もいろいろあるんだよ!」
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【転生しても名無し】
『ホムホム、いいぞ。
もっとやれ』
【転生しても名無し】
『ブレイドの兄貴は攻められるのは慣れてないんだなw』
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子どもを作らないのに子作りをする?
「よく分からない。矛盾している」
「経験しなきゃわかんねえよ。
嬢ちゃんにでも教えてもらえ!」
水を飲んでいたメリアがゴホゴホとむせた。
「ゴホッ……な、何抜かしとんねん! ワレ!」
「おっ、久々にソーエン語出たな。
あ、そういえばお前らベルンデルタで既にヤッてたか」
「やっ……クルスさんとはそういう関係じゃありません!
適当なこと言わないでください!」
「まあ、メリア殿も素直になられれば、いつでもできますよ。
ねえ、クルス殿」
「そうなのか?」
「ちょっ……あああああ! もう!
子どもたちが聞いてますよ!!」
メリアの悲鳴にブレイドとククリはゲラゲラと笑う。
その光景が面白かったのか子どもたちも笑った。
「子どものいる前で、子作りについてのお話は禁止です!」
子作りの話題は子どもに聞かせられない。
「インプットした」
「あ、なんか久しぶりですね。それ」
「そうそう。子作りの話は今度、嬢ちゃんと二人きりで部屋にいるときにでもしてやんな」
「ブッ……っっんっ……!」
メリアが顔を真赤に染めてそっぽ向いた。
「ククク、からかいすぎたか」
ブレイドがそう言って、木のコップに口をつけたが……
険しい顔をしてコップを地面に置いた。
「……嬢ちゃん、ガキども連れて建物の中に入れ。
できるかぎり奥にだ」
ブレイドは立ち上がり、剣を構える。
「いったいどうした?」
僕の問いにブレイドは顔を引きつらせながら笑う。
「ヤバイ、シャレにならん。
マジでククリとガキ作っておいたほうが良かったかも知れねえ」
その言葉の意味を推測する。
人間が子どもを作る理由の1つに自分が死んだ後を託すというものがある。
それは即ち、ブレイドは自身の死を意識している?
僕はブレイドに倣って剣を構える。
ククリも2本のナイフを逆手に持って構える。
360度どこから攻められても対応できるよう、警戒していたが、足音は僕達の正面から近づいてきた。
「出迎えごっくろー。
キンチョーしないで楽にしていーよ」
妙に機嫌の良さそうな女の声だった。
夜空に浮かぶ満月の光と教会前に焚いた篝火の光が、声の主を照らし出す。
ソレの顔や体つきは人間の少女と変わりないが、至る所が人間とは異なっている。
桃色の長い髪に透き通るような薄い青色の肌。
側頭部には山羊のような角が生えている。
折りたたまれた羽が背中に生えており、臀部からは脚よりも太い尾が伸びている。
肩下に伸びた左右の髪と尻尾を揺らしながら悠々と僕達の元にソレは現れた。
「魔族……」
僕のつぶやきに、彼女は、
「そだねー。
見ての通り人間じゃないかな。
でもでも、コワーイとかぶっころしてやるーとか、気持ちが全面に出ないあたり、キミはなかなか筋がいいね。
もう一人の男もなかなかだねー。
怯えきっているのに、心と体を切り離して武器を構えてるのねん」
「誰が、怯えきってるんだ?
こいつは武者震いって言うもんだ。
テメエ……なにもんだ」
「うんうん。夜会にこんばんわしたからにはあいさつしなきゃね!」
そう言うと、背中の翼を広げ、羽ばたき体を宙に浮かす。
腕組みをしたまま、ふんぞり返って。
「栄光ある我が名は魔王エステリア。
魂に刻みつけるが良い。
冥府の旅路に箔が付くことであろう。
なんてね!
アハハ、キマってた?」
魔王……だと。
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【転生しても名無し】
『まさかの敵の親玉に遭遇ですとー!!
テンションはおバカギャルなんだけど全然かわいく思えないんだけど!』
【転生しても名無し】
『これ……詰んでね?』
【転生しても名無し】
『でも……ブレイドなら……なんとかしてくれる!?』
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僕の隣からフゥフゥと荒い息を整える音が聞こえた。
ブレイドの額や首筋から汗が噴き出している。
「ヤベえ……こんなのヤバすぎるだろ……
言葉にできないレベルでヤバイヤバイ」
ブレイドはうわ言のようにヤバイを繰り返す。
おそらく、ブレイドはその動物的な感覚で敵の力を測れてしまったのだろう。
そして、目の前の存在が自分より上位の存在であることを悟ってしまった。
「キミはこの国の男ではないね、隣の女も。
もう一匹は……なんかわかんなーい。
まあいいや。
ひさしぶりに人間とあえたんだしー、頑張ってアタシをもてなして!」
エステリアは掌を突き出すと何もない空間から剣を取り出した。
長さは僕の剣と同じくらいだが、鍔や柄に蛇を思わせる装飾が施されており、禍々しさを隠そうともしない。
「ふぅ……もてなせと言われても、こちとら育ちが悪いもんでね。
手荒になるが、堪能してくれっ!!」
ブレイドは地面を蹴った。
「【刃は凶器に非ず! ただ己が身の狂気を映す鏡となりて、刹那の静寂に懸る!】」
乱暴に発せられた詠唱。
瞬きする間もなくエステリアを剣の間合いに捉えたブレイドは、
「【蒼炎古流奥義――懸り刹那】!!」
僕の目には映らない神速の斬撃が放たれる。
ブレイドの刃はエステリアの首を目掛けて放たれていた。
その事を僕はエステリアの剣に受け止められたブレイドの剣を見て知る。
「うん。わるくないね。
情熱的なおもてなし、うけとったよー」
余裕、というより何事もなかったかのように喋る魔王に対し、ブレイドは、
「【刹那を結ぶ、それは世界を縮め、森羅万象を無に帰す】」
と、詠唱し、エステリアに受け止められた剣を手元に引き寄せた。
「【蒼炎古流最終奥義ーー縮森羅万象】!!」
ブレイドの剣が無数の残像を生みながらエステリアに襲いかかる。
刃の嵐の真っ只中にエステリアは放り込まれた。
しかし、けたたましい剣のぶつかる音が響き渡るだけで、負傷する様子はない。
「なかなかの使い手さんだね。
やっぱ人間という種族はとってもおもしろいよ。
羽虫にも劣るようなおバカちゃんもいれば、キミのようなデキる子もいる」
涼やかに言葉を紡ぐエステリアの尻尾が一瞬消えたかと思うと、次の瞬間ブレイドは僕の横を通り抜けて教会の壁に叩きつけられた。
「ブ……ブレイド様!」
ククリはブレイドの元に駆け寄る。
ブレイドは頭から血を流し、意識を失っていた。
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【転生しても名無し】
『詰んだ』
【転生しても名無し】
『これは……アカン。
ブレイドが一蹴されるってヤバすぎるわ!!』
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これは僕がどうにかなる相手じゃない。
僕は剣に込めた力を緩め、戦う以外の手段がないものかと思考を回転させた。