第29話 話を聞いた。アルフレッドと教会の背景について。
礼拝堂の奥の扉の先には狭い廊下があり、その廊下に面した部屋に僕達は通された。
質素な木製のテーブルと、椅子がちょうど5人分置かれている。
僕達全員が腰をかけると、男は立ったまま口を開いた。
「自己紹介がまだでしたね。
私の名前はアルフレッド。
この教会の管理役を務めています」
僕達はそれぞれ自分の名前を答える。
「まず、感謝させてください。
マルコをここまで連れてきてくれたこと。
モンスターを追い払ってくれたこと。
そして、冒険者の彼らに施しをしてくれたこと」
「お前とあのへなちょこ冒険者はどういう関係だ。
ただの依頼人にしては仲よさげだったじゃねえか」
アルフレッドはため息をつきながら、
「昔、私は冒険者をしていました。
私と話していたフィルと、先程息を引き取ったグライス、一昨日死んだキンブリーはその頃の仲間です。
彼らの名誉のために言いますが、彼らは決して腕の悪い冒険者ではありません。
一流というレベルではないにせよ、10年以上この国で冒険者として生きてきた男たちでした」
「あれで、ね。
イフェスティオは平和ですなあ。
あんな腰抜けが冒険者で10年も生きられるなんて」
「ブレイドさん。余計なこと言わないでください」
メリアの叱責にブレイドはフン、とそっぽを向く。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『メリアちゃんソーエン語じゃなくても攻撃的w』
【転生しても名無し】
『で、冒険者をしていた男がどうして牧師さんの真似事してんの?』
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僕は妖精の疑問をそのまま口にした。
アルフレッドは目を伏せて、
「少し長い話になりますが……」
「あっそ。
じゃあ、オレはイチ抜けた」
ブレイドが椅子から立ち上がる。
「ブレイドさん!」
「どーも、その男気に食わん。
善人ぶっているくせに罰を与えて欲しがっている咎人みたいな目をしてやがる。
何をやらかしたか知らねえが、心のどこか大切な部分が折れちまってるみたいだ。
神様にすがらなきゃいけないってのがよーく分かるぜ」
ブレイドは横目でアルフレッドを睨みつける。
射殺すような視線を柳のように受け流すアルフレッド。
ブレイドはチッ、と舌打ちをする。
「せいぜい長話をすればいいさ。
お人好しと朴念仁相手にな。
オレは外で獣どもと遊んでくるわ」
そう言って、ブレイドは部屋を出る。
だが、いつも付き従っているはずのククリは席を立たない。
「ククリ。いいのか?」
「機嫌の悪い時のブレイド様は近づかないに限りますから。
男女の関係に間合いは重要ですよ」
と、ククリは鼻で笑う。
「長い話でも聞かせてください。
どちらにせよ、もうすぐ夜ですし出立もできません。
お力になれることがあるかもしれませんから」
メリアがそう言うと、アルフレッドは少し口元を緩めて、椅子に腰を下ろした。
「イフェスティオは軍事大国ですが、軍事に力を入れすぎるあまり、内政がおざなりになっています。
結果、市街にはスラムが発生し、貧民や孤児が溢れかえっています。
私もそんなところで生まれ育ちました。
スラムの子どもたちは軍人になって魔王軍との戦いの駒にされるか、自らの腕だけを信じて冒険者となってその日暮らしをするしかありません。
私は後者でした。
幸い、私はある程度の才能があったらしく、早々と食うに困らない程度に稼げるようになりました。
そうなれば、人も寄ってくる。
仲間と手を組んでクエストを攻略し、得た報酬で酒と飯を喰らい、時には女性と――
まあ、冒険者らしく人生を謳歌していました」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『このオッサン、リア充自慢しようとしていたな。
女性陣に気を遣ったみたいだが』
【転生しても名無し】
『リア充死すべし。慈悲はない』
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妖精たちの沸々とした怒りを感じるも、無視だ。
「それは10年前のことでした。
私達のパーティはベルンデルタの奴隷商人を逮捕するクエストを受けました。
奴隷商人の商館を襲撃し、配下の者たちを斬り倒し、牢獄にたどり着きました。
そして、出会ったのです。
売り飛ばすために捕らえられた子どもたちに。
彼らを保護した後、私たちは奴隷商人の首領を斬り殺しました。
主がいなくなった商館にはかなりの財の蓄えがあり、私たちはギルドに報告せずに山分けにしました。
そうすると、仲間の一人……コリンズという男です。
コリンズは冒険者を引退すると宣言しました。
そして、ノウン教団の援助を受けて孤児院を設立すると言い出したのです。
ノウン教団の教えに「子は神から預かる宝物」という一説があることから各地の教会では孤児たちの保護を行っています。
コリンズは保護した子どもたちの中で行き場のない者を孤児院に招くことにしました。
私もコリンズの手伝いをすることにしました。
仲間たちは猛反対でした。特にフィルは。
せっかく冒険者として名を挙げたのにもったいない、と。
ですが、私は聞く耳を持ちませんでした。
コリンズのやろうとしていることに夢が見れたからです。
コリンズは孤児院で育つ子どもたちに教養を授けました。
文字の読み書き、算術、社会の成り立ち、これらはスラムの孤児たちが学ぶことができなかったものです。
それからノウン教の教えに沿って道徳を学ばせました。
ノウン教はこの国では異端とされていますが、基本となる教えは人間社会での友愛に基づくものです。
他者を思いやり、自分を律し、未来の子どもたちのためにより良い世界を創る。
そのような考えを身に着けた人間が世に増えれば、こんな世界も少しは良くなっていく。
コリンズと私はそんな理想に人生を賭けました。
やがて、子どもたちが12歳を過ぎる頃になると私は彼らの働き先を探しに行きました。
私が冒険者として名を挙げていた時代の繋がりと、彼らの教育がしっかりされていたこともあって、ほとんどの者が堅気の仕事につくことができました。
私とコリンズは喜んで、さらに行き場のない子どもたちを孤児院に招き入れました。
ほとんどの子どもが心に傷を持った子どもたちです。
人を信用せず、自分を大切にしようとしない。
そんな子どもたちを癒やし、救うために働くことが私にとっての生きがいとなりました」
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【◆野豚】
『この殺伐とした世界でよくこんな聖人が現れたもんだ』
【転生しても名無し】
『リア充死すべし。ベッドの上で子供や孫や教え子たちに囲まれながら老衰で安らかに死ね』
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たしかに、アルフレッドのやっていることは多くの人を救っている。
孤児たちにとってはもちろん、教養と道徳がある人間を働き手を世に排出していることは世界の力となるだろう。
「ある程度の歳になったら子どもたちは外に出ていきます。
しかし、一人だけ外の世界に出ようとせず、私達と一緒に子どもたちの世話をしてくれる子がいました。
テレーズという女の子です。
彼女は私達が奴隷商人から救った子どもの一人です。
……彼女はとても優しく、美しい子でした」
アルフレッドは遠い目をする。
「少女の頃からその片鱗を見せていましたが、成長するにつれてその美貌は隠せないものになりました。
ノウン教の伝説にある創造神ノウンに最も愛されたとされる聖女アルメリアの生まれ変わりかと思うくらいに。
今思えば彼女を外の世界に出さなかったのは正解かもしれません。
貴族の令嬢とかならまだしも後ろ盾のない美しすぎる少女が生きるには外の世界は汚すぎますから。
私は教会の仕事もしつつ、時々昔取った杵柄で冒険者の仕事も続けていました。
教会の教育の維持には金が必要で、私やコリンズの蓄えとノウン教の援助だけでは心もとなかったからです。
ある日、ゴブリンの討伐で手傷を負った私は教会に戻ってくるなり、意識を失いました。
目を覚ました時、私はベッドの上にいました。
そして、私の手を握ってくれている人がいることに気づきました。
テレーズでした。
テレーズは私が目を覚ましたことに気づくと嬉しそうに微笑んで大粒の涙を流しました。
それは私が今までに見たどんなものよりも美しかった。
自分が生まれ生きてきたのはこのテレーズの顔を見るためだったのではないかと思うくらいに。
私は……倍程も年の違う少女に、テレーズに恋をしたのです」
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【転生しても名無し】
『おいおい、雲行きが怪しくなってきたぞ』
【転生しても名無し】
『聖職者はねえ、ちょっとしたきっかけで狂っちまうから』
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妖精たちはザワツイている。
メリアは深く聞き入っているし、ククリも若干前のめりにながら聞いている。
「恋に落ちた私は、もうそれまでの私ではなくなってしまいました。
冒険者としての仕事をすることに恐怖を感じるようになりました。
死にたくない。
死んでしまえばテレーズに会えなくなってしまう。
腕や足を失うのも嫌だ。
役立たずになればテレーズに迷惑をかけて嫌われてしまう。
先程、彼が私の心が折れていると言っていたのは冒険者としての自分を死なせてしまったからでしょう。
私は、教会の仕事に専念することにしました」
「先程、アルフレッドさんは教会の管理人と言っていましたね。
そうなったのはその時から?」
「いえ……コリンズが孤児院を開こうと言い出した最初の時から私が対外的なことをこなしています。
コリンズはあまり、堅苦しいことを好む人間ではなかったので。
話を戻しましょう。
私が教会の仕事に専念するようになって、テレーズと過ごす時間が増えました。
朝は日が出る前に起きて、みんなの食事を一緒に作りました。
昼は子どもたちの教え手や遊び相手になりました。
夜、子どもたちが寝静まった後、温かい紅茶を入れて談笑しました。
話題は他愛のないものでしたが、テレーズはいつも笑っていて……
子どもたちの成長を見守ることとは全く別の、甘い喜びを知りました。
……コリンズとテレーズと私。
3人でこの場所で子どもたちを育て続けていくこと以上に私の望むものはありませんでした。
本当に、それだけで、よかったのです……」
アルフレッドの声が震えた。
彼は頬をフルフルと揺らしている。
「ちょうど1年前、コリンズが……死にました。
一人で買い出しに向かっている途中、モンスターに襲われて」
「っ……!」
メリアが息をつまらせた。
アルフレッドはそんなメリアの様子は目に入らないようで、声に熱がこもる。
「私は絶望しました……
コリンズはこの教会の柱でした。
対外的には私が管理人をしていましたが、私自身は学もなければ頭も回らない愚鈍な男ですから。
コリンズを失ったことで教会の維持ができなくなるかもしれない。
そうなれば、私が憧れたコリンズの理想、私の恋したテレーズとの暮らし、その両方を失ってしまう。
私は不安にかられ、一時は酒に溺れました。
ですが、そんな私を救ったのはテレーズでした。
酒に溺れていく私を見るに見かねて、彼女は私の頬を張りました。
そして私の頭を抱いて、言ったのです。
『私があなたの大事にしているもの、全てを守ってあげる。
あなたが私達を守ってくれたように。
いつかあなたが私を助けてくれたように』と。
もはや少女だったテレーズはいませんでした。
その包容力と力強さに私は見たことのない母の姿を重ねました。
情けない話です。
私は結局一人では立ち上がることすらできなかったのですから」
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【転生しても名無し】
『拾ってきた奴隷少女がバブみマックスな件』
【転生しても名無し】
『↑余計な茶々入れんな。ROMってろ』
【転生しても名無し】
『なーんか、ブレイドがこの人嫌ったの分かる気するわ。
人間としてのタイプが間逆だもん。
良くも悪くも』
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たしかに。
アルフレッドは理想を追い、恋をして、生きがいを見つけているはずなのに、どこか冷めている。
自分を軽蔑して欲しい、とすら思っているんじゃないかと感じるくらいに。
そのアンバランスさに違和感を覚えてしまう。
ブレイドはその違和感に対して怒りを覚えてしまうだろう。
アルフレッドは自嘲気味に笑う。
「みっともなく、姑息な欲にまみれた男でしょう。
私のような男の身の上話なんてそんなものですよ。
勇者のような英雄譚もアウトローのような武勇伝もない、そんな男です」
「いえ……もがき苦しみながらもアルフレッドさんが頑張って生きていることは伝わりました。
たしかにカッコイイ話だけではないですけれど、それでも貴方のやってきたことは善だと思います」
メリアの言葉にアルフレッドは頭を下げた。
僕はそのやりとりを壊すように、
「で、背景は分かったが、いったい今、ここで何が起きているんだ?」
と言った。
アルフレッドは苦笑した。
「すみません。
あなた方が話しやすい雰囲気を纏っているのでお喋りになってしまいました。
ノウン教団の人間だと知っていながら、偏りなく私を見てくださったので……」
アルフレッドは肩をすくめる。
「一ヶ月ほど前から、この教会をモンスターが襲ってくるようになりました。
野良モンスターばかりですが、こんなことは今まで起こりませんでした。
最初のうちは私が撃退していましたが、段々数も増え、強力なモンスターも混じるようになり、冒険者ギルドに応援を要請することにしました。
依頼料は安くはありませんでしたが、これで平穏な生活が戻ってくるのならと」
アルフレッドはため息をつく。
「ですが、私の期待も虚しく、モンスターの襲撃も日増しに激しくなっていきました。
駆け出しや下流の冒険者では手に負えませんでした。
そこで昔袂を分かった仲間に頼み込んで、警護をしてもらうことになったのですが……」
「それがさっき出ていった冒険者たちか」
アルフレッドはこくりと頷いた。
「突如、野良モンスターが集まってくるという現象は少なからずあります。
土地の霊脈に変動があって魔力に吸い寄せられてきたり、魔族が魔王軍のアジトを作ろうとけしかけてみたり。
どちらであっても、もうこの場所に留まるのはおすすめしません。
荷物をまとめて明日にでもここを旅立ちませんか?
私達が護衛します……してくれますよね?」
メリアが僕とククリを見る。
僕はすぐに頷く。
ククリは、
「ブレイド様も気乗りはしなくとも反対はしないでしょう。
あれでいてお優しいお方です」
と言った。
だが、アルフレッドは首を振った。
「ありがたい申し出ですが、それはできません。
先程、フィルにも言われてしまいましたが、ここの子どもたちは私達の庇護の元で育ちました。
ちゃんとした生活ができる環境であれば、どこに出しても恥ずかしくない優秀な子どもたちですが、身寄りもなく裏路地で生きていくことができるような子どもたちではないですし、私がそれを認められません」
「何を言っているんですか!
あなたが子どもたちを守ればいいじゃないですか!
ノウン教徒といっても、改宗さえすれば、市民権をもらえます。
まして、あなたにはそれなりの蓄えもあります。
街で商売でもはじめて、みんなで生きていけば」
「今は……この場所を離れることができません」
アルフレッドは「ついてきてください」と言って立ち上がる。
先程の廊下に戻り、さらに建物の奥に進み、炊事場にたどり着いた。
おもむろに中身のない水瓶を摺り動かし、下に敷いてあった木板を除ける。
すると、地下に続く階段が現れた。
「万が一の時の避難場所です」
そう言ってアルフレッドは階段を降りる。
僕も彼に続こうと階段を踏んだ時、魔力感知が急激な反応示した。
特に魔術が発動しているわけではないのに、凄まじいまでの魔力が漏洩している。
いったい、この下でなにが起こっているんだ?
階段はすぐに終わりを告げ、オレンジ色の蝋燭の明かりが小部屋を照らしている。
「私が、ここを離れられない理由です」
その部屋にはベッドがあり、一人の女性が横になっている。
長い銀色の髪、透けるような白い肌、気圧されるほどに形の整った顔立ちをした女性だ。
人間の美醜について僕は疎いと思うが、それでも美しいと分かる。
メリアは顔をほんのり赤らめ、口を開けて「わぁ」と声を漏らしているし、ククリも「本当に人?」と戸惑い気味だ。
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【転生しても名無し】
『なんじゃこの超絶美人は……』
【転生しても名無し】
『ゴメン、メリア、ククリ。
君たちはバックミラーの彼方に消えてしまったよ』
【◆与作】
『俺はメリアちゃんのほうが好みだけど……
でも、この人……形容し難いレベルの美人だ。
美容整形外科にこの人のスクショ持っていったら、革命が起きそう』
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妖精たちもはしゃぐというよりも呆気にとられている。
だが、妖精の一人は――
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【◆バース】
『お前らなあ……気持ちは分からんでもないけどもっと驚く所あるやろ。
この美人さん、妊婦やんけ!
しかもどう見ても臨月超えとる!!』
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その女性の腹ははちきれんばかりに大きく膨らんでいた。
僕はアルフレッドを見る。
彼は無表情のまま口を開く。
「私の……妻のテレーズです。
彼女は見ての通り、妊娠しています」