第28話 街道を行く。森の中の傷だらけの人々。
イフェスティオの名の由来は帝都イグニストの背にそびえるイフェスティオ山であり、この山は火の神の宿る山と呼ばれ信仰の対象でもあった。
ちょうど1000年前、初代皇帝ユスティエルがこの地に国家を樹立させ、その後17人の皇帝がおよそ300年かけて領土を拡大し、現在のイフェスティオ帝国の基礎を作ったとされている。
イフェスティオの領土は広大だ。
ハルモニアの2割を占める領土面積の多くは平原であり、都市間の街道は1000年の歳月の中で万全に整備されている。
この街道による高速且つ大量の人員・物資輸送はイフェスティオをハルモニア最強の軍事国家足らしめている要因の1つである。
その街道を僕達は馬で進んでいる。
馬は二頭あり、僕とメリア、ブレイドとククリに分かれて乗っている。
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【転生しても名無し】
『ちょっとしたツーリング気分だな』
【転生しても名無し】
『ホムホムもコツを掴んできたみたいだし』
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おかげさまで。
ベルンデルタの街でこの馬を調達した僕達だったが、ブレイド以外乗馬の経験がなかったため、僕が妖精のアドバイスを聞きながら必死で習得したのだ。
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【◆ライダー28号】
『お爺ちゃんは言っていた。
馬はね、乗るもんじゃないんだよ。
乗せてもらうもんなんだよ、ってね』
【転生しても名無し】
『フゥーハッハー!
うちのコテハンは有能だぜー!』
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「なあ、嬢ちゃん! あと、どれくらいで帝都には着くんだっけ?」
「1週間もあれば……何事も起こらなければですけど」
「内陸部の魔王軍は大抵駆逐しきっているんだろ?
たしか、イストリゲーム将軍とかが――」
「イスカンダル・アムド・カルハリアス大将閣下です!
おっしゃるとおり、閣下は各地を転戦しておられ、魔王軍の勢力を撃退してはいますが、アイゼンブルグ陥落による西側からの侵攻や魔王軍に属さない野良のモンスターの襲撃が無いとは限りません。
私がイフェスティオを離れて半年以上になりますから、情勢が変わっているかもしれませんけど」
ブレイドとメリアはイフェスティオ語で会話をしている。
幸いなことに4人共イフェスティオ語は流暢に扱える。
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【転生しても名無し】
『メリアちゃんのヤンキー口調が聞けなくなってちょっとさみしい』
【転生しても名無し】
『また、ソーエンに連れて行こうぜ。
温泉旅行とかで』
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温泉か……
「メリア、イフェスティオに温泉はあるのか?」
「え……ええ。
イグニストの近辺にはイフェスティオ山の熱でできた天然温泉が多数あります。
殆どは王族や貴族の所有ですけど……でも、クルスさんが入りたいなら入れるところを案内します」
「よろしく頼む」
温泉か……楽しみだ。
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【◆江口男爵】
『温泉か……楽しみだ。』
【転生しても名無し】
『同じ言葉を言っているはずなのに全然違って聞こえる!?
不思議!!』
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「なんだか、クルスさん変わりましたね。
柔らかくなったというか」
「そうか。
おそらく周りの影響を受けているのだろう」
一緒に旅をしたメリア、バルザック、ブレイドにククリはもちろん、頭のなかで四六時中雑談している妖精たちの影響を。
今後、自分がどのように変わってしまうのか、不安でもあり、楽しみでもある。
「ん……?」
ブレイドが声を上げる。
「なあ嬢ちゃん。
この近くに街や集落はあるのか?」
「いえ……一番近い街がベルンデルタで次の町は馬で2日は進まないと」
「なるほど……
何事も起こらないというのは、早速期待できなくなっちまったかな」
ブレイドの言葉を受けて、僕は街道の先を見る。
300メートル程先の街道の傍らにうずくまっている人影……子どもが見えた。
「イフェスティオの子どもはいきなり抜刀して襲い掛かってきたりはしないのかい」
「ソーエンと一緒にしないでください」
ブレイドの軽口とメリアの不満げな声を受けながら、僕は馬を急がせる。
子どものもとにたどり着くと、彼は虚ろな目で馬上の僕達を見つめた。
こめかみに真新しい傷があり、そこから血が流れている。
メリアは馬から降りて、
「ぼうや、どう――」
「助けて……パパやママたちが……」
メリアの声を遮るような形で子どもはそう言った。
「……パパとママはどこにいるの?」
「あっちの森の中の……教会」
指を指しながらそう言い残すと、子どもは崩れ落ちるように意識を失った。
メリアは慌てて子どもを抱き起こす。
「大丈夫、気絶しているだけみたいです。
それにしても……教会ですか」
メリアは苦々しい顔をする。
「教会がどうかしたのか?」
僕の問いに対して、メリアは子どもを抱え上げて、
「移動しながら話します。
クルスさん、この子を乗せてあげてください」
と言った。
僕達は街道を離れ、子どもが指していた方角に向かう。
森の中を馬が駆ける。
街道はなく、人や獣の足で馴らされた道が続く。
「イフェスティオで『教会』を意味するのは基本的にノウン教団の集会所を意味します。
ノウン教団は新ハルモニアを成立させる上で他国同士を繋ぐ役割を果たした宗教ですけど、我が国では異教とされ、迫害されています。
大昔みたいに異端狩りのようなことは行わなくなりましたけど、街に住むことが禁じられています。
おそらくこの子はノウン信徒の子どもでしょう」
「世界最強のイフェスティオの庇護も異教徒は対象外ですか。
世知辛いですね」
ククリは皮肉気味にそう言う。
「否定はできませんね……
軍事力に傾倒している分、内政に関してはおざなりな部分が多いのも確かです。
ですが、その現状を変えようとしている人もいるんですよ」
メリアは気絶している子どもを抱きかかえ、頭を撫でている。
僕は正面に向き直り、魔力感知に集中した。
すると、僅かにだが反応があった。
「魔力を感知した。
戦闘が行われているかもしれない」
「よっしゃ。ククリ、嬢ちゃんとガキのお守りをよろしく」
「お任せくださいませ」
僕とブレイドは揃って、剣を鞘から抜いた。
左右に生い茂っていた木々が途切れ、拓けた場所に出た。
そこには古びた教会が建っており、その周りで5匹の大型の狼型モンスターが2人の冒険者と戦っている。
冒険者たちは鎧に身を包んでいるが至る所が破壊されており、体は血だらけになっている。
「行くぜ! クルス!」
「ああ」
僕とブレイドは馬から飛び降り、狼のもとに向かって駆ける。
狼達は僕達に気づき、背後を取られないように僕らを中心にして周囲を駆け回る。
「ほう。なかなか賢いじゃねえか。
魔王軍の骨野郎どもよりは頭が詰まっている」
狼が二匹、左右から挟み込むようにしてブレイドに襲いかかった。
が、ブレイドは難なく二匹を一太刀のもとに切り伏せる。
僕の方も同様に襲われたが、
「【ライトスティンガー】!」
左側から向かってきた狼を左手で串刺しにし、そのまま右側から迫ってきた狼の攻撃の盾にする。
攻撃を受け止められ体勢を崩した狼を剣で切り裂いた。
これで4匹。残り一匹は――
ヒヒィン、と甲高い馬の嘶きが聞こえた。
振り返るとメリアの乗っていた馬の首に狼が食らいついている。
「クッ! この!」
メリアは子どもを抱きかかえながら、片方の手でナイフを振るうが当たらない。
そこにククリが飛びかかり、両手のナイフを交差させるようにして狼の首を切り落とした。
メリアは馬から飛び降り、というより転がり落ちた。
僕とブレイドはメリアのもとに駆け寄った。
「大丈夫か」
「ええ……なんとか……」
僕がホッと胸をなでおろしたのも束の間、
「あああああ〜〜〜〜〜!! 待てやウマ公!!」
首を噛まれていた馬はパニックを起こし、森の奥へと逃げ去っていった。
「ああ〜〜……ククリィ!
メリアとガキとは言ったが、馬も守れよ!」
「申し訳ありません。
思いの外、敵の動きが俊敏でした」
「確かになあ。
実際、ボロボロの方々もいらっしゃるみたいだし」
教会を守護するように戦っていた冒険者たちは剣を地面に突き刺し、へたり込んでいる。
僕は彼らのもとに行き、声をかける。
「大丈夫か。
何があった?」
すると、彼は……
「大丈夫なわけねえだろ!!
どうなってるんだ? この教会は!
簡単な守衛任務だって聞いていたら朝から晩までひっきりなしにモンスターが襲ってくるし!
うちのメンバーが一人死んで二人は腕を持っていかれた!!」
怒りと恐怖に震えている。
もう一人の冒険者はそんな彼を諌める。
「やめろ……俺達の腕が足りなかったんだ。
アンタら、代わりの守衛かい?」
「いや、通りすがりだ」
「そっか……後味は悪いが、仕方ない。
俺達は手を引く。
気が向いたら、ここを守ってやってくれ。
金ならここの人間がそこそこ蓄えているみたいだからな」
そういって、仲間に肩を貸し、教会の中に入っていく。
「オススメはできねえがな!!」
肩を貸されている方の男が怒鳴るように言った。
「情けねえ。あれじゃソーエンのガキのほうがよっぽど骨があるぜ」
ブレイドは吐き捨てるように言う。
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【転生しても名無し】
『そりゃあ戦闘民族ですしおすし』
【転生しても名無し】
『仲間が殺されたり、腕をもがれたりすれば戦意もなくなるよ、普通』
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「あの、とりあえずこの子を中に入れてあげませんか」
僕は頷き、教会の扉に向かった。
教会の扉を開けると、約20メートル四方の広間があった。
中央には5メートルくらいの大きさの八枚の羽を生やした人間の石像が立っている。
男なのか女なのかよく分からない柔和な体つきをしていて、顔には目鼻口が無い。
「これはおそらくノウン教団の崇拝している創造神ノウンの聖像ですね。
詳しくは知りませんが、世界を作った神とされているそうです」
「ふーん。しかし殺風景だな。
ソーエンにも神を祀る建物はあるが、もっとゴチャゴチャ装飾品が置かれていたぞ」
ブレイドは鞘に収めた剣を両肩に担いでぼやく。
「ノウン教団は清貧を美徳としていますので」
広い空間に声が反響する。
声の主は広間の反対側の扉の前に立っていた。
亜麻色の髪をしたガッチリした体格の中年の男だ。
口周りに髭を蓄え、貫禄を装っているが目に覇気はない。
その後ろには10歳くらいの子どもが3人、男に付き従うかのように並んでいる。
「マルコ!」
男の後ろにいた少女が子どもを抱いているメリアのもとに駆け寄ってくる。
「怪我はしているけど、大丈夫。
疲れて眠っているだけだから。
どこか寝かせてあげられる場所はある?」
と、やさしく話しかけるが、少女はメリアから子どもをひったくるようにして取りあげ、男の後ろに隠れる。
「コラ。失礼でしょう。
申し訳ありません。
恩人に対して非礼な振る舞いを」
「かまわない。
それよりもここはどうなっている。
先程、冒険者の男たちが――」
僕が問いかけようとした、その時、男の後ろの扉が開かれて、先程の冒険者たちが出てくる。
「どけっ! どけっ!
もうこんなところにいられるか!
異教のクソガキどもが!」
肩に仲間を担いだ冒険者が子どもたちを蹴散らすように進む。
担がれた仲間は両腕の肘から先がなくなっている。
続いて先程、僕と話していた冒険者が沈痛な面持ちで扉から出てくる。
その冒険者は男の方を向き、
「グライスもさっき死んだよ。
すまないが、弔ってやってくれ。
アイツは神様にこだわりはないみたいだったからさ」
「わかった……
すまないが、子どもたちを連れて行ってはくれないか」
男の頼みに冒険者はうつむく。
「無理だ……俺達だけでも街にたどり着けるか分からないのに。
仮にたどり着けたとしても、世話してやれる余力はない。
街の裏路地で汚れた獣のように暮らすには、ここの子どもたちは清潔過ぎる」
「……無理を言ったな。忘れてくれ」
冒険者の目から涙が溢れる。
「忘れて欲しいのはオレの方だ……!
昔の仲間の願いも叶えてやれず……見殺しにするんだからな。
こんなことになるって知っていれば、お前の勝手を許すべきじゃなかった!」
冒険者は早足で僕らの横を通り抜け、扉をくぐろうとする。
「待ちなさい」
ククリは冒険者を呼び止めた。
そして自らの荷物を投げて渡す。
「外に馬があります。
使いなさい。
けが人と荷物を載せるくらいの役には立つでしょう」
男は深々と頭を下げて、逃げるように外に走っていった。
ブレイドはククリを睨んで、
「おい、ククリ」
「余計なことをするな、と仰るでしょうが私が渡さなければ、たっぷり糧食や薬の詰まった荷物を献上しそうな方がいましたので」
ククリが顎でメリアを指す。
メリアはリュックを肩からはずして両手に抱えている。
ブレイドは頭をかきながら、
「これだからお嬢様は」
と吐き捨てるようにいった。