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第26話 緊急事態発生。僕は宙を仰ぐ。

 海の中に入ると、10メートルほど下のところでブレイドが剣を振るっているのが見えた。

 水中だからか、普段の剣速は見る影もない。

 踏ん張る足場がないのも悪条件だ。

 一方、ブレイドを海に引きずり込んだ犯人は悠々と海の中を動き回っている。


 魚人族サハギン

 水棲の魔物で人間と同じような四肢があり、大きさも人間と同程度。

 全身は魚のような鱗で覆われており、刃物のようなヒレが腕や頭や背中についており、首の後には水中での呼吸を可能とするエラが付いている。

 魚人族サハギンはブレイドの攻撃を難なくかわし、逆に腕のヒレで斬りつける。

 ブレイドはもがくようにして攻撃をかわそうとしているがかわしきれず、足や胸から出血し始めている。

 しかも、呼吸が苦しくなっていると思われる。

 水面に上がろうとするが、その都度魚人族サハギンに海の深くに引きずり戻されている。

 このままではいかにブレイドが超人的な戦闘力を誇っていても、分が悪すぎる。


 僕は足をバタつかせ更に深く潜る。


 ブレイドに襲いかかる魚人族サハギンの頭を目掛けて剣を振るが、水の抵抗が大きくまともに斬撃が出来ない。

 攻撃は察知されあっさりと魚人族サハギンの鋭い爪で受け止められる。

 魚人族サハギンは真っ赤な大きな目をギラつかせ細かい牙がたくさん生えた大きな口を広げ、笑った。


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『こえええええええええ!!』


【転生しても名無し】

『早くぶっ殺して!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 言われなくても!

 僕は剣に込めた力を強める。

 すると剣は応えるように紫色の光を放ち、魚人族サハギンの爪を切り落とした。


 魚人族サハギンは驚いたように僕達から距離を取る。

 その隙に僕とブレイドは全速力で浮上する。

 だが、体勢を立て直して魚人族サハギンは再び迫ってくる。

 僕よりもブレイドのほうが状態はマズイ。

 普段の余裕は消え失せ、鬼気迫る表情で水面を目指している。

 ここは僕が抑えるしか無い!


 僕は浮上するのをやめ、剣を体に密着させるように小さく構える。

 魚人族サハギンはヒレを使って僕の体を切りつけてくる。

 カウンターを狙って小さく剣を振るがすんでのところで避けられてしまう。

 だんだん、僕の思考回路にもモヤがかかりはじめる。

 体内の酸素濃度が低下していることを知らせる危険信号だ。

 水中でコイツを仕留めることは不可能。

 なんとか浮上しないと――


 と、考えた瞬間、魚人族サハギンは背後から僕の肩に噛み付いた。


「グギャギャギャギャ!!」


 鳴き声を上げながら僕の肩をむしり取るように齧る。

 人間ならば激痛と恐怖でパニックに陥るだろうが、僕は人間じゃない。

 剣を逆手に持ち直し、自分の腹部に突き刺した。

 剣は僕の背中を抜け、背後にいる魚人族サハギンの腹部に突き刺さる。


「ギャアアアアア!」


 魚人族サハギンは僕に齧りついていた口を離す。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【XXX】

『m9(^Д^)プギャー』

【◆マリオ】

『シンクロすんな』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 剣の刃に魔力が発生する。

 僕にもダメージは有るが、敵の方が効いているらしく逃げるように僕の背中から離れる。

 すぐに僕は腹部から剣を抜き、水面に向かって浮上する。

 なるべくダメージの少なそうな箇所を狙って刃を通したつもりだったが、相当の負傷だ。

 バタつかせる足の感覚がほとんどない。

 だというのに魚人族サハギンは怒りをあらわにして僕に再度迫ってくる。

 付き合いきれない、と思って剣を振るい、手を滑らせた。

 剣は手を離れ、沈んでいく。

 すると、魚人族サハギンが剣の柄を掴んだ。


「グギャーーーギャガギャギャ!!」


 敵の得物を奪い取り、嬉しそうに大口を開けて笑っているが、



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆助兵衛】

『上手くかかってくれたな』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 海に潜る直前、助兵衛は以下のような言葉を発した。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆助兵衛】

『海の中では有効な攻撃手段は取れない。

 ブレイドを救出したら早々に上がってきたほうがいい。

 もし、それすら出来ないくらいヤバイ時は……』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ()()()()()()()()()()を握らせてやれ。か。


 本当に助兵衛は悪知恵が働く。

 今回の戦い、助兵衛とマリオがいなければ危なかったな。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆助兵衛】

『軍師だからな』



【XXX】

『m9(^Д^)プギャー』※剣を手放しているのにノイズが出るのはおかしいのでは

【◆マリオ】

『o(´ェ`O☆パンチ!! 』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 先程まで笑っていた魚人族サハギンはピタリ、と動きを止めた。


「ギィィィィィイイイイイ!!」


 恐慌状態に陥った魚人族サハギンはもがき苦しみ出し、剣を手放して沈んでいく。


 僕はあらかじめ剣に取り付けておいた魔術繊維の糸を手繰り寄せて、剣を取り戻した。

 封印の糸を巻きつけるまで柄には触れられないが、それは無事この場を乗り切った後の話だ。

 必死で足をバタつかせて、僕はようやく水面にたどり着いた。

 頭を水面の上に出すと同時に空気を思い切り吸い込んだ。

 機能が復旧していくのを感じる。


「クルスさーーん! 受け取ってください!」


 船上のメリアがロープの付いた浮き輪を投げてよこした。

 すぐ手前に落ちた浮き輪を掴もうと、手を伸ばした瞬間。


「グギャアアアアアアアアアア!!」


 水上に飛び出した魚人族サハギンが僕の上半身に覆いかぶさってきた。


「グギャギャギャガギャガヤ!!」


 目をギラつかせ、僕の頭にその牙を突き立てようと大口を開けた。


「バカが。ノコノコお天道さんの下に出てくるんじゃねえよ」


 低く、ゾッとするような殺気が込められた声が聞こえたかと思うと、バンッという音がして魚人族サハギンの体が打ち上げられた。

 掴まれていた僕の体もろともに。

 水面から5メートルくらいまで打ち上げられた僕は魚人族サハギン越しに浮き輪の上に立っているブレイドを見た。

 ブレイドは剣の鞘を振り上げている。

 おそらく、アレで僕と魚人族サハギンをすくい上げるようにして打ち上げたのだろう。

 ブレイドの目は焼き尽くさんばかりの怒りに燃えていた。


「【千の斬撃、万の刺突喰らわせようともまだ足りず、我が怒りに灼かれて燃えよ剣】――蒼炎新古流奥義【がら那由多なゆた】」


 ブレイドの剣が恐ろしい速さで数え切れない斬撃を放つ。

 刃が風を切る音と体を切り裂く音が幾重にも重なり、形容し難い爆音となって響く。

 僕には体の残像が見えるだけでその刃を見ることは出来ない。

 ただ、魚人族サハギンの体が破片となって海に落ちるのを見つめていた。


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『野鳥の会の人〜数えられた?』


【転生しても名無し】

『……動体視力は人並みなんです』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△





「船の端にはなるべく近づくな!

 あと二人以上の組を作って哨戒しろ!

 船が港につくまで油断するんじゃねえぞ」


 バルザックの声が甲板に響く。


「耳が痛いわ」


 ブレイドが苦笑する。

 僕とブレイドはタオルを頭にかぶってマストの下に座り込んでいる。


「さっきはありがとうな。

 お前が来なきゃやられてた」

「それはお互い様だ。

 僕のほうがあなたに助けられている回数が多い」

「それもそうか」


 ククっ、とブレイドは笑う。

 僕は剣の柄に触れないように封印を施す。

 5本全てを巻き終え、柄を握り素振りをする。

 魔力の通わない普通の剣に戻った。


「その剣、フローシアのババアにもらったって言ってたな」

「預かっただけだ」

「どっちでもいいよ。

 お前はそれを託してもらえたんだなあ。

 俺が持ち出そうとした時はぶん殴られたけど」

「それはこの剣が危険なものだったからだろう」

「昔の男の忘れ物って言ってたなあ。

 あのババアの男なんて、ぜったいロクでもないヤツに違いねえが」


 遠い目で空をみあげているブレイド。


「何故、フローシアと知り合うことになったんだ」

「成り行きって奴かな。

 武者修行のつもりでサンタモニアに旅に出てた頃、偶然森で出会ってしばらく一緒に暮らしていた。

 12歳くらいのときだな。

 魔術のこととか、世の中の事とかいろいろ教えてもらったもんさ。

 ホムンクルスのこともその時にな」

「そのついでにあの魔法少女とかいう物語を書いてもらうよう頼んでいたのか」

「そうそう。アレで案外多趣味なババアだからな。

 オレが家に風呂を作ったのも、影響受けてるのかも知れねえな」


 ここにいない共通の人間のことを話題にしていることは楽しい。

 僕とブレイドが同じものを見てきたということだ。

 これもまた僕が生きていることの証となるだろう。



 それから数日後、イフェスティオ帝国の陸地が見え、しばらく海岸沿いに進みベルンデルタにたどり着いた。


 ベルンデルタの港に船を停泊させ、僕達は陸地に降りた。

 サザンファミリーの傘下だという男達が僕達の宿を手配してくれた。

 宿に荷物を置いたらすぐにバルザックが現れ、宴会をするから来い、と呼び出され酒場に向かった。


 酒場を貸し切りにして大宴会が行われた。

 僕とメリアはひっそりと隅の方で食事を取っているが、バルザックや船員たちはこれまでの鬱憤を晴らすがごとく、大いにはしゃぎ回っている。

 酒樽に顔を突っ込んで飲み比べたり、娼婦と思われる女を侍らせて顔を緩ませたり、やりたい放題だ。

 誰もが笑って過ごしている。

 だけど、メリアは沈痛な面持ちだ。


「長い間乗っていた船から降りると陸酔いをするらしいが、大丈夫か」

「はい。それはもう収まりましたから」


 なのに、ほとんど食事にも手を付けず、表情も暗い。


「ククリの傷なら治癒術師に診せたらすぐ治った。

 気にすることはない」

「ええ……本当に良かったです。

 それは良かったんですけど……」


 メリアは大騒ぎをしている皆を見て呟く。


「5人も死んじゃったんですよ。

 本当ならあの席で他の方々と同じように飲んで騒いでしているはずの人が。

 私の旅に付き合わせてしまったために……」


 メリアは自分が原因で船員たちが死んだと考えて、悔やんでいるのか。


「メリアのせいじゃない。

 戦場の生死は個人の能力、敵方の能力、環境、時間、運、いろんなものが重なった結果だ」

「でも、私がいなければ戦場に出ることすらなかったじゃないですか」

「それも、彼ら自身が決めたことだ。

 海賊稼業は危険で悪徳なこともする。

 その見返りとしてこのような宴会みたいなものがある」

「命をかけるほどの見返りとは思いません。

 それに死にたいと思っていない人が死んだという事実は変わりません」


 メリアは頑なだ。

 僕はメリアほど失われた命に執着できない。

 失われた命は取り戻せないから、そのことについて考えようとは思えない。

 これは僕がホムンクルスだからなのだろうか。


「死にたいと思っていなかったのは確かだ。

 だが、生き方を選べるほど誰もが恵まれているわけじゃない」


 僕と一緒にアイゼンブルグを攻めたホムンクルスはおそらく全滅している。

 僕達には生き方さえ与えられていなかった。

 それは恵まれていないことだったのだろう。


「二人してなに辛気くせえ顔してんだ?

 いっそ、宿でしっぽりやってきたらどうだ?

 陸地のフカフカのベッドでなら、甘い夢も見れるんじゃねえか?」


 ブレイドは顔を赤らめながらククリの肩に寄りかかりながら僕らのもとにやってきた。


「メリア殿、果実酒です。

 屋敷ではお気に召していたと聞いていますよ」


 ククリは果実酒の入ったグラスをメリアの手元に置く。


「メリア殿はお優しいから、思われることがあるのかもしれません。

 ですが、背負って生きていくにしても人間は前を向いて行かなくてはなりません。

 お酒はそんな人を慰めるために飲むものでもあるんですよ」


 ククリはメリアの肩に手をやる。

 ブレイドは僕のグラスに酒を注ぐ。


「ま、明日の昼には旅立つか。

 ここから帝都まではまだちょいと距離があるし。

 とりあえず、今日は飲もうぜ!」


 ブレイドは自分のグラスを僕達のグラスに打ち付けて酒をあおる。

 釣られるように僕とメリアもグラスに口をつけた。



 夜になって、僕とメリアは宿の部屋に戻ってきた。

 石造りの頑強な建物で、内装も豪華と言うわけではないが清潔でしっかりとした作りをしている。

 アマルチアで泊まった宿よりはランクが高いと思われる。


 僕はベッドの上に腰掛ける。

 風呂があればいいな、なんて贅沢なことを思いつくがあきらめる。

 メリアはふわふわと漂うように歩き、僕の正面に立った、


「酔っているのか?

 水をもらってこようか?」


 と、僕が立ち上がろうとした瞬間だった。

 メリアは僕の胸に飛び込んできて、背中に手を回したままベッドに押し倒した。


「クルスさん……」


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ファッ!!』


【転生しても名無し】

『パンツ吹っ飛んだ』


【転生しても名無し】

『おいホムホムそこ代われ』


【転生しても名無し】

『何が起こってるんです!?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 僕が聞きたい。


「クルスさん……」


 酒に酔った温かい息が首元にかかる。

 それは心地よく、甘く、だけど何かが後ろめたくて、僕はじっと天井を見つめてしまう。

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