第25話 船は炎上すると予測。戦闘決着を急ぐ。
ファイアボールの威力は閃光石よりはるかに強い。
こんなものを何発も食らったらバルザックの船はひとたまりもない。
僕は急いで走り、船を背にしないような位置取りをしてオークメイジと対峙する。
距離は10メートル弱。
オークメイジは杖の先に魔力を集中させて振るった。
発動したのは拡散型炎系射出攻撃魔術【ファイアニードル】。
円錐状の形をした炎の魔術の塊が何十個も出現して僕にめがけて飛んでくる。
僕は床を這うくらい身を低くし、顔の前を【ライトスティンガー】を発動させた左手で庇いながら突っ込む。
何発かが体を掠めるが、魔術繊維で編まれた服を燃やすには至らない。
間合いに入った瞬間、剣を突き出した。
剣がオークメイジの胸を貫く。
続いて剣を握る手に力をこめ、オークメイジの頭を下から叩き切った。
悲鳴を上げる間もなくオークメイジは絶命した。
周りを見渡す。
すでにこの船の甲板上に敵はいない。
残っていたスケルトンはもう片方の魔王軍の船に乗り移っている。
ならば、そちら側も叩くだけだ。
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【◆助兵衛】
『バカ! 視野が狭くなっているぞ!』
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助兵衛の言葉にハッとして、改めてもう一つの敵船を見る。
すると甲板上には4体のオークメイジが横一列に並んでいる。
奴らは杖に魔力を集中させ、一斉に【ファイアニードル】を放ってきた。
狙いは僕だ。
横っ飛びで避けようとするが、【ファイアニードル】の一斉発射の攻撃範囲は広く、炎の楔が何発も僕の体に突き刺さる。
致命傷は避けられたが、かなりのダメージだ。
しかも外れた【ファイアニードル】は床の木板やマストに突き刺さり、甲板上を炎上させる。
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【転生しても名無し】
『ホムホムもろとも船を沈めるつもりだ!』
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ダメージで重くなった体を奮い立たせて、オークメイジの魔術攻撃から逃れようとするが……
バルザックの船が視界に入って、足を進めるのを止めた。
僕がバルザックの船に乗り移れば、次の標的はあちらの船になる。
オークメイジとバルザックの船との距離は間に僕のいる船を挟んで約20メートル。
先程の魔術攻撃を見る限り、射程範囲内だろう。
ならば、ここは。
僕は助走をつけて、敵船に向かって跳躍する。
甲板に着地した僕は即座にスケルトンに囲まれた。
これでいい、スケルトンが僕の防御壁になってくれる。
その間に魔術回路をフル稼働させてオークメイジたちに最大の魔術攻撃を――
僕の目の前にいるスケルトンを突き抜けて【ファイアニードル】が飛んできた。
スケルトンは火だるまになるが、僕の肩にも炎の楔が打ち込まれた。
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【転生しても名無し】
『今度は味方もろともかよ!』
【転生しても名無し】
『ヤバイ! ほむほむ! 逃げろおおおおお!』
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逃げるってどこにだ。
周囲は完全に囲まれている。
その上、隣の船の火の勢いは更に増している。
マストに燃え広がった炎が、甲板全体に炎の雨を降らせ、炎上範囲を広げている。
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【◆まっつん】
『あきらめんなよ!
頑張れ頑張れ!
頑張っていればなんとかできる!!』
【◆助兵衛】
『もはや戦略は意味を持たん。
ただ、全力で生き延びろ。
そこに活路がある』
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まっつんと助兵衛が同じことを言っている。
これは打つ手なしか……
僕は剣を振るって、周りのスケルトンを斬り倒していく。
だが、斬っても斬っても数が減らない。
オークメイジの魔術攻撃は飛んでこない。
ダメージを負った僕ならスケルトンだけで十分と考えているのだろう。
確かに攻撃の威力も精度も落ち、敵の攻撃を避けるのもかなり厳しくなっている。
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【◆助兵衛】
『たしかに俺とまっつんが言っていることはほぼ同じだが意味合いは違うぞ。
全力で生き延びれば活路がある。
これが今の最善手だ。
もしお前が一人で戦っているなら、別の手を推奨するが』
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スケルトンが2体、背中から僕の体に組み付く。
振り払おうとするが、離れない。
僕の正面に立つスケルトンは槍を構えて近づいてくる。
ここまでか――
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【◆助兵衛】
『今のお前は一人じゃない』
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「クルスぅぅっ! 生きていたら声を上げろ!!」
大きな叫び声が炎上する船の向こうから聞こえてきた。
その声の主はバルザックか!?
「ここにいるぞーーーー!」
僕は出来る限り大きな声を上げた。
すると、炎の向こうから人が飛んできた。
「【我が太刀は迫りくる闇を切り払う、絶対無二の一刀なり】」
長い剣を背負うように振りかぶって、僕に向かって彼は飛ぶ。
「蒼炎新古流奥義――【虚空の一断】」
空中で彼は剣を振るう。
速すぎて僕には残心しか見えなかった。
しかし、スケルトンの集団が上下に両断され、宙を舞っていた。
僕は組み付いていたスケルトンを振りほどき、蹴りと【ライトスティンガー】で仕留める。
「ちゃんと俺に見せ場を残してくれていてありがとよ」
「そんな気を遣ったつもりはない」
「そうかいそうかい。
ま、後は任せておきな」
ブレイドは剣を肩に背負うように構えた。
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【転生しても名無し】
『さっきの一撃で12体のスケルトンが倒されてたぞ!
すっげー!』
【転生しても名無し】
『ブレイドもすげーけど、おまえもすげーわ……』
【転生しても名無し】
『ブレイドがコッチに来たということは、アッチの船は!?』
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ああ、おそらく敵の襲撃を退けたのだろう。
その証拠に今度は綺麗な放物線を描いて石が飛んできた。
偶然だろうが、石はオークメイジの頭に直撃し、頭を吹き飛ばした。
バルザックの船が僕の後方に現れる。
船首の近くにはメリアが立っている。
「【栄光の名を我らの手につかむため――舞え!!】」
メリアはおおきく振りかぶって石を投げる。僕の頭上を飛び越え、オークメイジの上半身がはじけ飛んだ。
「ハハハ。うかうかしてたら美味しいところ全部持っていかれちまうな!」
ブレイドは剣を振り回して甲板上の敵を片っ端から斬る。
スケルトンが紙くずのように叩き切られるのを見たオークメイジたちはブレイドに向かってファイアボールを同時に放つ。
火球はブレイドに向かって飛んでいくが、
「そぉい!」
ブレイドの剣はたやすく火球を切り裂いた。
切り裂かれた火球はその生命を失ったかのように消失した。
「『阿摩羅識』はただの刀じゃねえ。
物体だけじゃなく、魔力や霊体をも斬ることができる。
魔術が苦手な俺にとっての魔術対策の一つだ」
オークメイジは目の前の得体が知れない強い生き物に怯えている。
なまじ知性がある分、恐怖が体を縛るのだろう。
「ブレイド、気をつけろ。
さっきの船では船倉にトロルが潜んでいた。
おそらく、こちらの船にも」
「ああ、いるな。
殺気がビンビン足元から伝わってきやがる」
床が割れトロルが飛び出してきた。
僕が倒した個体より体が一回り大きく、筋肉も発達している。
「なかなか、立派なもん持ってんじゃねえか」
ブレイドは鼻で笑ってそう言った。
トロルはその拳でブレイド目掛けて殴りかかったが、
「うらぁ!!」
ブレイドはあろうことか拳で受け止めた。
トロルの巨大な拳に比べれば小石のような大きさのブレイドの拳。
だというのに、トロルはじぶんの拳を顔の位置まで引き戻し、悲鳴を上げた。
拳が破壊されたのだ。
「ふむ。よーく分かった。
クルス、さっさと片付けちまおうぜ」
遊びに飽きた子どものように、こともなげにブレイドはそう言った。
それから僕達が船に残った敵を全滅させるまで3分とかからなかった。
バルザックの船が僕とブレイドのいる船の近くに寄ってきた。
飛び移ると、船員から歓声が上がった。
「さすがブレイドの旦那にクルス!
見事な戦いぶりでしたぜ!」
バルザックは笑顔で僕らを出迎えた。
「当たり前よ。
まあ、俺を屠りたいならあと100隻は持ってきてもらわねえとな」
ブレイドの自信満々の発言に船員たちは笑う。
「バルザック。
ファイアボールが船体に直撃したが、延焼は」
「問題ねえ。
当たった場所が良かったな。
ちょうど仮眠中の連中が寝転がっていたところの近くでな。
爆発で飛び起きた連中が慌てて消火作業してくれたみたいよ。
メリアの魔力の弱さが功を奏したな。
ガッツリ寝込まれてたらヤバかったぜ」
ハハハと大声でバルザックは笑った。
「メリアは?」
「ああ、船尾の方にいるぜ。
ククリ姐さんと一緒だ」
僕とブレイドは連れ立って船尾に向かう。
後方マストの下にククリとメリアがいるが――
「ブレイド様。おかえりなさいませ」
「おう。具合はどうだ?」
ククリの二の腕に包帯が巻かれている。
メリアは青ざめた顔で僕に説明する。
「さっきの戦闘で、船が揺れた時私がコケてしまって……
そこをモンスターに矢で射られたんですけど……
ククリさんがかばってくれて、それで……」
「だから、そんなに申し訳なさそうにしないでください。
ナイフで弾き落とせなかったから腕で受ける羽目になってしまった。
私自身の落ち度です」
メリアはうつむいて黙りこくっている。
「ま、ククリの言うとおりだわな。
そんな程度の傷なら治癒術師にみてもらえばすぐ治る。
ほっとけほっとけ」
ブレイドは手すりにもたれかかってそう言った。
「ブレイドの兄貴……テメエのスケだろうが……
そんなシラケた言い草ねえだろ……」
メリアは絞るように言葉を発する。
だが、ブレイドは、
「バルザックの手下は5人死んだ」
「っ……」
突き放す言葉にメリアは顔を歪める。
「そんで魔王軍は100、いやもっとか。
そんだけの数が殺された。
ここは生きるか死ぬかの戦場だったんだ。
死んでねえなら十分だ」
ブレイドは踵を返して、この場を離れようとした、その時だった。
「ん!?」
船の側面の手すりが壊されている部分から伸びた手が、ブレイドの足を掴み、海へと引きずり落とした。
「ブレイド様!!」
ククリが弾かれたようにブレイドが落ちた隙間に駆け寄る。
下の海に視線をやるとブレイドの手が沈んでいくのが見えた。
ククリはナイフを怪我をしていない方の手で掴んで、飛び込もうとするがメリアに下半身を掴まれる。
「離せっ!!」
「ダメです!! 腕を怪我してる状態で海に飛び込ませるなんて!!」
もがく二人を横目に僕は手すりに乗り出して、
「僕が行く。
浮き輪を用意していてくれ」
そう言って、僕は海に飛び込んだ。