第22話 周囲に敵影なし。ブレイドの野望を知る。
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【転生しても名無し】
『いやあ、メリアちゃん今日も大活躍だったな!』
【◆バース】
『心揺さぶられる詠唱に、美しい投球フォーム……
素晴らしいマウンドやったで。
ブレイド? あんなノーコン覚えとらんわ』
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メリアの閃光石による投擲攻撃が開始されてから1週間。
相変わらず高い戦果を挙げている。
異常なまでの命中精度で繰り出される投擲は敵船の急所を尽く破壊し、瞬く間に航行不能に追いやっている。
お陰で僕らは何の損害も出さずに戦闘を回避できていた。
穏やかな昼の海は見晴らしがよく、敵影もいなければ乗員は比較的気を抜いて航行することができる。
メリアはハンモックに沈み込んで、瞑想している。
瞑想、のはずだがスゥスゥと寝息が聞こえてくるのは気のせいだろうか。
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【転生しても名無し】
『ところでさ、メリアちゃんのあの詠唱ってなんなの?
石を遠くに飛ばす魔術?』
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おそらく【浮遊】に関連する魔術だろう。
もっとも、メリアのは初歩の初歩で実際に「浮かす」と言うよりも「浮きますように」と願掛けをしている程度のものだ。
それでも、詠唱することで自己暗示による集中力強化がもたらされ、さらに術者の魔力を帯びた石は術者にとって扱いやすいように馴染み、イメージ通りの軌道を描く結果を生み出す。
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【転生しても名無し】
『ゾーンに入ったメリアちゃんがゴツゴツした石をボールを扱うように投げられる魔術ってことか』
【転生しても名無し】
『メリアちゃんすごいやん!
誰だよ役立たずとか言ってた奴は(テノヒラクルー)』
【転生しても名無し】
『てか、こんな隠し玉持ってるなら最初から教えてくれたら良かったのにね。
そのほうがホムホムも色々戦術立てられたんじゃない?』
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知っておけば使い道はあっただろうけど、そこまで有用な力かと言われると微妙だ。
燃費も良くないし、閃光石とセットになることで、状況に上手くハマったといったところだ。
メリア自身がそのくらいの認識だったからわざわざ話さなかったのだろう。
僕が妖精たちと脳内で話をしていると、傍からはぼんやりして見えたのだろうか。
ククリが水の入ったグラスを持って僕のもとにやってきた。
「大丈夫ですか。
心ここにあらずという風でしたが」
「問題ない。
少し考え事をしていただけだ」
僕はククリが持ってきたグラスの水で軽く口の中を濡らした。
ククリは瞑想しているメリアをみてクスリと笑った。
「まさかメリア殿にあんな特技があるとは。
つくづく興味深い方ですね」
「興味深い?」
「ええ。初めてお会いした時は綺麗でか弱い苦労知らずの令嬢といった印象でしたが、思いの外に爪を隠してらっしゃる。
閃光石をアレだけ器用に扱えるのもそうですが、あの語学力」
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【転生しても名無し】
『メリアちゃんのヤンキー口調ソーエン語が評価されとるwww』
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「かなり訛っていると思うのだが」
僕の反応に、ククリはクスリと笑う。
「そうですね。でもそれは教材のせいでしょう。
逆に不規則に変化する粗暴者言葉を扱えるのは、普通の言葉を扱うより難しいことですよ。
しかも、彼女はソーエン語の素養がなかったところに半月程度のあいだ物語本を読んだだけでそれなりに使いこなせるようになっているんですから。
人が話している言葉もちゃんと理解できてますし」
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【転生しても名無し】
『たしかに……そう言われてみれば、メリアちゃんがソーエン語でコミュニケーション取れていないところなんて見たことない。
しかも、凄くナチュラルに話せてるけど、サンタモニア語もメリアちゃんにとっては外国語だもんな。
トライリンガルじゃん』
【転生しても名無し】
『オレが三国志の中国語版を2週間読んだところで、曹操と談笑できるとは思えねえ……』
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ククリは長い髪を両手で広げるようにかきあげた。
「将来、傑物になるかもしれませんね、彼女」
「メリアは十分に優れている」
そう言うとククリはからかうように腰を曲げ、顔を突き出した姿勢で、僕を上目遣いに見やる。
「あなたの頭の中はメリア殿でいっぱいですね」
いや、どちらかというと妖精たちの占領区域が多いのだが
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【転生しても名無し】
『おい! ホムホム! そこ変われ!』
【転生しても名無し】
『ククリ姐さんいけませんぜ! 誘ってるんですかい!?』
【転生しても名無し】
『胸の谷間がええなあ!!』
【転生しても名無し】
『ふぅ……サラシに潰されているせいで余計に張りが強調されていてもうね』
【転生しても名無し】
『気の強い系の美人が上目遣いで見てくれるのって良いよね』
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こんな風に。
僕は妖精たちを鎮めるため、ククリから目をそらした。
ククリはフッ、と笑って、メリアと僕を見比べながら、
「あなたはこの旅が終わったらどうするのです?」
と言った。
「この旅が終わったら?」
「旅は終りがあるものです。
むしろ終着を目指すのが旅というものです。
メリア殿をイフェスティオにまで送り届けるのが終着であるのなら、その後のことを考えていますか?」
僕は答えに詰まった。
考えていない、先のことは分からない。
そんな風に答えても良かったはずなのに、それができなかった。
この旅が終わる――
この航海を終えて、イフェスティオ帝国の領土に入れば、帝国内は街道が整備されているため、比較的容易な旅となる。
そして、メリアは念願の帰還を果たす。
僕は……どうする。
思考回路を巡らしていると、後ろから頭を掴まれた。
「ソーエン来いよ、ソーエン。
飯は上手いし、喧嘩の種は尽きねえ。
異国の人間に冷たい風潮はあるが、腕っ節があれば自然と人は寄ってくる。
ソーエンいいとこ、一度ならずともおいで」
ブレイドは僕の頭をゆすりながら自国の売り込みをしてきた。
「メリアが読んでいた本から伝わる市井の暮らしは殺伐としていたぞ。
縄張り争いにボス選び。
往来での喧嘩に集団私刑。
馬で山岳を走っていると不運と踊って事故死……」
「バーカ。アレは粗暴者物語と言ってな。
まあ、世間から外れたアウトローみたいな連中の生き方を描いた物語だ。
あんなもんばっか出版してるからソーエンの国民性が誤解されるんだよ」
「あなたを見ていると誤解ではないと思う」
「言ってくれるじゃねえか、コイツ」
ブレイドは僕の首を腕でホールドし、頭頂部に拳をグリグリと押し付けてくる。
攻撃ではなく、じゃれ合っているだけだなこれは。
「まー粗暴者系以外の物語がほとんどないのはつまらねえな。
だから今回イフェスティオに行く目的の一つに物語を輸入することがある」
「物語を輸入?」
「おう。テキトーにイフェスティオで人気の物語本を買い取ってソーエンに持って帰って、子飼いの物語作家を使って舞台や登場人物をソーエンに置き換えて作った物語本を大々的に売り出す!
ソーエンの人間は新鮮な物語が読めてハッピー。
イフェスティオの作家は自分の物語が鎖国状態のソーエンに届いてハッピー。
で、オレは金が手に入ってハッピー、てなわけよ」
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【転生しても名無し】
『どう考えても海賊版商法です。ありがとうございました』
【転生しても名無し】
『国際的な著作権法なんてこの世界にはなさそうだもんな』
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「物語は金になるのか?」
「いいや、割は良くねえな。
女衒や武器の密売やってる奴らのほうがよっぽど稼いでる。
オレの収入源も紅月団での盗賊襲撃や不逞組織の摘発で巻き上げたものの方がメインだ」
どちらが盗賊なのかわからない、と言いたかったがこらえる。
「でもよ、物語ってのは大衆に影響を与えるんだ。
英雄譚を読んで英雄に憧れて武術の稽古に身が入ったり、商人の出世物語を読んで商売を学ぼうとしてみたりな。
それに良い物語に出会えた人間は幸せになれる。
また新たな良い物語に出会えるのを楽しみに生きられる。
ソーエンは良い国だがその手の娯楽は未成熟だからな。
オレがそれを変えてやりたいと思うんだよ」
海を眺めてそう言ったブレイドは幼い子どものような表情をしていた。
そんなブレイドをククリは微笑んで見つめている。
「それはきっといいことなんだろう」
「当たり前よ。ここを出る前にも一発爆弾を仕掛けといたからな」
ブレイドは着物の袖から一冊の本を取り出す。
ブローシアから預かっていた魔導書だ。
「フローシアのババアからコイツをオレに渡すよう頼まれていたよな。
不思議に思わなかったか?」
「……そう言えば、ソーエンの人間は魔術に適性がないと言っていたな。
それを改善するための魔導書じゃないのか」
「当たらずも遠からずだな。
ソーエン人の魔術下手は民族全体の呪いみたいなもんでね。
そんなんだから魔術の鍛錬をするような奴は変わり者や外国かぶれのレッテルを貼られているよ。
とはいえ、ソーエンの外で戦うのならば魔術に対するある程度の知識は必要だ」
ページを捲るように促された僕はその本の最初のページを開く。
『あたしはフローラ! 12歳!
お父さんがやっている酒場でお運びをしているごく普通の女の子。
だけど、その裏の顔は……現代に5人といない本物の魔法使い!
魔法少女ムーンライト・フローラ!
さーて、今日はお友達のアンちゃんのブローチを盗んだ盗賊団を、滅龍魔法で皆殺しにしちゃうぞ☆』
…………丸っこい文字が並んだページの隣には挿絵が描かれている。
棒のような手足、尖りすぎた顎、どこを見ているのか分からない瞳……
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【転生しても名無し】
『魔法少女wwww斬新すぐるwwwww』
【転生しても名無し】
『しかも主人公フローラってwwww
絶対フローシアちゃん自分をモデルにしただろwww』
【転生しても名無し】
『やべ……この挿絵の下手さ具合、中学生の時に書いた黒歴史ノートを思い出す』
【転生しても名無し】
『てか、なんだよ「滅竜魔法で皆殺し」って……
ヤンキーものより物騒じゃねえか』
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僕はどう反応して良いのか分からず言葉を失っていたが、ブレイドは極めて上機嫌だ。
「出発前に写本は完了させている。
いやあ、これはソーエンの歴史を変える一冊になるな。
この物語を読んだ多くのソーエン人たちが魔術の有用性を再認識して鍛錬に励む、と」
「流石はブレイド様の恩師であるフローシア殿。
少女を主人公にして読者の年齢層を下げることで幼少期からの英才教育を行おうとは慧眼ですね」
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【転生しても名無し】
『俺らの世界ではいい歳こいた大人がドハマリして、よく鍛えられたオタクになっていく代物なんですが、それは』
【転生しても名無し】
『ソーエン始まったなwwww』
【転生しても名無し】
『いや終わるだろwwww』
【転生しても名無し】
『ホムホム〜、後でそれガッツリ読んでくれよ。
超興味惹かれる』
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善処はする……
ともあれ、ブレイドの別の一面を知れたことは有意義だ。
冷徹且つ血の気の濃い粗暴者の印象しかなかったが、こんな娯楽で世の中の風潮を変えようとするような夢想家なところもあることがわかった。
人間とは解析が難しい。
バルザックも酒飲みのいい加減な中年男のようでいて、自身の哲学と周りの気持ちを慮れる視野の広さを持っている。
メリアも僕がまだ知らない一面があるのだろうか。
その夜、僕とメリアとブレイドとククリ、そしてバルザックが集まって会議を行うこととなった。
テーブルの上には地図が敷かれており、船のいる場所には酒瓶のコルクが置いてある。
「この調子で行くとおそらく5日後にはイフェスティオの沿岸に到達する。
そこまで行けば魔王軍の影響範囲からは抜けられる。
そのまま1日も進めばイフェスティオ領の港町ベルンデルタに到着する」
バルザックはコルクを地図上に滑らしながら状況を説明する。
「ベルンデルタの港の一角はサザンファミリーの傘下の連中の縄張りだ。
取締られることもなく寄港できるだろう」
ブレイドはこともなげにそう言うが、
「あなたは出奔中の身だろう。
門前払いを食らわないか?」
「大丈夫だって。
オレが出奔したなんて情報、まだコッチには伝わってないだろうし。
仮に伝わっていてもオヤジにしてみれば「まーたいつもの家出か」ってところよ」
ブレイドはククっと苦笑いをした。
「旦那の言うとおり、ベルンデルタまでたどり着ければこの航海は完了だ。
だが、そこに辿り着く前に最大の難所がある」
バルザックは地図にペンで丸を付ける。
その場所は僕らの航路上にあって明日にでも到達する範囲だ。
「スモーカーズ・ラグーン。
ミドレニア諸島の小島に囲まれた地域で年中霧に包まれている。
その上、魔王軍のイフェスティオ進軍の前線基地がある地域だ。
霧の中を掻き分けて進んでいたらいきなり目の前に魔王軍の船がそびえている、なんてゾッとしないことがしょっちゅう起こっている地域だ。
ここを無事くぐり抜けられるかどうかが鍵となる」
バルザックの言葉に部屋の空気が張り詰める。
「あの、迂回とかはできないんですか?
この地図の上を回っていけば、時間はかかってもイフェスティオにたどり着けるんじゃ」
「そいつはできねえな」
メリアの提案を食うようにバルザックが答える。
「スモーカーズ・ラグーンを避けようとすると大幅に航路が長くなる上に、そのあたりの海は風が流れねえから船もろくに進まねえ。
船の食糧と水の備蓄は尽きかけてる。
魔王軍から逃れるために遠回りもしたからな。
1週間程度なら持つだろうが、それ以上長引けば干上がっちまうよ。
その上、魔神級モンスターエラプレシオが出現するという噂もある」
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【転生しても名無し】
『森で出くわした大蛇が魔王級で、それ以上にあたるのが魔神級だっけか。
魔王軍以外で一番ヤバイモンスターってこと?』
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魔神級に関して言えば「魔王軍以外」という限定は必要なくなる。
単純に世界最悪レベルの脅威という存在だ。
魔王級の襲撃を天災と例えるならば、魔神級に出くわすことは最早天変地異だ。
超越者が集団になっても勝ち目が薄い。
まして、船上でとなればどうあがいても勝ち目が見えない。
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【転生しても名無し】
『もうそいつら魔王軍にけしかけようぜ』
【転生しても名無し】
『出会ったら100%死ぬと聞いて突っ込むバカはいないよね』
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メリアは不安そうにうつむく。
そんなメリアの手を僕は握り、大丈夫、と伝えるつもりで頷く。
「選択肢がそれしかないなら仕方ない。
敵が来るなら蹴散らすまでだ」
「なかなかいい心構えだ。
オレの教えが段々しみついてきたようだな」
僕の言葉にブレイドは満足そうに微笑んだ。
そして、バルザックは両手を机に置いて発言する。
「こっからが正念場だ。
ウチの手下も昼夜問わず航行と監視に力を入れさせる。
だが、戦闘については旦那やクルス達に頼るしかねえ。
客に自衛してもらうなんざ、船長の名折れだが……よろしく頼む」
バルザックは僕達に頭を下げた。
頭を下げなきゃいけないのはこちらの方だと思う。
成り行きでこんな危険地帯まで自らの身体と手下と船を連れてきてまで、僕らの旅の協力をしてくれているんだ。
もちろん、旨味がないワケではないだろうが、リスクが高いことに変わりはない。
彼の願いに応えたい、僕は強く思った。